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4話


侍女たちの間では、狙った男性がいるなら、ラニ様の真似をするといいと。そんな話がある。いつも美しい見た目と。崩れぬ気遣いと。ふとした瞬間のあどけなさと。


殿下の考えは分かりかねるが、沸点は容易に理解できる。だか、ラニ様は何を考えているのか正直さっぱりだ。沸点どころか喜びのポイントも。陛下に怯える王妃殿下ですら、ドレスやパーティーの不満を口にするというのに、ラニ様はいつも少し微笑んで全員に一線を引く。


使いの兵士とも、会話しているのを見たことがない。位のある男性とはよほどのことがないと会話をしないと、多分自分の中に決めているのだろうと思う。


ドレスも、身に着けるものも、大抵は殿下の選んだもので。殿下の話によれば、老舗の値段の高いブランド物より、年相応に若く城下で身近に流行っているものが好きらしい。長く使える良いものより、見た目を重視した華奢でも可愛いものが好き。


そんなことすら2年も傍にいるというのに、殿下を通してしか知らない。


朝の身支度で、私たちが持ってきたドレスに文句を言うことなんてまずないが、ワンポイントを変えたいと口にすることがある。そういう時は決まって。


「これ」


殿下の指がラニ様の髪に触れる。


「だいぶくたびれたな」

「そうですかね」

「最近よく見る」

「可愛いですもん」

「まぁ、いーけど。買ってやると同じのばっかりつけるからなお前。いっぱい持ってるだろ」


こそこそと。間の会話が二人だけの距離でされて聞こえなかった。少しのキスと。


「セルも首にいつもつけてくださってるじゃないですか」

「これは普通に便利だ」

「気が利くでしょう?」

「外した時になくす心配がないのはいい。斬るのに集中できる」

「それは良かった」

「女はめんどくさいな。てか、お前がめんどくさい。ちゃんといいのを使わないから丁寧に使っていたってすぐくたびれる」

「こういうのは流行りが終わるまで持てばいいんですよ」

「次は何だっけ?羊のミルクを使った菓子が流行っているんだっけか?」

「そうです。結構並ぶらしいですよ」

「はぁ……髪飾り関係なくなってるし。お前と買った香水は直ぐにおいが消えるから直ぐに無くなった」

「新しいのを選びに行きましょうよ。今度は町はずれに花魔法と治癒魔法を混ぜた癒しの効果がある香水ショップができたらしいんです」

「へー……で?髪飾りはどうすんの?」

「それは……うーん、」

「ドライフラワーのところはもう流行ってないんだっけ?」

「終わっちゃいましたね」

「じゃあちゃんとしたの買いに行くか?」

「いっぱいもらってますよ」

「流行ってんのじゃないとお前つけないじゃん……」

「大切にしまってます」

「永遠に眠り続けるだろそれ。60歳になったらつけるのか?ラミィリの店が夏の新作を出すらしい。なんだっけな。パンフレットを貰ってきた気が」


殿下が席を立とうとするからあわてて使いの騎士が自分が行くと主張する。


「ラミィリ……ですか?」


疑心暗鬼そうなラニ様の顔。ラミィリの結婚指輪をつけるのが貴族女性の夢と言っても過言ではない。どんな貴族だって日常的に買えるようなブランドではない。結婚や生誕祭のようなここぞというときのためのブランドで。所謂老舗というやつ。新作というのは珍しい。


言ってみれば、ラニ様が流行りを好むという話を殿下がラミィリ本人に伝えて、わざわざ季節ごとの新作を作らせることにした。つまりラニ様のために作られた新作だ。いったい何年振りのことなのか。そもそも値段はいったいいくらなのか。


知る由もないが。


「か、かわいい……」

「似合うんじゃないか?」


パンフレットを見てラニ様は片手で口を押えた。そりゃ、ラニ様のために作られているんだから似合うだろう。ラニ様がパーティーで付ければ、どれだけ値段が張ろうと、逆に言えば庶民的なものであろうと、それは王家の認めたブランドになる。


殿下が直接交渉したならラミィリはきっとこの髪飾りに命を懸けている。


ラニ様は私たち従者やメイドに物の不満を言ったりはしない。欲しいもののすべてを。自分で殿下に強請ればよいと良く知っている。この2年を通して本当に何度も。


殿下を落とした女性なんだなと。確信する。


初めは驚いた料理も。ファッションに関する庶民的なところも。従者に不満を言わないところも。他者と多くかかわらないところも。いつだって殿下の帰りを待つ日はベッドには入らないところも。殿下のすべてを肯定するところも。


きっと全て計算された正真正銘の愛だ。


彼女は本当に殿下のことだけを考えて生きている。殿下はきっとその絶対的な安心に心を落とされたのだ。王家の男性に恐怖を抱かず、全てを受け入れる。それは、天に与えられた唯一の才能だ。彼女は殿下を愛するために生まれてきた。


少なくとも私の生きる間この国は安泰だろう。殿下が優しく笑う姿をこの15年で初めて見た。冗談を言う姿も、洋服に興味を示す姿も、女の機嫌を取るのも、陛下以外のために剣を抜いた姿も、全て初めて見た。


そもそも心の底から殿下が怒りを示すことがあるなんてこの屋敷の誰が想像したか。


無心で人を切るから何より恐ろしかったというのに。沸点は陛下の怒りだけで、それ以外は無関心であるというのが従者の中での共通認識で、それが塗り替えられた瞬間だ。ラニ様が微笑んでいる間はこの世界は安定を保てる。


彼女に何か起きれば、それは世界の揺らぐ瞬間だ。人々は世界の安寧と命を覚悟しなければならない。


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