第二十八話
ミィーミィはどこにでも居るような、農家の娘であった。
長女でないことは確かだが、正確に何女なのかはわからない。
広い家にいくつかの家族が一緒に住んでいたので、家族が子供があちこち入れ替わっていたからだ。
おそらく親くらいはしっかり認識していたのだろうが、それをしっかりと言い聞かせられたこともあまりなかった。
そもそも、ミィーミィ自身、自分が何番目に生まれたのかなどという事を気にしていなかった、というのも大きい。
農家の子供というのは、重要な労働力である。
生きていくためにも、働かなければならない。
自分が何番目の生まれなのか、などというのは些事であって、気にしている暇などなかったのだ。
来る日も来る日も、毎日働いた。
それを辛いと思ったことは、一度もない。
皆働いていたし、それが当たり前であり、そうしなければこの土地では生きていけないからだ。
それでなんとか家族全員が満足に食事ができるのだから、むしろ恵まれているぐらいだろう。
エルドメイ家の領地以外では、飢えに苦しんでいる者が少なくない。
身売りなど経験せずとも冬が越せるというのは、多くの辺境に住む者達にとって羨むような状況だと言えた。
そんな状況が一変したのは、領主様の子息、ご次男である「エイン様」の手によってだった。
「エイン様」が作った様々な道具。
農業のために作られたというそれらの道具によって、畑仕事は劇的に楽になった。
十人必要だった仕事が、たった一人で出来るようになったのだ。
様々な種類の道具がつくられ、それが持ち込まれるたび、仕事は捗るようになって行く。
これには家族の皆、村の誰もが喜んだ。
人手がそれほどないミィーミィの家では、道具は大変にありがたい、無くてはならない存在になって行った。
維持するのがやっとだった畑も、大きく広げることが出来た程である。
それ程、素晴らしい道具だったから、当然、譲り受けるには条件があった。
お金、あるいは、誰かを労働力として奉公に上げる事。
二つのうち、お金に関しては難しい。
ミィーミィの家族は貧乏ではなかったが、余裕がある訳でも無かった。
お金を出さずに済むのなら、その方が有難い。
幸いなことに、労働に出たものの衣食住は保証してくれる、という。
これがほかの領地で、他の領主の名前で出された触れであれば、少なからず信用しないものも居ただろう。
貴族というのは、一般農民とは違う生き物とされることすらある世の中なのである。
だが、「バルバード・エルドメイ様」の名前で出されたとなれば、話は違う。
あのご領主様が言うのであれば、間違いない。
家族で話し合い、ミィーミィが奉公に上がることとなった。
上の兄姉は、皆年ごろや働き盛り。
道具のおかげで、兄達には自分の畑を持てるかもしれないという希望が出てきた。
人が少なくても畑仕事が出来るなら、独立するのも難しくない。
道具のおかげで皆が食べていけるようになれば、姉達の嫁ぎ先も見つかりやすくなる。
下の弟妹達も、難しい。
何しろまだ幼すぎる子が多く、働くどころか世話が必要なほどだ。
そうなれば自然、奉公に上がるのはミィーミィ、という事になる。
皆心配したし、ためらったのだが、案外ミィーミィ自身は張り切っていた。
体が小さいために力もなく、役に立てるほどの知識も知恵もない。
そんな自分が、ようやく家族の役に立てる機会が来た。
しかも、奉公先はご領主様お声掛で作られたという場所である。
ミィーミィはむしろ、喜び勇んでいたのだ。
話し合った結果、結局、ミィーミィは「エルドメイ発動機」へ奉公に上がることとなった。
ミィーミィが奉公に上がることになった「エルドメイ発動機」というのは、魔法道具を作る「会社」であった。
もっとも、ミィーミィには「発動機」が何なのかも、「会社」というのが何のことなのかもわからない。
兎に角、一所懸命にご奉公するだけである。
勇んで奉公に上がったミィーミィを最初に出迎えたのは、巨大な建物であった。
呆気に取られてぽかんとするミィーミィだったが、そんな顔をしているのは一人だけではない。
