積み木重ねて辿った接木。綴りの宿った知識は何処にある?
魔王公約より、全ての不遜者に鉄槌を。
このことから理解できるように大魔王サルヴァという人間はエリート憎悪を利用した典型的なポピュリストです。ですが彼にはその思想を完成させてしまう程のカリスマ性と力量、何より運がありました。そして彼の最も優れた点は自身に続く後継者を作り出さなかったという点にあります。
圧倒的過ぎたのです、完成され過ぎていたのです。誰も彼に並ぶビジョンを見出せなかったのです。
個人としての偉人 著 レイダ・マクシミリアム
入学より2週間、この天文台の景色も見慣れてきたが、その美しさは褪せることなく、知識を蓄えるごとに輝いていく。やはり人は偽物でも夜空に思い馳せる生き物のようであり、あの月に手を伸ばして、月面を歩きたいと思う本能を持ち合わせているんだと確信した。
もう踏み慣れた道、柔らかくなった革靴。しかしまぁ人の俺の肉体を見る目は変わらないものだ。一瞬気味悪がってから日常の表情に戻る。なまじ私、サルヴァ・ラージャナヴァという肉体がドラゴンであり尚且つが美形で有るばかりに差別する側にもされる側にもなれない。
教室に着き、荷物を置く。既にオーギュストとヴィレンが登校しており談笑をしている。内容は教室に女が居ないだとか、隣の教室の子が可愛いだとかそういう内容である。
「ユーキも羨ましいよな。小間使いとしてミリシアとその姉を雇ってるんだぜ。」
談笑の話題が俺となった。無理もない、二人の女性、しかも美人と共同生活をしているのだ。それを知っているのなら話題にあげるのは自然だ。
「おはよ、オーギュスト。ところでどこでそれを知ったのか?」
「怖い声出すなよユーキ、やサルヴァの方がいいか?」
「私はどこで聞いたのかと聞いている。」
「ガリア秘密警察からさ。こういう立場だと嫌でも入ってくるんだ。」
「君を害するつもりは一切ない。私たちはほら、君が二人と共同生活をしてると聞いて、な?」
自分の行動を反省する。忘れていたのだ、誰も彼も立場に縛られて大仰に振る舞うから、彼らが13歳そこらの少年であることを。懐かしい、初めて異性に興味を持ったのもこの時だったな。
「私も来年には婚約者が付くんだ、だから先んじて君の意見を聞きたくてね。」
「そうか、だが生憎特段何かあるわけではないな。」
「デートとかしたりしないのか?」
ヴィレンはその厳しい見た目とは裏腹にウブであった。
「デート?遊びに行ったことはあるが、デートと言えるかと言ったら微妙だな。」
男女が二人でケーキ屋に行ったり、公園で散歩したり、一緒に美術館に行ったり。それらをデートと定義することはできるが、それはそれとして互いに恋愛感情というものは無かった、と思う。少なくともユスティナに関してはそういうのじゃなくて、囚人が看守に思う感情と似ている。
ミリシアはわからない、俺には自分の気持ちすらわからないのだ。
「お前らもそういう話すんだな。」
シャレースがこのガキの会話に割って入った。先生もそういう経験あるんですか、そうテンプレな質問をしてみたくはなったが、それをする前に彼は俺を呼びつける。
「お、ユーキお前ちょっと来い。」
彼の声色はいつも平坦で変わらない。だから彼がその言葉の裏でどのような感情を隠しているのか、俺にはわからない。故に久々に思い出すのだ、訳も分からず先生に呼びつけられた時の恐怖を。品行方正な俺にとって一年半振りの恐怖を。
教室から廊下へ、教室棟に何があるかは把握している。しかしこの先にあるのはユンゲルの教室と音楽室、そして地下に続く階段だ。
「えっと、どこへ向かってるんですか?」
「ア=ステラがお前と同じ完全なるドラゴンだったという噂を知っているか?」
藪から棒な話だ。そもそも星書に書いてあるだろうが、預言者ア=ステラは完全なる人間であり、彼の属性は夜属性のみであったと。
「所詮都市伝説ですが、ハッブルの神杖を造ったことを考えればそう思われても仕方ないとは思っています。」
