休暇ブレイカー
この世界のあらゆる分野の本が収納された、読書好きの為の書斎で1人、紅茶を飲む男がいた。
「うん。たまには紅茶もありだな。こっちの世界にしかない新感覚の味だ。」
男の名はコウ・ノクス・レイブン。かつての世界での名を四宮コウという。
デスゲーム無敗、無敵、最強。彼をそう呼ぶ人間が多かった。
そのデスゲームで無敵の男と呼ばれたコウは今、異世界での生活を謳歌していた。かつての世界とは比べ物にならないほどのレベルのゲームを行い、たまに屋敷でくつろぐ。誰から見ても幸せな生活だ。
「死刑衰弱」から一週間が経とうかというある昼過ぎのこと、コウはいつものように屋敷で休暇を満喫していた。誰とも会わず誰にも邪魔されない、そんな日があってもいいだろう。
しかしそんな日に限って、奴は訪れる。
ドンドンドンドンドン
今までコウの屋敷に客として来たのは1人しかいない。そいつも今のように扉を乱暴に叩いていた。
「いやいや、まさかな。」
コウはそれを無視し、読書と紅茶を続ける。
しかし当然。
ドンドンドンドンドン
さっきよりも強く扉を叩く音が。前にもこんなことがあった。もう犯人はわかっている。しかしそれを認めたくないコウは、コップに入っている紅茶を全て飲み干し。
「もしかしたら来客の予定でもあったかもしれないな。」
コウは書斎から出て、叩かれている扉へ向かった。
「今日は誰にも会いたくない気分だったが、気が変わった。あの女以外の顔が見たくなってしまった。逆に今あの女の顔を見たら俺は何をしでかすかわからんな。」
それはコウの休暇を邪魔するのが「あの女」以外なら許せるという意味合いで言った皮肉だった。
扉に向かう最中にも。
ドンドンドンドンドン
となった。
「こんな非常識なやつでもあの女じゃなきゃ今日は許せそうだ。」
皮肉たっぷりのコウが扉の前にたどり着いた。
「はいはい。今開けるから。」
取ってに手をかけ、ついに(物理的にも精神的にも)重い扉を開けた。
心地よい風が吹き、扉の前に立っていた女の美しいブロンドの髪が揺れる。微かに甘い香りがコウの鼻をくすぐる。
立っていたのは絶世の美女。しかしそんなことを喜ぶこともなくコウは扉を閉めようとする。
「おい、何で閉めるんだ。」
女はそれを止める。
「っく!…何しに来たんだアリス…!相変わらずの馬鹿力だな。」
「閉めるんじゃねー!」
前にもこんな出来事があったなぁ。とコウは思いながらも、前回とは異なり今回は諦めることなく必死に扉を閉めようとする。
しばらく続いた扉の開け閉め合戦。人間離れしたした身体能力と運動神経を持つアリス。デスゲームにおいてはどんなに物理的な力が必要なゲームでも無敗を誇るコウ。最強の力を持った2人の対決、しかし限界がきたのはそのどちらでもなかった。
バキバキバキバキ
扉から嫌な音が。
先に気づいたのはコウ。
「こりゃまずい。」
コウは慌ててドアノブから手を離す。しかしそれと同時に。
「おりゃあああああ!」
という叫び声とともにアリスが思い切りドアを引いた。
バキバキバキバキ、メシメシメシメシといういかにもな音とともに、アリスは握っていったドアノブとともに吹っ飛んだ。
コウは恐る恐る扉を開け外の様子を確認する。
そこには、程よく肉のついた引き締まった尻を向けて倒れている女が。
それには目もくれず、コウは扉を確認する。
「…マジかよ。」
ドアノブとその周辺が見事になくなっていた。
■■■
書斎には2人の男女が、1人は怒りとも呆れともその両方ともとれる表情をした男。1人は汚れた高そうな服を着用し、さっきまでは綺麗に整えられていたはずの髪がぼさぼさになった女が。
「何しに来やがった。」
とやや怒り気味の男、コウが。
「いや、扉のことはすまなかった。」
ぼさぼさの髪をくしでとかしながらの女、アリスが。
「お前、本当にすまないと思っているのか?」
「ああ。それは本当に。」