ミィーミィの周りには、奉公に上がるために集まった多くの若者達が居た。
その誰もが、呆けたように巨大な建物を見上げている。
建物の正体は、「エルドメイ発動機」の「寮」であった。
「寮」というのもミィーミィにはよくわからなかったが、奉公人が一緒に暮らす場所、という事らしい。
こんなに大きくて立派な場所に、自分なんかが寝泊まりしていいのだろうか。
他のものも同じような気持ちらしく、おっかなびっくり「寮」の中に入っていく。
待ち受けていたのは、もっと驚くようなことであった。
たっぷりのお湯が張られた風呂に、たっぷり用意された食事。
一人に一枚用意された暖かな毛布に、おろしたての衣服。
そして、一人に一室用意された安全な寝床。
考えたこともないような、怖いと思ってしまうほどの好待遇である。
ミィーミィは「社員」の世話役だという老人の指示に、おっかなびっくり従った。
この「会社」では、奉公に上がったものを「社員」と呼ぶらしい。
何がどうなっているか訳が分からないまま、ミィーミィはたっぷりのお湯で体を洗い、たくさんの美味しい食事を頬張り。
真新しい衣服で身を包み、一人一室与えられた、暖かい寝床で眠った。
すぐにも仕事が始まるのかと思っていたミィーミィだったが、まず行われたのは「オリエンテーション」というものだった。
仕事の内容を説明され、それをしっかりと理解するように、という事らしい。
「魔法道具を作ることが出来るのは専門技術を持った職人だけ。これはある意味で正しく、ある意味で間違った認識じゃ」
わざわざ「エイン様」が社員達のために説明をしてくれたのだが、正直なところミィーミィにはその内容があまり理解できていなかった。
何しろ、難しすぎたのだ。
ミィーミィのような無学のものにも分かりやすよう、なるだけかみ砕いて話してくれたらしいのだが、所々しか理解できなかった。
ただ、「エイン様」は、それでいい、という。
今は分からなくとも、将来的にわかればそれでいい。
だから、ミィーミィは必死になって話に聞き入り、なんとしても覚えようと努めた。
「今の常識では、魔法道具は職人が作るものじゃそうじゃ。設計から加工まで一人の腕の良い職人が行って居る。じゃが、別にそれにとらわれる必要はない訳じゃ」
ミィーミィは魔法道具の職人について全く知らないのだが、「エイン様」が言うからにはそうなのだろう。
「それなりの道具さえ有れば、わしのような天才が必要なのは設計だけなのじゃよ。他の作業をするのに必要なのは、相応に道具を使いこなせる大量の人間なんじゃ」
特別な人間ではなく、それなりの人間が必要なのだ、という。
「現在の魔法道具制作に必要な精密加工技術の一部は、わしが作った魔法道具を使えば素人でも行える。もちろん難しい所もあるが、設計でそのあたりは誤魔化すことが出来るじゃろう。それこそ、わしの出番というわけじゃな」
どうやら「エイン様」は、天才らしい。
ミィーミィはそれに、とても納得した。
これまでの「エイン様」の功績を見れば、確かにそうに違いない。
「そうして完成したものは所謂量産品じゃ。職人のマスターピースには大きく劣るじゃろう。じゃが。圧倒的に優れている点もある。生産性じゃ。すなわち数! そして、メンテナンス性じゃ!」
ふと、ミィーミィは周りを見回してみた。
自分以外の「社員」達も、皆熱心に「エイン様」の話に聞き入っている。
中には、拝むように手を合わせながら、涙を流しているものも居た。
「一人で百人を倒せる魔法の剣が一本有るよりも、一人で十人を倒せる魔法の剣が一万本有る方が強い!! もちろん直接対決したら話は変わるじゃろうが、わし等は別に決闘をやって居る訳では無いんじゃ!」
そう言って、「エイン様」は「社員」一人一人を見回した。
皆一様に「エイン様」を見入っていたから、全員が「エイン様」と目が合ったことになる。
ミィーミィもその瞬間、心臓が掴まれたような衝撃に身を竦めた。
