表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

第5章 - 開幕

レース当日。

軍によって完全封鎖されたドバイの市街地は、奇妙な静寂に包まれていた。しかし、その静寂は、全世界から注がれる億単位の視線によって、張り詰めた弦のように震えている。市外のパブリックビューイング会場では、地鳴りのような歓声が上がっていた。


レース開始1時間前。主催者レックス・マーベリックによって召集された6人のパイロットは、高層ビルの一室に設けられたブリーフィングルームに、初めて一堂に会した。


部屋の中央に立つレックスは、まるで世界最高のDJのように、両腕を広げて言った。

「ようこそ、諸君。歴史を変える覚悟はできたかな?」


その言葉に、反応は様々だった。

現役チャンピオン、ドミトリー・ヴォルコフは、ただ一点、部屋の隅に座る男だけを見つめていた。ビョルン・リンドベリ。伝説の男は、ドミトリーの刺すような視線に気づかぬふりをして、静かに目を閉じている。その心は、ここにいない息子、ルーカスの元にあった。


風間隼人は、椅子にふんぞり返り、つまらなそうに爪を眺めている。彼にとって、この茶番が終われば、いよいよ世界最高のショーの開演だ。

元英雄、ジャック・"コヨーテ"・ストーンは、誰とも視線を合わせず、部屋の隅で気配を消している。獣が狩りの前に息を潜めるように、ただ冷静に、他の5人の「敵」を観察していた。

そして、クラウス・リヒターは、パイロットチェアに設置されたスクリーンに、自らのAI「ユグドラシル」のロゴを映し出すだけ。無機質なパルス光が、彼の存在証明だった。


その中で、ステラ・シルヴァーシュテーンは、静かに呼吸を整えていた。

伝説、王者、獣、芸術家、そしてAI。集まったのは、まさしく怪物たち。シミュレーター6位の新人。それが、世間の評価。だが、それでいい。彼女だけが知っている。あの夜、この街の空を支配した、本物の風の感触を。


「ルールは昨日までに伝えた通り。G制限はない。ペナルティもない。あるのは、諸君の腕と、マシンの限界だけだ」

レックスは、満足げに全員の顔を見回した。

「俺が退屈しないような、最高のショーを見せてくれ。では、各自、持ち場へ」


---

ハンガーへ戻る長い廊下を、パイロットたちは無言で歩く。

やがてそれぞれのゲートに分かれ、ステラは、最終チェックを終えたルーカスが待つ、自らのハンガーへと足を踏み入れた。


「…すごい顔ぶれだったな」

車椅子からモニターを見上げていたルーカスが、静かに言った。

「ええ。でも、もう気後れはないわ」

ステラは、白と黒のツートンカラーに塗装された愛機、「フェンリル」の機体に、そっと触れた。

「彼らはまだ、本当の私を知らない。そして、この子の本当の力も」


ステラはコクピットに乗り込み、ハーネスを締める。キャノピーが、ゆっくりと閉じていく。外界の音が遮断され、聞こえるのは、計器類のハミングと、自分の心臓の音だけ。


『全機、準備はいいか。これより、STRIX 1st STAGE、スプリント・タイムアタックを開始する』

レックス・マーベリックの、興奮を隠せない声が、全世界に響き渡る。


『最初のフライヤーは…シミュレーター予選6位!スウェーデンからやってきた、未知数のダークホース!ステラ・シルヴァーシュテーン!』


ステラのヘルメットに、管制塔からのカウントダウンが響く。


「ルーカス。聞こえる?」

『ああ。いつでも。君の目となり、耳となる』

「ありがとう。…じゃあ、行ってくるわ。私たちの本当の翼で」


『スリー、ツー、ワン… GO!!』


その合図と共に、ステラはスロットルを全開にした。

白い死神が、ついに解き放たれる。コンクリートの森を支配するために。

世界が、固唾をのんで、その最初の飛翔を見守っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