第七話
地べたに座っているコンランツ達を前に、エインはそこらに落ちていたいい感じの木の枝を振るいつつ、説明を始めた。
「よいか。人間には大きく分けて二つのタイプが居る。魔力を放出するのが得意な奴と、体の中で使うのが得意な奴じゃ。まぁ、わしの様に両方に優れた適性を持ってしまっておる天才もおるし、例外はいろいろあるわけじゃが、今は置いておこう」
ちょいちょい高い自己評価の話が挟まって来るが、もはや気にするような人間はこの場に居なかった。
人間というのは大抵の事に慣れるのである。
「魔力を放出するのが得意な奴。コレがどんな奴かというと、魔法使いが一番わかりやすいのぉ。ほかにも、魔法道具を使うのが得意な奴、というのが居る」
「それって、べつのものなのー?」
首をかしげながら質問したのは、キールだ。
エインは大きく「うむ」と頷いて見せる。
「似ておるようで、全く別の才能と言ってよいじゃろう。こればっかりは感覚的なところもあるし、わしも専門外じゃから、細かい説明は難しいんじゃが」
エインは手を突き出すと、指を一本立てた。
その指先から、光の糸のようなものが伸びていく。
光の糸は、まるで意志を持ったかのように唸って動いている。
「魔法を構成するには、このように一点から高圧で魔力を噴射しつつも、その動きを自在に制御できる方が都合がよい。感覚的な部分も多々あり、才能に左右される世界じゃ」
エインは糸を消して、今度は手のひらを上に向けて開いた。
その手のひらから、光の柱のようなものが伸び始める。
「魔法道具を使うには、まぁ、道具によるので一概には言えんのじゃが。広い面積からある程度の量の魔力を放出し続ける才能が必要なのじゃ。その魔力が魔法道具の動力になり、放出箇所する濃度と量の濃淡によって、魔法道具を制御するわけじゃな」
エインの掌から突き出した光の柱の上の部分が、波打つように変化し始める。
「小指の付け根の部分からの放出量を多く、薄めに。親指の付け根の部分は少なく、濃い目に。まるで波打つように変化させるわけじゃ」
「へぇー。なんか、全然ちがうんだねぇ」
「そうじゃな。まぁ、厳密に細かく言えばもっと複雑で例外も多いのじゃが。ここではこんなもんでいいじゃろう」
さて、次じゃ。
そう言うエインの言葉に、コンランツ達は真剣に耳を傾ける。
正直意味が解らない、というものも居たのだが、今はとにかく聞いたことをそのまま覚えることに集中していた。
「体内で使うのが得意な奴。これはわかりやすい例が居るのぉ。うちのチャムじゃ」
エインは嬉しそうな顔で、後ろを振り向いた。
視線の先に居るのは、一人で遊んでいるチャムの姿がある。
ちなみに何をして遊んでいるかというと。
その辺に生えている木を引っこ抜いて、すこぶる上機嫌に振り回していた。
木の高さは、おおよそ10mほどである。
「にぃに! き! きの、ぼうっ! にぃにと、いっしょ!」
「おうおう、そうじゃなぁ。一緒じゃなぁ」
デレデレの笑顔で、エインは自分の手に持っている木の棒を振る。
サイズ感が全く違うのだが、そのあたりは気にしない方向らしい。
そんなエインにじっとりとした目を向け、キールは諦めたようなため息を吐く。
「チャムー。あぶないから、こっちにもってきたらダメだよー」
「あいっ!」
「まったく、へんじだけはいいんだから」
家族の中で一番チャムを叱る機会が多いキールだが、言うにしてもこの程度であった。
基本的にエインの家族は皆、身内に甘いのだ。
エインはコンランツ達の方に向き直ると、くるりと木の枝を回す。
「昨日、お主ら全員に回復魔法を使ったとき、ついでに体内の魔力の流れも確認して置いた。一人一人の適性を確認したわけじゃな。これからお主らには、それぞれの適性に合った訓練を課す」
エインの言葉に、コンランツ達は緊張した表情になる。
一体どんなことをさせられるのか、誰一人見当もつかなかった。
「と、言っても全員いっぺんに訓練の仕方を教えることは出来んからのぉ。まずは魔法使いの適性があるものから訓練をする。他の者達には、別の仕事をやって貰おう」
「べつのしごと? なにしてもらうの?」
「まずは生活に必要な仕事じゃな。焚き木拾いや水汲みなんかじゃ。そして、もう一つ重要な仕事がある」
「重要? なぁに?」
「わし等のおやつを用意することじゃ」
エインはどこまでも真剣な表情で、重々しく言った。
いつもならば、エイン達はおやつを探している時間である。
その時間を割いて、コンランツ達の面倒を見ているのだ。
おやつの用意をしてもらったところで、罰は当たらないだろう。
というかそもそも、エインはそういう目的でコンランツ達の世話をしているのである。
おやつはキールにとっても大切なものだったらしい。
実に真剣な顔で、大きく頷いた。
「そっかぁ。それは重要だよね」
