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3話

目を覚ますと、セルは私の隣で眠っていた。様子を見るに何日も眠っていたというわけではなさそうで、セルのシャツの血はまだ随分新しそうに見えた。身体ももう痛くないし、魔法は本当にすごいなとアホみたいな感想を考える。


疲れていそうなセルに、でも、なんだかお礼を言いたくて、肩に触れる。


「セル、」

「……ん、……どうした、身体は大丈夫か?」

「もうどこも痛くないですよ、セルのおかげです。ありがとうございます」

「ん、よかった」


まだ眠そうで起こして申し訳なかったなと思いつつ、増えているシャツの血が少し気になる。


「犯人を見つけてくださったんですか?」

「ん……、ちゃんと始末しておいた」


だから心配しなくていいと、そういう意味なんだろう。調査や尋問などをせずに見つける方法など、残虐なことしか想像できないが、私は全く善人ではないので、自業自得だろうと考える。


周りの巻き込まれた人間は可哀想だが、私も死にかけたし。まぁ、ドンマイと。


ただ、私のために動いてくださった事実は嬉しくて。血の匂いに不快さを感じることすらなくなっていたから、ベッドの中でセルの近くに寄る。


「服着替えた方楽だろうし……風呂入るか?」

「そうですね」

「なん、だよ……そんな見て」

「眠いですか?」

「まぁ……まだ夜も明けてないだろ」

「いっぱい寝てください」

「はぁ……?意味不明かよ」

「あの、」

「ん?」

「セルのおかげで安心して暮らせます、私のためにありがとうございました。」


ぐっと腰を抱かれると、額に唇を落とされた。


「いーよ。……俺も、お前のおかげで不眠が治った、もう少し寝てから風呂に入ろう、眠い」


セルの不眠を知ったのは出会って少し経った頃だったが、最近はいつもよく眠っているように思う。一緒に寝るようになってから、セルはいつの間にかすとんと寝るようになった。私のほうが先に起きることも多いし、眠いと駄々をこねることもある。たくさんの人を殺めるこの手を恐ろしいと思わないわけじゃない。いつ自分に向くかと、心配がゼロなわけではない。


でも、こんなに世界中に恐れられる男が、自分を守るために剣を持つのだ。眠れなかったと弱みを見せるのだ。この優越感はなににも代えがたいだろう。自分だけのものだ。


前世を思い出してから、思うことがある。物語の世界で、残虐な王とは弾圧されるか、それこそこの少女漫画のストーリーのように更生させられるのかの二択が大半であろう。今のセルをかっこいいと、愛していると思う私は、間違っているのだろう。


本能のままに血生臭く剣を持つ姿は美しい。誰にでも分け隔てない完璧な王に愛されることを喜ぶ女もいれば、私のように独裁的なこの人に愛される喜びを失い難く思う女もいる。


世界は難儀だ。


ヒロインのように、セルを変えられる人間だったらよかった。今の貴方では、ダメだと思えたならよかった。セルが白といえば、カラスも白いと教えられてきた。それが私の生まれたときの教えで、まるで宗教のように、私の世界はセルが絶対で唯一なのだ。


セルがセントラルの王になるから愛さなければいけない。父は、そんな単純な教えをしなかった。もし、セントラルに代わる国が出てくれば、私など使い捨てて新しい娘をその国に送り込む。


だからこそ、私は、セルという一人の男を、たとえ彼が無価値になろうと、ただこの男1人を妄信するように、育てられてきた。彼が死ぬときは私は一緒に死ぬのだ。それほどまでに愛してやまない。


そんな風に育てられてきた女はこの世界に数えられないほどいるだろう。でも私は、彼と一緒に過ごしてきた。私はこの世界で、今現在は唯一と言っても過言ではない、彼と死ぬことができる女なのだ。


どれほど光栄か。どれほど誰にも奪われたくないと思っているか。


捨てられるのは何より怖い。政略的な結婚で、ヒロインが現れれば自由を求めてセルを彼女に譲らなければいけない。こんなに幸せな日々の終わりは近い。世界など、民など、どうでもいいのだ。どれだけの人が苦しもうと、そんなのどうでもいいんだ。私がセルの傍にいるためならば、そんなのはすべて尊い犠牲だ。


そう思ってしまう時点で、どれほどヒロインとはほど遠い事か。


「どうか、セルと一緒に、死ねますように」


そんなことをセルの腕の中で願った。捨てられるくらいなら、その前に殺してほしいとも。


だからといって、起こる現実から逃避することもできず。残り少ない幸せを大切にしようという気持ちもあるわけで、三日ほど屋敷を離れてある国を脅してくるというので、帰りの日にセルの好物とケーキを作った。


