第九話
大切なものはカネでは買えない。
だが、人が生きるのに必要なものは殆どカネで買える。
エインの持論の一つであった。
「という訳で金を稼ぐ手段の確保じゃ」
膝にチャムを抱えながら、エインは至極真面目な顔で言った。
抱っこされているチャムは何をしているかと言えば、熱心な様子で草の冠を編んでいる。
以前にエインが作り方を教えたのだが、どうやらお気に召したらしく、年齢の割に器用に作るようになっていた。
内魔法術と気功術は、体の精密制御にも役に立つ。
恐らくその影響によるものなのだろうが、エインは「流石わしの妹じゃのぉ! 芸術の才能も豊かじゃとは!」と大変にご満悦である。
「あんなちっちゃなモンスター、お金になるの?」
不思議そうに尋ねたキールの視線の先には、氷漬けにされたモンスターが放置されていた。
エインが仕留めたもので、今は冷やしている所なのだ。
キールは「ちっちゃい」と言ったが、それは以前に仕留めたオオキバシシと比べて、という話である。
氷漬けになっているモンスターは、「タチキリイタチ」という名前であった。
体長は約1.6mほど。
見た目は「途轍もなくでっかいイタチ」であり、それだけでも危険なのだが。
モンスターというだけあって、一見するだけではわからない、恐ろしい武器を持っていた。
なんとタチキリイタチは魔法を使い、光の刃のようなものを作り出し、それで獲物や敵を切り刻むのだ。
光の刃は、体の表面から1mほども伸びる。
普通は額の辺りから発生するのだが、熟練のタチキリイタチになると、体中のどこからでも刃を伸ばすことが出来た。
どんなに熟練であっても、その数は必ず一本のみ。
しかし、やはり熟練のタチキリイタチの方が、その鋭さや強度は上、とされている。
凶暴なモンスターとして有名なタチキリイタチであったが、もう一つ。
良く知られた特徴があった。
「それが、この毛皮の美しさじゃ。コイツは肉が臭い上に普通に毒があるので食えんのじゃが、毛皮は極上でのぉ。たかぁーく売れるんじゃ」
「へぇー。んん? 肉を食べないのに、氷漬けにしたの? なんで?」
「ノミとかシラミが居ると困るじゃろ。寄生虫とか雑菌とかも大体これで粗方始末できるしのぉ。多分」
熱したり冷やしたりすれば大抵のものは死ぬ。
生まれ変わる前はこれで行けたので、多分大丈夫だろうというのがエインの判断である。
「もう少し冷やしたら、氷を解かす。そうしたら、コンランツ! やり方を教えるから、お主達で解体するんじゃぞ!」
「はい、分かりました」
エインの近くに立っていたコンランツが、素早く返事を返す。
ほかにも数人が居て、どこか達観した表情で氷漬けのタチキリイタチを眺めていた。
段々こういうのにも慣れてきているのだ。
「ねぇー、にーちゃん。あれ、ケガワはぐんでしょ? どこでうるの?」
「兵長に買い取ってもらう。領民兵の中には、冒険者登録をしているのも居ってのぉ。そういう連中は、定期的に狩りの成果を隣町のギルドに売りに行くんじゃよ」
「そっかぁ。じゃあ、その人を教えてもらって、買いとってもらえばいいんだね」
「そういうことじゃな。まぁ、無論の事、少々安めの金額で買い取って貰う事にはなるがのぉ。それでもいい収入になるじゃろう。将来的には、コンランツ達の収入源の一つにする予定じゃし」
冒険者の仕事にも色々あるが、モンスター素材の売買はかなりの儲けになった。
何しろ、モンスター素材は引き合いが多い。
強靭な生物の体の一部は、それだけでも様々な使い道がある。
ましてそれが、永い間モンスター自身の高い魔力、高度な魔法に晒され続けてきたとなれば、猶更だ。
替えも効かなければ手にも入れにくい素材であるから、モノによってはエインも思わずにっこりな金額になった。
