第7章 - 怪物たちの饗宴
インターバルを終え、再び静寂に包まれたドバイの空に、6機のエンジンが同時に咆哮を上げた。
1st STAGEの結果に基づき、空中に設定されたグリッドに、6機の怪物が並ぶ。ポールポジションはAI「ユグドラシル」。その後方に、ドミトリー、ステラ、風間、ビョルン、そしてジャックが続く。
『さあ、紳士淑女、そして画面の前の野郎ども!お喋りの時間は終わりだ!史上初めて、6体の怪物が、同じ檻の中で牙を剥き合う!STRIX 2nd STAGE、タクティカル・ステージ… START!!』
レックス・マーベリックの絶叫が、レースの開始を告げた。
先頭のAI「ジャガーノート」が、一切の躊躇なく、完璧なロケットスタートで飛び出す。2番手のドミトリーも、その背後に寸分の隙もなく張り付く。王者のプライドが、AIの独走を許さない。
その後方、3番手からスタートしたステラは、無理にトップを追わなかった。彼女はドミトリー機のすぐ後ろ、後方乱気流の影響を最も受けにくく、かつ空気抵抗を最も軽減できる絶好のポジションに、吸い付くように機体を収めた。
(まずは観察する。この怪物たちが、本物の空でどう動くのかを)
レースは、序盤から中盤の風間、ビョルン、ジャックによる熾烈な4位争いで動いた。
風間が、ステラを追い抜こうと、派手なアクロバット機動でインコースを狙う。しかし、その動きを読んでいたジャックが、風間の生み出した隙を突き、ビョルンの進路に自機のジェット排気を浴びせかける。
『汚いぞコヨーテ!だが、ルール違反じゃない!レジェンドは、この見えない罠をどう切り抜けるか!?』
ビョルンは、しかし動じなかった。彼は、ジャックが妨害してくることなど、百も承知。機体をわずかに横滑りさせ、まるでその乱気流の上をサーフィンするように、最小限の動きで切り抜けていく。長年の経験がなせる、神業だった。
レースが動いたのは、2周目。
後方に沈んでいたジャックが、誰よりも早くピットインの義務を消化する作戦に出た。数秒のピット作業を終え、彼は誰にも邪魔されないクリーンな空域へと復帰する。上位陣がピットインする間に、順位を稼ごうという、後方ならではのギャンブルだった。
上位では、ドミトリーがAIに執拗に食らいついていた。AIの完璧な飛行には、弱点がない。ならば、とドミトリーは、AIの飛行データを自らの脳にインプットし、その動きを完璧に「学習」し始めていた。
そして、4周目。ステラが動いた。
ピット作業を終え、一時的に順位を落としていたジャックの前方に出たステラ。しかし、直線ではパワーに勝るジャックの「リーパー」が、背後から猛烈な勢いで迫ってくる。
『追いついたぞコヨーテ!さあ、白い死神は、この獣をどう抑え込む!?』
次の瞬間、世界は、ステラの本当の牙を見た。
タイトな連続コーナー。ジャックが減速を始めたその瞬間、ステラは減速せずに突っ込むと、機体を鋭く内側に向け、「パルスブースト」を発動させた。
「フェンリル・ターン」
爆音と共に、フェンリルの機体が、ありえない角度で水平にターンする。その側面に発生した衝撃波が、隣接する超高層ビルの窓ガラスを、下から上へと駆け上がるように、粉々に砕き散らした。
「破壊神」の降臨だった。
あっけに取られていたジャックの横を、ステラは加速しながら駆け抜けていく。
レースはそのまま、AI、ドミトリー、そしてステラのトップ3の順位でフィニッシュ。4位以下は、ピット戦略の差で、ビョルン、風間、ジャックという結果に終わった。
ハンガーに戻ったドミトリーは、モニターに映る、ガラスを割りながら飛ぶステラの姿を、満足げに見ていた。
「…あの小娘。速さだけでなく、牙も持っていたか。そして、AIは血を流さない」
彼は、静かに呟いた。
「面白い。決勝が、面白くなってきた」
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【2nd STAGE:タクティカル・ステージ 最終結果】
1. クラウス・リヒター(AI)
2. ドミトリー・ヴォルコフ(トップとの差:2.5秒)
3. ステラ・シルヴァーシュテーン(トップとの差:4.0秒)
4. ビョルン・リンドベリ(トップとの差:7.8秒)
5. 風間 隼人 (トップとの差:8.2秒)
6. ジャック・"コヨーテ"・ストーン(トップとの差:11.5秒)
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このタイム差が、そのままFINAL STAGEのスタートハンデとなる。
最後の戦いを前に、パイロットたちは、それぞれの覚悟を決める。