地上約600km上空の軌道上を周回する望遠鏡、その名もハッブルの神杖。それは星人ア=ステラの最も偉大なる功績であり、また最も困難な難業だった。つまり元の世界が1990年になって成したことを彼は700年も前に成したのだ。故に彼がドラゴンと、或いは神の代理人と崇められるのも無理ない。
「そうだな、神杖によって捉えられた現実絵画は天体から発せられる可視属性波を1024の夜属性波に変換して神の瞳に送られている。」
「そのような芸当を成すには全ての属性に対して深い知識を要する。彼がドラゴン、もしくは使徒がドラゴンでなければこんなことはできない。」
彼は地下室に続く階段の前には、鍵付きのドアがある。ラ・ソレイユ魔法学校七不思議の一つ、通称開かずの扉である。地下室の階段から転げ落ちて死んでしまった女生徒の幽霊がいるんだとか。
「地下室は教授らが各地で集めた、本来ならば提出しなくてはならないが、学会がギリギリ黙ってくれてる物を置いておく場所だ。」
薄暗い地下室、というわけではなく朝属性式ランタンのおかげで割と明るい。
「シャレース教授、あれはなんです?」
飾られた円盤、時計の針が10時20分を差すような装飾、錆びているがかつての輝きを想起させる見事なティンパヌムとレーテ。
「白銀の国で発掘されたヤマ族のアストロラーべだ。裏面には姫子と刻印されている。」
ひっくり返して眺める裏面、水の流れるような柔らかい字が描いてある。どうやらこの世界において日本に相当する国は太古に独自の文字を
「これだ。」
埃だらけの地下室を暫く進んだ先、そこには棺があった。大きさは1mあるかないか、子供の遺体だろうか?
彼はその棺を開ける。するとそこには結晶化した骨を縄や青銅で装飾したような物が入っていた。
「星杖だ。銘はないが、星人の右脛骨と呼ばれてたな。」
星杖、それは増幅器である。魔術モデルとして再現度を高めるには完全性を高めなくてはならない。そこで星杖である。星杖は使用者の魔力を分解し周辺の物質に対して一度魔力を流す、それによって魔力それ自体が含んでいる要素を増幅させ、完全性を高めるのだ。
そしてその素材となるものは一般的に鉱物由来のものよりも生物由来のものが好まれるが、耐久性を考慮すればその限りではない。
だがどちらにせよ、人骨を杖とするのは倫理的に嫌悪するべき事柄であることには変わらない。
「それがア=ステラのものだと断定できる根拠はないでしょうに...」
「まぁな。口伝とこの同封された手記くらいだからな。」
ボロボロの羊皮紙、まるで死界文書。こんな重要そうなものをこんなところに置いといていいのだろうか。むしろ考古学的に多大な価値のある物品を独占していると言ってもいいんじゃないかと思ってしまう。
文書の文字を読むが、これは古代ラティウム語、読めるはずがない。だがこの殴り書きのような文字、この一際浮いている文字、流れる文字。ぐちゃぐちゃにしたアルファベットのような文字。これ、英語の筆記体だ。そしてこう書いてある。
技術部アステラチームとしてJWST計画に携わっていたが、まさかその前進の望遠鏡を造るなんて思わなかったな。私たちに時間があれば、JWSTをこちらの世界に招待してみたいものだ。
「よくこんなものここに保管して置けますね。」
「まぁな、学会に預けちゃ実験できねぇからな。」
実験?俺がそれを口に出す前に、彼はその杖を俺に渡そうとしてきた。
「持ってみろ。真にドラゴンであるお前が持てば、この骨の構造的利点、ア=ステラがア=ステラであれた理由がわかるかもしれん。」
恐る恐るその骨を掴んだ。結晶化しているからだろうか、感触はひんやりとしていて、意外と軽い。だがそれ以上に驚くべきことは、この杖の合理性だ。この杖は全ての、ありとあらゆる属性の要素を持っている。故に通常の星杖と違い、外界を経由する必要がなく、それ単体で完成性の増幅器として機能しているのだ。
「どうだ?何か感じ取れたか?」
