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短編

結婚式当日に「結婚詐欺」に気づいた花嫁は、婚約者の双子と駆け落ちする

作者: 九葉

お読みいただきありがとうございます!

「エレイナ様、本日はご結婚おめでとうございます」


侍女のオリヴィアが白いウェディングドレスの裾を整えながら言った。私は鏡に映った自分の姿を見つめながら、かすかなため息をこぼした。


華やかな純白のドレス、高価な宝石をあしらったティアラ、そして緊張で引きつったような表情。


——これが本当に私の望んだ結婚式なのだろうか。


「ありがとう、オリヴィア」


私の声は自分でも気づくほど虚ろだった。


私の名前はエレイナ・フォンティーヌ。オルナ公国の公爵令嬢として生まれたものの、前世の記憶を持つ転生者だ。そう、私は以前、日本という国で普通のOLとして生きていた。交通事故で命を落とした後、気がつけばこの世界の貴族の娘になっていた。


「セバスチャン王子様との結婚は、オルナ公国とリーン王国の永続的な同盟関係を築く重要な儀式です。父上もそのように仰っていました」


オリヴィアが心配そうに私の表情を窺いながら言った。


「わかっているわ。政略結婚だもの」


そう、これは愛のない政略結婚だ。私の婚約者であるセバスチャン・ハーウッド王子は、リーン王国の第二王子。彼との結婚は両国の利益のために決められたものだった。


それでも、婚約から半年の間に、私は少しずつセバスチャンに心を開いていった。彼は完璧な紳士で、常に私に敬意を示し、優しい言葉をかけてくれた。でも——そこには何か違和感があった。


まるで演技をしているような、どこか計算された優しさ。


そんな違和感を抱えながらも、今日、私は彼の妻になるところだった。


「エレイナ様、そろそろお時間です」


オリヴィアの声で我に返った私は、深呼吸して立ち上がった。


「行きましょう」


結婚式場へ向かう廊下を歩きながら、私は昨日見つけた書類のことを思い出していた。


たまたま王宮の書斎で見つけた機密文書——セバスチャンと彼の父であるヴィクター王の間で交わされた密談の記録だった。そこには、私の家が代々管理する「魔鉱石」の鉱山の権利を奪う計画が書かれていた。


「魔鉱石」——この世界では最高級の魔力増幅材料。私の家はその最大の産出地の管理者だった。リーン王国はその利権を狙っていたのだ。


そして最も恐ろしいことに、その計画には「結婚後のE.F.の排除」という一文があった。E.F.——エレイナ・フォンティーヌ。つまり私だ。


彼らは結婚後、私を「事故死」させる計画を立てていた。これは結婚詐欺以外の何物でもない。


でも今さらどうすればいいのか。逃げる先もなく、味方もいない。


そんな絶望的な気持ちを抱えながら、私は結婚式場の扉の前に立っていた。



「花嫁様、少々お待ちください」


突然、背後から声をかけられた。


振り返ると、セバスチャンと瓜二つの顔を持つ青年が立っていた。違うのは髪型と瞳の色だけ。セバスチャンの整えられた金髪と冷たい青い瞳に対し、この青年の髪は少し長めで、瞳は温かみのある緑色だった。


「あなたは...?」


「クリスティアン・ハーウッド。セバスチャンの双子の弟です」


彼は周囲を警戒するように辺りを見回し、小声で続けた。


「お話があります。このまま結婚式を行うと、あなたは危険です」


私の心臓が早鐘を打った。彼は私の発見した計画を知っているのだろうか。


「どういうこと?」


「兄と父上は、あなたの家の『魔鉱石』を狙っています。そして——」


「私を殺す計画があるのね」


クリスティアンの目が大きく見開かれた。


「ご存知だったのですか?」


「昨日、偶然見つけた書類で知ったわ。でも今さら逃げられない。結婚式はもう始まるし...」


「まだ間に合います」


彼は真剣な眼差しで私を見つめた。


「なぜ教えてくれるの?あなたはリーン王国の王子なのに」


クリスティアンは苦々しい表情を浮かべた。


「表向きはそうですが、実際には影武者として育てられました。王族としての権利はなく、兄の身代わりをするための存在。『魔鉱石』の計画を知った時、これ以上父と兄の暴挙に加担できないと思いました」


