6話
似た味が増えたが、ラニの作る飯は相変わらずうまかった。ベッドは硬く狭くなったが、暇な分回数が増えた。化粧が薄くなったせいで日中でも痕が見える。ラニが洗濯するようになって服の匂いがころころ変わるようになった。相も変わらず安っぽいブランドが好きで、以前のように服に指示を出せないから、ダサいペアのものが増えた。それもラニは嬉しそうだった。
驚くほど簡単に、負けたわけでもなく、一緒に居たいからと、権力と金を捨ててしまった。あれほど父と母がこだわったものをラニは価値がないものとした。俺の魅力など、金と権力と戦争の才ぐらいのものだろう。上に立たなければ凡だ。
適当な冒険者で食うに困ることもないが、贅沢とは無縁な、まさにバカにするべき平民の生活。ラニは屋敷にいたころよりずっとずっと幸せそうだった。
名前も聞いたことのないような小さな冒険者の集まる街。あの日、身に着けていた服と宝石で小さな家を買って、俺は適当な冒険者、ラニはどこかの酒場で週に2日だけ働いている。残りの5日はだいたいデートかベッド。
「本当に仲がいいのね。羨ましくなっちゃうわ」
近所付き合いもできた。周りの人間に怖がられることもなく、適度に会話をすることも増えた。そんなある日。街にドラゴンが現れた。大したこともない火竜。だが、小さな冒険者の街ではレベルの高い冒険者もおらず、避難騒動になり、混乱を来した。
一市民の振りをしてラニに連れられるままに避難したが、ふとラニが言った。
「セルならあのドラゴンを倒せますか?」
「まぁ、あれくらいなら、誰でもできるだろう」
セントラルならば、倒せなければ騎士の資格も得られない下位のドラゴンである。なんならラニでも倒せそうなものだが。
「剣を持って、数分やり合って、苦労するふりをして、倒せますか?」
細かい指示に疑問を持ちながらもラニの指示のままに剣を振るえば俺はこの町の英雄になっていた。恐れられてばかりの人生で人に讃頌されることなど初めてだった。ラニが嬉しそうに抱きついてきたが、お前も倒せただろうと小言を言うと、いいんですよこれでと幸せそうに笑った。
それから、たまに街の中では大きなドラゴンや魔物を倒すときだけ討伐に呼ばれるようになり、金と時間にまた余裕ができるようになった。月の大半をラニと過ごすようになり、ラニがふと言葉を口にする。
「隣町に星を入れた透き通るアイス屋ができたらしいんですよ」
「この前もアイス屋並ばなかったかお前」
「あれは、海の砂のを使ったシャーベットです」
「同じだろ」
「空と海は全然違いますよ」
「まぁいーけど、……隣町なら明日にするか。並ぶなら午前中のほうがいいだろ」
「やった」
抱き着いてくるから、そのままベッドに押し倒す。
「ひ、昼間からですか?」
「昼のほうがよく見えるだろ」
「夜ごはんの買い物も行ってないし」
「残り物でいいよ、昨日のシチュー残ってるじゃん」
「王様が、残りものなんて食べていいんですか」
「今の俺ら見て王族だって信じる奴いるか?」
「いないかも、でも町の英雄ですよ」
「英雄なんて慣れないわ。なんか」
「何でですか。似合ってますよ。どんな所でもセルは誰よりかっこいいんですから」
近所の人に羨ましいって褒められたんだって。嬉しそうに頬を赤くする。どこに行こうとラニはラニだ。本当に地位も名誉も無くしたところで当たり前のように俺の隣で笑っている。そんなものにこだわらなくとも俺の傍にいてくれる。
父にも母にも愛された記憶も家族らしい記憶もなかったが、ラニと出会って10年、だいたい大切な感情はすべて知っているような気がする。
「セル」
「ん?」
「子どもは欲しくないですか?」
ラニのそんな提案について、冒険者仲間に話すと。いいじゃないかと、お前たちは若いが、この町に来て十分連れ添っているのを知っていると言われた。
「つかお前どうやってラニさんのこと落としたんだよ」
「どうやってって、特別なことはしてない」
「だってラニさんどこかの貴族様だろ?」