「此処に居る全員、魔法道具作りに関してはずぶの素人じゃ。じゃが、きちんと訓練を積み、わしが作った道具を使いこなせる様になれば、それなりの物が作れるようになる。なぁに、そこまで頑張る必要は無いわい。何せこのわしが作った道具を使うんじゃ。それなりに練習を頑張れば、それなりの作業は出来るようになる」
それが出来るようになったら、どうなるのだろう。
きっと「エイン様」が教えてくれるだろうと、ミィーミィには奇妙な確信があった。
「耕運機、ゴーレム、空中船。どんな物でもそれなりに作れるようになる、という事じゃ。一人で作るのは不可能じゃろう。二人でも無理じゃ。じゃが、ここにいる全員で掛かれば、そう言った物が作れるようになる。他の誰にも作れなかった便利な物を沢山作ることが出来る。そうなったら、おぬし等は換えの利かない存在になる。沢山いる中の一人じゃが、だからこそ不可欠な存在になる」
たくさんの中の一人なのに、不可欠。
言葉は難しいが、きっと大切なものになるのだろう、とミィーミィは思った。
「じゃが、忘れてはならん事がある。おぬし等がそういう存在になることが出来るのは、会社があったればこそじゃ。会社にある道具を使い、会社にいる他の社員がいるからこそ、その能力が生かせることになる。ほれ、周りを見回してみろ」
促され、ミィーミィは周りを見回してみた。
他の「社員」達の顔が見える。
皆も、皆の、そしてミィーミィの顔を見ていた。
「全員がおぬしにとって代わりの利かない存在じゃ。そして、全員にとって、おぬしは代わりの利かない存在じゃ。会社に所属する限り、のぉ」
皆が、皆の顔を見回していた。
ほとんど皆が涙ぐんでいて、泣いている者までいる。
比較的家族に大切にされていたミィーミィでも、気持ちは分かった。
ここにいるのは、次男以下、次女以下ばかりなのだ。
長男や長女に何かあった時の、代わりである。
なにも珍しい話ではない。
どこでも当然の扱いだ。
とは言っても、それを受け入れられるかは別である。
「さて、おぬし等がする仕事について、少し具体的な話をするかのぉ」
ご領主様のために、「会社」のために、「エイン様」のために。
懸命に仕事をすれば、必要不可欠なものになれる。
それはミィーミィにとっても、他の「社員」達にとっても、とてつもなく大きい事だった。
だから。
ミィーミィはすべての意味は分からなくとも、必死になって「エイン様」の言葉を聞き続けていた。
朝起きたら、すぐに着替えをして食堂へ行く。
同僚達に挨拶をしながら朝食を終えると、作業場へと向かう。
始業時間になると、その日の仕事内容を説明される。
ミィーミィの様な一般の「社員」が行うのは、流れ作業が殆どだ。
他の「社員」が加工した素材を、さらに加工する。
あるいは組み立てて、次の「社員」へと回す。
流れ作業で、品物を作り上げていくのだ。
普通、こういう仕事をする場所では、自分がどんなものを作っているのか分からないらしい。
そんなこと知らなくても、作業は出来るからだ。
だが、この「会社」では自分の作業がどんな成果になるのか、きちんと説明される。
正直なところ、説明されてもミィーミィには半分もわからないことが多かった。
それでも、多少なりとも知っているのと知らないのとでは、気持ちがまったく違う。
今作っている物が何のどの部品で、完成したものがどんな風に使われるのか。
そんなことを想像しながら仕事をするだけで、活力が湧いてくるようだった。
懸命に働いていると、気が付けば昼頃だ。
食堂へ向かうと、温かい食事が用意されている。
この辺りでは、朝昼夜と三回食事をする家が多い。
もっとも、昼は間食のような扱いで、軽く済ませるものだった。
この「会社」では、たっぷりの昼食が用意されている。
家にいる時はあまり食べられなかったお肉も、たくさんあった。
夢中になって食べて、仕事へ戻る。
また懸命に働いていると、日が暮れてしまう。
そうなったら、仕事は終わりだ。
お風呂に入って、着替えを「洗濯係」に渡す。
すると、昨日渡した洗濯済みの着替えを渡してくれる。