彼の目には真実しか見えなかった。セバスチャンの完璧に計算された優しさとは違う、純粋な誠実さがそこにあった。


「どうすればいいの?」


「儀式が始まる前に、ここから逃げましょう。私には信頼できる友人がいます。彼が待機していて——」


そこで会話は途切れた。廊下の向こうから足音が聞こえてきたのだ。


「エレイナ様、そろそろ入場の時間です」


近衛騎士の声だった。


クリスティアンは私の手を取り、ささやいた。


「どうしますか?決めるのはあなたです」


私は一瞬だけ躊躇した。でも、セバスチャンの冷たい青い瞳と、目の前のクリスティアンの温かな緑の瞳を思い浮かべると、答えは明らかだった。


「連れて行って」


クリスティアンはにっと笑うと、私の手を強く握り、廊下の反対側へと走り出した。



「こちらです!」


クリスティアンは王宮の裏路地へと私を導いた。そこには魔法の杖を持った青年が待っていた。


「ノア、頼んだぞ」


「了解。結界魔法の準備はできている」


ノアと呼ばれた青年は杖を振りかざし、私たちの周囲に魔法の光を描いた。


「これで一時的に探知魔法から姿を隠せます。でも効果は長くて1時間です」


その時、遠くから警報の音が鳴り響いた。


「見つかったか」クリスティアンが歯を食いしばる。


「彼らに知られたくないことがあるの」


私は決意を固めて言った。


「私の家が管理する『魔鉱石』には秘密があるわ。単なる魔力増幅剤以上の力を持っているの。それを悪用されるわけにはいかない」


クリスティアンとノアは興味深そうに私を見た。


「実は私、前世の記憶を持っているの。別の世界で生きていた記憶があって...」


「転生者...」ノアが驚いた声を上げた。


「そうなんですか」クリスティアンは静かに言った。「この世界には時々そういう方がいると聞いたことがあります」


「『魔鉱石』は転生者の力と共鳴するの。だから私の家系だけが管理できた。セバスチャンたちがそれを知ったら...」


「世界の秩序が乱れる」ノアが深刻な表情で言った。


そのとき、城内から怒号が聞こえてきた。


「早く行かなければ」クリスティアンが催促した。「馬車を用意してあります」


私たちは急いで王宮の裏門へと向かった。しかし、そこにはセバスチャンが数人の衛兵を引き連れて立っていた。


「行かせはしない、エレイナ」


セバスチャンの声は冷たく響いた。彼の隣には父王のヴィクターもいた。


「よくも私を騙そうとしたわね」私は怒りを込めて言った。


「政略結婚だ。互いの利益のためのものだと理解していたはずだ」


「私を殺す計画まであったのに?『魔鉱石』を奪うために!」


セバスチャンの目が僅かに見開かれた。


「書類を見たのか」