「は?」
「は?って分かるよ見れば。言葉遣いも、立ち振る舞いも、貴族様みたいだよ。お前たち駆け落ちして逃げてきたんだろ?お前はどっかの騎士か護衛か?」
勘違いもすごい方向に行っている。てか俺は貴族にすら見えないのか。
「まぁ、そんなところだ」
「金はあるんだろ?なら子ども作る前に結婚式あげてやれよ」
「式なんて」
「女はうれしいもんさ。教会の神父様はいい人だ。よそ者でも温かく受け入れてくれるはずさ」
あれよあれよと乗せられて、金は回すもんだと、盛大にとは言っても、庶民の範囲で、いつの間にか街を上げて結婚式をした。知らない土地の、神の教えのない国の生まれだというのに、知らない神と神父に見られながら誓いのキスをした。婚約の指輪より安い、結婚指輪をラニに通す。以前の方がなんて考えることはまず無いが、ウエディングドレスは誰よりもいいものを着せてやりたかったと本当にらしくないことを考えた。
別に戻る気になれば、いつだって取り戻せる場所だ。でも、ラニと自分の分の生活だけを考えて暮らせばいい今は最高に幸せだった。
「幸せだ」
「んだその惚気」
周りそんな風に足を蹴られても怒りも湧かなかった。俺の、俺だけの美しい花嫁。毎日抱いても抱き足りないし、柔らかい笑顔に心が解かれる。俺の大切なものはラニだけだ。他は何もいらない。
赤子はうっとうしいものだった。うるさいし、ヤれないし、ラニが俺の腕から抜けて赤子を優先する。3日に1度殺してやろうかと考える。
「セル見て、笑うとセルそっくり」
俺の笑顔なんてお前しか知らない。自分の笑った顔なんて見たこともなかったが、こんな顔しているのか。赤子ばかりだと不満を漏らせば、可愛いことを言いますねと機嫌よさそうにキスをしてくる。赤子の名前を「リオン」と名づけ、自分たちの過去については教えることはなかった。
日に日に似てくる息子がパパと抱擁を求めてくる。愛おしいのか憎たらしいのか。両親に抱きしめられたことも、叱られたこともろくになく、正しい感情が分からない。ラニもそう変わらない人生を歩んできたはずだというのに、女は本能で知っているのか、当たり前のようにリオンを甘やかし、そして叱る。
「城に居たらこんな風にこの子を育てることもなかったでしょうね」
「まぁ、赤子に2人の時間を奪われることはなかったろうな」
「不満ですか?」
「……わからん」
実質的に言えば城にいるより一緒に過ごす時間は長いだろう。泣き声はうるさいし、邪魔だが、不満かと言われれば何とも言えなかった。
「パパ、見て」
「ん」
ふわっと手元に花が咲く。ラニに花を贈るのは出会ったときからの習慣だった。俺に見せてどうする。
「ママに見せてやれ」
「ママ」
「ママ―!!」
ブルースター。2人してリオンに渡された小さな花束を手にする。
「女たらしになる」
「本当ですね」
「俺たちはモテなかったからな」
「あんまり女の子を泣かせるようなら叱ってくださいね」
「俺みたいに1人ちゃんとした相手を見つければいい」
「モテたこともありませんし、友人も多くないですが、セルに出会えましたから誰より幸せなんですよ」
「知ってる」
「ふふっ……知ってるって、なんですかそれ」
幸せだった。リオンのうるさい声も、似たような食事も、少し荒れたラニの手も。英雄と呼ばれるむず痒い感覚も、質素で美しいラニのウエディングドレスも。まるで俺はただの人間だった。
あの日ラニの言葉のままに手放したものは、何もかも空虚で、これっぽっちも価値のないものだった。
リオンが5歳になり、俺とラニは27になったころ。その日、家に帰るとリオンはらしくなく泣いていた。4歳になったころからぱったり泣かなくなり、魔王の本に興味を持つようになってからは、なんだか子供らしさも減ったなと思っていたのに。ぼろぼろ泣いて、俺の足に飛びついてくる。
「ママが、ママがッ、」
嫌な予感だった。心臓が嫌に早く鼓動する。
「ママがどうした」
