氷鬼 作戦
「す、すごいですね。」
アリスの立ち直りの早さに思わず驚くコウ。
「それじゃあこれからどうしましょうか?」
コウの質問にアリスは呆れながら答える。
「どうするって、とにかく逃げるしかないだろ。」
「そうですね。」
2人はまた屋敷の中をあてもなく歩き回ることにした。そして鬼を見つけたらとにかく逃げるという作戦だ。
少し歩いたところで、コウが何かに反応した。
「アリスさん、何か匂いませんか?」
コウがそう言うのでアリスはわざとらしくくんくんと匂いを嗅ぐ。しかしアリスには何の匂いもしなかった。
「いや、匂いなんてしないぞ。」
だがコウは引き下がらない。
「いや、絶対にしますよ。こっちです。」
コウが匂いのする方へ向かうので、仕方なくアリスもついていくことにした。
たどり着いたのは一つの部屋だった。
「間違いなくここです。」
ここでアリスも気づく。
「薬品の匂いか。だがそれがどうかしたのか?」
アリスの質問にコウはニヤリと笑いながら。
「鬼を倒す方法を思いついたんです。」
2人は部屋に入る。部屋にはたくさんの試験管や、薬品と思われるものが置いてあった。
「何のために作られた部屋かは知らないですがラッキーですね。」
「そうか?」
アリスにはコウが何をしようとしているのかがさっぱりわからなかった。
「一体何をしようとしてるんだ?」
「それはできてからのお楽しみです。とりあえず部屋の外で鬼が来ないか見張っといてもらえませんか?俺はこの部屋でやりたいことがあるので。」
その言葉にアリスはイラっとした。そしてそれを隠すことなく。
「は?このアークライト家のアリス様を見張りに使おうだと?ふざけたことを言うもんだな。」
「いやいや、決してそんな悪意のあるものではなくて勝利の為に必要なことなんです。」
「本当だな?この行動には必ず意味があるんだな?」
アリスの質問にコウは迷いのない力強い目ではっきりと答える。
「はい。必ず勝てます。」
「いいだろう。」
アリスはコウに背を向け部屋から出た。部屋から出ると、扉の前で腕を組み、仁王立ちをした。
アリスが部屋から出たのを確認したコウはニンマリと悪魔の笑みを浮かべた。
10分程たってもコウから何も声がかからないので、アリスは心配になってきた。
もしかしたら私を裏切って自分だけ逃げたのではないのかと。
(いやそれはない。だってあの部屋から出るには今私が立っている扉から出るしかない。窓はあったがあそこから出れば命はないはずだ。だからコウは間違いなく部屋にいる。)
アリスはそう自分に言い聞かせた。
さらに5分たっても反応がない。しびれを切らしたアリスは部屋の中のコウに向かって問いかける。
「おい、まだか。」
「あ、ちょうど終わりました。入って来てもいいですよ。」
とコウの声が聞こえた。その声を聞いてアリスは一安心する。
アリスは部屋に入ると、思わず鼻を塞いだ。
「なんだこの匂いは。」
鼻声で喋るアリスにコウは答える。
「鬼に効く劇薬を作ってました。それがこれです。」
コウが指さす先には試験管が三つ用意されていた。三つの試験管にはそれぞれ半分くらいまで青い液体が入っていた。
「鬼に効く劇薬だと?そんなものが作れるわけないだろ。」
「それがそうでもないんですよ。実は俺、こう見えても昔薬学の研究者をやっていたんですよ。そこでの研究がまさかここで役に立つなんて。」
そんなことを言うコウをアリスは疑っていた。
(そんなことあり得るのか?さらに胡散臭く見えてきたぞ。)
「本当にこれは鬼に効くのか?」
「はい!」
あまりにも自信満々に言うコウにアリスは聞く。
「じゃあこの劇薬は何なんだ。説明できなければお前を信じない。」
「わかりました。説明しましょう。この薬品はメチレンブルーというものです。とても強い薬品なので絶対に触れてはいけません。この部屋にたまたまアニリン、塩素、水酸化ナトリウム、酸化剤があったので作ることができました。」
