ベーゼ王国
自然豊かな小国、ベーゼ王国。
王国の周りは森で囲まれ、農業をはじめとした第一次産業の発達がめざましい。
そんなこの国を一言で表すのならば、平和、それが最も適しているだろう。
国民たちもこの国は平和な王国なのだと日々思っている。
ごく稀に戦いが起こることもあるけれど、それらは即座に王たちが対処していた。
だからこそ、この平和が脅かされることは無いのだと誰もが確信しているのだ。
この国で生きていけるというのがどれほど幸福なことか、そしてその幸福は誰の恩恵によるものなのか。
皆が口を揃えて答えるだろう。王のおかげだと。
そのため、王、さらには王族を賛美する祭り、式典が多く行われていた。王や王族たちの誕生を祝う祭り、戴冠式、婚礼の儀など様々である。
今日もまた、大掛かりな式典が催される。王太子の成人を祝う記念すべき式典だ。
次期国王である王太子の成人を記念したもののため、珍しく国外からもゲストが来国する。
この国は秩序を守るため、国外からの来訪者に対して厳しい警戒体制が取られていた。移住など滅多に出来はしないし、こうした式典の際に訪れる他国の人間がどれだけ重要人物であろうとお構い無しに、徹底した監視下の元に置かれる。
全ては敬愛する王族のため。それは国民の総意とも言えた。
もちろん警備につくのは王直属の軍隊である。
第三部隊隊長のソレイユ・ガルディアンと第三部隊副隊長のリヒト・リッターもまた、王都内の警備にあたっていた。
隊長・副隊長に就任していることからも分かるように、2人は非常に優秀な軍人でその若さゆえに今後が期待されていた。両者ともに歳は18、軍部訓練校を首席・次席で卒業した天才だった。100年に1度の逸材と言われた彼らは軍に所属してしばらくしないうちに隊長・副隊長までのし上がったのだ。その実力は同期だけでなく、軍全体に広まっている。そのため、今回もまた要人の護衛という重要なポジションを占めていた。今日も朝から働き詰めである。国境まで出迎えに行き、厳重な警備をしながら王都まで連れてきて、先程待合室へと案内した。来客用に煌びやかにつくられた待合室には強力な防御魔法がかけられているため、これで一旦落ち着くことができる。
ドアが閉まるのを確認すると、ソレイユは大きな息を吐いた。
「ったく、ようやく終わったぜ。」
そう言うと壁にもたれて座り込む。
日々の訓練で鍛え上げられた屈強な肉体を縮こませてまた、ため息をはいた。
それを横目に見ていたリヒトは訝しげな顔で言う。
「おい、気を抜くな。仕事は終わっていないんだぞ。」
「わーってるよ。相変わらずクソ真面目だなリヒトは。」
二人は旧知の仲であった。良家に生まれた彼らは幼い頃から親交があり、軍部訓練校に入るまでは二人で鍛錬をして高めあった。お互いがお互いを尊敬しており、首席ソレイユ、次席リヒトというように順位がついたとしても嫉妬といったどろどろした感情が湧くこともない。そして、上だからと言っておごることもない。お互いの優れているところを知っているからこそ、関係性は常に良好だった。また、2人のチームワークは目を見張るもので、本来なら首席と次席は別の部隊に配属される場合が多いのだが、こうして同じ部隊で隊長・副隊長を務めている。
「今日の式典は王太子様の成人を祝う大切な催しだ。そもそも他国の要人にもしものことがあればこの国の安寧は絶たれる。いつも以上に気を引き締めて…」
「説教はいらねえっての。仕事はちゃんとやるよ。」
2人が軍への入隊を志した理由。それは主にはこの国の平和を守るためだった。要人の護衛、それもまた重大な責務に変わりない。万が一にも要人に何かあれば、侵略のような物騒なことが起きかねない。隣国の国王といった人物も来ているため、気を張りつめるしかない。
そんな中、今は一時の安らぎの時間だ。ため息を吐きたくなる気持ちも分かる。リヒトは「それならいいが。」とそれだけ言って再び姿勢を正した。
そのリヒトの姿はまるで人形のようだ。整った顔、鍛えているため筋肉質ではあるが細身の身体、1つに括られている長い白髪も美しい。
隣にいるソレイユはまさに筋骨隆々と言った感じで、燃えるような赤色の短髪に野性味溢れる見た目をしているから2人は対照的だった。一時期は「美女と野獣」なんて呼ばれていたこともある。その呼び方が聞こえてきた時のリヒトの怒り様は凄まじいもので、毎回必死にソレイユがなだめていた。普段は落ち着いているリヒトは存外堪忍袋の緒が切れやすく感情的で、ソレイユの方が理性的だった。
