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萌芽の香が漂い贖う

 私にとってラ・ソレイユ魔法学校での日々は素晴らしいものでした。ですがその日々こそ、私の罪悪感を掻き立てる呪いの日々であった認識しています。私は彼らと出会ってしまったのですから、そして友になってしまったのですから。いずれ殺さねばならぬ相手と知って、共に夕食を囲んでしまったのです。生涯の友となってしまったのです。

 だが決して忘れてはならない。彼らが与えてくれた全てのおかげで私がある。彼らから奪った全てのおかげで私がある。


 サルヴァ・ラージャナヴァの日記


 魔王サルヴァ・ラージャナヴァ編纂記より 著 C・H・エドワード



 今日、俺の記憶の中では5回目の入学式である。1回目は幼稚園、2回目は小学校、3回目は中学校で4回目は高校だ。そして5回目は魔法学校らしい。数奇な運命を辿ったものだな。しかしそうも言ってられない。何せ俺には使命がある、罪がある。青春なんて言って日常を謳歌していいものか。否、贖いの生き方からは逃げられない。

 正門をくぐり、天文台を抜け、校舎の第一大教室へ。席はクラス別で指定されおり、一旦ミリシアと別れる。

 自分の席に着くと、隣には陰気臭い美少年が座っていた。鼻筋はしっかりしていて、顔も小さく眼も大きい。色白の素肌からは青い血管が透けている。ブルーブラッド、まさにその言葉に相応しい美しさだった。

 彼は俺の腕を、その金属をまじまじと見つめる。


 「君、すまない。その左腕を触っても構わないだろうか。」


 「構わない。」


 彼は関節部を開いたり閉じたりして動きを、材質を、仕組みを考察する。その目はさながら職人だ。あの鍛冶場にいたあいつの弟子たちによく似ている、澄んだ瞳だ。やはり、好きなことに全力になれると言うのは素晴らしいな。だがその瞳で玉座に座ろうと言うのなら、それは罪だ。


 「あぁ、名乗っていなかった。私はオーギュスト。ルイス=オーギュスト・ガリアだ。オーギュストと呼んでくれよ。」


 ルイス16世、彼はガリア王国の皇太子だった。通りで肌が透き通っている訳だ。


 「俺はユーキ・ルーデンタッドだ。ユーキでいいぜ。」


 その日彼と友になった。将来殺さなくてはならない敵と知っていながら。脳裏で彼をどう殺すか、そう思いながら握手を交わした。


 「ユーキ、この腕はどうやって動かしてるんだ?」


 実際に動かしながら事細かに仕組みを説明する。彼曰く、機構も設計理念もめちゃくちゃどうやって動いているのか、そもそもなぜ義手として成立しているのかすら判らないらしい。故に技師の山勘と知識によって成される奇跡的な芸術作品であると語った。


 「錠前造りといい、本当に好きだなそういうの。俺にゃわからんよ。」

 

 赤髪センターパート、顔に切創のある男。オーギュストとは打って変わって、どちらかというと快活な男だ。


 「洗礼された機構はいつ見ても美しいからな。物の数だけ、物語があるんだ。戦好きの君にはわからんかもしれんが。」


 「あ、こいつはヴィレン。私の友人だ。」


 ヴィレン・ヴァン・ニーダーランデ、ニーダーランデ王国の皇太子だ。9歳で獅子を殴り殺したという噂にそっくりな風貌である。

 教室の人数は四人、となるとあと一人もどこかの王子なのだろうか。


 「よろしく、ヴィレン。俺はユーキだ。」


 「あぁ、よろしくなユーキ。」

 

 固く握手を交わす。そうしてる間に隣に一人、ボサボサな髪をした少年が座っていた。


 「君は?」


 オーギュストがその少年に声をかける。しかし少年は緊張しているのか、恐れているのか俯きながらボソボソ言ってるだけだ。嫌いではないが、こういうタイプは苦手だ。


 「...カケル。カケル・ハルカです。」


 「ハルカ...あぁ!君もしかしてムシュードソレイユの息子か?」


 ムシュードソレイユ(ソレイユ処刑人)というと勇者ハルカ・ユーリか。つまり俺にとっては親の仇の子という訳である。でも俺は父親の顔なんて覚えていない。だから特段彼についても思うことはない。だが彼が父親と同じく、アルスタシアを著しく損なおうとするのなら、その時はその時だな。


 「は、はい。」

 

 「すまなかったな。父のせいで、損な役回りを。父は君の父の人望厚さに嫉妬したんだ。国民の心が君の父に向くことを恐れてな。」


 「まったく、小心者だ。」


 「...あはは。」


 教壇に壮年の女性が上がる。彼女は校長だった。そして彼女は語った。

 

