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王のマインド

 復国者、神憑きの魔王サルヴァ・ラージャナヴァ。混じりの身体の白紙児、存在しない第三者王子。本来なら死産とされた筈の苦難者。故国の崩壊に際し母を失い、辺境の地に逃げ仰る。兵は離散し、食は尽く。終わりなき籠城、白銀の雪。小姓は餓にあげき騎士を喰う。そして付き人は預言者を装って絶望の果てに嘯くのだ。この子はやがて王となる。

 だがその嘯きは現実となった。

 その赤子はふらつく足で草を踏みつけ、7歩進む。天を指差しこう語る、希望を持たずに生きることは死ぬことに等しい。それが彼の最初の言葉であった。

 後に彼は国を復建し、全ての人々の耳に軍靴を焼き付かせ、世界の全域を五つ頭の鷲の下に置く。

 最も偉大で最も残虐な魔王、平和と戦争の象徴、サルヴァ・ラージャナヴァ。

 何故彼がそう呼ばれるに至ったのか。

 ある人は語る、人や魔族による低次元的な論理で超越的存在を解釈できようが無い。

 またある人は語る、彼は優しいだけだと。

 本書では彼の思考を、彼の思想を、最も彼に近かった人物によって物語形式で綴る。


 追記、これを読する200年後の人々へ。彼の世界は終わり、新たに貴方たちの世紀が来る。星の世紀において地の世紀である私や彼は教科書に住む文字の住人でしか無いだろう。故に、私や彼が貴方たちの世界に干渉することはない。だから私は今になって彼の在り方を貴方たちに知らせようと思うのだ。彼の存在や私の存在が明日の学校での世間話になってくれればそれでいいと思う。


 混じりの魔族、サルヴァ・ラージャナヴァより 著 ミリシア・R・ラージャナヴァ





 5時間目、昼後の授業とはどうにも眠いもので目を瞑ってしまう。


 「起きろ、3行目を読め。」

 

 睡魔、それは思考を蝕む病理そのものであり、俺は文学の教科書と小説を間違えてしまった。そして、俺は寝ぼけて、文字を確認して、再び目を瞑る。そしてそのまま読んだのだ。思えば、この時の不運が俺の全てを変えたんだろう。


 「希望を持たず生きることは死ぬことに等しい。」


 目の開けた時、全てが変わった。俺は何故か平原に居た。周りには中世後期の絵画にそっくりな服を着た人々がいた。しかし、その人々は角が生えていたり、獣のような耳が生えていたり、魚のような皮膚をした異形であった。まるでゲームのようだ。


 「神が憑かれた...」



 彼らは慄く。まるで目の前でイエスの奇跡を見たように。無理もない、故郷を焼かれ、命からがら逃げ出し、辿り着いた砦で終わりの見えない籠城。死を選択に入れた彼らにとって、俺という存在は奇跡に思えたのだろう。人々は、彼を魂なき肉塊に神が憑かれたと誤認した。実際はただの威勢と思い切りが良くて、虚飾が上手なガキだった訳だが。




 俺はそこから2日して俺自身の状況とこの世界の概要を掴んだ。

 まず、俺自身のことだがこれは異世界転生というやつだろう。こういうのの引き金は死とかだったりするが、俺の場合突然だった。そう考えると長い明晰夢を見ているのではないかと思ってしまうが、あまりにも現実感がありすぎてその線はないと思われる。また俺の肉体、見た目は幼児で年齢は13歳、頭には角、背中には小さな4枚の翼、腕と脚に鱗が生え、爪は長く瞳孔が縦長、龍のようだった。

 次にこの世界のことだ。

 まずこの世界の人とは6種であり、人、爬人、魚人、獣人、鳥人、蟲人である。そしてそのうち、人以外は魔族と呼ばれる。また俺はこの5つには該当せず、龍人という類らしい。最初聞いた時はテンションは上がったが、詳しく聞いてみればどうやら差別用語らしい。どうやら混じりによってこの五つ区分できない人を龍人と呼ぶのだとか。確かに、龍という存在は骨格が腕4本の意味がわからない骨格だし、鱗があったり羽毛があったりで、混じっているということを表すという理屈はわからんでもない。

 次に今俺が置かれてる結構まずい状況だ。俺の故郷となるはずだった国、アルスタシア帝国は1年前の勇者ユーリによる魔王レクレア暗殺事件で崩壊し軍閥割拠の内戦状態になっているらしい。そして今いる場所がアルスタシアのクレイリア地方、第一王子アルバルト・ラージャナヴァの忠臣、ユーティリナの支配域である。つまり敵の懐の中という訳だ。


 「聞いておられますか、サルヴァ様。」


 たいそうな髭を生やした白髪の老人、白目部分が黄色で瞳が横長。そしてそれは常に地面と水平。俺のお目付け役のゴーセス爺だ。今は生き残る為に魔法を指導してもらっている。

 文字と言葉、体系として日本語とは全く違うが、なぜかやろうと意識すると言葉に変換できる。身体が覚えているのだろう、記憶が身体に引っ張られる、変な感覚だ。


 「聞いてるよ。」


 魔法、心踊る響きではあるが、どうにもこの世界の魔法はややこしい。どうやら現象を観測し理解し論理を組み立てて、現象を再現するというのが本質らしく、どちかといえば学問寄りだ。そして何よりややこしくしているのが完全性という概念。魔女の大釜と呼ばれる状態に近いほど魔法として完成度が高くなるが、その代わり再現度が低くなるとか。