「男の人たちに連れていかれて、僕、タンスの中に閉じ込められて、パパ、ぱぱっ」
ずっとずっと自分が可笑しい事くらいわかっていた。人を殺すことに抵抗がないことも、アレンの言う命を軽んじているという意味が理解できないことも、それ自体が可笑しく間違って狂っていることをちゃんと理解していた。
だが、可哀そうだと言いつつ人間が豚や牛を殺し食すように、セントラル王国の王族は、王族以外のすべての生物が、自分たちのために死ぬのは当然のことだと教えられてきた。なんの理由もなく、牛肉が食いたいというだけで牛を殺す様に、俺は父の不機嫌で人を殺して生きてきた。拒絶も快楽も何もない、俺が自害しろと言えば誰しも自害するのは当然だった。それは世界の理だった。
ラニは俺にとって特別に異質な存在だった。まず俺を見て怯えないことが異質だったし、血まみれで抱きしめてもうれしそうな顔をするのもおかしかった。選んだ理由は俺のために死んでくれると言ったからだが、ルキと剣を交えたとき、人など殺めたこともないだろうに、ラニは俺のために自分の命を投げ捨てて剣を突き刺した。震えながら。訳もわからず。そんなことは初めてだった。
全ての人間は俺が死んだ方が安心すると知っていた。俺の命令で自害したい人間なんて存在しない。誰しも生きたいと願っている。だが、誰しも俺が神より恐ろしいと知っている。子が妻が、家族が、愛しいから、俺の命に従い皆自害する。
だというのに、ラニは俺が生きることを望んでいる。俺以外が死ぬことは、ラニにとって仕方のない事だった。何となくで生きていた。欲しいものなんて何もなかった。あまりにラニの愛がうれしくて理解も追いつかなかった。
母さんは、母さんを守るために殺した反逆者をみて、俺を化け物といった。父さんは、素晴らしい化け物だと、私利私欲に利用した。その他大勢は、ただただ俺を恐れた。だから言葉なんて交わす意味もなかった。意見をする人間は誰もいなかった。
ラニは、ただありがとうと、安心して眠れると、嬉しそうに笑って、俺の腕で眠りに落ちた。
自分の異常と間違いを知っていた。だが、物心つく前に教えられた常識はもう塗り替わることなどなかった。喜んでほしかった。父さんも母さんもそう教えたのだから、できたなら心から笑ってほしかった。褒めてほしかった。でもそんなものは知らなかった。
ラニのためにしたことをラニだけが当たり前のように受け入れてくれた。信じられないほどの幸福が俺を満たして、俺は当然のようにラニに依存した。その依存さえラニは何の不自由なく、受け入れてくれて、俺は今日まで幸せだった。
まるで何もかも夢のように幸せで、ありえない話だったのかもしれない。俺のような異常者が、更生もなく、全てを受け入れられるなんて本当にありえない話だ。
隣の家の夫婦にリオンの面倒を頼んだ。魔力が漏れ出すのを抑えることさえ難しかった。呼吸が荒く上手く息ができない。何故俺のような人間が世界を滅ぼすような力を持っているのか。本当にすべてが間違いだ。ラニを失ったら俺は全部全部滅ぼして自害するだろう。
ラニがいないとまともに生きられないんだ。あの日飲ませた、魔力の共有の先を辿る。国に戻ることになろうとは考えもしなかった。世界征服など、本当に価値もない話だ。
目の前が真っ暗で、歩くだけで、周辺の命を奪っていた。
見たことのある王城の地下だった。何故人間は学ばないのだろうかと思う。あの日、俺を殺そうとした日、お前たちは勝てないと悟ったはずだ。ラニがなぜかお前たちを殺すなというから、俺は。あぁ、そういえば。初めてラニに殺すなと止められた時だった。
たまらなく嫉妬した。何故だと。思った。ラニの心配や愛情が、ラニを裏切ったアイツらに向くのはたまらない苦痛だった。忘れていた。ラニに与えられた無限の幸福に。国のこともアイツらのことも。俺も同じ人間だ。たくさんの幸せに、大切なことを。忘れていた。