「すべてよ。あなたたちの卑劣な計画を」


ヴィクター王が一歩前に出た。


「『魔鉱石』の力は一族だけのものではない。国家のために使うべきだ」


「ためにする正義の言葉ね」私は嘲笑した。「『魔鉱石』の真の力を知らないくせに」


「何?」ヴィクター王の表情が変わった。


クリスティアンが私の前に立ちはだかる。


「父上、兄上、これ以上は進ませません」


「お前まで...」セバスチャンが歯を食いしばった。「無駄だ。『魔鉱石』の力は我々のものになる」


「それは違うわ」


私は胸元から小さな青い石を取り出した。手のひらサイズの「魔鉱石」の原石。それが柔らかく発光し始めた。


「『魔鉱石』は所有するものではなく、共鳴するもの。心が通じ合わなければ、その力は引き出せない」


石の光が強くなり、私の周りに青い光の幕が広がった。


「何をする気だ!」ヴィクター王が叫んだ。


「真実を見せるわ」



「魔鉱石」から放たれた光が周囲を包み込み、一瞬、世界が青く染まった。


光が収まると、セバスチャンとヴィクター王は混乱した表情で立ちすくんでいた。


「何が起きた...?」セバスチャンが困惑した声で言った。


「『魔鉱石』の力の一つよ。真実の光。相手の心に秘められた真実の感情を映し出す」


私の手の中の石はまだ淡く輝いていた。


「今、あなたたちの心に潜む欲望と恐怖が、この場にいる全員に見えたわ」


衛兵たちの表情が変わった。彼らはセバスチャンとヴィクター王を不信の目で見ていた。


「行こう」


クリスティアンが私の手を取り、準備していた馬車へと急いだ。ノアも私たちに続いた。


「待て!」


セバスチャンの怒号が背後から聞こえたが、もう手遅れだった。馬車は王宮の門を駆け抜け、街の中へと消えていった。


「無事に逃げられたわね」


馬車の中で、私はようやく安堵のため息をついた。


「まだ安心はできません」クリスティアンが窓の外を警戒しながら言った。「彼らは追ってきます」


「どこへ行くの?」


「オルナ公国との国境近くに隠れ家があります。そこならしばらくは安全でしょう」


ノアが魔法の地図を広げながら説明した。


「そこから貴女のご両親に連絡を取り、事の次第を説明します」


「父や母は無事かしら...」


私は不安になった。両親が報復を受けていないことを祈るばかりだった。


「ご安心を」クリスティアンが優しく微笑んだ。「あなたの父、ヘンリー公爵は賢明な方です。私が事前に警告の手紙を送っておきました」


「え?」


「実は...」クリスティアンは少し恥ずかしそうに目を伏せた。「私は半年前から、父と兄の計画を調査していました。そして一ヶ月前、あなたの父上に密かに連絡を取ったのです」


