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人間観察好きの俺、今日も今日とて仕事に精を出す

作者: カケル

 問い——この世界で唯一の問題点は何だと思う?

 戦争? 飢餓? 支配? 疫病? 死? 

 すべてハズレだ。

 誰もが苦しみ、誰もが悩む世界共通の最大の問題点。

 人間関係、その問題である。

 個人間の喧嘩から、国同士の喧嘩を含めて。

 かの心理学者は言った。

 人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである、と。

 友情、恋愛、家族、仕事、目標、夢——。

 それらはすべて人間関係の苦悩によって生み出された副産物。

 人は独りで居ても何の意味も解釈もないという身も蓋もない話なのだ。

 金も名誉も異性も何もかもがそれに付随。

 他者がいなければ『悩む』という言動もない。

 《他者》《悩み》という概念すらも存在しない。

 結局は『金』は使ってこそ意味があり、そうして人との繋がりを生み出し。

 周囲を豊かにするか、苦しめるかのどちらかになる。

 人類は所詮他者を恨み憎んでも。

 切っても切り離せない腐れ縁が延々と繋がった運命共同体なのだ。

「本日はご足労頂き、誠にありがとうございます。御社の素晴らしい提案に、私は非常に喜ばしい気持ちで一杯でございます」

「こちらこそ。弊社の契約に関してご検討いただき誠に感謝いたしております」

 俺は取引先の上役の女性と名刺交換をしながら挨拶を交わしていた。

「AI共同によるサイバーセキュリティ、わが社のエンジニアともども非常に興味を示しております」

 にこやかで、爽やかな笑顔だった。

「現代では電子機器がすべてを担っていますからね。スマホ一つで完結する時代です」

「全くです。SNSで世界の端の端まで繋がったこの状況——むしろ危険と隣り合わせです」

 やれやれと首を振る山岡さん。

「あなた方の技術者は大変すばらしいですね。これほどまでの機能と防犯システム——さぞ苦労したことでしょう」

「いえ。社員一同、この社会とその日本を守るために尽力した結果でございます。私はあくまでその『賜物』を皆様に繋ぐ役割を担っているだけですので」

「ふふ、その役割を十全にこなせなければ、その『賜物』もただの『愚物』に成り果てるのですよ」

 俺が事前に渡した資料と書類一式を、彼女はテーブルの脇に置いていた。

「このご時世、防犯システムを創る企業はごまんとあります。その商品の強みを如何にアピールしプレゼンできるかがまた、営業の本質でございますれば」

 その書類に目を通しながら、興味津々に言葉を繋げていた。

「この『商品』——やりようによってはさらに上を目指せます」

 にやりと、俺は心の中で笑った。

 当然だ。

 ヘッドハンティングで優秀な人材を集め、世界に誇れるセキュリティを作り上げる方針で完成させた『商品』だ。

「ただし一条さん、あなたの心情はどうしょう?」

 書類を少々乱雑にテーブルに置いて、彼女は手を組んだ。

「金額も契約内容も十分理解できます。互いに損のない、むしろ高利益の出る内容にまとまっています」

 だが鋭い目つきが俺を刺した。

「私たちを、舐め過ぎでは?」

 日本最大のIT企業——『天上日本総合技術株式会社』。

 通称——天日。

 驕るにもほどがあるその名称。

 しかし創立以来、この会社のシステムを使った企業は、ハッキング被害及び情報漏洩を起こした事例は一度もない。一度もだ。それがどれほど偉業か、誰もが解るはずだ。

 まだまだ若い会社だというのにすでに上場もしている。

 それほどの業績であれば、確かにその名にふさわしい姿勢をとっても誰も文句は言えない。

 ——正直。

 ウチとは差がある。

 あり過ぎるわけではないが、そんな格上の会社に【不完全】な『商品』を提唱している、その不敬は十二分に理解している。

 AIの限界——新創造。