受け取ったら、食堂で夕食を食べる。
食べ終わったら、勉強の時間だ。
大きな部屋で、世話役の老人達から読み書き計算などを教わる。
ただ畑仕事を手伝っていた頃は、そう言った物はあまり重要ではなかった。
言われた仕事をしていればよかったし、考えるのは親兄弟の仕事だったからだ。
しかし、この「会社」では違う。
読み書き計算が出来れば、魔法道具を作るうえで大いに役に立つ。
作業効率が上がって、皆の、「会社」の役に立てるのだ。
だから、ミィーミィは懸命に勉強した。
日がすっかり暮れてしまったら、勉強の時間も終わりだ。
あてがわれた部屋に戻り、暖かい寝床にもぐりこみ、気を失うように眠る。
これが、ミィーミィの新しい日常であった。
あまり変化が無い農村の日々と違い、「エルドメイ発動機」は毎日が怒涛のようであった。
耕運機を作っていたと思ったら、巨大なゴーレムを作ることになり。
さらに、巨大な空を飛ぶ船を作った。
空飛ぶ船は本当に大きくて、それを作るために何台もの作業用ゴーレムが用意された。
「社員」の中で適性のあるものがゴーレムを操り、船を組み立てたのだ。
もちろん、部品を作るのはほかの社員の仕事である。
誰もが頑張って仕事に取組み、ミィーミィもたくさんの部品を作った。
船が完成し、宙に浮かんだときは、誰もが涙を流して喜んだ。
こんなにすごいものを、自分達が、「会社」が作り上げた。
完成した船の前で、「エイン様」は大げさだと思えるぐらいに、「社員」達を褒め称えてくれた。
あまり叱られたことが無いミィーミィだが、こんなに褒められたこともなかった。
だから、褒められたことがうれしくて仕方がなかった。
ほかの「社員」達はなおさらだったようで、その後しばらく、食事の時間などはこの話題で持ちきりだった。
空飛ぶ船が完成してからしばらくして、「鉄のモンスター」討伐の準備が始まる。
驚くような忙しさだったが、誰も弱音を吐かない。
それどころか、それが嬉しくて堪らないというように目を輝かせていた。
仕事をすれば成果が出て、成果が出れば「会社」が評価される。
そして、「会社」への評価は「社員」、つまり自分達への評価へと直結する。
こんなにも喜ばしいことがあるだろうか。
「鉄のモンスター」討伐に成功したという知らせが届いたとき、「会社」は歓声に包まれた。
領地内で使える土地が広がったという事が、まず領民として喜ばしい。
さらに、戦いで使われた品々を作ったのは自分達、「エルドメイ発動機」だという事が、誇らしい。
討伐に成功したという知らせが届いた日には、特別料理が振舞われた。
いつもより少し豪勢な程度だったのだが、皆が喜んだ。
それだけではなく、「社員」全員に特別なお手当まで支給された。
あまりに手厚い恩給に震えるほどだったが、それだけではない。
なんと、「社員」全員を空飛ぶ船に乗せて、遊覧飛行まで行われたのだ。
途中立ち寄った草原には、「草縄衆」という「エイン様」の手下達が開いた露店があった。
変わった食べ物や、他の領地から取り寄せた土産物。
洋服などの日用品まで売られていた。
誰もが貰ったお手当を握りしめ、緊張して露店を見て回っていた。
何しろほとんどの者にとって、「初めて自分で稼いだお金」なのだ。
親や兄などから貰った小遣いではない。
自分の力で稼いだお金を、初めて自分で使うのだ。
ほとんどの者が、自分の好きなものに少しだけ使い、残りのお金で家族への土産物を買っていた。
例え家を出ていたとしても、やはり家との繋がりは大切なのだ。
ミィーミィも同じで、あまいお菓子を少しと、家族へのお土産を買い込んだ。
もちろん、お金をすべて使ってしまったりはしていない。
家族に渡す分は、別に取り置いてあった。
お金の使い方も、世話役の老人達から教わっているのだ。
遊覧飛行が終わった後、「社員」達には数日間の休暇が言い渡された。
なんでも、「エイン様」が工場を使って何かをするため、らしい。
誰も彼もが、意気揚々と実家に戻っていった。
