"魔女"
その少女は興味深そうにソレイユとリヒトを見つめていた。金色に輝く右の瞳がその期待を表すかのようにきらきらと光っている。一方で、もう片方の漆黒の瞳は深く吸い込まれそうで、2人はなんだか惹き込まれるような感覚を抱いていた。
だからといって、その感覚に惚けているわけではない。2人は腰に携えた剣に手をかけ、幼げな顔の少女を警戒していた。いくら風貌がか弱そうな女の子であろうと、得体が知れないことには変わりない。
(まさか……伝説の魔女か?)
そんな疑問がリヒトの頭をよぎる。
先程の高度な結界、あのレベルのものを使って閉じ込めるとなると、只者では無いことは確かだ。しかし、魔女の存在はあくまで伝説の中での話のはずだ。存在するわけが無い。まるで言い聞かせるかのようにそう考えるものの、現状から判断すればこの少女が魔女であるとしか思えなかった。
また、ソレイユも同様にこの少女のことを魔女ではないかと疑っていた。なぜなら、この結界の中に偶然にも人が入り込むなんてことはありえないからだ。
リヒトが書き換えていた様子を見る限り、あの結界は書き換えることでしか出入りできないのだろう。天才のリヒトだからこそ、容易に入ることができたわけだが、軍にもリヒトほど結界魔法に優れた人間はなかなかおらず、ごく一般の人間がそれほどまでに達しているとは考えにくい。そもそも、あの伝説があるにもかかわらず、こんな森の奥に近づいてくる人間はそうそういないだろう。
その上、この結界は内側からは絶対に書き換えられないように巧妙に細工がされていた。あれではリヒトであっても、内側から書き換えることは難しいだろう。誰かを閉じ込めるためのものに違いなかった。そんな結界の中にいる少女___それは魔女以外の何だろうか。
緊張感の漂う空気を一変させたのは2人の目の前にいる少女だった。一層目を輝かせて2人に再度問いかける。
「……その格好、軍人さんですか?いつもの方とは違うんですね…!!今日はなんの御用ですか?」
そして、段々と2人との距離を縮めながら嬉々とした様子でまくし立てるように話し続けた。
「何かお仕事ですか?何でもやりますよ!ところで、お二人のことをつい先日見かけたような気がするのですが、数日前に国境あたりにいませんでしたか?あ、そういえばお名前はなんて言うんですか?」
その圧に思わず2人は少し後ずさる。そんな2人の様子を見たからか、はっとした様子で少女は小さな手を口に当てた。
「……ごめんなさい、初めて来てくださったのが嬉しくて…。つい興奮しちゃって………。」
先程までの表情とはうってかわり、恥ずかしそうにはにかみながら少女は謝罪する。詰めてきた距離をまた広げて木の陰に隠れた。
「不躾ですみません……。」
細々とした声で申し訳なさそうにそう言うと、少女は最初のように頭を少しだけ出して、自身の名を名乗る。
「私、リーリエって言います。この奥にある小屋に住んでます。」
その少女の様子からは、伝説のような恐ろしい魔女の姿はうかがえなかった。
「あの……お二人のお名前は…?」
恐る恐るといった感じで、リーリエは2人の目を見つめて尋ねる。警戒を続けているのか、リヒトは口を開かなかった。そんなリヒトを横目で見た後、ソレイユはリーリエを見つめ答える。
「俺はソレイユ。こっちはリヒト。」
「おいっ。」
簡単に素性をばらしてしまう親友にリヒトは思わず声を上げた。問題ないとでも言うように、ソレイユはリヒトに向かって微笑みかけると、リーリエの方へと歩み寄る。
「お前さんはこんなところで一人で住んでんのか?」
ソレイユが話しかけてきてくれたのがよっぽど嬉しかったのか、リーリエは花が咲いたような笑顔で答えた。
「そうですよ。私の先祖も代々ここで一人で住んでるんです。まぁ、小さい頃はお母さんが一緒だったんですけどね。」
「……なぜだ?」
素性を探るためか、リヒトも話に加わってくる。リヒトの疑問にリーリエは不思議そうな顔をして考え込んだ。
「なぜ……。……なんででしょう?それが決められたことで、私の、私たちの役割だからですかね?私たちは、ここでたくさんの人の役に立ちたいんです。」
「?どういう……」
すると、リーリエが何か思いついたように、「あ!」と声あげる。
「立ち話もなんですから、中で話しましょうっ。こっちです!」
リーリエは意気揚々とさらに森の奥深くへ歩き出した。ソレイユとリヒトは顔を見合わせると、意を決してその背を追いかける。何かに誘われるかのように、その足はどんどんと進んで行った。
そのまま歩き続けていくと、やがて小さな小屋が見えてくる。リーリエがドアを開け、そのままソレイユとリヒトは足を踏み入れた。小さな小屋の中には、必要最低限の設備と家具、後は大量の本が置かれていた。本棚に入りきらなかったのか、あちらこちらに積み上げられた本がある。
「すっげ……。」
図書館かと疑うほどの大量の本に思わずソレイユが感嘆の声を零す。声は出さないものの、リヒトも同じようだった。入口付近で立ち尽くしている2人にリーリエが声をかける。
「狭いし、あんまり綺麗じゃなくてごめんなさい。あそこの椅子に座っててください。今、何か飲み物出します。」
