知らない言葉に不知火迸り
讒言者ザハト、勇者ユーリ、神憑きのサルヴァ、時代を変えた彼らには共通点がある。それは神の国の言葉だ。彼らの日記にはしばしばその言葉が現れる。そしてその言葉は幾度解析したとて、我々には理解できなかった。
世界の不思議と謎、月刊都市伝説アトラティカ第156号 ラル・パブリッカ社
勇者ユーリが息子であるカケルに宛てた3枚の残し書。1枚目は暫くアルスタシアの方に旅に出る旨、2枚目はそれに伴う国王への謝罪、及び執行代理人の選定、そして3枚目は未知の文字である。
「なんて書いてあったりわかったりしない、かな?」
貴方がこれを読めているということは貴方の魂は向こう側からやってきたのでしょう。貴方の第二の生は如何でしょうか。私は後悔しています。どうして私は欲深く、名声を得ようと魔王レクレアを殺したのでしょうか。英雄と持て囃されようと、その裏側はテロリストです。そしてその道の先がムシュードパリス、木こりのように首を落とす仕事でした。もう私は自分の人生に嫌気が刺しました。
結局私たちの心は現代人で、器の容量は家族を養う位が限界なのです。ですからどうか貴方は驕らず求めず慎ましく、晴耕雨読の日々をお過ごしください。後悔が人生を埋め尽くす前に。
「さっぱりだな。そもそも解読するには資料が少な過ぎる。」
これは俺に、あるいは俺より後に来るかもしれない人々に宛てたものであり、また勇者ユーリの人間的な弱みだ。これを実の子であるカケルに見せても意味はないだろう。そして何よりユーリが居た堪れない。父親なら子の前に弱いところは見せたくないはずだ。
「そ、そうだよね」
「借りるのか?ザハト手稿。」
「禁書は借りれないよ。焚書を免れたり復元したやつだから希少価値が...」
「そりゃそうか。んじゃ俺は...」
「待って!」
去り際に左手を掴まれた。その自然な行動、一つの違和感。気付かなかったのだ。待てと言われるまで。俺も王足らんとする者、警戒は常にしていた。こいつと談笑しながらこいつがいきなり血相変えて切りかかることを脳の片隅には置いていた。
「その、この後舞踏剣術会の体験会があるんだ、二人で行かない?」
そういうことをされると勇者の息子、その強さに俄然興味が湧く。
「いいぜ、行こうか。」
3度目の秋空を潜ってグラウンドへ。途中ミリシアと出会う。既に彼女も友人を作っている。人3人と獣人2人のグループだ。
「ミリシア、俺これから舞踏剣術会の体験行きたいんだけどいいかな?」
ミリシアは普段と変わらない目を向けるが、2人の人は俺に蜘蛛を見るような目を、2人の獣人は哀れみを向ける。
「そう、なら私もお菓子同好会あるからまた後で。」
彼女は去っていく。彼女の友人が俺についてさっきの彼氏だとか友達だとかそう話している。その普通の会話が俺にとってどれほど救いになるものか。ドラゴンも普通の人間であるとそう肯定できる。
そんな気持ちを抱えながら、尚も俺の視線は彼女を見ていた。そのはにかんだ笑顔も口元を隠す手も俺の前ではみせないものだったからだ。たとえこれが取り繕う為の偽物だったとして、俺の目には素敵に映った。
「綺麗な人だね。」
彼女を初めて見る彼にもそう映るらしい。
「笑顔の似合う素敵な人だ。」
「それ、いいね。」
グラウンドでは既に30名近くが木刀を持って模擬戦をしていた。それは名前の通り戦闘というより舞踏である。静と動、起こりはゆっくり、されど斬撃は素早く、そして打は寸止め。
「あ!よぉユーキ。もしかして体験会来てくれたのか。」
明るい男、アルバルトだ。奴が舞踏剣術会に所属しているとなれば入らない選択はないだろう。
「はい、レオさん。私とカケルは剣術には興味がありまして、是非とも舞踏剣術会に入会してみたいなと。」
「そう言ってくれると嬉しいな。ところで剣術経験は?」
「ありますよ、もちろん。」
「あ、あります。」
「いやぁ本当はワンツーマンでやりたいんだけど未経験の人も多くてね。2人とも経験者なら2人で打ち合ってくれ。」
彼の指示に従い、木剣を持ち彼と睨み合う。
「舞踏式と戦闘式、どっちでやりたい?僕はどちらでも構わないよ。」
戦うとなると途端に饒舌になるんだな。面白いところあるじゃないか。
「戦闘式で。俺は正天花を使う。」
この世界の剣術は三つに分類される。平民やヴァイキング発祥の流天花、アルスタシア騎士団発祥の由緒正しい正天花、そして東洋の武士発祥の叫びながら脳天一刀を浴びせる叫狂花である。
「なら僕は叫狂花でいこうかな。」
叫狂花は舞踏式実戦式問わず最弱の花だ。何せこの花は一太刀信じ二太刀要らず、農奴を武士とする為の一撃だ。それを勇者の息子である君が選ぶのか?
