獅子の意思は素晴らしき立志、されど愚かし浅き夢見し
アルバルト・ラージャナヴァ、彼を読み解けば読み解くほど、彼という存在が如何にこの時代の中で異質であったか理解できます。彼はB.S.(紀元前)3年という時代で自由民主主義思想に辿り着いていたのです。ですがこれはあまりにも時代を先取りし過ぎた思想であり、第二代魔王サルヴァ・ラージャナヴァの目には非常に前衛的に映ったのです。しかし、その思想自体は彼も高く評価していた。故に彼はその思想を殺さない為に兄を抹殺することにしたのでしょう。
もし彼が我々の時代、あるいはA.S.(北西暦)100年代に産まれていれば優れた思想家、政治家として世界を大きく変えていたに違いありません。
扶桑国立大学 佐藤昭輝教授
TV番組 偉人を追う 第4話 月の獅子の子、アルバルト・ラージャナヴァ
扶桑TVより引用
「久しぶりだな!白紙児が治ったって本当なのか!?」
周りの奴らは全員こちらに注目している。こいつ、護衛をつけていない?いや、俺が察知できていないだけか?
「えぇ、見ての通り。」
無警戒なのか?それとも俺に対して何も警戒する必要がないと思っているのか?
「いやぁ!懐かしいな!お前甘いの好きだもんなぁ、覚えていないか?母様特製の激甘スープ。」
左手で土塊を作り、火属性を付与する。バレないように小さく、小さくする。ここで殺す訳ではないが、念の為だ。そいつの真意がわからん以上、こうして''近くの魔法戦の流れ弾''を警戒しておく他ない。
「そう警戒せんでも...まさかお前、記憶が。」
角を持つ俺でも感知が難しいレベルの起こりだぞ。それを角なしのお前が、どうやって...
「残念ですが、兄様私は貴方について、微か朧に見る夢の中の人物としてでしか、知らないのです。」
彼の顔が曇る。あぁ、相当良くしてくれてたんだな、白紙児サルヴァに。
「そりゃ、あぁ、難儀だな。まぁ思い出が消えたんならまた作るだけだ。だってお前天文台に入学すんだろ?」
「はい。内戦で勝ち残った後の世界をアルスタシアが生き残る為には、王が聡くなくては行けませんから。」
優しい兄の目が、その台詞を放つと同時に王の眼となる。やはりお前のその鋭い眼光は恐ろしい。
「お前...そうか。ユーティリナを殺ったもんな。」
「怨んでおいでですか、兄様。」
「いや、奴も戦いの中で散ったとなれば本望だろう。それが策に嵌って八方塞がりだとしても、武将としては尚更だろうよ。」
「で、お前はなぜ我が理想の前に立ち塞がる?」
雄々しき立髪は風に揺られ靡く、あぁ、今すぐにでも想像できそうだ。国の頂きに立ち、靡く国旗を前に冠を戴き、さざめきを受ける彼の姿か。
「貴方の理想は非現実的であり、アルスタシアを堕落させる一撃であるからです。」
「貴方は何度泥水を啜ったことがありますか?貴方は頭蓋を皿にして血と脳を啜る小姓を見たことがありますか?」
「人は腹が減れば、クールー病(致死毒)をも啜るのです。」
「貴方はそれを知っていて、剥き出しの闘争心を持つ無垢の人々にアルスタシアの全てを管理運営することができるとおいでですか?」
貴方は常に勝ってきた。故に生きる意思がどれ程の強さと醜さを持つのか理解できない。だから貴方は人という存在について、その表層にある進化に打ち勝ってきた知恵と暖かみしか知らないのだ。本質はただ、生き残ろうとする意思が、進化の過程で得た隔絶した理知と感情によって増幅されているというだけに過ぎないのに。
「あぁ。人は自ら自滅ほど愚かじゃない。苦難を迎え、そして越えた時、アルスタシア国民は自らを自らによって啓蒙し政治的理知を得る。」
驕りがすぎるぞ、アルバルト・ラージャナヴァ。人が人に試練を与えるなどと、それは神の真似事だ。何よりただ勝ってきた人間が全ての人間にそれを与えようとするその魂胆、それを押し付けと知れ、自惚れ驕る愚か者が。
「その過程でアルスタシアが滅ぶ可能性が大いにあると言っている。」
