第25話『答え合わせ』
翌朝。朝日の出ない曇天の空だった。
いつもの宿屋で、セリカはむくりとベッドから身を起こした。
その目元には、どんよりと青黒いクマが刻まれている。
(……ぜんぜん眠れなかった)
昨日、ルフレオから逃げ出したセリカは、夜が更けるまで一心不乱に素振りをしたものの、まんじりともしない一夜を過ごしていた。
緊急クエストへの不安だけではない。
(ルフレオが、あんな顔するの、初めて見た……)
今までのルフレオは、どんな無礼を受けようと、笑顔で受け流すか、相応の報いを返してきた。
セリカがわがままを言えば、それを嗜めるか、苦笑するかのどちらかだった。
そんな盤石な精神の持ち主である彼が、青ざめて何も言えなくなるほどの苦痛を、彼女は与えてしまったのだ。
(あたし、ほんとガキだ……)
自己嫌悪のあまり、セリカは頭を掻きむしる。
ルフレオなら、何を言ってもいいと思っていた、自分自身の甘ったれぶりに、ほとほと嫌気が差した。
(謝んなくちゃ)
そう思い、身支度を整えたセリカは、宿の階段を降りると、いつものテーブルでルフレオを待った。
しかし、待てども待てども彼の足音は聞こえてこない。
(もしかして、まだ寝てる? そんなわけない。いつも、あたしより早く降りてきてるのに)
違和感を覚えたセリカは、急いで階段を駆け上がり、ルフレオの部屋の扉をノックした。
「……ルフレオ?」
遠慮がちに問いかけるものの、返答はない。
扉を押してみると、意外にもすんなりと開いた。
ルフレオの部屋で、セリカが目にしたもの。
それは、空っぽのベッドと、シーツの上の置き手紙だった。
訳が分からないまま、セリカはその手紙を手に取る。
読み書きが不得意なセリカにも読めるよう、平易な語彙が用いられているところに、ルフレオらしさを感じた。
彼女なりに読み解くと、それは次のような文面だった。
――――
セリカさんへ。
私はカフカさんたちと、先に敵の拠点へ向かいます。
あなたに何も知らせず、このような行動を実行に移したこと、非常に申し訳なく思います。
いつものように、あなたに実戦経験を積ませてあげたかったところですが、今回はそうも言っていられません。
今のあなたに、十二神将の相手は早すぎます。とても守りきれる自信はありません。
あなたの言う通り、私は全知全能の神などではないからです。
どうか、私の身勝手さを許してください。
ルフレオより。
――――
読み終わってから、およそ五分あまりの間、セリカは呆然としていた。
実力不足とみなされた怒りもあったが、それ以上に大きかったのは、
(あたし、そんなに聞き分けのないヤツだと思われてたの……?)
ルフレオが置き手紙を残したのは、直接セリカに伝えれば、必ず無理やりついてくるだろうと思われたからだ。
手から滑り落ちた手紙が、カサリと床に落ちる。
ルフレオと出会ってからの数ヶ月で、それなりに成長したつもりではいた。
自分よりも強い相手がいることを知った。
敵と戦う恐怖と、それを払い除ける心構えを知った。
努力することの重要性を知った。
どうあがいても、救えないものがあると知った。
そのことを、ルフレオはずっとそばで見てくれていたはずなのに。
この土壇場で、ルフレオは自分を信じてくれなかった。裏切られた。見捨てられた。
そのショックが、セリカを何よりも打ちのめした。
(あたしが、あんなこと言ったからだ……)
あのとき、ルフレオが『誰も死なせない』と言ったのは、不安に駆られる自分を元気づけるためだ。
そんな気遣いも分からず、地雷を踏むような暴言を吐かれたことに失望したのだろう。
結果、ルフレオは自分を置いていった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
膝から崩れ落ち、セリカはルフレオのベッドに顔をうずめてすすり泣いた。
◆
一方、その頃。
「なあ、本当に置いてきてよかったのか? セリカのヤツ、今ごろブチ切れだろ」
今にも雨が降り出しそうな曇り空の下。
敵拠点を目指し、黙々と山中を進んでいたカフカが、ふとそんなことを尋ねてくる。
ルフレオは陰鬱にうなずいた。
「……ええ、そうでしょうね。私は自分の都合で、彼女の誇りを踏みにじった。償いようのない、最低の行為です」
もしかしたら、話せば分かってくれたかもしれない。
だが、その場では納得したフリをして、こっそり後をつけてくる可能性は否定できない。
絶対にセリカを戦いに巻き込まないためには、こうするしかなかったのだ。
それが、どれほどセリカを傷つけるか、分かった上でルフレオはそうした。
そんなルフレオを慰めるように、カフカが肩をすくめる。
「いや、でも、仕方ないだろ。命がかかってたら、誇りがどうのなんて言っちゃいられない。きっと、いつかあいつも分かってくれるさ」
そこで、アマンダがぷっと吹き出し、慌ててゴホンゴホンと咳をしてごまかした。
続いて、他の仲間たちも、笑いをこらえるようにうつむいた。
それを受け、ルフレオは何気ない調子で切り出す。
「……そういえば、皆さん。ずいぶんと口数が少ないですね。いつもはよくお喋りされているのに」
「いやあ、そんなことないわよ。ねえ?」
「勘違いだろ」
「いえ、そういうのは結構です。もう分かっていますから」
諦めたように言うルフレオに、カフカが焦った様子で半笑いを浮かべる。
「な、なあ。何言ってるんだ、ルフレオ。いったい、なんの話だ?」
「私は最初、四つの可能性を考えました。
一つ『全員が魔法によって操られている可能性』これはひと目見て、すぐにありえないと分かりました。私の知る限り、痕跡を一切残さずに他人の精神や言動を自在に操る魔法は存在しない。
二つ『全員が人狼に成り代わられている可能性』これも、ギルドでのやり取りで否定されました。残念なことに。
なぜなら、三つ目――暴きようのない最悪のパターン。『人間と人狼が混在している可能性』が濃厚になったからです。
『千変万化』の『記憶は模倣できない』という欠点を、記憶を知っている人間が、人狼に念話なりなんなりで伝えることで補える。そうなれば、こちらとしてはお手上げです。
また、これまた看破しようのない、四つ目の『全員が脅迫によって従わされている』可能性もある。
これら三つ目と四つ目、両方の可能性を同時に潰し、かつ被害を最小限に抑えるためには、こうするしかなかったわけです」
「こうするっていうのは、どういうことだ?」
「あなたたちの策に、片足を乗せるしかなかったということです。……100メートルほど先に、人質の方たちと、恐らく見張りの魔狼がいるでしょう。多数の魔力反応を感じます。あなたたちの合図一つで、彼らは八つ裂きの憂き目に遭う……といったところでしょうか」
淡々と推理を語るルフレオに、アマンダたちは顔を見合わせた。
「……オイオイ、とんだ名探偵サマだぜこりゃ」
「ま、そこまで分かってんなら、歩く手間が省けてちょうどいいや」
「いい加減、演技すんのもかったりい。ここらでネタバラシといくか」
ズズズ、とアマンダたちの肉体が変化していく。
四肢が伸び、衣類は皮膚に吸収され、灰色の獣毛が全身を覆う。
ナイフのように鋭い爪牙。耳まで裂けた獰猛な顎。
身の丈3メートルはあろうかという大柄な体躯。
変身が終わったとき、そこには三頭の人狼が、喜色を満面に浮かべて立っていた。