対照的だからこそ、ある意味上手くいっているところはあるのかもしれない。
やがて、しゃがみこんでいたソレイユもまた立ち上がり、背を伸ばす。もう間もなく、王太子の成人式は始まろうとしていた。
時間になり、客人たちを特別席へと案内する。客人たちが豪華なふかふかの椅子に座るのを確認すると、その背後ですぐさま結界魔法と防御魔法を発動した。結界魔法は侵入者を阻むため、防御魔法は遠方からの攻撃も防ぐため。結界魔法が得意なリヒトと防御魔法が得意なソレイユ。護衛には最適な2人の得意魔法だった。
しばらくしないうちに、城のバルコニーに王太子が姿を現す。王太子及び王たちの護衛には第一部隊・第二部隊が手配されていた。軍の部隊構成は上から順にその強さを示しており、最も大切なベーゼ王国の王族たちには最強の部隊、第一部隊と第一部隊に負けず劣らずの第二部隊がいつも配属される。今日も普段通りの護衛が行われていた。
バルコニーに立った王太子が演説を始める。これが一番の大きなプログラムだ。成人となった王太子が国民に感謝を伝え、この国のために何を為すのかを高らかに宣言する、次期国王になるためのまず最初の活動というわけだ。
演説も終盤に差し掛かった頃、暗雲が立ちこめる。恐らく魔族の仕業だ。そう察する頃には、空を翔る禍々しい姿が確認できた。世界には人間以外にも魔族や妖精といった様々な種族がいる。特に人間に被害を与えるのは魔族で、時には命を奪うこともある。直ちに軍の構成員たちは臨戦態勢に入るものの、王が立ち上がり詠唱する。
すると、瞬く間に魔族たちを取り囲むように攻撃魔法が展開され、魔族たちに直撃する。
王は不殺を好んでいるため、決して殺しはしないが、国民に危害を与えるものは許さない。再び攻撃魔法が繰り出されそうになると、魔族たちは慌てたようにこの場から離れていった。今回は諦めの早い魔族で助かった。しかし、仮に諦めが悪い魔族であったとしても、王は皆を守るためにその力をおしみなく振るい、追い払っていただろう。
辺り一帯が歓喜の拍手で包まれる。「国王様万歳!!」「国王様ー!!」と口々に叫んでいる声も木霊していた。
王は軽くお辞儀をすると大きな声で言った。
「この力は我が息子に引き継がれ、この国は未来永劫平和である!!」
国民たちからは喜びの叫びが漏れる。
この国の永久の平和、そして次期国王である王太子への継承の宣言。ハプニングがあったとしても王の機転で上手く落とし込み、式典は成功に終わったのだった。
式典が終わったからと言って、ソレイユたちの仕事は終わりでは無い。最後の仕事が残っていた。
隣国の要人たちを国境まで送り届ける義務がある。しかし、王による派手な魔法が行われたこともあってか、何も問題なく国境まで辿り着く。式典への参加の感謝を述べ、要人たちが見えなくなるまで見送りをすると、ようやく主な仕事が終了した。
「終わった、終わったっ!さっさと帰ろうぜ。」
「あぁ。……!?」
ソレイユの言葉に頷いたリヒトだったが、突如森の奥へとばっと顔を向ける。
「うぉっ、どうした?」
突然のことに思わず驚いたソレイユがリヒトに尋ねる。森の奥を凝視したままリヒトが答えた。
「いや……今誰かいた気がしたんだが…。」
「こんな森の奥深くに住んでるやつなんていねぇだろ。」
そう返事をしたソレイユだったが、何かを思い出したのか「あ。」と声を零す。
「なんだ?」
リヒトが反応すると、ソレイユは少しにやけた様子で言った。
「ほら、昔聞いたことあるだろ。魔女伝説。」
「は?」
思い当たる節がないのか、リヒトは怪訝そうな顔をしながら、低い声で聞き返す。「キレんなよ。」とリヒトに言いつつ、ソレイユは昔よく聞かされた伝説の話をした。
「王族を殺そうとして森の奥深くに閉じ込められた魔女がいるってやつだよ。その魔女は人喰いで森の奥には入るなってしつこく言われたの覚えてねぇの?」
「確かにあったな、そんな伝説が。お前、そんなものをまだ信じているのか?魔女が生きていたのは200年以上前の話なんだぞ。」
呆れたように言うリヒトにむっとした様子でソレイユが反論する。
「そんな恐ろしい魔女ならまだ生きてるかもしんねぇだろ。魔女じゃねぇならお前の見間違いじゃねぇの。」
「なっ、違う!」
「だったらなんなんだよ。」
リヒトは悔しそうに黙り込んだ。かといって、この不毛なやり取りを続けたところで何の生産性もないため、「ま、なんでもいいけどな。」とソレイユは話を切りあげ王都へと足を進める。その後ろをリヒトが走って追いかけ、結局その場を後にしたのだった。