これだけ土産を持っていけば、少しは見直してもらえるかもしれない。
皆、そう思っていた。
ところが、待っていたのは全く予想もしていない反応であった。
家を上げての大歓迎である。
聞けば、「鉄のモンスター」討伐が終わった後、ご領主様や次期ご領主様が、口を極めて「社員」達を褒め称えたのだという。
ゴーレムや空飛ぶ船を作り出し、討伐の下支えをしたのは、奉公に上がった次男以下、次女以下のもの達である。
その彼らの努力によって、今後この領地は発展していくだろう。
家のものは皆口々に「社員」達を称賛し、中には今までの扱いを頭を下げて謝られたものまで居たという。
ミィーミィは比較的大切に扱われていたので、そういったことはない。
だが、「会社」の「寮」に戻ってから、誇らしげにそういった話をしているのを聞く機会が多々あった。
そんな話を聞いているだけで、ミィーミィも嬉しくなる。
休暇を終えて「会社」に戻ると、工場は様変わりしていた。
巨大な道具がいくつも並び、新品の作業用ゴーレムまである。
言葉を失って立ち尽くす「社員」達に、「エイン様」はあっけらかんとした顔で言い放った。
「草縄衆の装備やら、キールのゴーレム。それから、自立型汎用ゴーレムを作るのに必要でのぉ。とりあえず土台だけ早急に作ったんじゃよ。わしはこの後も研究があるからちょくちょく来るが、気にせず仕事を続けるんじゃよ」
他でもない、「エイン様」からそういわれてしまえば、従うしかない。
とは言っても、簡単な事ではなかった。
何しろ、「エイン様」が作ったらしい巨大な道具は、使い方すらわからないのだ。
四苦八苦しながら、「社員」達は巨大な道具の使い方を覚えようと努力した。
途方に暮れて呆けているようなものは、一人もいない。
巨大な道具を動かすには、様々な知識と経験が必要になるらしい。
だが、使いこなすことが出来たなら、今までよりも数段高い精度の魔法道具が作れるようになるのだという。
ならば、なんとしてでも使えるようにならなければならない。
いや。
なんとしてでも使えるようになって、「会社」に貢献したい。
誰もが必死に働き、寝る間も惜しんで勉強をした。
もちろん、ミィーミィも頑張って勉強に励んだ。
皆毎日でも働きたがったが、そうもいかない。
数日に一度は、しっかりと体を休ませなければならない、という決まりがあるのだ。
歯痒い気持ちで体を休め、仕事ができる日になったら喜び勇んで部屋を飛び出す。
ミィーミィも、休みの日は苦手だ。
何をしていいかわからず、結局寝てばかりいたり、ぼうっとして過ごしていた。
こんなことでいいのか、と思うのだが、必要だというのだから仕方ない。
読み書き計算を学び、道具の使い方を覚え、仕事に慣れていく。
何とか巨大な道具をある程度は使えるようになった頃、再び驚くようなことが起きた。
「自立型汎用ゴーレム。通称ブアウニィじゃ。仲良くするんじゃぞ」
「よろしくおねがいしまーす!」
こちらの指示に従い、自分で考えて行動するゴーレム。
見たことも聞いたこともない、想像したことすらないような代物だ。
「エイン様」はそれらと一緒に働いて、仕事を教えろという。
「よいか。こやつらは今、真っ新な状態じゃ。ここから仕事を覚えさせて行く事で、使えるようになって行く。力も強く、器用で、作業の失敗などもほとんどないじゃろう。じゃが、あくまでゴーレム! おぬしたちがうまく仕事を与えてこそ輝く存在じゃ! おぬし達の同僚であり、手足であり、共に育つ存在であるという事を忘れるな!」
そう言った後、「エイン様」はしばらく考えるようなそぶりを見せて、言葉を付け足した。
「ブアウニィの有用性は、共に仕事をして居ればわかるようになるじゃろう。エルドメイ発動機にとって、必要不可欠な存在であることもわかるはずじゃ。すなわち! ブアウニィの成長と発展は、エルドメイ発動機の未来であると言えるじゃろう!!」
皆が、衝撃を受けた言葉だった。
ミィーミィは一生この時のことを忘れないだろうし、この日この場所にいた「社員」の誰もがそうだろう。
