第17話『狂える亡霊』
「そういうのな、ぶっちゃけどうでもええねん」
ドウセツの言い放った言葉の真意を、ルフレオは慎重に尋ねた。
「……いちおう、理由を聞きましょうか」
「お国のためとか、人間のためとか、儂らみたいな百姓は、そない大層なこと言われてもようわからんねん。自分ら身内が楽しく暮らしていければそれでええんよ。そういうんはえらーい将軍様とか大名とかが考えることや」
察するに、ドウセツの前世は農民だろう。
領主に税を納め、日々を生きるだけで精一杯だった彼らに、いきなり人類のために戦えと言っても、ピンとこないのは当然だろう。
しかし、ルフレオは切々と訴えかけた。
「今のあなたには力がある。将軍や大名をも凌ぐ力が。それがあれば、あなたの家族や友人を守ることだって――」
「……家族? 友人? そないなもんおらんで。とっくに侍どもに殺されてもうたしな。やけん、どうでもええっちゅうたやろ。儂は儂一人が楽しくやれればそれでええんよ。儂の生きがいは強うなって、いつか魔王を斬る。そんだけや」
「魔王を斬る? あなたは魔王軍ではないのですか?」
「そやけど、魔王は偉いやろ? この大陸で、誰も敵わんくらい強くて偉いんやろ? ほんで、偉いヤツはみんな、儂らみたいな百姓を――弱者をいじめる悪いヤツや。ほならそいつ斬ったらめちゃくちゃおもろいやんって思たんよ。ほしたら、魔王軍十二神将のドレイクっちゅうのが来て、儂を強くしてやるから部下になれって言うてきてん。そんだけや」
一見、大義めいたことを口にしているように聞こえる。
だが、彼の言動は明らかに矛盾していた。
「ならば、なぜ魔王とは無関係の、罪も権力もない人々まで斬るのですか」
ドウセツはしれっとした様子で肩をすくめた。
「しゃあないやろ。なんや知らんけど、儂むかしのこと思い出すと急に人斬りたなんねん。これはもう病気みたいなもんやから、儂自身にもどうしようもないんや。足のないヤツに走れ言うのはむごいやろ? それと同じや。
やから、儂は侍どもとはちゃうで! あいつらは欲望のために弱者を食いもんにする人間のクズや!」
わけが分からない。
理由はどうあれ、無辜の民を殺めたことには何の変わりもないというのに。
侍――上位階級への復讐心と憎悪で凝り固まっているようだが、自分の言動が破綻していることに気づいていないのだろうか。
ルフレオはふつふつとこみ上げる怒りを感じながら、最後の問いかけを投げた。
「あなたがそうして斬ってきた人々に対して、なにか思うところはありますか?」
「そらもちろん申し訳ないと思うで? でも、まあ、儂に斬られたんは間が悪かった思て諦めてもらうしかないわ。お互い不運やったっちゅうことでな。念仏くらいなら唱えたってもええけどな」
「分かりました。もう結構です」
根本的に価値観が違う上に、長年の自己正当化で精神が歪み切っている。
やはり、元人間だろうと魔族は魔族。
対話で分かり合おうなどという試み自体が無意味だったか。
そうルフレオは結論づけ、スラリと剣を抜き放った。
「時間を無駄にしました。始めましょうか」
「よっしゃ! やったるでえ!」
嬉々として刀を構えるドウセツ。
しかし、そこにブリギッテが割って入った。
「ルフレオ殿。王都の防衛は我ら王立騎士団の使命。客人たるルフレオ殿に手をわずらわせるわけにはいかん。ここは私に任せてもらおう」
ブリギッテの言う通り、ここで自分が初めから出張るのは、彼女たちの面子を潰すことになる。
それに、彼女には魔王軍七十二神将と立ち会っても不足のない剣技がある。
ここは、無理を通す場面ではないだろう。
いざとなれば、自分が助けに入ればいい。
そう思い、ルフレオは素直に身を引いた。
「……分かりました」
「やりましょう、団長! 生命武装だかなんだか知りませんが、所詮は肉体を持たない動くガラクタ! 我々の敵ではありません!」
「いや、お前たちは下がっていろ」
「なぜです!?」
「その返答が理由だ。彼我の実力差も見抜けぬようでは話にならん。あやつは……お前たちの手に負える相手ではない」
ブリギッテは眼光を鋭くし、ルフレオを制してドウセツと相対した。
「我が名はブリギッテ・バルンシュタイン。剛剣流の極伝《Sランク》にして、王立騎士団の団長の座を預かる者。貴様の言う『偉いヤツ』だ。相手にとって不足はなかろう」
「ほーん……ほんまはルフレオはんがええねんけど……ま、偉いっちゅうんなら斬らなかんわ。せいぜい楽しませてくれや」
そうして、戦いが始まった。