王城の地下なんて存在もしないはずだった。いつ作ったのか。大きな魔法陣の近くに大量の人間がベッドに横たわって逃げられないように手錠が掛けられていた。その中の一つにラニも眠っていた。
「せ、セル、何故ここに」
「何で毎度、お前は俺からラニを奪う。アレン」
「前もそうだった。位置の特定ができないように遮断魔法を掛けているのに」
「そんなもの意味があるわけないだろ。魔力共有は、魂の共有の呪いだ。五感、魔力、魂、全てを共有しているのだから、位置など簡単に特定できる」
「魂の共有……?」
「ラニが死んだとき、俺も死ねるように飲ませた」
「ははっ、ふっはははっ、じゃあなんだ、ラニが死ねばお前も、お前という邪神も死ぬということか」
「そうだ。ラニが一緒に死んでくれると約束した」
「じゃあこの女の用も済んだし、殺すべきだな。お前らもろとも」
何故こいつがこんなに愉快そうで、こんなに余裕そうなのか。理解に苦しむわけだ。この国を出る前に与えた恐怖はあまり効果を為していなかったのか?いや、マリーと、あと、名前が出てこないが、その他は、声も出ないほどに、怯えて。なんだ?こいつら全体の意思ではないのか?
特にマリーは、ラニに手を出さなければ俺がこの国に帰ってくる可能性などなかったと理解していそうなものだが。
「1つ聞いていいか?」
「なんだ。どうせ殺すのだから、なんでも答えようじゃないか」
「あの日、俺はラニに言われてお前たちを生かした」
「本当は殺せなかったんだろ。神である私を邪神が殺せるわけもない」
俺が言うのもおかしいが、狂っているな。
「マリー」
「ッ……、」
「俺は王を殺してこの国を去った。空白の王の席にお前たちが座り、お前とアレンは望み通り結ばれた。それ以上に何を望んだ?」
「それは、」
「邪神を殺す力だ」
「は?」
アレンの指す邪神とはつまり俺であろう。それがなぜラニを欲する。
「ここにいる人間は、未来視を持つ人間だ」
「未来視?」
「ははっ、滑稽だな。ラニから聞いていないのか。未来が見えることを。夫だというのに、悲しい話だな。この世界にはごくまれに未来を知る人間がいるんだよ。未来の可能性は無数に存在していて、ひとりの人間が見る未来は可能性に過ぎない。だが、未来視を持つ人間の魔力を集めれば、世界で本当に起きる未来を作ることができる。そうすれば、お前を殺す未来を選択することができる」
「ラニは未来を知っていたということか?」
「いや、可能性の一つを知っていたというだけだ。ラニの未来視を見て見るか?」
大きな魔法陣の中心に映し出された映像はありえもしない光景だった。マリーと俺が結ばれる。俺は、ニコニコとこの世界の平和を願う心優しい王として、幕を閉じる。
「最高の物語だな。ラニはお前の本当の幸せを奪ったわけだ。お前がこの国の王として手に入れるはずだった本当の幸せを。奪って自分の欲のために動いたのか。それは言えるわけもないな」
その言葉が無性に癪に障った。映像の世界の俺が、本当の意味で笑っている可能性などないからだ。本当の幸せを手に入れているわけがなかったからだ。
「何もわかっていない」
「何?」
「アレン。お前は何も、何もかも分かっていない。俺はお前に邪神と呼ばれることを否定するつもりはない。この世界を滅ぼすのは俺で間違いないだろう」
でも知れたことは良かった。ラニがなぜこいつらを殺すなといったのか。それが分かった。自分の未来視の中で俺を救う人物たちを殺すことが憚られた。そういう理由だろう。それなら十分納得する。
「だが俺は、自分の性を呪ってはいない。自分の生まれに誇りさえ持っている。愛を知るために、自分の性を更生した目の前の未来を、羨ましくも素晴らしいとも思わない。世界中から愛されて何もうれしくない。名前も知らない人間の賞賛など1つも望まない」
目の前の未来はこう告げる。