これまで「社員」の誰にっても、「未来」というのは決して輝かしく、楽しいものではなかった。
諦めと不安、その二つと同じ意味のものだったのだ。
しかし、今は違う。
未来とは、希望に満ちたものとなった。
「会社」が大きく、立派になれば。
それと一緒に、自分達の生活も良くなっていく。
今や、「エルドメイ発動機」とは「社員」、つまり自分達の事であり。
自分達は「エルドメイ発動機」そのものであると、誰もが思っていた。
だからこそ。
ブアウニィというとても有用で、場合によっては自分達の仕事を奪ってしまうかもしれない存在の出現を、ミィーミィをはじめとした「社員」達はとても友好的に受け入れることが出来た。
自分の立場なんぞどうでもよかった。
ブアウニィの方が「会社」の役に立つなら、その方が良い。
今の仕事を取られたなら、別の仕事で「会社」に貢献すればいいのだ。
ミィーミィも他の「社員」達も、ブアウニィについて勉強を始めた。
どんなものなのかわからなければ、仕事を覚えさせるも何もあったものではない。
ブアウニィのことを少しでもよく知り、少しでもよく育てる。
そうすれば、「エルドメイ発動機」の未来は、素晴らしいものになる。
一歩でも遠く、少しでも早く、前へ前へ。
誰も彼もが目を輝かせ、「会社」のために、がむしゃらになっていた。
「にーちゃんってさぁー。あんがい演説うまいよねぇー」
「なにいっとるんじゃ。わしゃその手のアレは苦手じゃぞ」
「そーおー? 社員の人達、すんごいやる気になってるじゃない」
不思議そうに首を捻るキールの言葉に、エインはわざとらしいほど盛大に溜息を吐いた。
「よいかキール。あれは社交辞令というやつじゃよ。そういう風に盛り上がってるように見せて居るだけじゃ。たとえ本心はどうあれ、わしは一応お偉いさんなんじゃぞ? その面目を保っておるんじゃよ」
「えー? そーかなぁー?」
「そうじゃよ。大体、あんなもん口から出任せで適当なこと言っとるだけなんじゃぞ? 内容じゃってハチャメチャに大げさじゃし。なんじゃ、ブアウニィの成長と発展はエルドメイ発動機の未来、って。適当言い過ぎじゃろう」
エインからしてみれば、ブアウニィは目新しい技術でも何でもなかった。
汎用型ゴーレムに知り合いが作った人工知能をぶち込み、無線でネットワーク化させ、経験を並列化しただけの代物である。
エインが生まれ変わる前の時代には陳腐化した技術であり、どうせそのうちいくらでも普及する技術だ。
というのが、エインの認識である。
もちろん、そんな訳がない。
そもそもブアウニィのような精密作業も力仕事も可能なゴーレム本体自体、この時代では考えられないものなのだ。
というか、その前々段階ともいえる「鉄のモンスター」討伐戦で使ったゴーレムだって、この時代でならバリバリのオーバーテクノロジーなのである。
それを使って、現在では攻略困難という扱いになっているらしい「鉄のモンスター」を討伐したのだから、当然だろう。
さらにそこに積まれているのは、エインが生まれ変わる直前に最新だった人工頭脳、中身は頭のイカレタ学者が作った人工知能だ。
どこを目指し、何と戦おうとしているのか、というようなハチャメチャぶりである。
「聞いておる連中じゃってその辺のことは心得て居るわい。上の方のやつがなんか言っておるな、程度にしか思っとらんじゃろ。で、しょうがないから多少付き合ってくれて居るんじゃよ」
「えー? そーかなぁー」
基本的にエインの言うことは鵜呑みにするキールだが、これには懐疑的であった。
「にーちゃんってあんがい、ひとのこころがわかんないとこあるからなぁー」
「なんてことを言うんじゃおぬしは」
二人がそんなことを話していると、ドアを叩く音が響く。
エインとキールが居るのは、エルドメイ発動機の社屋。
その一角にある、会議室であった。
「エイン様、連れてまいりました」
コンランツの声であった。
エインはドアの方に顔を向け、鷹揚に頷く。