タチキリイタチの毛皮は、まさにそういった素材の一つなのだ。
「まあ、収入と言っても、金にして貰うのではないんじゃがな。また、食料と替えてもらう予定なんじゃがな」
「あー。食べもの、だいじだもんねぇ」
何しろ、今のコンランツ達には食料生産能力がない。
食べ物は、外部を頼るしかないのだ。
「幸い、今年は豊作でのぉ。狩りで得た肉などと交換であれば、お主らがしばらく食うに困らぬ程度の食い物は確保できる。村の倉庫には、村人が食っても余るほどの食料があるからのぉ」
税としてエインの実家に収められるもの以外の余剰食糧は、商人などに売られることになる。
それらは領民達の貯えとなり、収入源ともなっていた。
コンランツ達はそれを食べていることになるのだが、代わりになるものをもって行けば収入的には問題ない。
むしろ、エインはわざと領民達が得をするような比率で、食料を譲ってもらっていた。
そうすることで、色々と便宜を図ってもらおう、というのだ。
もちろん、兵長や村側も、そのあたりの事はよく理解している。
何か困りごとがあれば、手助けしてくれるだろう。
「とはいえ、やはり領地内だけでは限界がある。どこぞから食い物を買い付けてくる必要があるじゃろう。食い物に限らず、他の物資も必要じゃ」
「そのためにも、おかねがいる。自分たちだけで、おかねをかせぐ方法がひつよう。ってことかぁ」
「そういうことじゃ。じゃによって、そのうちコンランツ達にもギルドで冒険者登録をしてもらう。そうすれば、領民兵共の手を煩わせることも無くなるからのぉ」
何にしても、まだ先の話である。
今はとにかく、明日の食事をどうするかという段階なのだ。
「食料もじゃが、他にも買わなくちゃいけないものもあるんじゃよなぁ」
「えー? なにがヒツヨウなの?」
「鉄などじゃな。コンランツ達の中に、魔法道具に適性があるものが居ったのでのぉ。作ってやらにゃならんわけじゃ」
「にーちゃん、魔法道具もつくれるんだぁ」
「もちろんじゃ。溢れんばかりのわしの天才っぷりは、そんなところまで網羅してしまって居る訳じゃな」
実際、魔法道具の設計製作に関して言えば、エインはそれなりの腕前を持っていた。
生まれ変わる前は、様々な場所からの依頼を受け、設計製作に携わっていたものである。
一時は、その専門家と言われていたほどだ。
何しろ魔法道具は便利で、引き合いが多い。
その分、依頼主からの払いも非常に良かった。
基本的に好き勝手ばかりしていた生前のエインだが、それにはどうしても金がかかる。
魔法道具の設計製作は、非常にいい資金源の一つだったのだ。
「ぶっちゃけ、魔法道具の制作は急務なんじゃよ。魔法使い、内魔法術。この二つは特別な道具など必要ないのじゃが、魔法道具使いはそうもいかん」
魔法道具というのは、別に適性が無ければ使えない、という種類のものではない。
むしろ魔力さえあれば、大抵の人間に使えるモノであった。
ただ、適性がある人間が使うと、劇的に効率が上昇するのだ。
これもまた、後天的に手に入れるのが難しい特徴であり、持って生まれた才能によるところが大きかった。
となれば、エインとしては是非にも適性のあるものに魔法道具の扱いを教えたいところなのだが。
作るにしても買うにしても、先立つものが無ければどうしようもなかった。
つまり、お金だ。
「コンランツは、魔法道具に適性があるのじゃよなぁ。現物を用意する当てはあるから、もう少し待って居るんじゃぞ」
「はい」
エインの言葉に、コンランツが頭を下げた時である。
それまでエインの膝に座っていたチャムが、突然立ち上がった。
一体、どうしたのだろう。
