第八話
いつもの日課を終えたエイン達は、またコンランツ達の元へとやって来た。
前日に与えた仕事をこなしている姿を見て、エインは満足げに頷く。
「まじめに働いておるようじゃのぉ! 感心感心! という訳で今日は体の中で魔力を使うのが得意なものに教える日じゃ! 今から名前を呼ぶものは、すぐに集まるんじゃぞ!」
そういうと、エインは名前を呼び始めた。
呼ばれたものは、慌てて駆け寄って来る。
エインは全員が集まったことを確認すると、さっそく指導に取り掛かった。
「まあ、教えると言っても、やることはめちゃくちゃ少ないんじゃがな。何しろ実践するしかないものじゃから」
その辺で拾ってきたいい感じの木の枝を振りつつ、エインはぼやくように言う。
実際、今回教えることについて、エインが指導できることはそう多くなかった。
その分野について明るくないから、という理由ではない。
体で覚えるしかない類のものだったからだ。
「お主らは体内で魔法を使うことに、適性があった者達じゃ。じゃが残念なことに、誰一人として気功術に適性があるものは居らんかった。まぁ、気功術はかなり特殊なものでのぉ。そもそも適性があるものは千や二千に一人といったところなのじゃよ」
そう説明したうえで、エインは「もっとも」と続ける。
「わしの記憶の上での話じゃがな。この辺でどうなのかは、分からんのじゃけども。少なくともわしが知る限りでは、このわし自身とチャムぐらいしか居らんかったがのぉ」
何しろ、気功術を扱うには特殊な才能が必要になる。
気功術は体内に流れる「気」と呼ばれるものを操り、自身の体を強化するのだが。
この「気」というのは、要するに生命エネルギーのようなものであり、魔法とは別のものであった。
これは血液の様に体内を勝手に流れているもので、自分の意志でどうこうできる種類のものではない。
だが、極々稀に、これをある程度動かすことが出来るモノが現れる。
これは本当に生まれ持った才能で有り、後から訓練などでどうこうできるものではなかった。
才能が無いものが「気」を操ろうとするのは、「普通の人間」が、「翼を羽ばたかせて飛ぼう」とするようなもの。
そもそも存在しないものをいくら動かそうとしても、全くの時間と労力の無駄、というような種類のものなのだ。
前世でもその才能に恵まれていたエインだったが、生まれ変わった今の体にも、才能が有った。
非常に幸運なことではあるのだが、エインとしては微妙な気持ちである。
何しろ、妹であるチャムが、「気功術」に化け物じみた適性を持っているのだ。
意味がないとは思いつつも、どうしても自分と比べてしまう。
「今のわしの適性も、かなり高いはずなんじゃがなぁ。何しろ天才じゃし。じゃども、チャムのはもう人外というか。ドラゴンとかサイクロプスとかレベルなんじゃよなぁ」
実際、エインはドラゴンやサイクロプスについても調べていたことがあった。
非常に大きな体をしており、それを維持するために気功術のようなものを常に使っていたのだが。
まあ、今は良いだろう。
エインは頭を振って、気持ちを切り替えた。
「兎も角、お主らに教えるのは内魔法術ということになる。教えると言っても、教えること自体はごく少ないんじゃ。自主練やら筋トレじみた訓練がものを言う世界でのぉ。とりあえず、一人ずつやって行こうか」
エインは一人の名前を呼び、自分の前に立たせた。
手を前に出させ、両手首を掴む。
「今からお主の体内の魔力に干渉し、分かりやすくしてやるからのぉ。集中しとれ。まぁ、そんなことせんでも一発で分かると思うがのぉ」
そういうと、エインは両掌から相手の体内にある魔力に干渉した。
「ひぃっ!?」
少し刺激してやると、干渉された者は素っ頓狂な声を上げる。
体内に蠢く魔力を初めて自覚する瞬間というのは、大抵のものが妙な悲鳴を上げるものだった。
ちなみに、チャムはくすぐったそうに笑っていた程度である。
「体の中で、魔力が循環しておるのがわかるじゃろう。血管を流れる血液のようにのぉ。じゃが、魔力の流れは血の流れと違い、自力で動かすことが出来る。こんな感じじゃ」
「あああ! かっ! 体の中ッ! 気持ち悪いっ!」
「慣れんうちはそうじゃろうなぁ」
エインが干渉して、魔力の流れを変えてやる。