「全ての属性が通っている。魔力が外界を経由していないからロスがない。完全性の増幅量もこの杖単体で奇跡を起こせる程ですが、骨は骨ですね。それをすれば砕けて灰と散る。」
総括すると完全性の上昇に際限はないが、こと耐久性に至っては所詮骨。名工によって造られた杖には足元も及ばず、あろうことか市販の杖にすら勝るとも劣らないレベルであるというわけだ。故に、耐久性を鑑みてこれを普段使いするとなると、市販のものよりも完全性増幅の出力を抑えなくてはならないということだ。
「そうか、やっぱドラゴンはちげぇな。それやるよ、お前の杖だ。」
彼は星人の右脛骨を黒い布で巻いて俺に渡した。
「は?いいのですか。」
「ただ、代金は取る。何かまた新しく感じ取れたらその都度レポート形式にして俺に提出しろ。」
どうやら俺には、この義手と言いこの杖と言い、最高級かつ唯一無二の品と言えど扱いにくい物を集めてしまう運命があるらしい。次の品も楽しみにしておこうか。
「構いませんよ。ただ、全部調べ終わったら学会に提出して貰いますからね。」
「俺もお前も豚箱行きだがな。」
接木によって完成されたドラゴン偽った男と、ヒトの心とヒトの記憶を持ったドラゴン、お似合いじゃないが。どちらも歪で罪深い。
「そろそろ式が始まる頃か、行く意味はないだろうから暫くここで鑑賞でもしとけ。」
本来今日は星杖授与式というものが行われている。これはその名の通り、生徒に星杖を学校側から渡す儀式だ。入学前に学校を通して職人に依頼したものである為、言い方を悪くすればやっと買ったものが手に入る式と言ってもいい。しかし俺の場合、俺に宿る要素が複雑すぎて最適な杖を造れなかったのだ。そして今、最適に近い杖も手に入ったなれば、その式に出る理由はゼロである。
なら言われた通り、こちらの部屋を鑑賞しよう。幸い時間を潰せるレベルにはここの教授らは強欲だ。本来であれば博物館に展示されて然るべきものがゴロゴロ転がっている。
「この剥製、教授のですか。どうやって作ったのですか?」
鳥の頭、犬の身体、カエルの手、猿の足、魚の尾鰭、虫の翅。頭で文字を並べてみても到底想像できないような生き物の剥製がそこにあった。そしてそれは非常に嫌悪感を抱かされる物であったが、同時に親近感が湧く。何せこれが正しきドラゴンであるからだ。
「それは実験の産物だ。ヒトを除く19の生物種の血を混ぜた液体を触媒とし、犬の胚に対して奇跡を起こしたって実験のな。」
「極めて初期の段階でパンドライベントを起こしたからか、他の個体と比べ生命として比較的安定していた。だが所詮は人工的な命だ。生後半年で癌になって死んだ。」
倫理を無視した卑劣な動物実験だが、俺にそれを否定する権利はない。何せ俺のような命を救うにはあのような歪な命で治験をするしかないからだ。
「つくづく嫌になるな、ドラゴンというものには。」
「そう思うなら自分本位に生きることだな。」
暫く鑑賞をした。やはりここの教授達は強欲だ。俺の飽くなき知的好奇心を十分に満たしてくれる。
地下室を上り教室にたどり着くと既に各々が自分の星杖を持っていた。
「お、ユーキ。それ杖か?」
オーギュストの星杖は材質が金で触媒がサファイアとルビー、うるさいばかりの装飾品がキラキラと光を反射させる。機能よりも外面を重視した杖であるが、仮にも一級品、他の杖を隔絶する性能を誇る。
「あぁ、そっちのと比べたら見窄らしいがな。」
逆にヴィレンの杖は外面よりも機能面である。材質はマングローブで触媒は真珠、鉱物を用いるより生体部品を用いた方が完全性増幅効果は高まるのだ。
「むしろ俺はそっちの方が好きだぜ、オーギュストのやつは目がチカチカするからな。そんなら質素な方がいいだろ。」
そう言ってくれたヴィレンには悪いが、シャレースの話が真ならこの杖はオーギュスト以上の高級品だ。何せこれに近しいものを作りたいのなら、俺の脛骨を使わなければならないわけである。そしてこれを作りたい、となればア=ステラの左脛骨を探さなくてはならない。