「そんなことがあったなんて...」


「ヘンリー公爵は当初私を信じませんでしたが、証拠を示すと協力してくれました。表向きは結婚の準備を進めながら、密かに対策を練っていたのです」


「だから昨日、私があの書類を見つけられたのね」


「はい。公爵が私の計画に乗ってくれたからこそ、今日の脱出も可能になりました」


私は胸をなでおろした。両親は無事だったのだ。


「それで、これからどうするの?」


クリスティアンは真剣な表情で私を見つめた。


「まずは安全な場所で証拠を集め、両国の貴族や民衆に真実を知らせます。セバスチャンと父王の計画が暴かれれば、彼らの権力は揺らぐでしょう」


「でも、それだけで終わりにはならないわ」


私は「魔鉱石」を握りしめた。


「『魔鉱石』の真の力を守るためには、もっと多くの人々の理解が必要。この石の力は破壊のためではなく、世界の調和のためにあるのだということを示さなくては」


クリスティアンが静かに頷いた。


「あなたの願いを、私は全力で支えます」


彼の緑の瞳に誠実さを見た私は、初めて心から安心できると感じた。


「クリスティアン...どうしてそこまで私を助けてくれるの?」


彼は少し赤面し、目を逸らした。


「それは...」



「彼らが来るぞ!」


突然、ノアが叫んだ。馬車の後方から騎兵隊が迫っていた。


「追っ手か!」


クリスティアンは剣を抜き構えた。


「私に任せてください」


ノアが杖を振りかざし、後方に魔法の壁を作り出した。追っ手の騎兵たちはその壁に阻まれて一時的に足止めされた。


「時間稼ぎにしかなりませんが」


「十分よ、ありがとう」


私は感謝の言葉を述べ、自分の「魔鉱石」を見つめた。


「この石で何かできないかしら...」


「無理しないで」クリスティアンが心配そうに言った。「『魔鉱石』の力は使えば使うほど、あなたの体力を奪います」


「知っているわ。でも、やるべきことがある」


私は石を両手で包み込み、目を閉じた。前世の記憶から得た知識と、この世界で学んだ魔法理論を組み合わせ、イメージを形にしていく。


「転移魔法」


石が強く輝き、馬車の周りに光のゲートが形成された。


「これは...!」ノアが驚いた声を上げた。


次の瞬間、私たちの馬車は光に包まれ、風景が一瞬で変わった。追っ手はもういなかった。


「すごい...」クリスティアンが窓の外を見回して呟いた。「どこに来たんだ?」


「オルナ公国との国境近く。あなたが言っていた隠れ家の近くよ」


私は疲れた表情で微笑んだ。石を使った魔法は想像以上に体力を消耗していた。


「ここなら...しばらくは安全...」


言葉が途切れ、私は力尽きてクリスティアンの腕の中に倒れこんだ。


***


目を覚ますと、小さな山小屋の中だった。暖炉の火が温かく部屋を照らしている。


「目が覚めたか」


クリスティアンが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。


「どれくらい寝ていたの?」


「半日ほど。無理をしすぎだ」


彼は優しくも厳しい口調で言った。


「でも、おかげで無事に逃げられた。ありがとう」


「あなたこそ、私を救ってくれてありがとう」


私はゆっくりと起き上がり、周囲を見回した。質素だが清潔な山小屋。窓の外には森が広がっている。


「ノアは?」


「食料と情報を集めに村へ行った。彼なら目立たずに動ける」


クリスティアンはテーブルに広げられた地図を指し示した。


「ここがオルナ公国との国境。あと半日歩けば、あなたの領地に入れる」


「父に会えるのね」


「ああ。そして...」


クリスティアンは真剣な表情で続けた。


「おそらく明日には、セバスチャンたちもこの付近まで捜索の手を広げるだろう。それまでに次の手を打たなければ」


「どうするの?」


「公の場で真実を暴くしかない。両国の貴族や要人が集まる場で」


私は考え込みながら頷いた。そして、ずっと気になっていた質問を口にした。


「さっきの質問の続きだけど...どうしてそこまで私を助けるの?」


クリスティアンは一瞬躊躇し、深呼吸をした。


「最初は、父と兄の暴挙を止めたいという正義感からでした。でも...」


彼は真っ直ぐに私の目を見た。


「あなたと手紙でやり取りするうちに、好きになってしまった。セバスチャンの婚約者だと知りながら」


私の心臓が高鳴った。


「手紙?」


「実は...私はセバスチャンの名前であなたに送った手紙の半分以上を書いていました。兄は政治的な駆け引きにしか興味がなく、婚約者との手紙のやり取りを面倒がっていたんです」