やられている方は悲鳴を上げているが、動揺するエインではない。
「魔力の流れを変える」感覚を覚えさせようと、容赦なくアレコレ弄りまわす。
初めての感覚にもだえ苦しんでいるのだが、エインは一切容赦しない。
「苦しいかもしれんけどのぉ。最初にやっておくと楽なんじゃよ、後々」
変に苦手意識が付く前に一気にやってしまう。
実際の所、それが「内魔法術」をしっかりと習得させるコツであった。
「よしよし、大体わかったじゃろ。右腕に魔力を集中してみるんじゃ」
「はっ、はい」
「うむうむ、出来て居るのぉ。では、次は左腕。左足、右足。よし、上手いもんじゃな。やはりお主には才能があるぞ。わしやチャムには敵わんがな」
ある程度確認したところで、エインは手を離した。
「どうじゃ。わしが手助けせずとも、もう魔力の流れがわかるじゃろう?」
「はい、分かります。なんというか、あの、妙な気分です」
「突然新しい手足が生えてきたようなもんじゃからな。そりゃ妙な気分じゃろう。一先ず、自分で動かして感覚を確かめて置くんじゃ。さて、次に行くかのぉ」
エインは次のものの名前を呼ぶと、同じように自分の前に立たせる。
最初の一人と同じ要領で、魔力の流れを確認させていく。
さほど時間がかかるものではないので、あっという間に全員分が終わった。
「よし。全員終わったのぉ。さて、先に言ったように、お主らには才能がある訳じゃが。魔力の流れを自覚した時点で、お主らの体には変化が起きて居る。体が魔力を自覚し、それを利用して動くようになっておるのじゃ」
全員しっかりとエインの話を聞いているのだが、内容が理解できているかは怪しい所であった。
納得した表情のものが、一人も居ないのである。
ここまで表情がわかりやすいのもどうか、という気になるエインだが。
まあ、今は突然魔力の流れを確認させられて、気が動転しているのだろう。
普段ならば、表情を取り繕うことぐらい可能なはずだ。
少なくとも彼ら全員が、都会で何かしらの軽犯罪などで糊口を凌いできたはずなのである。
態度や表情をごまかせる程度の能力が無ければ、この領地に来る前に捕まるか殺されるかしていたはずなのだ。
「体が魔力を利用し始めると、何が起こるか。魔力は生命エネルギーの一種であり、体の根本を支えるモノの一つじゃ。誰でも持って居るものじゃが、才能がある人間がそれを自覚すると、とある変化が起こる」
エインは言いながら、持っていたいい感じの棒を地面に置いた。
「一つ。凄まじく身体能力が高くなる。これは意識せずとも、勝手に体が強化されてしまうんじゃ。体が無意識に、魔力を使ってしまうんじゃな。と言っても、消費するわけではない。内魔法術は普通の魔法と違い、魔力消費がほぼない」
エインは話の内容が全員に浸透するのを待ちつつ、歩き出す。
立ち止まった足元には、大人の一抱えはあろうかという岩があった。
「体内の魔力を循環させることによって、肉体の強度と出力は、それまでとは一線を画すものになるのじゃ。別の生き物になると言ってもよいほどにのぉ」
エインは岩に両手をかけると、ひょいっというような気軽さで持ち上げる。
そのまま岩を上へ軽く放り投げ、片手で受け止めた。
重さを確かめるように腕ごと上げ下げを繰り返す。
そして、大きく振りかぶると、近くの木に向かって放り投げた。
空を切るブオンという音とともに打ち出された岩は、木の幹に激突。
爆発音のようなものを発して、木を打ち砕いた。
普通なら唖然とするところだろうが、既に何度も化け物じみた力を見せられていたので、慣れたのだろう。
話を聞いていたもの達は、多少驚いた顔はしたものの、騒ぐようなことはなかった。
「さて。体の中の魔力は、筋肉のようなものじゃ。集めれば集めた所が強靭になり、力強くなる。防御力も攻撃力も上がるわけじゃな。今は腕に魔力を集中して、岩を投げたわけじゃ。ちなみに今位のモノは、練習すればお主達でも出来る。というかあの程度は出来てもらわねば困るのぉ」
これを聞いて、少なく無い人数がため息のような声を漏らした。
エインがやるのではなく、自分達がこれを出来るようになる。
それは彼らにとって、少なく無い衝撃だったのだ。
「さて。では、実践練習じゃ」
