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革命の魔女  作者: 深月美琴
序章
4/8

真実

 やがて、空はまた夕焼け色に染まる。三人の間には沈黙が流れていた。その静寂をリヒトが破る。


「……今、何をした?」


 艶やかな黒髪を靡かせてリーリエはリヒトの方へと振り返った。そしてさも当然のように答える。


「魔族を退治したんですよ?この国の民に害を成すものは成敗しないとでしょう?」

「それは…そう、だが。その役目は……」


 王のものではないのか?

 そんな疑問が頭の中を巡る。

 数日前と同じように魔族は退治された。目の前の少女によって。あの日もこの少女により魔族を退けたというのなら、王がしたことは何だったのか。

 再び静寂が訪れそうになる中、ソレイユが問う。


「左眼、どうした?」


 自身の眼を指さすソレイユに対し首を傾げると、リーリエはまた当たり前のように答えた。


「?お仕事があるのを教えてくれたんですよ?」

「教える、ってなんだ?」


 何故そんなことを聞いてくるのか?リーリエは疑問でならなかった。そんなことは周知の事実ではないのだろうか。だから、隠すことなく答えた。

 

「王様が私たち一族の力を欲している時、左眼に知らせてくるんですよ。もう少し別の知らせ方だと良いんですけどね。」


 そう言いながら、左眼を覆う。このジクジクと疼く感じにはどうも慣れない。王からの指示を終えない限りずっと疼き続けるのも、正直うんざりしている。

 でも、緊急を要するのだから仕方がないのかもしれない。


「……それならば、今まで魔族たちを追い払っていたのはお前なのか…?」


 今度はリヒトが問いかける。リーリエは頷くと、「私、というより私の一族ですけどね。立派な使命だと思ってやってます!」と笑って言った。それが私の、私たちの役目だから。その使命に誇りを持っている。

 それは二人にも伝わっていた。確かに使命といえば一見聞こえはいい。しかし、その使命を何故こんなひっそりと果たしているのか。都合のいいように使われているだけではないのか。

 何より、そんな重大な役割を果たしている一族の存在が誰にも知らされずにいるのだろうか。それどころか、その功績は全て王家のものになっている。王族によって守られ、平和が続いてきたというこの国の歴史がひっくり返りさえする。

 本当にこの国を守ってきたのは、この国で恐れられた魔女だったのではないか。

 自分たちが学んできた歴史は、信じてきた王は何だったというのか。

 ソレイユは思わず拳を握りしめた。

 直後、背後から足音が近づいてくる。

 その音に振り返ると、三人にとって見慣れた顔が見えた。厳かな雰囲気を纏い冷たい目付きをした中年の男はどんどんと三人のもとに近づく。

 何故、この男がここにいるのか。そんな問いも口には出ない。男は困ったような表情をすると、「まさか、紛れ込んでしまう輩がいるとは……。」と呟いた。

 いつもとは違う緊張感にソレイユとリヒトは汗が首元を伝う。


「ウェーバー卿……。」


 最初にその人物の名を口にしたのは、リーリエだった。まさか知り合いだとは考えておらず、二人は思わずリーリエを凝視する。

 男はリーリエを睨みつけると、冷たく言い放った。


「気安く名を呼ぶなと散々注意しているはずですが。」


 その絶対零度の瞳にリーリエは体を強ばらせると、着古した黒いワンピースを握りしめて俯きながら小声で謝罪する。


「ごめんなさい……。」

「全く……、本当になっていない魔女だ。私以外の人間が訪れた際にはすぐ追い返すように伝えたはずですが?」


 男はリーリエに近づくと前髪掴みあげ顔を上げさせた。リーリエが小さな声で呻く。その行動に、ソレイユは咄嗟に男の腕を掴んだ。


「……この手は何ですか。ソレイユ・ガルディアン。」


 我慢ならないというように、男の腕を掴んだ手に力を込めてソレイユは低い声で尋ねる。


「女の子相手に何してるんですか、ウェーバー第1部隊長。」


 三人にとって顔見知りであるこの男。

 名はアルベルト・ウェーバー。第1部隊隊長で、貴族の中では最高位の公爵家の当主でもある。軍をまとめる第1部隊隊長であるため、ソレイユとリヒトにとっては馴染み深い相手だった。

 冷酷無慈悲、そんな言葉が似合う人物だが、その実力は確かなもので二人は尊敬の念を抱いていた。

 一方で、リーリエにとっては服といった物資を運んでくる、唯一の交流者。

 母を亡くしてからの彼女にとっては貴重な存在だった。嫌われているのは重々承知している。それでも、時折こんな場所にまで足を運んでくれるのはこの男しかいなかった。

 ソレイユはリーリエから手を離させるため、さらに強くウェーバーの腕を握り締める。ウェーバーはため息をつくと、振り払うように腕を下ろした。


「……魔女への同情ですか?ソレイユ・ガルディアン、リヒト・リッター。」


 ウェーバーはソレイユと、自身を睨んでいたリヒトに対してそう質問をなげかける。

 その質問で二人は悟った。この男は全てを知っているのだと。魔女と呼ばれる彼女の一族が奴隷のように酷使されていることを。


「…あんたは、全部知ってたのか?」

「当然でしょう。魔女との交流が許されているのは私だけですから。」


 ソレイユは怒りで身を震わせながら、さらに問い詰める。


「なんで、なんでこんなことができる…。いいように言い聞かせて、利用して、なんも思わねぇのか!?」


 いつだって皆を守るために行動している人だと思っていた。厳しい側面はその表れなのだと。そんな人がこんなことをして、なんなら全てを知って尚一人の少女を奴隷扱いしているというのは受け入れ難い事実だった。


