氷鬼 開戦
屋敷に入ったコウとアリスの2人はとりあえず奥に進むことにした。
屋敷は二階建ての大きな屋敷で、海外のホラー映画に出てきそうな異様な雰囲気を漂わせている。直線の廊下はとてつもなく長く、直線の途中には曲がり角がいくつかあり迷路みたいになっていた。左右には扉がたくさんついている。
「大きな屋敷ですね。」
「私の屋敷と比べたら大したことはない。」
「へー、やっぱりアークライト家ってすごいですね。」
「当たり前でしょ。」
「これは期待できる。」
コウの突然の意味深な発言にアリスは反応した。
「期待?何のこと?」
しかし、コウの答えを聞く前にリリスの声が屋敷全体に響いた。
「皆さ~ん、ゲーム開始まで残り10秒で~す。それではカウントダウンしていきます。10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、『氷鬼』スタートです!」
いよいよデスゲーム「氷鬼」が始まった。
「鬼が放たれたんでしょうね。どこに逃げますかアリスさん。」
とコウはアリスに質問した。
アリスは突然の質問に少し狼狽えた。
(私に聞かれても…いやでもこの男私より馬鹿だったんだ。馬鹿な私がめったにない賢ぶれる機会。ここはスマートにいこう。)
「恐らく鬼が放たれたのは私たちが入ってきた一階の扉から。つまりより鬼から離れるには二階に上がるのが定石。」
(うん。我ながらいい案。)
「流石アークライト家の人間、賢いですね。それじゃあ二階に上がりましょうか。」
コウとアリスは階段を探した。
「ありました。」
「よし上がろう。」
二階には一階よりも人がいた。やはり考えることは皆同じなのだろう。
二階を歩いている2人は突然後ろから声をかけられる。
「あれ?こんなとこにアークライト家の落ちこぼれがいるじゃありませんか。」
その口調は明らかにアリスを馬鹿にしているものだった。
アリスを煽っていたのは筋肉質で青い髪をした大柄な男。
「あ?なんだお前?」
挑発に乗るアリス。
「俺の名はバルト。職業殺し屋だ。」
「殺し屋が私になんのようだ。」
手を後ろに回しゴソゴソやっているバルト。
「このゲームのルール覚えていますかアリスさん。屋敷の中だったら何でもしていいってルール。」
言い終えた途端にアリスに飛び掛かるバルト。さっきまで後ろに回していた手には二本のナイフが。
「俺はあんたみたいな金持ちが大嫌いなんだよ!」
二本のナイフを器用に扱い、アリスに切りかかるバルト。
しかしアリスはそれを踊っているかのように華麗によける。
「なんだ?私を殺せと依頼でも出ているのか?」
突然襲われたとは思えない程冷静に尋ねるアリス。
「それは言えねえな。」
バルトは懲りずにアリスに襲い掛かる。しかしどれだけやってもバルトのナイフはアリスには当たらない。
「な…なぜだ?」
バルトは完全に息が上がっているようで、「はあはあ」と荒い呼吸をしている。
反対にアリスはストレッチでもしていたかのように、整った呼吸。
「お前と私には絶対に越えられない壁がある。お前じゃ私には勝てない。」
「くっそおお!」
やけくそになったバルトはナイフを持った腕を振り回しながら突っ込んできた。
アリスは高く飛ぶ。美しいブロンドヘアが宙を舞う。そのままバルトの背後に着地する。
バルトは振りむき、ナイフを振り下ろそうとする。しかしそれよりも前にアリスは拳を強く握り、バルトの顔面にパンチを繰り出した。
血と歯を飛び散らかしながらバルトは数メートル吹っ飛んだ。
アリスは何事もなかったかのように。
「行こうか、コウ。」
そしてその様子を悪魔の表情で見ている男が1人…
アリスとバルトの一戦から少し経った頃。
「アリスさん、このゲーム他のゲームに比べて優しすぎると思いませんか?」
コウの疑問にアリスは答える。
「そうなのか?私は今日デスゲーム初参加なのでよく知らないんだ。具体的にどこが優しいんだ?」
「初参加だったんですか。意外です。俺が思うこのゲームの優しい点は、他のプレイヤーの救済措置があるということです。他のゲームじゃどうやってプレーヤーを殺そうかとルールが練られてますがこのゲームではそれの逆だ。そこに俺は疑問を持ったわけです。」
「なるほど、それもそうだな。」
(普段はプレイヤーを殺す為に作られるルールが今回は救済措置がある。ここに何か隠されてるのか?逆に考えてみよう。このルールがあることでプレイヤー側にどんなデメリットがあるのかを…)
「あっ!わかったかもしれない。」
「本当ですか?」
「ああ。多分こうだ。プレイヤーが凍ると、次に鬼に狙われるのは当然凍っていないプレイヤーだ。時間が経つにつれてプレイヤーは減っていくので自分が狙われる確率も上がる。だが他のプレーヤーを助けることで鬼に狙われる確率が少しでも下がるんだ。」