なるほど。それで時々、手紙の口調や内容が変わっていたのか。温かみのある言葉は全てクリスティアンからだったのだ。


「あなたの誠実さ、優しさ、そして強さに惹かれました。でも...」


彼は苦しそうに言葉を続けた。


「あなたを欺いていたことになる。許してほしいとは思わない」


私は彼の手を取った。


「欺いていたのはセバスチャンよ。あなたは、自分の本当の気持ちを手紙に込めていたんでしょう?」


クリスティアンは驚いたように私を見た。


「あの手紙を通じて、私もあなたのことを知りたいと思うようになっていた。だから今日、あなたを信じて逃げる決断ができたのかもしれない」


彼の緑の瞳が希望の光で輝いた。


「エレイナ...」


そのとき、ドアが開き、ノアが急いで入ってきた。


「大変だ!リーン王国の軍が、思ったより早く動いている。明日ではなく、今夜中にここに到着する可能性がある!」


私たちは急いで立ち上がった。


「逃げるの?」


クリスティアンは首を横に振った。


「逃げても追いつかれるだけだ。ここで迎え撃つ」


「でも、どうやって?」


「『魔鉱石』の力を使う。だが今度は、私たち三人の力を合わせて」


ノアが頷き、私も決意を固めた。


「一緒に戦いましょう」



夜の闇が深まる中、私たちは山小屋の前に立っていた。遠くから松明の灯りが近づいてくる。リーン王国の追っ手だ。


「準備はいいか?」クリスティアンが私たちに問いかけた。


ノアと私は頷いた。


「魔法陣の準備はできている」ノアが言った。「あとはエレイナの『魔鉱石』を中心に置くだけだ」


私は小さな青い石を魔法陣の中央に置いた。石は私たちの意図を理解するかのように、柔らかく脈打ち始めた。


「彼らが近づいてきたら、私の合図で魔法を発動させる」


クリスティアンは剣を抜き、構えた。


松明の灯りがどんどん近づいてくる。やがて、騎兵隊の姿が見えてきた。その先頭には、セバスチャンとヴィクター王の姿があった。


「見つけたぞ!」ヴィクター王の声が夜の静けさを破った。


騎兵隊が私たちを取り囲むように陣形を組む。


「無駄な抵抗はやめろ」セバスチャンが冷たく言った。「エレイナ、『魔鉱石』と共に戻れば、お前の両親には危害を加えない」


「脅しは通用しないわ」私は毅然と答えた。「父は既に真実を知っている。そして、この国の貴族たちにも知らせているはず」


セバスチャンの表情が一瞬崩れた。


「嘘だ!」


「本当よ」私は自信を持って言った。「あなたたちの計画は既に露見している。今、ここで私たちを攻撃すれば、それは両国間の戦争の引き金になる」


ヴィクター王が怒りに震える声で言った。


「ならば証拠を残さなければいい。ここで全て片付ける!」


彼が手を上げると、騎兵たちが剣を抜いた。


「今だ!」クリスティアンが叫んだ。


私とノアは同時に魔法を発動させた。「魔鉱石」が強烈な光を放ち、魔法陣が青く輝き始めた。


「なにっ!?」


光が四方八方に広がり、騎兵たちを包み込む。しかし、これは攻撃の魔法ではなかった。


「真実顕現の魔法」


私が唱えると、石の光が一層強くなった。


空中に映像が浮かび上がる。それはセバスチャンとヴィクター王が密談している場面。彼らが「魔鉱石」を奪い、私を殺害する計画を立てている様子が、克明に再現されていた。


「これは...!」騎兵たちが動揺の声を上げる。


「『魔鉱石』の力で過去の真実を映し出したのです」私は騎兵たちに向けて説明した。「彼らの本当の目的を見てください」


映像は続き、さらに衝撃的な場面が映し出された。ヴィクター王がリーン王国の民から重税を取り立て、その資金で密かに武器を製造させている様子。オルナ公国を征服する野望を語る場面。