「メチレン…ブルー?水酸化なんとか?」
(こいつ本当に薬学をやっていたのか。)
「どうです。信じていただけましたか?」
「わ、わかった信じるよ。だけどなこんな少量でどうやって鬼を倒すというんだ。」
コウは「簡単なことですよ。」と言い話始める。
「こんな少量を鬼に当てたって無傷でしょうね。でもそれは当てる場所が悪いんですよ。」
「当てる場所?」
「はい。当然適当に当てるのではダメです。薬品が触れるのが一番危険な場所がどこかわかりますか?」
突然質問され、アリスは混乱する。
「え?えっと、そうだな…う~ん…あっ!わかったぞ!顔だな。」
自信満々に答えるアリス。明るくなるコウの表情。
「ほぼ正解です。厳密にいうなら正解は目です。目に劇薬をかけられたらその後正しく対処しないと間違いなく失明します。鬼にそんな対処の仕方がわかるわけがない。」
「なるほど。」
アリスは素直に感心し、思わずそう声が漏れた。だがここで気づく。
「それじゃあ鬼を倒せたとは言わないんじゃないか?失明させただけで鬼が死ぬわけじゃない。」
その疑問を待ってましたとでも言うようにコウ。
「その通りです。流石アークライト家のお嬢様、賢い!ですが失明させるだけ、それでいいんです。失明させる、つまりプレイヤーの位置がわからない、つまり鬼の無力化、つまり鬼を倒したと同義なのです。」
「そうか!確かにそうだな!すごいぞ、これならこのゲーム完封できるじゃないか。」
しかしここでわざとらしく落胆するコウ。頭を抱えその場でふさぎ込む。
「ええ、作戦は完璧です。しかしこの作戦を実行するには難点があります。」
「難点だと?」
「はい、そもそもこの劇薬、メチレンブルーを鬼の目にかけるには当然、鬼の至近距離に近づかなければいけません。その上鬼の身長は3メートル近くあります。そんな鬼の目目掛けて試験管から液体をかけるのは至難の業なのです…」
コウのこの言葉を聞く前からアリスは薄々感じていた。この作戦の難点を。そしてその難点をクリアできる人物がいることも。アリスは覚悟が出来ていた。
「その仕事、私がやろう。」
「え?いいんですか?これはとても危険な行為ですよ。」
「ああ、だがこれを成し遂げられるのは身体能力が人間離れしたこの私しかいないだろう。私なら鬼の攻撃をかわしながらそのメチレンなんとかをかけることができる。」
その言葉にコウは土下座のような体勢になりながらアリスに感謝を伝える。
「ああ、ありがとうございます!あなたはこのゲームの救世主だ。」
アリスは満更でもないといった様子だった。生まれてから周りから馬鹿だの無能だの言われ、一度も褒められた経験がなかった。でも自分には身体動力がある、と卑屈にならずにいたがそれでも心のどこかで苦しんでいた。しかしアリスは今ここで人生初めての尊敬と感謝を伝えられていた。これがアリスにとって嬉しくならないわけがなかったのだ。
「よし、そうとなれば早速実行だ。」
「はい。そうですね。」
アリスは三つの試験管を持って部屋から出る。
するとコウが。
「あ、言い忘れてた。メチレンブルーはその三つしかありません。つまり鬼一体につき試験管一本です。それと…」
そう言いながらコウが近づいてきて。
「この試験管から使ってください。」
「ああ、わかった。これだな。」
「ええそうです。」
その意図をアリスは聞かなかった。もうアリスはコウのことを信じていたのだ。コウの言う通りにすればうまくいく。そう信じていた。
いや、そう信じ込まされていた。
部屋から出るアリスの背中を見ながら、コウは邪悪な微笑を浮かべていた。
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*作中に登場したメチレンブルーは危険な薬品なため、実験を行う際は必ず専門家の指導の下行うようお願いします。