「滅ぶのなら、其れ迄。アルスタシアの国民が如何に愚衆の集いであり、我が如何に愚王であったかを歴史に刻むだけだ。」
文明人たる我々の死因が愚かさであってたまるか。何の為に我々の遠祖が社会とルールを作ったと思っている。何の為に王権があると思っている。それは人間性の本質である生存本能という名の暴力を権威と法という神の力によって抑制する為だろうが。それを取っ払っていきなり自然人に回帰したとして、あるのは万人の万人に対する闘争だけだ。どうして、そこに希望を見出せるのだ。
「本気で行っているのか...あんたは。」
「これが我の王道である。」
「お前の王道の先にあるのは禿鷲に啄まれる死体となったアルスタシアか、ザハト書の悪魔に蹂躙されるアルスタシアだぞ。」
「ならば貴公、貴公が我から冠を奪えばいい。それだけの話だ。」
「優れた者の優れた思想だけだ生き残る、それがこの内戦の意義だ。」
大仰な王様装いの口調と姿勢、眼は突如解ける。
「と、言ってみたはいいものの俺もお前もまだガキンチョだ。」
「在学中はピリピリせずにまた兄弟の思い出つくろうぜ。」
彼はまたなと行って去っていく。自ら会計をし一人で店を出たのだ。護衛の人数の答え合せは、少なくともこの店の中ではゼロという訳だ。
アルバルト・ラージャナヴァ。強大な敵だ。それでいて人の叡智と優しさを盲信している。
しばらく経った後、俺たちも店を出る。そして不適に彼女は笑うのだ。
「ふふっ、殺せそうですか?彼。」
「何を笑っている。あいつの思想は早過ぎんだよ。未来を先取りし過ぎている。だからこそ殺さなくてはならない。」
「あいつの思想が失敗と見做される前に。」
自由の女神が一人の善性信者によって崩れ去るなどあってはならない。
「兄よりも兄の思想に慈しみを持っているということですか?」
「幾億人もの赤子の未来と自由の為だ。兄一人の命を犠牲にしてでも、守らなくてはならない。」
「顔も見知らぬ、しかも産まれてすらいない他人の為に唯一の肉親をも手に掛けようとする。その先に貴方自身の未来はありますか?」
「矛盾しているぞ。ブルーブラッドの定めから逃れられないと言ったのは君だ。」
「矛盾していませんよ。責務の中でもささやかな幸せと寄る辺がありますようにと、そう願うのが人でしょう。」
「幸せ、寄る辺か。俺にそんな権利は無い。」
「何より、数千の命に比べれば私の命など安いものだ。」
ある人は命をこう捉える。数人の命は素晴らしく掛け替えのないものだが、その数が千を越えればそれたただの統計に過ぎない。悲劇も歓喜も、その数から何も感じ取れない。ただ、多さと少なさを比較するだけの数字だ。
だが私にはそう思えない。
「まるで貴方は機械仕掛けの人間ですね。」
ロボットという単語が無い為か、機械仕掛け+人間という構成でその単語を表すのか。ブルーブラッドという慣用句はあったが、こういう所は元の世界とちょっと違うんだな。
「仮にそうだとしたら、歯打ち音がうるさそうだな。」
「えぇ、本当に。噛み合って無いですから。」
帰路に着く、まんまる夕日の茜はセイン川を焼く。子供たちはとっくに家に帰って夕食時だろう。父親は帰っているだろうか。
思えば懐かしいな。そういやお父さんやお母さんなんてのも居たな。まぁ、俺はそれについて懐かしむことはない。何故ならそれはこれではなくユーキの感情だからな。そう思えば俺には親というものがいないのかも知れない。父である魔王も母であるその妃も、彼らの子は白紙児サルヴァだからな。
ユーキとサルヴァが混じり、そして新たに産まれたサルヴァ・ラージャナヴァという人間には親というものが存在しないのだ。
玄関の扉を開ける。出迎えは彼女だった。
「おかえり。」
ただ短くそう言った。そして俺の耳元で小声で囁くのだ。
「私よりも怖いでしょ、ティナ姉。」
俺はただ、頷いた。そうすれば隣の彼女には悟られないと思ったからだ。
「夕飯はもう作っちゃったから今すぐ食べてね。」