「少し遅くなりましたが私からの誕生日プレゼントです」

「これは……ネックレスか?」

「いえ、指輪を戦いにいくときや、剣を抜くときにわざわざ外しているのを見たので」

「ん?……あぁ、そういうことか」


今日は指にしていた指輪をチェーンだけのネックレスに通すと満足そうに首に身に着けた。文化の違いか、貴族の見栄か。この国では、婚約した際に、互いに揃いの宝石を身に着ける。男性は剣を抜くとき指輪が邪魔になるから別のものにする場合が多いが、セルは指輪がいいだろうと。私と同じ揃いのものにしていた。


指輪は結婚してから揃いのものを買うのが一般的だと思ったが、セルはそれがいいと言ったから、否定はしなかった。


「結婚してからも使えるな」

「そう、ですね」


セルのうれしそうな顔が、自分の心を傷つけた。セルが一言、俺からもあると言いだして。胸から小さな小箱を取り出した。


「薬?」

「お前の身を守る薬だよ」


薬を持った指が唇に触れて、もう片方の手で自分も同じ薬を飲みこむ。


「これで魔力の共有ができるようになる。お互いの場所が分かるようになる。お前の身に何か起きたときには、頭で強く俺の名前を呼ぶんだ。俺がお前を守る」


漫画のラニはこの薬を飲んでいたんだろうか。少しの苦みと、セルの魔力の匂い。迷いも不安も多く、喜びだけを感じられるほど、楽観的なタイプではないが、


「うれしいです、ありがとうございます」

「ん、」


胸奥がぎゅうっと熱くなった。互いの誕生日が終わり、秋が近づいたころ学園へ入学した。魔法学校は、世界の中心であるセントラルの城下町の近くにある。屋敷からも決して遠くない。


「変わった女が居たんだ。その女は学食を買う金がないからと、教室で握った白米を食べていたんだが、それを別の女が馬鹿にしたんだ。そうしたら、母の握り飯はうまい食ってみろとその女に怒鳴って無理に食わせてな。笑ってしまった」

「そう、ですか」


紛れもなくヒロインのことだろう。セルとクラスの違う私は、ヒロインとの関わりが現段階では多くはなく。日頃のセルの行いか、私の外交の苦手さゆえか、クラスでは孤立を極めていた。怖がられて、話しかけてくれる人がほとんどいなかった。


セルの楽しそうな笑顔が、心に響く。


平民出身の魔力持ちだったヒロインは、特待生としてこの学校に来ている。きっと良い意味でも悪い意味でも注目の的なんだろう。セルが興味を持って、それに不満を持った女子生徒たちが嫌がらせを始めるまで、そう長くない時であろう。