 「魔法の本質が天文学であることはよく理解できた。しかし今重要なのはそこじゃ無いだろ。そんなことは生き残った後、アカデミーにでも行って学ぶさ。」


 「それもそうですね。では、属性の話は全部忘れてください。」


 扱える属性は血と同期する。人の血を持つなら土、魚の血を持つなら水だ。つまり人は土を扱い、魚人は水と土を扱い、鳥人は土と風を扱う。獣人であれば土と鉄、爬人は土と草、蟲人は土と光だ。


 「あなたは全ての属性と、全ての属性の複合属性である火の属性を扱えます。」


 「火?全ての属性を複合して火なのか?」

 

 「えぇ、魔女の大釜の別名は魔女ガモフの小火球、原初の世界、つまり完全なる完全性とは火球そのもの、火とは凡ゆるの坩堝です。であれば全ての属性を混ぜれば、火となるのは自明の理でしょう。」


 感覚的にはわからんでも無い。世界が火球から広がったのなら、その火球は俺の肉体の情報も世界の情報も持っている。ならば火球は混沌の坩堝なのであろう。が、それとこれとは別だ。土と水と風と鉄と草と光を混ぜたら火になる。これがわからない。


 「まぁ詳しくは、あなたの言う通りアカデミーにでも通ってくださいな。」


 彼は自らの右手を握る。そしてその手を開くと、そこには土塊の球があった。まるで泥団子のようだった。


 「土塊の星、洞窟のほとりから新月の空に輝く星々を見つめ、そこに至ろうとした傲慢な我々の一歩目です。」


 やけに詩的な表現だ。魔法について語る時はセンチでなくてはならない条件でもあるのか?

 彼は再びそれを握りしめる。そして開く時、それは鉄の球となっていた。


 「獣の鐵星、我が曩祖が土塊を見て編み出した魔法です。彼らは愚かにも、人の抱いた夢を狩猟の道具と思い違った。」


 鉄の球が彼の手の上を浮遊する。彼は壁に手を向ける。そしてそれは壁に向かって矢のように飛んだ。鈍い音と共に壁は少々凹む。


 「鐵星の鏃。人の土塊の流れ星をそれまた狩猟の道具とした魔法です。貴方にはこれと、そしてこれの火属性変質を覚えてもらいます。」 


 見様見真似に手を握り、そして開く。もちろんそこに土塊はない。魔法とは現象の再現と奴は言っていた。なら、星を想おう。あの空に輝く星を。自ら輝くことのない、孤独な石ころを。目を瞑って、想像する。遥か空の暗黒で自由で独りぼっちな世界を。


 「これは...土塊の星ではない。トロヤ寂寥の星々です。」


 その手のひらに浮かぶのは赤く輝く無数の星々。


 「驚きです、その年齢で星の姿を正しく認識しているとは。しかも火属性の変質も...」


 「不味かったか?」


 「いえ、大変素晴らしい。水面に映る星を掴もうとするとよりかは余程。多くの人々にとって、全ての星は自ら煌めき輝くものですから。」


 多くの人たちにとって?つまりこの世界の人々の一部は惑星が太陽光の反射で煌めくことを知っている?こんな中世レベルの科学技術でその結論に達せれるとは思えないつまり魔法という存在が異様に技術発展を歪めているのか?

 岑岑と雪が降る。鉄格子の窓越しに見る夜の雪。昨日よりも更に強く降っている。


 「川が流れている?」


 こんな冬だというのに、あの川は力強く流れている。


 「えぇ、水深が深く流れが複雑なんですよ。」


 ローレラ河はヨークレン山を水源として流れ、女傑ユーティリナが居を構えるアイリーン城の裏手側を流れる。水深は5mほどで、その幅は350mだ。水深が深すぎる多摩川と言ったところか。もし泳いで渡れたら、敵の本拠地の裏と考えたらその選択も...


 「泳げたらいいな。」

 

 「泳げますよ。やりますか?300人で遊泳開始してゴールには100人、アイリーン城で旗を掲げるのは数人程度ですか。」


 「どうせこのまま飢え死ぬのなら、いっそ凍えて溺れるか、剣に貫かれる方が手向になりそうではあるしな。」


 「ではそうしましょう至急伝令を致します。」


 「待て待て、流石に流石にだぞ。しかもこれは戦も術も何も知らない俺が考え事だ。愚か過ぎる。」


 実際、凍死覚悟で河を渡りユーティリナを殺害もしくは拘束して混乱を招き、その隙に隣のヴァンデン将軍の支配域に逃れる。それ以外に生きる術はない。なら座して死を待つよりもそれをするべきだ。頭ではわかっていても、誰も言い出せなかった。お前は死んでこいと、そう宣告するようなものだからだ。


 「狂人の振りをすれば狂人に映るものですが、その逆は愚かに見えるだけです。私には貴方様がそう見えなかった。」


 むこうじゃその言葉は賢人のふりをすれば賢人に見えるから、優秀な人を真似ようという意味だ。こちらではどうやらあまり人に期待していないらしい。


 「それとも自分の命令で人が死ぬのが怖いのですか?」


 「そりゃ、そうだろ。俺の命令で人が死んだら、俺はそいつの願い怨嗟も受け止めなくちゃならない。そこまで俺の器はデカくねぇよ。」


 「それを理解しているからこそ王の器だと言うのです。強いだけなら、それは戦士や勇者の方が向いています。」


 こいつ、俺を過剰評価している。いや、違う。こいつ河渡りの口実を手に入れたからか!クソ、どうせ死しか残されないのならやってやろう。


 「...戦力と見做せる全てを集めろ。夜と雪に紛れて河を渡るぞ。これでいいんだな?」


 死んだ奴らの恨みも嘆きも全部背負って生きてやるさ、死ぬよりかは、そっちの方がマシだろう。


 

 


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