______殺すことしか愛される方法を知らなかったんですね
______貴方は化け物ではありません
______貴方は世界を救うことのできる人です
______貴方はきっと優しくなれる
「本能を殺し世界を救い、化け物の自分を否定され、偽物の自分を愛してもらう。結構な話だ。その世界の俺は、生涯自分の本能と戦い続けるんだろうな。化け物の自分を否定し苦悩し続ける。自分は優しい人間だと、その苦悩を綺麗な物語として描くのか?可哀そうで泣ける」
「ッ、何がかわいそうなんだ。お前が、その力を民のため、世界のために使えば、世界は平和に」
「世界平和なんてあまりにどうでもいい。今日、ここで、ラニのために、この場にいる全員を殺す。ラニは助けに来てくれてありがとうと俺を抱きしめて喜ぶ。それだけだ。それ以外興味がない」
「狂っている、何を言ってるんだ。未来視で、お前とラニは結ばれないんだぞ。それなのに、不幸な道を」
「俺は今幸せだ。誰よりも。俺のすべてをラニが愛してくれるから。俺は自分の本能も性も否定しない。自分を変えなくともすべてを愛してくれる人間がこの世界にいる。未来視なんて必要ない」
「未来視が必要ない?だと……、そんなわけない、未来視は絶対だ。未来視で、結ばれなければ、絶対に将来不幸になる。だから、私はマリーと結ばれる未来視を作るの」
「あぁ、そんなものばかり見ているから現実を忘れたんだな。……そういうことだろマリー」
すぱりと、魔の剣でアレンの首を切ると、あまりに簡単にアレンは息絶えた。マリーは泣き崩れたが、周りの人間を含め俺を襲ってくることはなかった。
マリーは泣きながら語りだした。俺たちがいなくなった後、俺という恐怖から解放された国民は、マリーとアレンを崇めた。それこそ、貴族たちを含め、アレンたちを英雄と叫んだ。だが幸せは数年しか続かなかった。
アレンは多くの国民の平和を願う、本当の意味の聖人で、平民からも分け隔てなく部下を雇った。その中に、未来視を持つ人間がいた。最初は信じていなかったが、天変地異を含め、言い当てるその人間に、アレンは次第にどんなことも聞くようになっていった。
それこそ、この国の平和のために。たくさんの未来視を持つ人間を雇うようになり、その未来の複数で、マリーと俺が結ばれることを知った。それが許せなかったのだと言う。世界を恐怖で支配する俺が、自分の最愛のマリーと、結ばれる未来が正しく、それがこの世界の理だったという事実。
そこからどんどんおかしくなっていったのだという。意味の分からない魔法の研究をして、未来視を持つ人間の魔力を使えば、未来を変えられる可能性を見出した。今現在、私たちは幸せなのだからと言っても、聞く耳を持ってはもらえなかったのだと語った。
その研究を続けていくうちに、自分たちを生かしたラニも未来視を持つ人間ではないかという考えに至った。アレン以外のあの日いた人間はラニを攫うことを拒んだが、王であるアレンを止められなかった。俺がここに戻ってくれば自分たちは死ぬことになるとわかっていたという。
「ラニ様は未来視をどうお考えだったんでしょうか」
「さぁ、起きたら聞いてみるよ。でもあの時お前たちを殺すなと言った理由はそれだろ?」
「私はアレンを愛していました」
「俺もラニを愛しているよ」
「幾度となく愛を伝えましたが、アレンは、殿下が生きている限り私を信用してくださらなかった。ラニ様は、殿下と私が恋する可能性を知っていながら、私と友人になろうとしてくださった。あの日、殿下以外と出かけるのは初めてだと笑っていました。信じてくださったのに。未来視を知った時、あの時の裏切りを改めて悔いました。私が、お二人を裏切った時点で、こうなる未来は決まっていたんですかね」
「確定した未来なんかないだろ」
「その通りですね。たくさん未来視を持つ人と出会いましたが、こんな未来存在しませんでした」
「俺とラニが結ばれる未来はあったか?」
「いえ、いつも私と殿下が結ばれるんです。こんなに憎いのになぜでしょうね」
「ははっ、じゃあアレンがそんなに俺を殺したがったなら、お前を殺せばラニはある意味喜ぶかもな」
「あぁ、確かに、本当ですね」