「嘘だ!これは捏造だ!」ヴィクター王が叫んだ。


しかし、映像の証拠の前に、彼の言葉は空虚に響いた。


騎兵たちの間に動揺が広がる。彼らは互いに顔を見合わせ、武器を下げ始めた。


「陛下、これは...本当なのですか?」先頭の騎士が恐る恐る尋ねた。


ヴィクター王は言葉に詰まった。


「私たちは戦争のために出兵したのではありません。婚姻同盟を守るためだと思っていました」


別の騎士が声を上げた。


セバスチャンが剣を抜いて叫んだ。

「黙れ!命令に従え!」


しかし、騎士たちは彼の命令に従おうとしなかった。


「エレイナ!」


クリスティアンが突然私の名を呼んだ。見ると、ヴィクター王が魔法の短剣を取り出し、私に向かって投げつけたところだった。


咄嗟にクリスティアンが私の前に立ち、剣で短剣を弾き返した。


「父上!これ以上の暴挙は止めてください!」


その時、遠くから角笛の音が鳴り響いた。誰もが音のする方向を見る。


山道を進んでくる大勢の騎士団。その旗印は——オルナ公国のものだった。


「父様!」


私は喜びの声を上げた。先頭に立つのは紛れもなく、私の父ヘンリー公爵だった。


「エレイナ!」


父は馬から降り、私のもとへと駆け寄った。


「無事で良かった」


父は私をしっかりと抱きしめた後、ヴィクター王とセバスチャンに向き直った。


「ヴィクター、お前の計画は全て明らかになった。オルナ公国の主要貴族たちにも真実を伝えた。もはや逃れられんぞ」


ヴィクター王の顔が蒼白になる。


「そして——」


父はクリスティアンに向き直り、敬意を込めて頭を下げた。


「クリスティアン王子、あなたの協力がなければ、娘は危険な罠にはまっていたでしょう。心から感謝します」


クリスティアンは丁寧に応えた。


「私がすべきことをしただけです」


セバスチャンは憎悪の目でクリスティアンを睨みつけた。


「裏切り者...」


「裏切ったのはあなたたちよ」私は毅然と言い放った。「両国の平和という大義を、権力欲のために利用した」


ヴィクター王とセバスチャンは、リーン王国の騎士たちにも、オルナ公国の騎士たちにも囲まれ、もはや逃げ場はなかった。


「二人は両国合同の裁判にかけられることになるでしょう」父が厳しい声で言った。



数週間後——


オルナ公国の公爵邸の庭園で、私はクリスティアンと並んで座っていた。噴水のせせらぎが心地よく響いている。


「結局、どうなるの?」私は彼に尋ねた。


「父とセバスチャンは権力を剥奪され、幽閉されることになった」クリスティアンは静かに答えた。「リーン王国は叔父のレイモンド公が摂政として統治することになる」


「あなたは?王位継承権は回復されたんでしょう?」


クリスティアンは少し照れたように笑った。


「ああ。でも、今はまだ国を治める準備ができていない。しばらくは叔父に任せて、自分は『魔鉱石』の研究と両国の関係修復に力を入れたいと思っている」


彼は真剣な眼差しで私を見た。


「エレイナ、『魔鉱石』の真の力を平和的に活用する方法を、一緒に探求してくれないか?」


私は微笑んで頷いた。


「喜んで。前世の知識と、この世界の魔法を組み合わせれば、きっと新しい可能性が見つかるわ」


「それと——」


クリスティアンは少し緊張した面持ちで続けた。


「これは唐突かもしれないが...政略ではなく、真実の想いに基づいた婚約を申し込みたい」


彼は私の手を取り、真っ直ぐに目を見つめた。


「エレイナ・フォンティーヌ、私と結婚してくれないか?」


私の頬が熱くなった。心臓が高鳴る。


「結婚詐欺に気づいた当日に、新しい婚約ね」私は少しからかうように言った。


クリスティアンは恥ずかしそうに笑った。


「タイミングが良くないか?」


「いいえ」私は彼の手をしっかりと握り返した。「完璧よ。あなたとなら、本当の愛に基づいた結婚ができる」


彼の緑の瞳が喜びで輝いた。


「ありがとう、エレイナ」


彼がゆっくりと身を乗り出し、私たちの唇が触れ合った。柔らかく、優しいキス。


前世では経験したことのない、純粋な幸福感が私を包み込んだ。


「あなたを見つけられて良かった」私はささやいた。


「僕こそ」彼も応えた。


噴水の水しぶきが虹色に輝き、私たちの新しい始まりを祝福しているかのようだった。


「魔鉱石」は私たちの間で淡く光を放っていた。この石の力と私たちの絆で、きっと両国の未来は明るいものになるだろう。


駆け落ちから始まった私たちの物語は、ここからが本当の始まりである。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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ぜひよろしくお願いいたします!

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