エインは倒れた木の近くによると、手のひらを押し当てた。
そして、そのまま腕を軽い仕草で持ち上げる。
すると。
木がその手のひらに吸い付くようにして、そのまま持ち上がってしまった。
「ちなみにこれは、気功術じゃ。お主らにはできんから、真似せんでよいぞっ、っと」
残った片手を軽く振ると、地面が蠢き始め、ぽっかりと穴が開く。
エインは手にした木を、その穴に突き立てた。
「こっちは、魔法じゃな。もちろんお主達には真似できん。さて、チュアラン。お主コッチに走ってくるんじゃ」
「は、いっ!」
名指しされた男が、慌てたように立ち上がった。
そのまま走るような格好で一歩を踏み出す、のだが。
「ふぎゃあああああ!?」
チュアランと呼ばれた男の体は、まるで蹴飛ばしたボールのような軌道を描いてすっ飛んだ。
くるくると空中で体が回転し、そのまま背中から落下した。
流石に無防備での落下ではなかったらしく、呆然としたまま地面に転がっている。
皆、唖然とした顔で見守っているが、エインだけは当然といった表情だった。
「と、このように。お主らの体は既に無意識下に魔力を筋力のように使うことを覚えてしまって居る。今までの様な力加減で動こうとするとこうなるから、気を付けるんじゃぞ。まあ、言うて慣れるしかないんじゃがな」
エインが手招きをすると、チュアランはハッとしたように立ち上がり、やはり慌てた様子で動き始める。
少々ぎこちない動きなのは、先ほどのようになることを警戒してだろう。
「これからお主ら全員には、木を殴ったり蹴ったりする訓練をして貰う。チュアラン。今わしが立てた木を、殴ってみよ」
「はいっ」
言われたらすぐに実行する、というのに慣れているのだろう。
チュアランはすぐに、木を殴りつけた。
ゴオォン、という鈍い音。
人間が殴ったとは思えないような重たい音が響く。
木はへし折れるまではいかないものの、まるで大きなハンマーで殴りつけたように揺れた。
自分がやったことが信じられないのか、チュアランはぽかんとした顔をしている。
見て居た者達も、同じような顔だ。
「拳は、どうじゃ。痛いかのぉ?」
「へっ?! い、いえ! 痛くありません。え? 痛くない? ホントに、全然痛くありません」
あれだけの威力で拳を振るえば、むしろ痛むのは拳の方のはず。
にも拘らず、チュアランはまるで痛みを感じていなかった。
「力が強くなった結果、打撃力が上がった。肉体の強度が上がったので、傷も負って居らん。これはチュアランだけの変化ではない。お主ら全員が、この程度の事は出来るようになったのじゃ」
皆、自分の手を見てみたり、体を触ったりし始める。
当然の反応だろう。
チュアランに起きたような変化が、自分達にも起きていると言われたのだ。
困惑し、確かめようとするのが当たり前だろう。
「さて、チュアラン。魔力を動かす感覚はわかるかのぉ?」
「さっきのやったのですね。分かると、思います」
「結構。では、魔力を腕。拳と腕に集中し、もう一度木を殴るのじゃ」
チュアランは腕を確かめるように回し始める。
そして、何か確信を得たのか、先ほどと同じように、木の幹を殴りつけた。
響いたのは、何かが爆ぜるような音。
殴った木の表面が爆ぜ、木片が飛び散ったのだ。
最初の一撃より、明らかに威力が高い。
「どうじゃ? 拳は痛いかのぉ?」
「いえ、全く」
「うむうむ。問題ないようじゃな。では、全員でやってみるかのぉ。それぞれ木の前に立ち、まずは普通に殴るんじゃ。それから、次は腕に魔力を集めて殴る。では、始めるんじゃ」
全員、すぐに動き始める。
やはり、指示に従うことに慣れているのだろう。
エインがそんな様子を満足げに眺めていると、イモを食べ終えたキールが寄って来た。
「ねぇ、にーちゃん。アレって自然破壊じゃないの?」
「難しい言葉を知っておるのぉ。良いんじゃ。どうせこの辺りは切り開いて、畑にするつもりじゃからのぉ」
「あー。そっかぁー。訓練と開墾の、いっせきにちょーってやつかぁー」
「そういうことじゃな」
それにしても、やはりキールは妙なところで賢い。
「やはりわしと血が繋がっておるからなんじゃろうなぁ」
これでもかというほどのドヤ顔である。
基本的にエインは、身内への評価が甘めなのであった。