テーブルの上にはパンとラ・メーラ。灯の燭台と蝋燭だ。ただ、この空間に響くのは食器のぶつかる音と火の揺れる音だけだ。気まずいが、悪いのは全面的に俺だしな。
「ユーキ、実はあたしも天文台に入学することにしたから後で魔法教えて。」
名目上護衛である彼女が入学してくれるのは嬉しいっちゃ嬉しいが、まさか彼女からそうするとは思わなかった。
「構わない。だが教える前に一つ、君は魔法をどれほど使えるんだ?」
「基礎的な戦魔法程度なら使える。」
基礎的な戦魔法というと土塊を作って飛ばしたり、土塊で鈍器を作ったりってくらいか。加えて父親が獣人となると、それに鉄属性付与をしてって感じだろう。総合魔法科なら試験勉強をする必要は無いが、天文学科となるとな。天文モデル魔術という課題に適してて彼女がやり易いのは...堕ツ星か。いやでもそれをやると俺の月生の儀説とちょっと被るか。ん、なら共同ってことにしてみるか。
「明日だな。」
時間は月は20回南に駆ける迄、十分だ。
朝日は登る。朝っぱらから庭に二人、ユスティナはまだ寝ているだろう。
「まずこの魔法を見てくれ。」
両の手を構える。
「月生、此処にあり。」
土塊を二つ出現させる。大きさは1:2だ。風属性で軽くし、土族の変質である夜属性で土塊の周りが暗くなる、そして二つに鉄属性を付与し赤く染める。次に二つの土塊を限界まで近づける。ここからが腕の見せ所だ。土塊が近づく、そして二つの、向かい合った表面に火属性を付与する。これで星と星の衝突を再現するのだ。
「衝突せよ。」
星がぶつかる、激しく火属性を走らせる、ここで小さい方の表面の土属性緩め、崩壊させる。風属性で崩壊した土を浮かせ、重力を再現する。そして崩壊した欠片で再び土塊を作る、大きさは4:1。
「ふぅ、成功だ。」
属性は離散し、夜も火も土も消えた。そして彼女はただ、首を傾げていた。
「ん、どういうこと?」
「どういうってどういう?」
「なんか難しいことしてるのはわかった。でもこの魔法の意図がわからない。」
ミリシアはそもそも魔術を知らない。魔術とはこのような、学問の魔法である。が、これを説明したところでこの問いの解決にはならないだろう。
「これは月生の儀説って名前の天文モデル魔術だ。その意図は月は地球と衝突したことで生まれた、という説のシミュレーションだよ。」
「で、これを共同課題でやろうって訳だ。」
彼女は少し顎に手を当てる。何か不満でもあるのだろうか。
「無意識に驕ってるよね。一人で出来るのにわざわざ二人でやって、共同課題として提出なんて。自分の成果を分けてやるって態度。」
「別に構わないんだけどね。ただ、気に食わないってだけ。」
教えてやろうってのに、と他人から言われたらそう思っていただろう。しかし、彼女に言われて、いや彼女に言われたからこそ気が付いた。俺は科学が高度に発展した元の世界を知っているからこそ、無意識的にこの世界の住人全てを下に見ていた。人の悪癖だな、これではまるで植民地の原住民を見下す宗主国そのものだ。それは私の目指すものとかけ離れている。反省しなければならない。
「なら、この魔術にしようか。理論は教えるから、君一人で完成させるんだ。」
月は20回西へ駆ける。
今日は2月15日、あっという間に試験日となった。
そして今日はとうとう試験日である。20日の成果を見せる時だ、ミリシア。
「いってらっしゃいませ。」
ユスティナに見送られ、馬車で二区にある天文台を目指す。この20日間、彼女と共に魔法の練習をした訳だが彼女と打ち解けることができた、と言うことはなかった。
事実今も真隣にいると言うのに彼女は私に何も言ってはくれない。
無言のまま時間は過ぎる。
ラ・ソレイユ国立天文台魔法学校、別名魔術の源、或いは魔法の台所。中央の巨大天文台を中心とし、東に校舎、西に食堂、南に研究棟と寮、北に図書館とグラウンドがある。正門は食堂側であり試験会場は校舎の中規模魔法試験室。この食堂と校舎の位置を思うに、どうしても天文台を通って欲しいらしい。