その場にいる全員が、そんなことを思いながら視線を向ける。
チャムは作りかけの草の冠を手に、トコトコとコンランツに近づいていった。
頭を下げた姿勢のまま固まるコンランツの首に、チャムは作りかけの草の冠をかける。
「かんむり、ながくなったから、ネックレしゅにしてあげうね」
どうやら、冠を編んでいるうち、長くなりすぎてしまったらしい。
確かに見てみれば、頭に乗せるには少々長すぎるようだ。
チャムは嬉々とした様子で、草の冠、改め、草のネックレスの端と端を繋げる作業に取り掛かり始めた。
コンランツは恐る恐るといった様子で、エインに視線を向ける。
チャムが作業をしているので、うかつに動けないのだ。
エインのご機嫌を伺おうとしての行動だったが、コンランツはすぐに後悔した。
尋常じゃない表情で、エインが睨んでいたからである。
速攻で視線を外したのだが、多分夢に出てくるだろう。
コンランツはかなりヤバい犯罪者集団などに追われた経験もあるのだが、その時よりもエインの視線の方が怖かった。
まあ、実際そこらの犯罪者集団なんぞよりエインの方が危険なので、間違ってはいないのだが。
エインはスッと表情を柔和な笑顔に切り替えると、いかにも優しげな声を出した。
「チャムや。その首飾りは、誰にあげるんじゃね?」
「こんらんちゅに、あげうの」
「そうかそうか、コンランツにあげるんじゃなぁ」
相当な目力で睨まれているのだろう。
物理衝撃を備えて居そうな視線を感じるコンランツだったが、頑なに気が付かない振りをしていた。
こういう時は頭を低くして嵐が過ぎ去るのを待つしかない。
それが、コンランツが今までの人生で得た経験則であった。
「こんらんちゅはねぇ、がんばっててねぇ、えらいからねぇ。あげうの」
「そうかそうか! チャムは優しいのぉ」
エインは、チャムが作っているのは自分に渡すための草の冠だと思っていた。
何しろ自分の膝の上で作っているぐらいだから、当然だと思っていたのだ。
なので、エイン的にはコンランツに草の冠を盗られたぐらいに思っていたのだった、が。
どうやらチャムの優しさゆえらしいと分かり、途端に上機嫌になっていた。
こんなにも気遣いのできる優しい子に育ってくれるとは。
「やはりわしの妹じゃなぁ。わしの心優しく穏やかでまるで春の日差しのごとき慈愛の心が受け継がれてしまって居るんじゃなぁ。血は争えんのぉ!」
「にーちゃんは別にやさしくないと思う」
弟の苦言をサラリと受け流せる程、エインは上機嫌であった。
そこで、ふとある事に思い至る。
「そう言えば、お主等には名が無かったな。集団としての名前じゃ」
「集団としての名前、ですか?」
「うむ。なにがし村とか、そういう括りじゃな。どうせいずれ必要になるし、無いと不便じゃからな。良い機会じゃ、ここで名前を決めてしまおう」
寄り集まって行動していたコンランツ達だったが、確かに集団としての名前はなかった。
言われるまで、いや、言われた今でも必要とは思えなかったが、エインが言うからには必要であり、無いと不便なのだろう。
コンランツ達は、そう判断した。
一つの疑問も浮かばないのは、すでにコンランツ達は、エインに忠誠の様な気持を抱き始めていたからだ。
エインはチャムの作業をしばらく見た後、「うむ」と大きく頷いた。
「今日この時から、お主らを草縄衆と呼ぶことにする。ついでに、あの天幕を張って居るところを草縄村と名付けよう」
「はっ! 有難う御座います」
コンランツ達。
いや、草縄衆に、特に抵抗も疑問もなかった。
エインがそういうのだから、そうなのだろう。
全員がそれだけで、納得したのである。
今日この時この瞬間から、コンランツ達は「草縄衆」であり、「草縄村の住民」となったのであった。