動かざる監視者
香織ちゃんと僕は幼い頃からずっと一緒だった。
僕はいつもすぐそばで彼女を見守り、彼女の話を聞いていたんだ。
夕食に出されたにんじんを残してお母さんに叱られたこと。
テストの点数が悪くてクラスの子達から馬鹿にされたこと。
数少ない友達に裏切られ仲間外れにされたこと。
修学旅行のグループ決めで、友達がいなくて余り物グループに入ったこと。
お父さんが不倫して家を出て行ったこと。
取り残されたお母さんは毎日泣いていたこと。
お母さんが何の理由もなく私をぶつようになったこと。
再婚した男に暴力を振るわれるようになったこと。
高校を中退して悪い先輩達とつるむようになったこと。
お母さんが病気で亡くなっても一滴も涙が出なかったこと。
可哀そうで孤独な香織ちゃんは、慈しむように僕を優しく抱きしめた。
彼女にはきっと僕しかいないから。
僕も君を大切に想うよ。
でもそれだけじゃ心の栄養が足りないのかもしれない。
心が枯れちゃったのかな。
哀しそうに呟く彼女の耳元に僕は優しく囁く。
みんなが君から離れていってしまっても、僕は最後まで君のそばにいるよ。
どんなに感情を込めて伝えても、彼女の耳には決して届かないだろう。
彼女のぬくもりは確かに僕の身体に届いているのに。
僕の身体に熱はない。
荒んでいた香織ちゃんもやがて成長する。
大人になると、毎朝スーツを着て部屋を出るようになった。
残業が大変なのかな。
毎晩9時頃に帰宅し、スーパーのお惣菜を食べながら缶ビールを飲むのが日課のようだ。
あんまり飲みすぎないようにね。
心の中で彼女の身を案じている。
それは、この先もずっと。
ある時、香織ちゃんと一緒にスーツの男が部屋に入ってきた。
『可愛い部屋じゃーん。つか、全体的に子供っぽくね?これなんてもうボロッボロじゃん。お前ももうアラサーなんだからよー。年相応の感覚持てよなー。俺が恥ずかしい思いすんだからさぁ』
おい、汚い手で僕の頭に触るな。
汚らわしい。
香織ちゃん、こんな軽薄な男に騙されちゃ駄目だ。
君には僕しかいない。
僕には君しかいないはずだったのに。
酷いよ。
次の日、目を覚ますと僕は半透明のビニール袋に包まれていた。
袋の中には、使用済みの丸まったティッシュや使い残りの野菜くず、中身が空の牛乳のパックなど雑多に色んなものが詰め込まれていてとても汚い。
半透明のため、外界ははっきりと見えないが、恐らく部屋の外だろう。
清々しい朝にさえずる雀の鳴き声がどこからか聞こえてきたのだ。
袋越しに足先から冷たいアスファルトの固い感触が伝わってくる。
近くを通り過ぎていく誰かの雑踏と車両が近づいてくる走行音。
車両は僕の入っている袋のすぐそばに停車した。
機械の駆動音が響いてきてからハッとする。
お願い!!
僕を捨てないで!!
僕を捨てないで!!
香織ちゃん!!
いくらなんでも酷すぎるよ!!
唐突に身体が浮遊したような感覚に襲われる。
袋全体が大きく揺れ、袋の中のゴミが嵐のように舞い上がる。
僕は覚束ない足元に右往左往し、もつれ、生ごみの海に頭ごと突っ込んでしまう。
ふと視界が暗くなっていく。
まるで怪物の口の中に放り込まれたように、強烈な生臭さと閉塞感に覆われて。
怪物の口が閉じていき、同時に口の中で何かが次々と押しつぶされていくような鈍い破壊音が反響しだした。
暗くて狭くて臭くて汚いこの袋の中で、轟音の渦に飲まれながら僕は濁った思考で黒い祈りを捧げる。
明日も明後日も一週間後も一年後も。
毎日毎日僕らはどこかで購入され、廃棄され、製造され、出荷される。
ここで一度終わっても、僕の魂は再び新しい製品へと生まれ変わり、どこかの店の棚に並ぶことだろう。
新しく生まれ変わった僕を手に取るのが、どうか君の子供でありますように。
楽しみだなぁ。
その子供を必ず呪い殺してやるか――――――――ガッッ……、グギィッ。
【動かざる監視者】お読みいただきありがとうございました。
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