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老科学者の空虚な日常

進化の外にいる

作者: 一飼 安美


「進化とは、何だと思う?」


 老いぼれは俺に聞いた。いくら落第生だと言っても生物学を専攻する俺に聞くことではない。昔は一端の研究者だったという老いぼれからすれば、俺は無知な子どもも同じなのだろう。仕方なく答えた。進化とは、生物が何千万年もかけて姿を変えていくこと。ある者は鳥に、ある者はトカゲに、ある者は猿に。単純な生物が枝分かれして、分岐していく。見たことはあるか?と聞かれて嫌になったが、答えた。ない。独身だからな。老いぼれは少しばかり驚いたようだったから、俺は自分の冗談を説明する羽目になった。


 生物はわずかずつ複雑な構造に進化してきたが、その過程をわずか一年でたどるヤツがいる。胎児だ。原生動物のような何かは、高等生物の姿を目指して成長し、人間になって出産される。その過程を進化と呼ぶのなら、出産を控えた嫁がいれば間接的に見たことに、なるかもしれない。結婚できないから、見ることもないけどな。興味がないのかと老いぼれに聞かれて、女がいないと答えた。言わせるな、と付け足すと老いぼれは素直に謝った。不思議なものだね、と老いぼれはまた余計なことを口走ったが今度は聞き流した。老いぼれは、それを進化と呼ぶのなら、と話を続けた。進化とは、一年もあれば十分に進むというのだ。


 原生動物が、人間になるのに一年はかからない。二年かければ、人間を追い抜くだろう。人間の細胞を別に取り出して成長させ続ければ、違う生き物になるのは想像に難くない、なんてとんでもない話を始めた。バカ言ってんじゃねえ、と俺は遮った。例え培養液の中で進化を続けさせて何か作ったとしても、すぐに死ぬ。進化どころか生き物を使った粘土細工とでも言ったところ、冗談でも言うものじゃない。……なぜ死ぬと思うと聞かれて、環境がないからに決まっている、と答えた。環境に適応するから生き残り、増える。適応していない生き物は生まれても滅びる。あっという間だ。ビーカーの中と同じ環境なんて、ビーカーがなければ有り得ない。……当たり前のことばかり並べたのに、素晴らしいと褒められた。俺は席を立って、帰ろうとした。その時に、老いぼれが言っていた話だ。


 人工的な環境で進化させたなら、人工的な環境でしか生きられない。野生に放てるような生態にはならない。人工物に囲まれて生きるしかないだろう。生まれてから死ぬまで、誰かの手を借り続ける……当たり前だろう、と俺は言い返した。皆で手を借り、手を貸し続ける。それが文明ってヤツだ。ああ、と老いぼれは答えて話を続けた。人工的な環境で生まれて、人工的な環境で育つ。人間と同じ文明が必要なものか、それはわからない……悪い、と俺は話を遮った。約束があるんだ。女と。そうか、と老いぼれは俺を送り出した。その子と、上手く行くように、とまた余計なことをいっていた。


 俺は途中のパーキングで車を止めた。バカバカしい。女なんていないと、言ったばかりだろう。暗くて静かな場所が欲しかったが、なかなかない。こんな場所でも、自動販売機が煌々と照らしている。人工的な環境ってのは、些か邪魔なものだ。俺には合わないんじゃないか、といつも思っている。


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