第28話『炎狼招来』
ドレイクと名乗った巨躯の炎狼が、セリカに槍の先端を向ける。
「細剣使いの金髪……セリカってのは手前だな、小娘。よくも己様の可愛い神将たちを殺してくれやがって……腹が立つぜ!」
「可愛い? |ヒルデブラントとドウセツ《あいつら》が? 変わった趣味してるのね」
「ああ、可愛かったさ。強くなるために、ひたむきに技を磨き続けるあいつらの姿は実にいじらしかった! そういうヤツほど目をかけてやりたくなるもんさ……だから手前は、ここで己様がぶち殺す!」
ゴオッ!
熱線がセリカ目掛けて照射される。
警戒していたので、難なく避けられはしたが、
(熱っ……! 当たってないのにこの温度……!)
人間の胴体ほどの太さを持つ熱線。
そこから発せられる高熱は、『身体強化』をもってしても、近くにいるだけで耐え難いほどの灼熱だ。
セリカの回避の軌跡を追従し、熱線が彼女の背中を追いかける。
「ぎゃっ……!」
「うわああっ!」
その度、巻き込まれた冒険者たちが、胴体を焼き切られ、あるいは瀕死の重傷を負っていく。
もちろん、魔物たちも例外ではない。
熱線が走るたびに、戦場には死が満ちていく。
(とにかく、近づかないと話にならない……! どんどん周りに被害が出る……!)
「どんな気持ちだったんだ、セリカ!? ヒルデブラントたちを斬ったときの気持ちは!? 気持ちよかったか!? 楽しかったか!?
手前に想像できるか!? あいつらを喪った、己様の憤怒と悲しみが! 腹が立つぜ!」
「その割には、今まさに、平気で自分の部下を巻き添えにしてるじゃない! 心は傷まないわけ!?」
「あ? 魔物なんざ、いくらでも湧いてくる、虫みてえなもんだろうが! 魔族の尊い命と一緒にするんじゃねえ! 己様たちを侮辱してるのか! あああああ腹が立つ! 腹が立つぜ! 手前、そんなに俺を怒らせて、なにが面白えんだ!? ふざけやがって!」
「人狼よ! 腹を立てるのが嫌なら――」
熱線で戦場ががら空きになった隙を利用し、ヘクトールがドレイクの懐に潜り込んでいた。
「――貴様の墓でも立ててやろうか!?」
『屠竜の巨剣』
剛剣流の基本にして奥義を初撃から叩き込む。
それは、基本的に『受け』が成立しない、させないことを前提とした大技。
ガキン!
しかし、それはあくまで並みの相手の話。
金属同士のぶつかり合う、激しい音。
ドレイクは熱線の照射をやめ、槍でヘクトールの剣を真正面から受け止めた。
ズシン、と地鳴りが響き、彼らの足元に地割れが走る。
「さすがは十二神将……! 片手で『屠竜の巨剣』を受けるか! 敵ながらあっぱれと言っておこう!」
「鍛え方がちげえんだよ、若造が!」
「ははっ! 若作りしているつもりはないのだがな!」
必殺の技を受けられてなお、ヘクトールに動揺の色はない。
軽口を叩き、ドレイクと熾烈な剣戟を繰り広げる。
「手前、己様の『天道獨鈷』と真っ向から打ち合おうってのかよ! 遺書は書いてあるんだろうな!?」
「俺はドルアダンの民の安全を預かる者! そんなもの、新年のたびに書き改めておるわ!」
「はっ! だったら安心してぶち殺せるぜ!」
ガアン! とヘクトールの剣が弾かれ、大きな隙を晒す。
そこへ、ドレイクの槍が突きこまれた。
「死ねや!」
だが、ヘクトールは目論見どおりとばかり、白い歯を見せる。
なぜなら、
(死ぬのはアンタよ、犬っころ!)
細剣を構えたセリカが、ドレイクの背後に回っていたからだ。
電光の散る刀身が、流星のごとく炎狼の首筋へと突き進む。
決まった。
セリカ、ヘクトールともに、勝利を確信する。
事実、それは必勝をもたらすにふさわしい一撃だった。
すでに槍を突き出しかけているドレイクには、セリカの神速たる刺突をしのぐ術はない。
そう思っていたのだが。
「っ……!?」
セリカの『雷神の石弩』は、決定打たりえなかった。
かわされたのではない。いなされたのもない。肉体強度で防がれたのでもない。
当たった瞬間に、無効化されたのだ。
「『白夜煌・太陽堅鎧』」
炎狼の全身が、目を灼くほどの炎熱を放つ。
太陽のごとく輝く灼熱の狼毛に触れたそばから、セリカの剣は溶解していた。
直火で炙られたかのような痛みに、セリカはとっさに腕を引き、大きく飛び退いた。
「おおっ? よく間に合ったな。腕ごと持っていったつもりだったんだが……」
「ぐああああああああ!」
退避が間に合わなかったのか、火だるまと化したヘクトールが、剣を取り落として転げ回っていた。
皮膚がドロドロに焼けただれ、黒く焼け焦げていく。
だが、そんな彼を心配する余裕など、セリカにはなかった。
(息が、できない……! 喉が……! 熱い……! 熱い……熱い……!)
死。
その一文字がセリカの脳裏を支配する。
ただ立っているだけで、周囲は超高温の熱で発火し、焦熱地獄と化していく。
阿鼻叫喚が戦場を支配する。
これが、十二神将。
ルフレオの言は正しかった。有象無象をいくら集めたところで、彼らの前では肉壁にさえなりはしない。
「これが己様の概念解放――『憤怒』の概念の具現化だ。
己様は人間を侮らねえ。戦いってのは勝った気でいるヤツが負けるもんだ。だから己様は遊びなんかしねえ。たとえ自分より、弱えヤツが相手でもな――!」
「っ!」
豪雨のごとき突きの連射。
半分ほど刀身が残った剣でさばきはするものの、じょじょに後退を余儀なくされる。
(一発一発が、ドウセツよりもずっと重くて速い! かすっただけで死ぬ!)
「セリカ! 確かに手前はそれなりにやるほうではある。だが、人間の域は超えてねえ! なぜか分かるか!?」
不意に放たれた熱線が、空気を焦がす。
かろうじて身をひねって避けはしたが、髪の先端が焼けた。
「積み重ねだ。積み重ねがまるっきり足りてねえ! 手前の剣術を見りゃあ分かる! 雷剣の型通りだが、使いこなしちゃいねえ! 所詮は付け焼き刃だ! 身につけてから、せいぜい数ヶ月ってとこか!? そうだろ!?」
「だったら……何だってのよ!」
「いやあ、気の毒だと思ってな。その程度の実力で、十二神将と戦らなきゃならねえ事実が」
無理な体勢から、不意打ち気味に放たれた『雷神の石弩』を難なくかわす。
お返しに飛んできたのは、臓物をぶち抜くような直蹴りだ。
「ぐぁっ……!」
もろに食らったセリカは、50メートル以上先の外壁に激しく叩きつけられた。
積み上げられた石壁が大きく窪み、衝撃で息ができなくなる。
(やられた……お腹が、熱い……)
炎狼の脚先の爪が、セリカの腹を深くえぐっていたのだ。
みるみるうちに血溜まりが広がり、視界が明滅し始める。
「おらぁ!」
ドッゴォン!
容赦ないドレイクの追撃で、厚さ5メートルの石の壁が、まるで砂糖菓子のように広範囲に渡って崩壊する。
最後の力を振り絞って回避したセリカだったが、そこで限界がきた。