食べ盛りのエイン達にとって、おやつの確保はコンランツ達の訓練と同じぐらい重要なことなのである。
仕事をするモノ達にあれやこれやと指示を出した後、エインは改めて訓練を課す者達の顔を見渡した。
人数は二十名ほど。
全員が「魔法使い」としての適性が合ったモノ達だ。
一口に魔法使いと言っても、そこからさらに細分化されるわけだが。
今はそこまで細かくやる必要はなかった。
「わしはその昔、魔法研究者じゃった。その時開発した魔法の一つに、簡単な魔法を相手に秒速で分からせるというものがあったわけじゃ」
「どんな風に?」
体育座りをしながら質問したのは、キールだ。
大体、エインの言動に質問をするのは、キールの仕事であった。
ほかの面々だと、まだエインには声をかけにくいのである。
「良い質問じゃ。魔法には様々あり、複雑なものは相当な知識と経験が無ければ発動できん。じゃが逆に、簡単なものならちょっとした工夫で容易く発動できる。そこのお主。そう、うざったそうな髪をした金髪のお主じゃ。ちょっとこっちにこい」
エインは一人の男性を自分の隣に立たせると、手を握るように言った。
握手するような形になり、不思議そうな顔をしている男性だったが、すぐにその表情が激変する。
「うわぁ!?」
「体内で何かが流れて居るのがわかるじゃろう。それが魔力じゃ。しっかりと感覚を確認しておれよ。ええ、他のものは話をよく聞くように! 今わしは、こ奴の体内の魔力に干渉し、確認しやすくしてやっておる! 普通、体内の魔力を感知出来るようになるには数か月の訓練が必要じゃとされて居るが、このやり方じゃと秒で分かるようになる!」
「へぇー! すっごいや、にーちゃん! よくわかんないけど!」
「そうじゃろうそうじゃろう。この方法はわしが編み出したんじゃ。ただ、特許をとって居らんかったからアホほど金を稼ぐ機会を逸してしもうた。軍に講師として安月給でこき使われたぐらいじゃ。まぁ、それがきっかけで兵器開発の仕事とか貰ったから、ぼちぼちなんじゃが」
エインが何を言っているのか、皆よくわからなかった。
ただ、エインの行動と言動の意味が解らないのは今更である。
特に誰も気に留めなかったので、何事もなく説明が続く。
「今から全員に同じように、体内の魔力を感知させる。同時に、その動かし方の感覚も教える。なぁに、難しいことではない。ベルグフ、どうじゃ。大体わかって来たか?」
「へっ!? あ、は、はい! 多分、わかった、と、思います!」
突然名前を呼ばれて驚いたのだろう。
エインが手を握っていた男性は、ひっくり返ったような声を上げた。
「よし、自分で動かしてみるんじゃ。まずは左手に魔力を集めろ。そう、次は右手じゃ。よしよし、スムーズじゃな。やはり才能があるのぉ。十分じゃ!」
エインは自分の才能をハチャメチャに褒め称えるが、相手の能力も称賛するタイプであった。
その後、エインは全員と手を握り、あっという間に魔力を感知させる。
同時に魔力の動かし方も教えたのだが、全員がこれまたすぐに出来るようになった。
「うむうむ。やはり皆、適性があるようじゃな。まあ、講師がわしじゃからというのもデカい訳じゃがな。さっすが天才なんじゃよなぁ。こういう時に差が出てしまうんじゃもの」
一頻り自画自賛を聞かせた後、次の説明に入る。
いよいよ本番、魔法そのものを教える段階だ。
「先にも言ったように、魔法にも様々な形態がある! 今から教えるのは体内と体外に回路を作り、そこに魔力をぶち込んで発動させるタイプのヤツじゃ。十段階の難易度で言うと下から三番目ぐらいの奴じゃが、わしが教えれば一瞬じゃ。使い勝手が良く軍でも採用されてたやつじゃからのぉ」
エインは近くに生えていた木に、石で円を描いた。
二十歩ほど離れると、腕を伸ばしてその円を指さすような形を作る。
「まずは発動させて見せる。それから、仕組みを説明するから、まずはよく見るんじゃ」
エインが伸ばした指先に、光の輪のようなものが出現する。
皆が真剣に見入っている中、エインは「撃つぞ」と宣言をした。
次の瞬間、突然、木の表面に描かれた円が爆発する。
普通ならばそれしかわからなかっただろうが、目を皿のようにしていた全員が、実際には何が起きていたのかを視認することが出来た。
エインの指先にある光の輪から、モヤの塊のようなものが高速で飛び出し、木に書かれた円に着弾。
同時に、爆発するように弾けたのである。
「何が起きたのか、見えた者は居るか。指先の輪っかからモヤモヤが飛び出したと思うものは、右手を。輪っかから氷の塊が飛んだと思うものは、左手を上げよ」
もちろん、全員が迷いなく右手を上げる。
エインは満足そうに一つ頷いた。
「そう、正解じゃ。あのモヤモヤは魔法で作った力場じゃ。大丈夫じゃな? 実際には見えなかった、というものは居らんか? お主はどうじゃ。ミーリス、お主じゃ。見えたか?」