「緊張してないか?」
馬車を降りる最中声を掛ける。このまま一言も対話無いまま試験に臨むのは忍びないと思ったのだ。
「別に。いつも通りやるだけだから。」
「貴方こそ、ガチガチになってんじゃないの。」
バカにするような言い方だが、今はそれが心地よかった。むしろ、俺はそれを求めていたのかもしれない。他人に讃えられるよりも、罰せられるよりも、頑張ったねと、そう慰められるよりも、ただ隣で軽口を叩いて欲しかったんだ。
立場も何も無く、ただの個人として何にも縛られることなく、対等に語らう関係性、それの如何に尊いものか。
「冗談言えるんだな。」
「私は冗談言ったつもりなんいんだけどね。」
正門を抜け、中庭へ、中庭を抜けて巨大天文台に入る。この天文台の天文台たる部分は三階であり、四方にアクセスする為の空間である一回は博物館的な意味合いを持っていた。
「綺麗...」
天文台一階、そこには星空があった。大理石の壁面に星を映すのだ。天の川が輝いている、蠍の心臓が赫く輝く。天文モデル魔術、大三角は水面に映る、である。真逆の季節の星座とは面白い物だ。さすがは魔術の生まれる所、魔法というものがなんのためにあるのか思い出させてくれる。
まさしくイグニスの星歌第4章8節より''魔法は常に星とある、未だ星を征けぬ我々の為に魔法があるのだから''である。
「何この模様。」
一階の中心、そこにはある模様がある。三日月が太陽を喰らっている。そしてその周りには6種の人間が描いてある。
「太陽は雄を、月は雌を表す。つまり雌雄同体。そしてこの6種の種族。」
「これは完全性を象徴だな。」
魔法はその構造に含まれる要素が多様であればある程効力を増し、魔女ガモフの火球に近づく。つまり完全性とは魔法の土台の中心だ。故に天文台の一階の中心の床、ここにこれがあることの意味は大きい。
「よくわかんないけど、なんか深い意味があるなら素敵だね。」
彼女のこの一種投げやり的な仕草はあまり考えるのが得意ではない、と言う訳ではなくなくめんどくさがって居るだけだ。しかしこの現代的とも磊落的とも言える態度、話しやすい。
「あぁ、本当にな。」
何せそちらがこちらに興味がないのなら、こちらもそこまで考えずに話必要はない。直感と感情そのままのことを言葉にできるのだ。着飾る必要がないと言うのは、楽なものだ。
天文台を抜け校舎に。校舎は天文台とは違い普通の建物という感じだ。しかしそれは建物自体の話だ。内観は非常に面白い。例えばさっきの大理石に星空を映す魔術を応用し、この板に校舎内の地図が映されていたりする。ここまで便利だとまるでSFだな。地図には大教室3つと30の教室、そして音楽室が4つ、その他様々な部屋がある。もはや大学だ。
「受験生の方、こちらに。」
受験生ね、まさかその言葉をこっちで聞くとは思わなかった。そういやよくよく考えれば魔術の練習も謂わば入試対策だしな。異世界に来てまで入試対策、面白い。結局生きて居る限り勉強からは逃げられんってことか。
案内に従い、会場の中規模魔法試験室に向かう。
広さは目測25m×12.5mの広さ、床の材質は石であり、壁と天井にはごく薄い鉄属性の膜がある。
破壊を目的としない魔法である限りは行使できるな。
試験官と思われる教師、あるいは教授が5人。
「な...」
獅子の子は少し申し訳なさそうな顔をする。なんであんたが、そう言いたいが予想はつくな。
「よぉ、サ...ユーキ。」
「どうしてもって頼み込んであくまで見学という形でな。すまん、お前の魔法を使う姿が見たかったんだ。」
「レオくん困ります、受験生を緊張させるのは...」
レオ、あんた偽名までライオンなのかよ。本当にお似合いだな。
「では早速、ミリシア・ルーデンタッドさんの方からよろしくお願いします。」
先にミリシアか。まぁ当然だな。俺の方は合格確定の裏口だから、先にミリシアの方をやってからって方がミリシアに負担が少ない。