「お、サンキュな。」
ソレイユが笑顔で礼を言う。ソレイユに微笑み返しながら、リーリエは棚を探り1番手前にあった缶を手に取って聞いた。
「紅茶とか飲めますか?」
「なんでもいいぜ。」
爽やかに答えるソレイユだったが、リヒトが横槍を入れて言う。
「お前、紅茶は飲めないだろう。」
慌てた様子でソレイユがリヒトに食ってかかった。
「言うなよ、馬鹿っ。」
「えっ、そうなんですか!?」
そう声を上げたリーリエに対し、バツが悪そうにソレイユは言う。
「飲めねぇわけじゃねぇんだけどな……。あんま好きじゃなくてよ。」
「あ、そうなんですね。じゃあどうしようかな…。」
口元に手を当て呟くと、リーリエは更に棚の奥を探ろうとする。そんなリーリエに向かってリヒトが言った。
「別にもてなしは必要ない。特に喉もかわいていないしな。」
「お前もっと言い方……。」
「うるさいぞ。」
警戒を解くことなく、冷たく言い放つリヒトにソレイユは呆れ気味に注意するものの、リヒトはぴしゃりとはねつける。得体の知れない人間から出されたものなど何が入っているか分からない。リヒトはそう考えていた。
「そうですか…?」
少し残念そうにしながら棚を閉じると、リーリエもまた、席に着いた。続けてまた2人に質問する。
「お二人は、軍人さん?ですよね?」
「おうよ、俺は第3部隊の隊長、こいつは副隊長をやってる。」
ソレイユの返答に目をキラキラとさせてリーリエは話に乗っかっていく。
「隊長さんと副隊長さんなんですか!じゃあ、魔法も武術も体術も抜群なんですね…!かっこいいです!」
「そうかぁ?」
べた褒めしてくるリーリエにソレイユの顔が緩む。親友のデレデレとした様子に今度は肘で小突くリヒトであった。
「いって!?」
脇腹を押さえ苦しそうに呻くソレイユはそっちのけで、リヒトは低い声でリーリエに尋ねた。
「そんなことより、先程の話の続きだ。貴様の役割とはなんだ。ここで人の役に立つとはどういう意味だ。」
「ここで人の役に立つっていうのが、私の役割ですよ。日々研究を重ねて、この国の人が幸せに暮らせるようにこの国の魔法の発展をして、時には守って。私たちは先祖代々それを責務として続けてきたんです。」
リーリエの答えにソレイユとリヒトは察した。やはり、この少女が魔女と呼ばれる存在なのだろうと。
リーリエが飲み物の準備をしようとしている間、二人は本の中身を見ていた。そこには、様々な魔法についての研究内容が多く書かれており、それらは全て手書きであった。一般的に流通している書物とは違い、恐らくここに住み続けている一族が書き溜めてきたのだろう。
魔法の発展に与するこの膨大な研究は偉大な功績だ。それならば何故、こんな辺境の地で囚われるように住んでいるのだろうか。何より、魔女に対して抱いてきた印象と違いすぎる。
そう考えながら小難しそうな顔をする2人をリーリエは不思議そうに見つめる。途切れた会話を繋ぐようにリーリエが口を開いた。
「私のことはいいですから、お二人のお話を聞きたいです!私、ここから出たことがないから外の世界はどんな風なのか知りたい。何でもいいので教えてくれませんか?」
純粋にそう問いかけるリーリエにソレイユは言った。連日賑わいを見せた祭りの様子、最近流行りのスイーツ。
その話にワクワクした様子でリーリエは耳を傾ける。たまにリヒトが口を挟みつつ、話は大いに盛り上がっていた。リーリエにとっては馴染みのない、初めて聞く外の世界の話。胸が弾んで仕方なかった。
そのまま数刻、賑やかな会話は続く。
ある程度話し終え、一区切り着いたところでリーリエは酷く羨ましそうに呟いた。
「良いなぁ…。私も、いつか……。」
先程までは輝きに満ちていたその瞳に憂いが滲む。その表情を見たソレイユが口を開こうとした、その時だった。リーリエが突如左眼を押さえる。額には汗が滲み、その表情は苦しそうに歪む。
「どうした!?」
慌ててソレイユが声をかけると、リーリエは椅子から立ち上がった。そのまま扉の方へと足を向ける。
「…大丈夫です。お仕事みたいなので。」
リーリエが小屋の中から出たことで、ソレイユとリヒトも外へと向かう。小屋に入る前にはオレンジ色の空が広がっていたはずだったが、今目の前に広がっている空は数日前のように暗雲が立ち込めていた。
「魔族かっ!?」
この前はあっさり退いたというのに、諦めの悪い魔族だったらしい。遠目ではあるが、以前より多くの仲間を連れて再来したことが分かる。
すると、目の前にいるリーリエが懐から取りだした杖を空へと向けた。魔力を流しこまれた杖は持ち主に対応するかのようにその形を変えていく。花の咲いた杖を握り、リーリエはぽつりと呟いた。
「フラムート」
直後、あの時と同じように魔族の周りに炎属性の攻撃魔法が展開された。ここからでも分かるほどに強烈な炎が魔族たちを襲っている。一匹、また一匹と魔族は去っていく。徐々に数は減っていき、最後の一匹が遠ざかろうとする。それと同時にリーリエは空に向けて伸ばしていた手を下ろした。展開されていた魔法も静かに消えていく。
その光景を見て、ソレイユとリヒトは唖然としていた。何故____彼女が魔族を追い払っているのか、と。