「んじゃ、やろうか。」
彼は剣を大上段で構え目を瞑る。彼肉体に夜の属性が迸る。それに伴ってその輪郭が夜に溶けて朧になる。されど俺の肉食の瞳は暗闇を捉える為の進化、用意にその輪郭を認識できる。
脚に力を入れ、剣を突きの構え。あのいけず後剣をイメージするのだ。
奴の瞼が開く、それと同時に獣の脚力を持ってして突撃。剣と肉体が一本の矢となってが奴の腹を目掛けて飛んでいく。
その切先が腹に触れる、それと同時に木の砕ける音が聞こえた。切先がその鋼鉄の腹に当たって砕けたのだ。
それと同時に大きく息を吸う音、心が壊れる。ドラゴンとは名ばかり、その肉体は蛇に睨まれた蛙が如く恐怖心で全身が硬直した。
「祈れぇぇぇぇ!!!!」
絶叫。その咆哮を受け瞳孔は開き心は慟哭する。脳は生存を求めて、体感時間を無限に引き延ばす。幽玄の時の中、埃の軌跡すら把握できるこの氷のように冷たい世界。死ぬときはこんな感じなんだろう。
ここで死んでなるものか。
考えろ、思考しろ。この止まった世界、あの獅子の一閃の時にはなかった。ならあれよりは遅いはず。
鉄属性を纏い左手を掲げる。それど同時に右手の刺剣にも火属性を纏わせる。木剣は僅かに火を宿す。
鉄の左手に剣が触れる、奴の腹に火の剣が刺さる。
全ての終わる時、結末は舞い散る砂埃のヴェールが霞のように隠した。そしてそれが晴れる頃、やっと状況を把握できた。いまだ僅かに烟る火の剣は剣身を短くしている。
結末としてはこうだ。奴は俺の身を案じて振り切らなかった。俺が受け止めたのは寸止めしたのだ木剣である。そして俺の剣はついぞ折れてその鋼鉄のような腹を突破できなかった。
「ご、ごめん!そのついやっちゃって...」
勝者は敗者に対して深く頭を下げて謝罪する。左手に違和感、幻肢痛とは違う。純粋に軋んでいるのだ。ただ触れただけなのにこんなにもなるものなのか。
「いや、いいんだ。それよりもギャラリーがうるせぇから一旦出ようぜ。」
グラウンドの外、用具室の隣に座り込む。彼は未だに落ち込んでいるように見える。勝者なんだから誇れよ、そう言いたくなってしまう。
「そういやお前の腹あり得ないくらい硬かったな、どうやってんだ?」
「それは君の属性付加がずれてるからだよ。ほら、左手と右手で同時に込めたでしょ?左手は一回義手を経由するからずれてるんだと思う。」
「実際、あの木剣が君の属性に耐えてたら君に得点入ってたから...」
「そのユーキは多分正天花よりも流天花の方が合ってるよ。二刀流にすればその辺の問題は解決するから。」
見知った顔が二つ、校舎の方からやってくる。
「ユーキじゃないか。さっき振りだな。」
そこにいたのはオーギュストとミリシアだった。肩並び歩くリズムはほぼ同じ、俺には絶対に見せてくれない笑顔を彼の前では見せていた。妬いているわけではないが、悶々とするものがある。許して欲しいわけじゃない、むしろ許さないで欲しい。声援でも応援でもなく、倦厭と罵声と侮蔑が欲しい。ずっと俺の隣にいて、そして俺を罵って嘲って古傷を抉って、罪悪感を掻き立てて欲しい。なのになぜ俺は彼女の仕草に惹かれる?魅入られているんだ?わからない。そんな欲も生き方も王になると覚悟した時に捨てた筈だ。
「そうだな、オーギュスト。」
「怖い声だな、気分でも...あ!」
彼は急いで駆け寄り、左手を掴む。
「手首と親指の関節がズレてる。強い衝撃と、振動?」
「オギューすごいね。見ただけでわかんだ。」
オギュー?随分と仲良くなったものだな。どうせ菓子会とやらで一緒になったとかそういう理由だろう。1日でそこまで打ち解けられるものなのか?
「外装か、俺でも工具があれば治せるな。」
「頼んでいいか?」
「もちろん!是非やらせてくれ!」
眩し過ぎる屈託の無い笑顔。汚れを知らない純真さの証左だ。とても王権を担う者だとは思えない。そのまま王となるのなら純真なる白さによって人々が赤色の血を流すことになるぞ。
「ありがたいよ、オーギュスト。」
「いいんだ、むしろ私に治させてくれてありがとうと言いたいくらいだよ。」
「さて、そろそろ帰ろうか。迎えを待たすのも良くない。」
その日はそれで解散となる。ユーキは馬車、カケルは2区住まいということで、帰りはミリシアと二人きりだった。
昼過ぎの太陽の下、夕日というには早過ぎる。
「オギューいい人だね。お菓子作るのも上手だし。」
「気に入ったか?オーギュストのこと。」
「妬いてるの?」
「まさか。ただ、優しいだけの王様になるなら殺さないとなって。」
「そっか。だから私オギューのことちょっといいなってって思ったのか。」
彼女は自らの頭の内の思考に納得した。それでこの会話は終わり、授業がどうだとか先生がどうだとかの話にシフトする。