第2話『超大型新人』
「セリカ。お前、いくら仲間が作れないからって、そんなおっさん引っ張ってくることないんじゃないの?」
マッシュルームカットの茶色い髪に、すらっとした長身。
いかにも当世風の身なりをした若者だ。
それに、それなりに剣も使うようである。
ルフレオは彼の足取りや立ち姿、革グローブの擦り切れ具合からそう推理した。
彼の背後には、パーティメンバーと思しき仲間たちもついてきている。
「おっさん、知ってるかい? こいつ、このギルドに来てからもう一年になるのに、まだ固定のパーティも組めてないんだぜ」
「性格が悪いからでしょ、きゃははっ!」
「そのくせでかい口ばっかり叩きやがるから、鬱陶しいったらねえんだよな」
「そんな体たらくでさあ、本当に魔王退治なんかできると思ってるわけ? 仲間一人満足に作れないお前なんかにさあ!」
ぎゃははははは!
再びギルドは笑いに包まれる。
セリカは緑色の瞳に涙をいっぱいに浮かべ、それでも凛として言い返した。
「……仲間だもん」
「はあ? なんだって?」
「ルフレオは、あたしの師匠で、仲間だもん! だから、あたしにだって……魔王討伐くらいできるわよ!」
「あっはははは! また出たよ、得意の大口が! 実力も才能もないくせに、偉そうなこと言ってんじゃ――」
「才能ならありますよ。恐らく、あなたより」
黙っていられなくなったルフレオは、ついに口を開いた。
すると、それまでヘラヘラしていたカフカが、剣の柄に手をかけ、戦士特有の眼光を目に宿した。
「……は? 誰が、誰より才能があるって?」
「私が稽古をつければ……そうですね。五日もあれば十分でしょう。彼女はあなたより強くなる。この先も鍛え続ければ、魔王を倒すことも夢ではない」
「へえ……」
カフカはルフレオを上から下まで、じっくりと観察する。
そこから何かを感じ取ったのか、笑みを消したカフカがドスの利いた声で問いかける。
「……ま、セリカよりゃできるっぽいけど、おっさんさ。そんだけの口利いたんだ。もう『ごめんなさい』じゃ済まさねえぞ」
「ええ。私も可愛い弟子が泣かされてますから。そのつもりですよ、もちろん」
「ふうん。じゃ、どうやって落とし前つけようか。剣か? 素手か?」
「どちらでも構いませんが、ここは冒険者の流儀でいきましょう」
「冒険者の流儀?」
ルフレオは慣れた手つきでクエスト掲示板から、適当に見繕った依頼書を剥がし、カウンターに持っていく。
「これ、カフカさんたちとの共同で受注したいんですが」
ざわっ……!
「お、おい。あのクエストって……」
「Aランクだぞ! うちじゃ滅多に出ない超高難度クエストだ……」
「まさか、あのおっさん、そんなに強かったのか?」
うろたえる周囲。
しかし、依頼書を受け取った受付嬢はおずおずと尋ねた。
「ええと、冒険者登録は済まされていますか?」
「冒険者登録? なんですか、それは?」
どっ!
「ぼ、冒険者登録も知らねえのかよ!」
「こいつはとんだ大型新人だぜ!」
「おっさーん! お前面白えぞー!」
顔を真っ赤にしたセリカが早足で机の間を突っ切っていくと、無言でルフレオの脇に肘鉄を入れた。
「いたっ」
「もう! 急になにするのかと思ったら、そんなことも知らないで依頼受けるつもりだったの!? バカじゃないの!?」
「いや、昔はそんなのなかったんですよ」
「はあ……もう、とにかくとっとと登録済ませちゃって! それから! 別に泣いてないから!」
セリカはつかつかと歩いていくと、少し離れたところから、顔を見せずにぼそっとつぶやいた。
「……ありがと」
そして、ガタンと隅のほうにある椅子に腰掛け、セリカはそっぽを向いてしまった。
そんな彼女に微笑をこぼしつつ、ルフレオは改めて受付嬢から冒険者登録についての説明を受ける。
「えーと、ここに名前を書いて……それから、魔力測定? をすればいいんですね?」
「はい。体内にある魔力の量で、冒険者の力量はおおよそ測れますから。もちろん、数字として出ない知識や経験の部分もあるんですけど、やっぱり最後に物を言うのは魔力ですので……」
「そうですね。こと戦闘ともなれば、魔力は多いに越したことはない」
ルフレオは受付嬢に連れられ、ギルドの一角に鎮座している魔力測定器の前に立った。
中央の台座に手をかざし、魔力をこめると、上部にあるメーターの針が動き、測定者のランクを指し示すという仕組みらしい。
説明を聞いたルフレオは、感心してうなずいた。
「ほう。新式ですね、これは。王都で見たことがある」
「え? いえ、相当昔に型落ちした骨董品ですよ。もう百年は使われているはずかと……」
「あ、そうなんですか……」
チラッとセリカのほうを見やると、口だけで『バカッ』と言ってきた。
昔見た演劇にこんなシーンがあったなあと思いつつ、ルフレオは台座に手を置く。
「全力で魔力を込めてくださいね。じゃないと、上手く測定できないことがあるので……」
「おっさーん! 頑張れよー!」
「力みすぎて倒れたりすんなよー!」
ゲラゲラと笑い声が上がる中、ルフレオは集中するために目を閉じる。
やがて、メーターの針がグググっと動き始め、『B』のところでピタリと止まった。