「どうした、表情が暗い」

「……いえ、大丈夫です。たくさん人がいるところは久しぶりで疲れました」

「確かに、ラニはあまり外に出ないからな。心細いか?」

「いつも部屋ではセルのことを待っていたので、そばにいるのに会えないというのは不思議な感じです」

「同じクラスになるよう頼むか?」

「いえ、大丈夫です……、そんな子供みたいな我儘言うの恥ずかしいですし」

「いいだろ。むしろそれくらい可愛い我儘だ。叶えられる願いは俺がどうにかする」

「本当に大丈夫です……少しは他の人にも慣れないと、この先苦労するとわかってるんです」


甘いキスをひとつ。


「リップ変えたか?」

「え、あ、侍女がおすすめしてくれた新しいのをつけました」


自分の唇をぺろりと舐めたあと、また少し深いキスをされた。


「何かの花の味がするな」

「そんなメイクの判別の仕方初めて聞きましたよ」

「なんの花だろうな」

「っ……、セル、」


唇が首に落ちて、吸い付かれる。


「か、関係ないところじゃないですかっ」

「関係あるよ」

「ど、どこがですか」

「さぁどこかな」

「セル、ふざけてますか……?」

「ん?……まぁ、本当は朝から気づいてたんだけど」

「え、」

「いい口実だろ?」


中庭で帰りの馬車を待っているときだった。ちらりちらりと色々な人と視線があってそらされる。


「結婚するまで、キスしたら」

「うんうん、ダメなんだよな」


触れるだけのキスと、にっとした笑顔。またしてこようとするから、手のひらでセルの顔をガードする。


「せ、セルは、クラスでもう友人ができたのかもしれませんが、わ、私は全然話す人がいないんです、こんな姿見られたら余計に」

「別に俺も友人なんて居ないが」

「え?でも、面白い人を見つけたって」

「遠目にな。騒いでいるから眺めていた」

「そう、なんですか」

「なんだ。そんなことを気にしたのか。嫉妬?」

「っ……」


図星に言葉が詰まって。


「本当か?」


驚かれる。


「す、いません」

「なぜ謝る。何処に嫉妬した?」

「い、……いや」

「ラニ。顔を隠すなよ」

「面白がってるじゃないですか、」

「可愛くて仕方ない」

「普段は他の人の話なんてしないじゃないですか……、滅多に笑わないのに、私だって」


キスが降って。


「ラニと話してるといつの間にか綻んでいる」

「っ……やめて欲しいとか話さないで欲しいとかそういうわけじゃないんですよ。ただ、私の知らないところでセルが楽しそうにしてることが寂しくて。セルは私の……、」

「俺はラニのものだもんな」

「ッ……んっ」


あぁ。きっと友人なんてできないんだろうなと。思いながら、私は到底セルを拒否できなかった。満更でもないのだから。本気で逃げる気なんて到底ない。


でもふと。見つけてしまった。彼女を。顔を赤くしてこちらを見ている。視線があった瞬間、飛び上がるように跳ねて逃げられる。


「自分から誘っておいて、心ここに在らずか?」

「いえ、そんなことはないんですが」

「まぁ屋敷に帰ってからでいいか」


漫画のラニは友人が多かった。確か騎士団の男子たちともよく話していたし、ヒロインのように平民の位に近い人間とも分け隔てなく話す人物だった。私はどうだ。ヒロインより、よほどよほど、先生も怖がって授業中に指してくることもないから、学校でろくに声を出した記憶がない。


日常会話をする距離内に人が入り込まないしな。そもそも。そんな大声で誰かに話しかけたりしないだろう。


何もしなくても、モーセのように道が開く。ため息も漏れるが。漫画のラニのように、人々の中心で何かをなす人物ではない。これでいいような気もする。一人くらい友達が欲しいような気もするが。15年。友人のいない人生を送ってきたせいで、新しい相手との関わり方を忘れてしまっていた。


「教室で、クレミラ家の令嬢が町にできた花屋の話をしていて」

「花が欲しいのか?」

「ドライフラワーをアレンジした枯れない花束が流行っているらしいんですよ」

「お前は本当に流行りモノが好きだな、しかも安っぽいやつな」

「……アクセサリーがあるみたいなんですよ」

「庶民向けだろう」

「いいんですよ。バカにしてくる人すらいませんし」


セルの視線がこちらに向く。


「そんなことがあれば不敬罪だろう」

「ふっ、あっはは、不敬罪ですか?」

「面白いか?」

「面白いですよ」

「何が面白いのか全然わからない」

「冗談じゃないんだろうなって思って」

「俺の婚約者だ。笑う人間が間違っている」


そりゃ怖くて話しかけられないよな。何かのミスや冗談で、殺されると分かったら。誰も近くになんて寄らないに決まっている。漫画のラニとセルは友のような関係だったのか。そもそも仲なんて良くなかったのか。確実に消えていく記憶も怖いが、物語のずれが余計に怖い。物語の記憶なんて概要しか覚えていない。だが、きっと今の関係とは違ったような気がする。


セルに想われている。


それは、セルの怒りの沸点に自分が含まれているということ。それを生誕祭のパーティーで皆知った。他国から来た人間も、あの日セルの本性を見てしまった。噂や物語ではなく、血と死を見てしまった。国を滅ぼされた者もいる。恐怖を忘れられずにいる。セルに媚びを売る勇気すらなくしている。だから私もセルも孤立を極めている。


これは良くないことなのか?むしろ。ただ、淡々と時が進んで。セルと。起伏なく。一緒になれたらいいのにな。そうなれるなら。他の望みなんて何もない。


「殿下」

「はぁ……人が多そうだな」

「セル?」


馬車のカーテンを開けると、たくさんの若い平民の女たちと視線が合った。新しそうな店。花の香り。慌てる店の者たち。


「来たかったんだろ?」


セルは外で待っているとか。1人で行ってきていいとか。そういうことは言わない。愚痴を言いながら、私の歩幅を眺める人だ。腰を抱いて、なんだかんだ。似合いそうなのを一緒に選んでくれる。


「っ……なにか、揃いで買いますか?」

「男物ないだろこの店」

「そ、そうですね」


高い宝石ももちろん嫌いじゃないけれど、こまごまとしたそれこそセルの言う庶民っぽい、でも、流行りのかわいいのも好きで。


「わっ……か、かわいい」

「ラニ、こっち見て」


小さな髪飾り。


「好きそう。すぐ壊れそうだけど」


余計な一言と。


「好きですよ。すごく好き」


視線が合って。セルなら人の目構わずキスとかしてしまうんだろうけど。そこまでの勇気はなくて、少し腕を広げたら、簡単に抱き留められた。


「セル。うれしいです。うれしい、本当に。大好き」

「現金な奴」


結局キスされて。買ってもらえることがうれしいんじゃなくて。人ごみ嫌いなのに。潔癖なのに。連れてきてくれた事実がうれしいのだと。上手く伝えられず。


「明日は一緒の香水つけましょうよ」

「それこそ安っぽいってバカにされるんじゃねぇの?」

「セルのこと馬鹿にする人なんていませんよ。私が不敬罪にします」

「っふ、ははっ……そーだな。その通りだ」


好きで好きでたまらない。私の唯一で。たった一人だ。恋も愛も友情も愛情も嫉妬も全部全部。この人ひとりでいい。他は何もいらない。


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