「ひゃっ、ひゃひ! みみみ、見えましたぁ!」
エインは一人一人名前を呼び、確認していく。
全員が見えていたことを確認すると、やはりエインは満足げに頷いた。
「この魔法は、腕と、指先の輪。二か所に魔法回路を設置するタイプのものじゃ。腕の魔法回路は、魔力を先ほどの力場になりやすい形に変換する物じゃ」
エインは全員の顔を見まわし、話についてこれているかを確認する。
どうやら、問題ないらしい。
キールが全く分かって居なさそうなポカンとした顔をして居たり、チャムが岩に石を投げつけて弾け飛ぶのを見てキャッキャと騒いでいたりするが。
今は特に問題ないので放っておくことにする。
「腕の魔力回路に魔力を注ぎ込む。それを、指先から放って輪を通す。すると、先ほどのようにまっすぐに飛んで行き、何かに当たるとゴリっとやってくれるという寸法じゃ。爆発したように見えたじゃろうが、実際に飛ばしたのは力場でのぉ、ある程度の衝撃を受けると、霧散してしまう」
エインはもう一度指を伸ばすと、同じように魔法を発動させた。
今度は先ほどよりも何倍も大きく、それでいてモヤが薄い。
同じように木の表面が弾けたのだが、その傷跡は先ほどよりも広く、代わりに被害は小さい様だった。
「で、こっちじゃ」
また、魔法を飛ばす。
今まで一番小さく、モヤはとても濃い。
木に着弾すると、今度は弾けなかった。
鈍い音を立てて、木に穴が開いたのだ。
「三回、魔法を使ったわけじゃが。実はすべて、同じ魔力量のものなのじゃよ。違いは、魔力の濃度じゃ。一番最初のものは、まあこのぐらいかという濃度の魔力を腕の魔法回路に流し込んだもの。次が、わざと薄ーくしたわけじゃな。最後は、ぎゅっと濃くした感じじゃ。まぁ、わしならもっと極端にもできるんじゃが。見本にならんからこんな感じにして居る」
ちょくちょく自慢げなセリフが挟まって来る、エインの説明である。
「自慢しないと死ぬのか?」と思われるかもしれないが、流石に死にはしない。
ただ、拒絶反応で呼吸困難になったりするので、エインにとっては必要な工程なのだ。
「つまりこの魔法は、一つおぼえれば様々な種類の攻撃が可能な! 非常に応用が利く上に必要十分な火力と速度まで兼ね備え、尚且つ! 攻撃そのものも地味に見え難い事から避けるのも面倒な! 非常に便利な魔法! というわけじゃ」
説明を聞いていたもの達の口から、感嘆が漏れた。
キールはやはり全く分かって居なさそうな顔ながら、「へぇー!」と口にしている。
チャムはと言えば、植物に興味が移ったらしく、じーっと地面に生えた草を見ていた。
「扱いに慣れてくると、こんなことも可能じゃ」
エインはそういうと、手のひらを広げて見せた。
見れば、五本の指それぞれに、光の輪が浮いている。
エインは先ほどの木に、五本すべての指を向けた。
次の瞬間、小さくモヤの濃い魔法が、五本すべての指から連続して発射される。
一瞬のうちに数十発の魔法攻撃にさらされ、木の幹はズタボロになった。
重みを支えられなくなったのだろう。
木は穴だらけにされた箇所から、メキメキと音を立てて倒れ始める。
エインは、今度は指一本だけを木に向けると、魔法を打ち出す。
大人が両手で抱えてもなお余るような大きさで、モヤの濃さは一番最初に放ったもの程度。
魔法が着弾すると、その衝撃によって、木はエイン達とは反対方向に向かって倒れた。
「と、これはあくまで、慣れたらこういうことも出来る。という見本じゃ。すぐに出来るように成れ、などとは言わんから安心せい。今日の所は、とにかく慣れることじゃ」
いったん全員の顔を見まわし、しっかりと話を聞いていることを確認する。
エインは少し間を開けて、「しかし!」と強調するように言う。
「先に言っておくが、無理だけはしないように。魔力というのは、生命活動に必要なエネルギーじゃ。無理に使い過ぎると、猛ダッシュしたときのような疲労感に襲われる。それぐらいならまだいいが、さらに無理をすると魔力枯渇で死に至ることもあるんじゃ」
皆の表情に、緊張が浮かぶ。
流石に、キールも真剣な表情になっていた。
「魔力というのは、体力と同じようなものじゃ。一気に大量に消費すれば死に至る恐れもある。じゃが、同じ量だったとしても時間をおいて少しずつ消費すれば、多少息切れする程度の疲労で収まるわけじゃ。将来的に限界を確認する訓練も必要じゃが、今ではない。何度も言うが、無茶はしないように!」
しっかりと自分の言葉が行きわたるのを待ち、エインはパンっと手を鳴らした。
「よし、さっそく練習じゃ! 自分で石を拾って、木に円を描くように! わしが一人一人の所に行って、魔法の使い方を教える!」
エインの指示に従って、全員が素早く動き始めたのであった。