「確かにそうですね。」
「つまり、プレイヤーは自分の身代わりを少しでも増やす為に他のプレイヤーを助けるというシステムだ。恐らく天使たちは人間のその醜い様子を楽しんでいるんだ。」
「そ、そんな恐ろしいルールだったなんて…」
その後2人は黙って屋敷を歩いていた。空気は重くなっていた。歩いている途中にもプレイヤーの叫び声が何回か聞こえていた。そのたびに2人は助けに行こうか迷ったが、結局行くことはなかった。
今ゲーム開始からどれだけ経っただろう、どれだけの人が生き残っているだろう、様々な不安が押し寄せる。
そんな沈黙を破ったのはアリスだった。
「そういえば、屋敷からでてはいけないってルールだったがこのルールを破るとどうなるんだ。」
「さあどうなるんでしょう。俺にもわかりませんが、多分死ぬんじゃないでしょうか。」
ズーンとまた思い空気が流れる。
「よし試してみよう。」
「え⁉」
コウは心の底から驚きの声を上げた。
「とりあえずどこか適当な部屋に入ろう。」
2人は近くにあった部屋に入った。2人が入った部屋はたくさんの物が乱雑に置かれた部屋で少し黴臭かった。恐らく物置部屋だろう。
部屋の奥には窓があった。
「そもそも窓は開くのか?」
アリスは窓に手をかけ、そして開ける。
「開いた。」
2人は窓から外の景色を見る。何気なく見ていた景色に恐ろしい光景が映った。
「し、死んでる…のか。」
外には数名の倒れている人が。
「恐らく彼らもアリスさん同様窓からの脱出を考えたのでしょう。しかしルール違反だったため死亡した。といったところでしょうか。」
「屋敷の外に出るのはやめようか。」
「そうですね。」
物置部屋から出るアリスとコウ。その瞬間。
「助けてくれーーー!」
という叫び声が聞こえた。
「今までで一番近くから聞こえる。」
「どうします?」
「行こう!」
2人は叫び声が聞こえてきた方向まで走った。いくつかの曲がり角を曲がり、ついにたどり着いた。
そこには全身凍っている男が3人。
「た、助けてくれ…」
顔の一部だけ氷から出ていた男がそう言う。
「あれ?お前バルトじゃん。」
そう、その男はちょっと前にアリスを殺そうとしていた殺し屋のバルトだったのだ。
「さっきは済まなかった。なんでもする。お願いだから助けてくれ。」
アリスは悩む。
(助けた方が結果的に私が狙われる確率を下げることにはなるんだよな。しかもバルトは手負い。どうせまた狙われて凍らされる。どうしようか。)
「お前のことはあとで考える。その前に他の2人を助ける。」
アリスはバルトの付近で凍っていた2人の男から助けることにした。
まず1人にグローブをつけた右手で触れる。すると青い石の内の左側石が光った。
グローブの指先が青く光り、氷が溶けていく。それと同時に青い石の光も上から順番に減っていく。石の色は青から黒に変わっていった。光が完全になくなるとすでに氷は溶けていた。
「ありがとうございます!」
男はアリスに感謝するとその場から立ち去って行った。
2人目も同じ要領で助けた。
「さてと、最後はお前だが。」
バルトの前に立つアリス。
「お願いだあああ!助けてくれ!」
アリスに殴られ、ぐちゃぐちゃになっていた顔を涙を流しながらさらにぐちゃぐちゃにして懇願するバルト。
「アリスさん、なるべく早く決断してくださいね。この近くには恐らく鬼がいる。」
「ああ、わかっている。」
コウに返事をするアリス。
バルトの反応を見たアリスは流石に可哀そうに思えてきた。
「助けてやるか。」
(三回しかな助けるチャンスをこいつに使うのは癪だが仕方ない。)
アリスは右手を伸ばしたその時。
「あああああああああ。」
バルトが叫びだした。
「お、おいどうした?」
アリスには何が何だかわからなかった。しかしその様子を見たコウが言う。
「恐らく凍らされてから1分が経ったのでしょう。」
「あああ、冷たい、痛い、冷たい、痛い。」
そう言いながら叫んでいるバルト。顔の色は人間とは思えない程紫色になっていき、目は充血して真っ赤だ。
「冷たい、痛い、あ、熱い…」
その言葉を最後にバルトは何も言わなくなった。
「そ、そんな……私が判断を渋ったからこんなことに…」
アリスは足の力が抜け、しりもちをついた。
「そうでしたね。アリスさんはこれがデスゲーム初参加でしたね。目の前で人が死ぬのが初めて…でもこれはアリスさんの責任じゃない。そもそもこの男はアリスさんを…」
コウはアリスを慰めようと声をかけた、しかしアリスはその声を遮って。
「なるほど、これがデスゲームか。」
そして立ち上がり。
「面白い。私がこのゲームクリアしてやろう。」
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