「ちょっと持たせてよ、ユーキ。」
「いいぜ。」
カケルに杖を渡す、彼はその杖の軽さに驚いた後、少し触ってから俺に返した。多分、布の中にあるものの形を探ったんだと思う。
「私にも持たせてくれよ。
次はオーギュストに渡す。彼らの注目が杖に映ったのを確認し、カケルは右足の脛の埃を払うような動作をする。
「結構古い奴なの?」
やはり処刑人は侮れんな、人を殺すことを生業としている故、人の肉体について詳しい。
「多分な。シャレースのお古らしい。」
「うわ、はぁ?なんだこれ、どうなってるんだ?これ、なんだこれ?」
隣ではオーギュストがその構造についてわかりやすく困惑していた。無理もない、自分の持たない属性の通り道は把握できないのだから。
「経路がグチャグチャだし、しかも外界に出てない、循環してる?いや、それになんの意味が?」
「そういうことか!!これと同じ経路が全ての属性にあるのだとすれば、経路を複数回循環させることに意味がある。」
「つまり星杖の中で属性が無数に混ざり合い続けることで完全性を増幅させるということか!そうであるのなら外界を経由する必要もない!だがこの機構は本来複数人で行う儀式、特にパンドライベント実験に用いられるものだ。よくこんなにも小型できたな、どういう技術だこれ。」
この部屋に居る者は全員が彼の怒涛の説明を理解せずに困惑していた。というより引いていたという方が正しいだろう。
だが彼の怒涛の早口を一旦忘れて考えてみれば、彼の考察は正しかった。だからこそ彼はそこからこの杖の材質を簡単に察せられる訳であるが、幸運にも彼は穢れを知らずである。まさかこれが人骨、しかもドラゴンのものだとは思わなかったのだ。
「もはやオーパーツだな。星遺物だったりしてな。だとしたらエレナ釘と同じ部類か。」
穢れを知らずとはいえ、オーギュストは聡い王子だ。機構を察し、そしてそれがア=ステラ及びその使徒の遺品である星遺物ではないかと考察したのだ。
「まさか、だとしたらこれはとっくに星教会の管轄になってるだろ。」
見苦しい言い訳をしたと思う。なんならカケルからしてみればこの逃げ口実の取り繕いを相当愚かしく見えるだろう。ヴィレンに関してはこれについてもはや興味を失っているだろう為さしたる問題はない。だがこの状況について、他ならぬ俺自身が第三者として観測していたら、俺のことを見苦しい阿呆として軽蔑しただろう。
「それもそうだな。あの教会が見逃すはずがない。」
今日の講義は星杖と個人的に取った薬学のみだ。つまり俺以外の奴らはもう菓子会やら舞踏剣術やらの娯楽会の方に出ているはずだ。俺も剣術を磨くためには薬学など取りたくはなかったが、取らなくてはならない理由があった。
そしてそれこそがレオ・レオニス、つまりアルバルト・ラージャナヴァである。俺は奴と一目見て勝てないと確信してしまったのだ。加えてカケルとのあの勝負、はっきり言って俺は弱い。だから弱者は弱者なりに毒を使おうという訳だ。幸い俺には現代知識という加護がある。ならこの世界で薬学や化学を学び、この世界の検視を欺く似たりうる毒を探そうという訳だ。
そして薬学も終わり、俺は剣術研究会に出席する為にロッカーから木剣を2本取り出してグラウンドへ。
「お!やったと終わったかユーキ!」
ヴィレンは俺を見るや否や、素振りをやめてこちらに向かった。今日はヴィレンに稽古をつけてもらう約束をしていたのだ。というのも、レオに接近するにはAチームに入らなくてはならない。最低でも舞踏式で手抜きのカケルに5本中1本取れるくらいでなくてはならない。今の俺では100本やっても1本も取れないと言っていいレベルだ。だから実戦経験を持つ彼に教えを乞おうという訳である。
「まずユーキ、お前がどれ程やれるのかを知らなくちゃ話にならない。」
左手に木の短剣、右手に木の大剣を構える。
「それじゃ初めと行こうか。」
彼の身体に僅かな鉄の属性が見えた。まるであの、カケルと戦った時と同じように。