 「預言者ア=ステラは言いました。私たちの知能は何のためにあるのか。これは私たちが世界を解釈する為である。そして人生を、己が理知を世界に殉じた者だけが魂を祝福される。」


 星教の基本理念だ。原理主義派もガモフ学派も、救済を重視するリュンヌ姉妹教会もここだけは変わらない。根っこの部分は''勉学に励み星振りを解明した者のみが報われる''という理念にある。


 「決してガモフのようにかまけてはなりません。信ずることでは無く、学ぶことこそが救済への道であります。」


 だがこれは不平等であるとするのがガモフ教の立場だ。ガモフ教曰く、最初から学問の機会を与えられなかった者の魂はどこへ行くのか、そもそも星振りを解明することがそんなにも善きことなのか。神を信じ祈り、隣人を愛していれば魂は救われる、信仰とはそういうものなのではないか。 それがガモフ教である。


 「では次に魔法学校で学ぶことに対する心構えからお話しさせていただきます。」


 彼女の話は眠くなってしまうほど続く。


 「長い話だったな、教室行こうやさっさと。」

 

 俺の思考をヴィレンが吹き飛ばす。

 個人的には結構解釈の分かれる話で面白いと思っていたが、その視点は元の世界における宗教を知っているからこそである。よってヴィレンやオーギュスト、カケルにとっては面白くもない話なんだろう。ただ当たり前を言われているだけなのだから。

 

 「おい、行くぞカケル。」

 

 俯く彼に声を掛けて教室に向かった。陰気なのは勝手だが、仲良くなることくらいはしてほしい。押し付けがましいかもしれ無いが、それくらいやるのが共同体としての義務なんじゃ無いのか?

 しかし彼にもそうせざる負えない理由があるのかもしれない。それも知らずに人に対して怠惰だからと、そう言ってしまうのは不配慮じゃないのか。


 「う、うん。」


 教室に向かう。来た時のように天文台を通るが、今更試験日との違いに気付いた。カシオペア座である。どうやら反対の四季の夜空を映し出しているらしい。


 「よぉ、ボンボンども。」


 案内通り、既に教室には担当の教授が居た。試験官としていた奴だ、確か名はシャレース。


 「まず言っておくが俺はお前らの世話を頼まれた訳じゃない。お前らが有用だと思ったから招いた。」


 やる気を出すための詭弁だなと、俺を含め全員そう思ったはずだ。


 「お前俺が嘘ついたって思ってるだろ。」


 「まぁいい。んじゃ今から俺の教室について話していく。」


 「俺の専門分野はガモフ大火球時代における相転移ってとこだ。そこを独自に研究している。つまり俺は全ての属性の講義ができるって訳。何ならパンドライベントもな。」


 全ての属性?まさかお前もドラゴンなのか?


 「おい、ドラゴンのお前。お前俺のこと同族だと思っただろ。答えはこれだ。」


 奴は右袖を捲る、そこには鱗と翼の腕があった。そしてそれには人の部位と混じりの部位の間、縫い後によって明確な境界があった。


 「まさか、そこまで...」


 悍ましい、奴は俺の肉体を人工的に再現したのだ。


 「ここまでしないとア=ステラは救ってくれないからな。」


 倫理を踏み潰した知的好奇心の行き着く先すら祝福するのなら、それは人の知性を暴走させるもの他ならないんじゃないのか?


 「シャレース教授、倫理を無視した実験者が辿るのは家畜への転生だとリュンヌ星歌には記されていますが?」


 オーギュストの反論、しかし奴はそれすらも渇いた笑いで受け流す。飄々と、風に吹かれた暖簾のように何もなかったかのように。


 「そりゃリュンヌが勝手に言ったことだろ。ア=ステラ様の言葉じゃない。」

 

 事実だ。そもそもリュンヌはア=ステラ七使徒のうちの一人だが、彼だけはア=ステラの再生の証人ではない。よって少数ながらリュンヌはア=ステラの使徒ではなく詐称者とする立場の者もいる。


 「私が王となったら科学及び魔法研究における倫理指針を立法議会に提出するからな覚悟しとけよ!」


 その脅迫紛いの声量と実現可能な脅し、今からお前を牢にぶち込んでやると言わんばかりの宣言にも奴は笑って対処する。

 罪を背負って汚れて、今だからわかる。シャレース、お前裁かれたいんじゃないか?罰して欲しいんじゃないか?