彼女はただ頷く。さぁ、20日間の成果を見せる時だ、ミリシア。
「土塊の巨星、鐵の殻、夜のヴェール。」
元々複数の工程が複合されていた魔術をバラして、単一の魔術として再現する。直径2mの土塊の星、それに鉄属性を纏わせる。そして夜属性を纏わせ、巨星の付近に宇宙の似姿を表す。
「獣の鐵星、自転、加重、加重、加重。」
鐵の星が回る、そしてその星は重量を増す。
「...9度繰り返し、再び鐡となれ。」
鐡の惑星にポリマー加重魔法を加える。その大きさに見合わない重さとなった時、魔法は破綻する。
重量が増し過ぎた属性は崩壊し、それが属性として存在できる最後の時間、重力属性に変質する。この法則に則り、この鐡の星も崩壊する。しかし、その崩壊の有り様は特殊だ。外が内に引き込まれるように崩壊する。
天体モデル魔術、ロバートの死星。重力崩壊再現である。しかし、この方式では真に迫れない。崩壊して、そこで終わりなのだ。だがそれでも素晴らしいものだ。
「ふむ。方法は無理やりといえど、現象の再現自体はモデル魔術として十分利用できるものでしたね。」
教師たちの評論が始まる。
「まぁそもそもロバートの死星自体、一人でできるもんじゃないでしょ。完全性が足りないんだから。むしろ一人でって条件ならこっちが正攻法なんじゃないの。」
「そんな言い出したら身も蓋もないんじゃないですか?そもそも...」
言葉を使用して居るだけで理知的に見えるが、本質的には殴り合いだ。
「ごほん。次、ユーキ・ルーデンタッド。」
埒が開かないと察したか、筋肉質の爺が強制的に話題を追わせた。
「ユーキ、気張れよ。」
言われなくとも。と言いたいが、流れ弾ってことにして殺っちまうか?いや、流石に馬鹿タレか。そもそも殺せるイメージがまだ湧かないな。
「月生、此処にあり。」
いつもと同じだ。星を二つ生み、ぶつけて、そして月を作る。
「衝突せよ。」
いつも通り成功だが、まだもう少しやってやるか。
月に光属性のヴェールを纏わせ、太陽光の反射を再現。破片を月にぶつけてクレーターを形成する。そうすれば、満月が完成する。
「やはりドラゴンは完結しているな。お前、俺の教室来いよ。」
さっきの爺だ。直々の使命は恐れ入る。やはり俺はエリート、という訳ではないだろう。通常、ドラゴンおよび混じりはマイノリティであり、どこにも属することができない為、社会においては孤立する。しかし魔法は別だ。何せ混じって居るほど完全性が高いのだから。故にこいつは俺の才能と気努力とか地位という訳でなく、ドラゴンという魔法において有利な部分を見ているのだ。
「珍しいですね、シャレース教授が教室に迎え入れようとするなんて。」
「俺は珍品収集が趣味だからな。」
二人とも入試には確かな手応えがあった。
そして夕日が落ちる前に家路に着く。
帰りも馬車に二人。だが行きとは違い、彼女が口を開いた。
「私はティナ姉とお父さんと一緒になんとなく生きて、それでなんとなく誰かと結婚してさ、それでなんとなく子供もできて、そんななんとなくな幸せが欲しかった。」
本当に現代っ子みたいなことを言うな。俺もこの世界に来る前はそんななんとなくの日常をいつまでも続けることが夢だった。そしてそれが覚めないものだと思っていた。
「それを奪ったのは貴方。」
「わかっている。だから俺は...」
「でもさ、この前ティナ姉の顔見たら笑ってたの。貴方はティナ姉に笑顔をくれた。」
「だからその点は貴方に感謝してる。」
「でも貴方を許す訳じゃない。これだけは言っておきたかったから、言っただけ。」
「そうか、許さないでいてくれよ。」
もしこれで許されてたら俺は頭おかしくなってたかもな。むしろ、行き場のない罪悪感を一人で抱え込まずに済むのならそちらの方がマシだ。
そして月は40回西にかける。今頃、遥東洋の島国では桜が咲いている頃だろう。
二人は盲目の少女に向けて、こう言った。
「行ってきます。」
セイン川は春の日差しに輝き、新芽の葉と制服の裾が春颯に靡いて揺れている。