本当に申し訳ないと思っている人間は髪をとかしながら謝罪をしないもんなんだけどな、と思ったが敢えてそれは口に出さなかった。そのまま社会常識もなく社会に出されたお嬢様に恥をかかせるために。
「はぁ。それで、マジで何しに来たんだ?」
コウの問いに、持っていたくしを机に置き、汚れた服から何かを取り出しすアリス。
「これを見てくれ。」
と、はがきくらいの大きさの紙をコウに見せた。
そこには。
『話がある。明日の午後、私に会いに来るように。』
と書かれていた。
「で?これはなんだ?」
コウの質問に、アリスは深刻な顔をして説明を始める。
「実は今私はアークライト家とは別の場所で暮らしているんだ。これは転生者を殺すまでの仮住居だ。転生者を殺せたら家に帰れて、失敗したらこの仮住居すらからも撤退させられるんだ。その場所に昨日届いたのがこの手紙だ。これは間違いなくお父様から。」
「はぁ。」
俺は今なにを聞かされているんだ、というような声を漏らすコウ。しかしアリスは気にすることなく続ける。
「今までお父様から私に話があると言ってきた中で良い話だったことは一度もない。つまり今回も何か私にとって悪い話があるんだ。」
「はぁ。」
「そしてお父様の下に行く日が今日なのだが、一緒についてきてくれないだろうか。」
「はぁ。。。ってはあああああ?なんで俺が!」
珍しく声を荒げるコウ。
「ダメか?」
アリスはなぜか不思議そうな顔をしていた。
「ダメかダメじゃないの問題ではなく、何で俺が人様の家庭の話に参加しないといけないんだよってことだよ。」
「1人だと不安だった。誰かついてきてくれる人を考えたのだが、私には友達も恋人もいない。そこで思いついたのが、今までにデスゲームで支え合い、助け合ってきた戦友のお前だったわけだ。」
予想外なアリスの言葉にコウは口があんぐりと開いた。今までどんなに想定外なことが起こり、命の危機になったとしても冷静さを失わず、表情一つ変えることがなかったコウがこの顔をしたのは初めてだった。
「いや、デスゲームで支え合ったことも助け合ったこともないぞ。あくまでも俺はお前を利用するか俺がゲームを楽しむためにゲームのルールを誤解させてお前みたいな馬鹿の反応を楽しんだりしかしてないぞ。」
「まあまあ。それも一つの友情の形じゃないか。」
「友情の形って…お前の中での友情ってどんなのだよ。っていうかお前も『死刑衰弱』では俺を殺す気満々だったじゃねーか。殺したいやつを友達だとは思わないだろ。」
「それは転生者をデスゲームで殺すという私の使命だからな。」
コウは頭を抱えた。本当にアリスと話していると頭がおかしくなりそうだった。
「まあそういうことだ。外に車を停めてある。さっさと行くぞ、遅れるとお父様に叱られる。」
「ちょっと待て!無関係の俺が行ったら逆にお前の親父さん怒るだろ。というか本当に俺はなんで行かなきゃならないんだ?俺を連れて行ってお前は俺をなんて紹介するつもりなんだ?」
「ただの友人と紹介するさ。こういう場に友人がいたっていいだろ?」
コウは天を仰いだ。馬鹿で社会常識のないやつだとは思っていたが、まさかここまでだとは。と。
「なんでお前は毎回俺の予想を超ええるバカっぷりを披露するんだ。」
「え?なんか言ったか?」
「いや何も。」
「そうか。じゃあ行こう。」
アリスはそう言うと、そそくさと書斎から出て行った。
コウはアリスついて行く必要はなかった。しかし実はコウもそこまで嫌ではなかった。アリスの強引さに嫌気が指していただけで、アークライト家には前々から目をつけていた。
「アークライト家と言えば、デスゲームでも豪快に活躍してるやつが多い。そんなやつらともしかしたら勝負ができるかもしれない。いや、俺が転生者だと明かせば間違いなく勝負に乗ってくる。これはチャンスだ。」
コウは笑みを浮かべながら書斎をあとにする。
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