 「おっと怖い怖い。さて、無駄話は終いだ。」


 一瞬にして声色が変わる。渇いた声から潤った、落ち着いた声になった。


 「お前ら使える属性は?複合と変質込みで答えろ。」


 教師のその質問に生徒は答える。オーギュストは土属性と夜属性と人間性属性、ヴィレンは土属性と鉄属性と炭属性、カケルは夜属性、そして俺は基本6属性、夜属性、朝属性、人間性属性、慈鉄属性そして火属性である。


 「なるほどな、やっぱドラゴン様はちげえな。」

 

 時間の定義とは無秩序方向に完全性が拡散していく事だ。即ち、世界においてドラゴンだけは星が生まれる以前の完全性をその肉体に保持している。よって、天文学に於いてのみドラゴンは優遇される。だがそれは市場の時と同様、共同作業の機会の喪失、孤独と他ならないことは、俺自身が何より留意しなくてはならない。


 「んで次、魔法の習熟度だ。」


 オーギュストは娯楽及び教養魔法全般と簡単な魔術、ヴィレンとカケルは戦魔法全般のみ、俺は簡単な戦魔法と太陽形内魔術全般と言った具合だ。


 「魔術ではユーキだが、魔法での習熟度ならオーギュストか。さすが坊ちゃん教育だな。」


 「と、まぁ今日はこれで帰れや。明日までに色々考えとくわ。」


 通常70分の講義が15分で終わった。ミリシアが徒歩の帰り道を憶えていない為ここから55分は暇という訳だ。図書館にでも行ってみようか。

 再び偽物の秋夜空を抜ける。

 図書館は校舎よりも大きかった。それもそのはず、この天文台図書館の蔵書数はガリア二位である。

 中に入る、まるで書架の摩天楼だ。そもそも6メートルの書架など見たことがない。

 案内板の中で少し冒険をする。ほぼ全てのジャンルが網羅されているが、俺の興味を引いたのはこの、禁書というコーナーだ。一番奥なので遠いが、ハイキングと同じ、隣の書架を眺めながら進めばすぐだろう。

 目的地まで歩く、その途中俺の興味を惹く書は沢山あった。例えばシャレース・シャリアシャードの第51~100号パンドライベント実験レポート、勇者ユーリの冒険譚、種族別魔族モラル概論、宗教家から見る魔王レクレアなどさまざまだ。

 目的地に辿り着く。禁書の棚、そこにあった殆どは古びたり焦げ跡が付いていたり、そもそも作者本人ではない者の改訂版だったりする。


 「創世記。」


 創世記、著者はザハト・クリュフ。元の世界でもあったそのタイトルに無意識的に惹かれたのかもしれない。

 要約するとこうだ。


 無すら無い世界、そこには神のみが存在した。神は光あれと言う。

 すると光があった。光があることで影があった、影があることで形があった、形があることで重さがあった、重さがあることで熱があった、熱があることで生命があった。

 そして世界をつくり、最後に神は土塊で家畜と人を作った。そして神は休息を取る。


 ガモフ教という言葉自体知っていたが、こうも星教とかけ離れていて、こうも元の世界にあったある宗教と近しいとは思わなかった。

 創世記を元に戻し、四段目にあるガモフ手稿編纂を手に取った。


 編纂者リン・アベリーより、まずこの書は未解読の言語で綴られている。そして挿絵の建築物(と思われる)ですら異質であり、とてもこの世のものとは思えない。ガモフ、あるいはガモフを騙る者によって書されたイタズラである可能性すら留意するべきである。だがこの言語は自然言語あるいは人工言語のような確かな意味を持つ文章列であると考えられる為、とてもイタズラとは思えないのだ。


 「まるでヴォイニッチ手稿だな。」

 

 ページを開いた瞬間、全身に稲妻が走った。この世界の誰もガモフを理解できなかったが、俺は唯一そのガモフ・クリュフという人間を理解したのだ。だって、俺にはそれが読めたのだから。

 未知の言語を知っていた。そしてその書には、こうあった。


 恥ずかしいし日記は日本語で書こうかな。どうせ誰も読めないでしょ。

 いやまさか自分が異世界転生?をするとは思わなかったな。これからどうしたもんかな、農家として働いても金は足りないし。こうだ、あっちの世界のことを元にして本を描いてみようかな、そしたら斬新ってことで結構稼げるんじゃないか。


 「マジかよ...」


 興奮のあまり、懐かしき感嘆詞が喉から飛び出す。ザハト・クリュフは俺と同じ転生者だった。


 「あ、あの!すいません。」


 感動の最中、脳内がアドレナリンの海で溺れて彼に声を掛けられていたことに気づかなかった。


 「ん、あぁ。カケルか。どうしたんだ?」


 「その本借りたくて、その本に書かれてる字に父の残し書が似てるって、シャレース先生が...」


 第二の衝撃が、稲妻が俺の脳を、肉体を走った。


 

 

 


 

 


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