「………特に何も思いませんね。」


 それでもこの男は揺るがない。


「一体何が悪いのですか?この国の平穏はそうして保たれているのです。あなた方こそ、この国が置かれている状況が分かっていないのではないですか?」


 この国が置かれている状況。

 それは隣国との関係性は良好であるように見えつつも、実態としては常に危険に晒されているということだ。

 この国は非常に魔法が発展している国である。それ故に狙われているのだ。

 魔法はこの国だけのものではない。しかし、この国が魔法に関して卓越しているのは間違いなかった。国民皆が魔法を使うことが出来るのは、この国のアイデンティティとも言える。

 ベーゼ王国にとっての魔法は他国に対する抑止力であると同時に、狙われる理由になった。

 魔力がなければ魔法は使えないため、魔法は有限だ。そのため魔法だけで暮らしていくのは難しいが、魔法があれば利便性の向上や大きな戦力の獲得に繋がる。

 だからこそ、魔法を欲する者は多い。ベーゼ王国による魔法のほぼ独占という現状を妬ましく思っている者も。

 他国、特にマハト帝国は友好な関係を築いている一方で、侵略のための計画を企てているという噂もある。

 また、魔法の発展がめざましいこの国が魔族といった他種族にも狙われているというのは、王太子の成人を祝う式典や先刻の襲来から知れたことだ。

 そういった脅威を退かせるために、絶対的な魔法の使い手は必要だった。


「この国の、民の平和のためには誰かが犠牲になるのはやむを得ません。それがたった一人の人間ならば、割がいいのでは?」


 そう言ってウェーバーはリーリエを一瞥する。少女はまた体を強ばらせた。そして、憂いを帯びた表情を浮かべ、そのまま微笑む。


「そう……ですね。私は……私は、誰かのお役に立てれば、それが嬉しいです。」

「本人も喜んでしているのですから、問題ないでしょう。」


 そこに、相も変わらずウェーバーを睨みつけたままのリヒトが割って入った。


「喜んでしているというのなら、何故強制させる必要がある?左眼を押さえていたのはなんだ。」


 ウェーバーは大きなため息を吐いて、リーリエを睥睨する。リーリエの左右異なる瞳が焦りを表すように、動揺を表すように揺れた。


「そこも見られてしまったのですか……。」


 リーリエはウェーバーが呆れたように言うのが理解できない。知られていることだと思っていたのに、初めてここに来た彼らがこんなにも質問をなげかけていて、唯一の交流者からは責め立てられてて、なんだか自分の存在は消されていたみたいだ。いや、そんなことはどこかで察していたのかもしれない。でも、ただ生まれてきただけなのに、そう扱われているのを受け入れたくなくて、目を逸らしていただけなのだろうか。あるいは、受け入れたからこそ考えないようにしていたのかもしれない。リーリエは初めて苦しくなっていた。

 一息置いてウェーバーは話し始める。


(まじな)いですよ。魔女が役割を放棄しないように(まじな)いをかけているのです。」

(まじな)い……?」


 ソレイユが聞き慣れないその単語を繰り返した。


「まぁどうせ後で記憶は書き換えることですし、話してしまってもいいでしょう。」


 そう言ってウェーバーはまた魔女の真相を語り始める。


「その責務をしっかりと果たすようにかけられているものですよ。役割を放棄しないように害を排除するまで、ちょっとした痛みを与えているだけです。役割さえ果たせば特に何もありません。魔女の瞳の色が違うのは、(まじな)いをかけられている証です。」

「何故、そんなことを……。」


 信じられないというようにリヒトが呟いた。魔女とはそんな粗末な扱いを受けるためにいるのだろうか。ただ優秀であっただけなのに。この国で生きている同じ人間であることに変わりないのに。


「彼女が魔女だから、それだけですよ。」


 無理だ、リヒトはそう思った。

 このことを知っているのはごく一部の人間なのだろうが、その皆がこの女がそのような扱いを受けるのを当然だと思っているのだろう。如何に非人道的なことをしているのか理解できないに違いない。どれだけ責め立てたところで、話は平行線のまま、進むことは無い。そもそも、自分たちもたまたま知っただけで、今日ここに来ていなかったら何も知ることなく、一生を終えていたのだろう。リヒトは自分の無知さがやるせなかった。


「それなら……私の人生はなんですか…?」


 そんな疑問がふいにリーリエの口からこぼれ落ちる。リーリエは3人のやり取りを見て、自分の人生が虚しく思えてきていた。当たり前だと思っていたことは、こんなにも疑問にもたれることだったらしい。ウェーバーは非道なまでに淡々と言い放った。


「あなたの人生?至極単純なことです。この国のために身を捧げるだけですよ。生きている時は、その力を国のために、王のために行使し、魔法の発展に努める。そして、次世代を残す、それだけでしょう?」


 この暗い森の中で、魔女はそうして一生を終えていく。そんなことは知っていた。知っていたのに、今更何故か酷く苦しい。

 自分の人生はそれだけなの?

 そんなのは嫌だ、リーリエの中で押し殺していた気持ちがまた息を吹き返していた。

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