 全く新しい発想や概念を生み出すことが不得手な面を、この『商品』はカバーできていない。

 つまり。

「技術不足」

 俺は気取られないようグッと歯噛みした。

「あなた方が作り上げようとしているシステムはもはやAIではありません——【人工知能】です」

 人類未踏の領域。

 スーパーコンピューターを越えた人間を作るにも等しい行為。

 人工知能。

「これはつまり、互いに利益を上げましょうという共同制作という名目の、そちらへの出資ではありませんか?」

 正解。

 こちらに足らないのはその先の【力】だ。

「九対一。それでも我々が実質的には後れを取る形です……ほんと、嫌な【モノ】を持ってきてくれたものですね」

 少し荒い口調。

 山岡さんは頭を抱えた。

「発想も、対策も、印象も、まるで有名絵画を見ているような気分です」

「ではいかがいたしましょう。この【商品】を海外に流すというのは」

「それは捨てがたい。非常に不愉快です」

 ギロリと睨まれた。

 俺は続ける。

「まだ見ぬ未知の未来を視るその生き証人として、果てはその援助者として、私たちは大樹、あなた方はまさしく太陽として、世界に名を馳せてみては?」

「はは、あなたは本当に、営業マンの鑑ですね」

 笑った。

「ただし、言ったように九対一です。名誉の代わりに金銭は頂きます」

「交渉成立ですね」

 差し出す手を、彼は握り返してくれた。

「これからもよろしくお願いいたします」

「ええ、よろしくお願いします」

 これだから頭の良い人間は面白い。

 馬鹿な人間もそれはそれで御しやすく面白いが。

 こうして互いの心理をついた争いをするというのもまたそそられる。

 相手と目が合った。

 その熱を帯びた瞳。

 正直、興味ない。

「——それで、契約成立したご感想は?」

 会社に戻った休憩室で、俺は彼女と背中合わせで背もたれなしのソファに座っていた。

「脳汁大量分泌だったよ」

「気持ち悪いこと」

 口調や表情は硬い。

 これが彼女の、職場での一面である。

「あの上役の顔、お前にも見せてやりたかったよ」

「結構よ。美人を前にして、鼻の下伸ばしたんじゃないの?」

「へえ? 俺は女性とは言ってないけど?」

「ッ……」

「美人ではあったがな」

 背後から怒りが溢れ出すのを感じた。

「老若男女全人類を愛するこの俺が、たかが表面上の造形美に色狂いするなんて愚行、あるわけないだろ」

 缶コーヒーを口にした。

「そうね……貴方はそういう人間だったわね」

「まだまだ理解不足だな。それでも人事か?」

「ええ。少なくとも、その人の能力を見極められる力は持っているつもりよ」

 両手に持つ紙コップを口にした。

 紅茶の香りがふわりと漂う。

「私が雇ってあげなかったら、貴方は今頃路頭だったでしょう?」

「はは、違いない」

 長続きせず転職を繰り返してきた。

 親からは勘当、貯金は底を付き、当時はもやしを育てて暮らしていた。

「貴方は結果を作り上げた。つまり私の成果に繋がるのよ」

「貢献の見返りを貰わないとな」

「……ご飯くらい驕るわよ」

「イエスッ」

 俺はグッと拳を作った。

「何なら——」

 俺はクルリと反転して、彼女の隣に座った。

「有給取って二人で旅行でも行くか?」

 ぐりんと顔が俺の方を向く。

 目をぱちぱちさせて、みるみる顔を赤くさせていく。

「何てな」

 立ち上がり、自販機のゴミ箱に缶コーヒーを捨てた。

「特別手当、期待しとくよ」

 飄々と歩いて、部屋を出ようとして。

 すぐ横の壁に何かが当たる。

 音のした方を見ると、潰された紙コップ。

 俺はクスリと笑った。

 振り返ればきっと、別の意味で顔を真っ赤にさせた彼女が睨んでいることだろう。

 手をひらひらさせて、俺は休憩室を後にした。

 せっかくだし、日帰り旅行くらいはプラン考えとくか。

 と、そんな感じで。

 俺は会社を後にしていった。


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