「うむ、入って構わんよ」
コンランツは「失礼します」と返すと、部屋の中へと入ってきた。
扉を開けたまま、エインのそばまで近づいてくる。
「お呼びになっていた社員を連れてきたのですが、少々問題が」
「なにがあったんじゃね」
コンランツは一瞬眉をしかめ、何かを考えたようだった。
だが、直ぐに考えをまとめたらしい。
「ご説明申し上げるより、見ていただいた方が早いものかと」
エインの性格を考えての提案である。
「説明を聞くよりも早いか。うむ、呼んでもらえるかのぉ」
コンランツが合図をすると、一人の少女が部屋へと入ってきた。
長い黒髪に、社員に支給した作業着を着ている。
年齢は、キースよりも何歳か上のお姉さん、といったところだろうか。
なかなか器量良しなのだが、今はまだ「きれい」というより「可愛らしい」顔立ちをしていた。
エインが呼び出しを頼んだ、ミィーミィという従業員である。
普段なら名前を呼びながら笑顔で出迎える所なのだが、エインは困惑の表情で固まっていた。
隣にいるキールも、驚いたように目を丸くしている。
「えぇ。いや、なん、どうしたんじゃね」
エインの言葉に交じって、奇妙な振動音が部屋に響いていた。
音の発信源は、ミィーミィである。
「なに、この。めっちゃ震えとるんじゃけど」
ミィーミィは地面や道などを押し固めるための道具のような勢いで振動していたのだ。
子犬のように震える、などという表現があるが、そんな可愛いものではなかった。
なんか見ていて心配になるレベルでの振動。
そう、「震え」ではなく、「振動」と表現すべきような状態であった。
瞼をぎゅっと固く閉じていて、目の端には涙が浮かんでいる。
口は半開きになっており、作業着のお腹のあたりを手でギューッと握りしめていた。
「コンランツ。おぬし呼んで来る時にどんな事言ったんじゃね」
「適性が認められて新しい部署に栄転があるが、その前にエイン様から説明がある。と」
「其れで何でこんなに震えとるんじゃね」
「にーちゃんと話すからじゃない?」
キールの指摘に、エインは眉を顰める。
コンランツの方を見れば、無言でうなずいているではないか。
「なぁーんでじゃぁ! 確かにあまりにも天才過ぎて取っ付き難いかもしれんが、今の外見はこんなにキュートでプリティーなんじゃぞ!」
エインは自分への能力評価が凄まじく高かったが、自身の外見に対する評価も非常に高かった。
尊敬する父と母、優秀な兄、可愛い弟、妹とも一目で「家族だな」とわかるほど似ているのだ。
もちろん血の繋がりだけが重要ではないのだが、生まれ変わる前には持ち合わせていなかったものである。
今のエインにとっては、非常に大切なものであった。
「やっぱりにーちゃん、ひとのこころがわかんないんだよ」
「何てこと言うんじゃおぬしは本当に」
不本意そうな顔をするエインだったが、直ぐにそれどころではなくなった。
ミィーミィが滑らかな動きで地面に両膝を着くと、両手を合わせてエインを拝み始めたのだ。
そのあまりにも自然に動きに、エインとキールは止めることが出来なかった。
「いやいやいやいや! 本当に! 本当に何なんじゃ! 立って! 怖いから! 流石のわしもなんか怖いから!」
なんとか宥めすかして椅子に座らせることに成功したものの、なんだかもうエインはどっと疲れていた。
キールはミィーミィの隣に座り、肩を撫でたりして落ち着かせている。
そんな様子を見て、コンランツだけはさも当然というような顔をしていた。
「彼女のようなエルドメイ発動機の社員にとって、エイン様は雲の上の存在です。良いことであれ悪いことであれ、突然呼び出されればこうもなろうものかと」
「おぬし等マジでわしの事なんだと思っとるんじゃ」
とりあえず落ち着いたので、仕事の説明をすることになった。
おおよそはコンランツから説明がされているのだが、細かなところはまだすべて伝えていないのだ。
「大体の話は聞いておるかのぉ?」
「はひっ。ブアウニィさんたちと森にいって、すみこみではたらくって、聞きましたっ」
息も絶え絶え、絞り出すような言葉に、エインは何とも言えない表情で頷く。
何となく命がけっぽい雰囲気を醸し出しているが、とにかく一通り話してしまうことにする。
「今現在、エルドメイ発動機で使って居る材料は、おおよそ鉄のモンスター討伐で手に入れたものじゃ。それは知っておるな?」
「はい。資材おき場に、たくさんおいてあります」
「そうじゃな。しかし、このままじゃと減っていく一方。何時か無くなってしまうじゃろう」
ミィーミィは作業着のお腹のあたりをぎゅっと握りしめたまま、「はい」と頷いた。
この辺りの情報、状況に対する会社としての考え方などは、社員が夜に受けている勉強の時などに共有している。
それなりに理解をするのが難しい話などもしているはずなのだが、人間というのは必死になるとすごい力を発揮するものなのだろう。
大抵の社員が、「エルドメイ発動機」の現状をかなり正確に把握していた。
「何かしら、素材を入手する手段を用意する必要がある。そこで、ブアウニィとおぬしの出番。という訳じゃ。素材回収装置を持って森に入り、資源を集めて貰いたいんじゃよ」
元々「鉄のモンスター」は、拠点制圧と制圧地維持という機能を持った、自己増殖型の兵器であった。
つまり、「鉄のモンスター」が徘徊している森は、元々はどこかの都市だった、という事になる。
地形や植生、気候などから判断しても、エインが知る某国某都市と合致していた。
十中八九、「鉄のモンスター」が徘徊していた場所は過去に都市であった、と考えて間違いないだろう。
都市という場所には、様々な物資が集中している。
長い年月をかけて風化してしまっているであろうそれらは、別に無くなってしまったわけではない。
細かく砕けて、あるいは何かの生物に取り込まれて、別の何かと反応して化合物となって、森に存在しているのだ。
それ相応の道具を用意してやれば、それらは比較的簡単に回収することが出来る。
「鉄のモンスター」が居た森はまさに、資源の宝庫なのだ。
「もちろん、簡単な事ではない。エルドメイ発動機の本社や寮から離れ、拠点を設営し、それを運営する。ミィーミィ。おぬしにはその総責任者に成って貰いたいんじゃよ」
総責任者。
その言葉に、ミィーミィの体は強張る。
最近の勉強のおかげで、ミィーミィはエインの言葉の意味をしっかりと理解できていた。
生産業である「エルドメイ発動機」が使う、資源。
その採集拠点の、総責任者である。
「まぁ、総責任者というても、別にそんな大げさな事じゃないんじゃけれどものぉ。設営にしても運営にしても、ほとんどぜぇーんぶブアウニィがやってくれるんじゃよ。おぬしがするのは、精々ブアウニィたちの見守りと、相談されたときにちょこーっと其れに応える。と言った程度の事な訳じゃな。完全無人でも良いんじゃが、それじゃとブアウニィ達が寂しがってのぉ。連中、妙に人間が好きなようでな。丁度、おぬしには羊飼いとしての適性が」
「にーちゃん! にーちゃん!」
「なんじゃい」
説明をしていたエインを、キースが声で止める。
不機嫌そうな顔でそちらを睨むエインだったが、直後にぎょっと目を見開いた。
「ミィーミィって子、気絶してるよ」
あまりの責任の重さからくる重圧に耐えかねたミィーミィが、気絶していたのである。
どこか穏やかそうな表情なのは、緊張から解放されたが故だろうか。
「にーちゃんがプレッシャーかけるからぁー」
「わしのせいなんじゃろうか?」
キールに責められるも、納得のいかないエインである。
とにかく。
こうして、エインはミィーミィに重要な仕事を与え、森へと送り出すのであった。
活動報告などでは書いたのですが
父のガン、母の血管狭窄による血栓などなどが重なり、まったく書くことが出来ずにおりました
有難くも他作品「猫と竜」のアニメ化なども重なり、もうメチャクチャでした
ようやく、「小説家になろう」連載作品に手が掛けられる状況になりました
読んでくださる方々が少しでも楽しんで頂けたようでしたら、幸いです




