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第二十四話

 エインの予想に反し、領民達は耕運機やゴーレムを、あっさりと受け入れてくれた。

 はじめは渋る者もいたのだが、領主であるバルバード・エルドメイ。

 エインの父が便利に使っていると分かると、「それなら」と使ってくれるのである。

 領民のご領主様へ対する信頼は、絶大であった。

 おかげで、領民兵への戦闘用ゴーレムの配備は、思いのほかスムーズに進んだ。

 エルドメイ発動機で作られた「人工知能」を搭載したゴーレムは、操縦が今までのものよりも簡単になっている。

 あまり魔法道具に適性がない領民兵達でも、問題なく扱えるほどだ。

 もちろん、ある程度の訓練や技術習得は必要になる。

 だが、領民兵達は熱心に取り組んでくれた。

 理由はごく単純。

 バルバードが戦闘用ゴーレムを気に入ったからである。


「大きく、強い。実にわかりやすいな。人の形であるがゆえに、汎用性が高いのも良い」


 こんな風にバルバードが言ったことが伝わると、領民兵達は我先にと熱心に訓練をこなすようになった。

 領地内におけるバルバードの影響力は、圧倒的なのだ。


「おかげで、間に合ったわい」


 村の外れ。

 広い空き地に、50機のゴーレムが並んでいた。

 エルドメイ発動機が領民兵用に作った、量産機である。

 性能的には、草縄衆が使うものより劣っていた。

 だが、操縦と整備のしやすさに関しては、圧倒的に勝っている。

 まさに、「ザ・量産機」といった機体だ。


「あのゴーレムってさぁー、思いどおりにうごかないから、つかいにくいんだよねぇ」


「人工知能の操縦アシストをそんな風に感じるのはお主ぐらいじゃわい」


 不満そうなキールに、エインは若干うんざりしたように言う。

 視線を動かすと、出撃前に演説をする父と兄の姿が見える。


「ねぇー、にーちゃーん」


「なんじゃね」


「にーちゃんはさぁーあー。えんぜつとか、しなくていーの?」


「そう言うのは父上と兄上の仕事じゃよ。次男であるわしや、三男であるお主には、それぞれ別の役割があるんじゃよ」


「そーなのぉー?」


「そうじゃ。良いか、わしは魔法研究者。魔法に関わる様々な研究、開発を行い、その成果物でもって家を助ける。それが役割じゃな」


 基本的には傍若無人なエインであったが、どういう訳か馬鹿正直に、律義に守っていることが有った。

 それは、「役割をはたす」ことだ。

 好き勝手なことをするのだが、与えられた、割り振られた役割だけは、きちんとこなす。

 生まれ変わる前、エインは天涯孤独の孤児であった。

 国が運営する孤児院で育ったのである。

 そこではそれぞれの子供に仕事が割り振られ、それをこなすことで褒められ、ご褒美を貰えた。

 要するに、社会性を身に着けさせるための教育だったのだろう。

 世間一般の評価や、広く通常の効果はともかく。

 少なくともエインにとっては、役に立つものだったのだろう。

 何しろ兎に角やらかすタイプであるエインが、そこだけはしっかりとしているのだから。

 まあ、もっとも。

 今のエインにとって役割をこなすというのは、家族の幸福にもつながる事であった。

 だからこそ余計に重要視している、という面もあるのだが。


「つまり、わしの仕事は既に終わって居るんじゃよ。必要な魔法を作り、魔法道具を作り、人員を揃え、作戦を立案した時点でのぉ。て言うか、それって魔法研究者の仕事なのかのぉ? まあ、良いわい」


 だいぶ違うような気もするが、気にしないことにした。

 気にしたところで、やることは同じなのだ。


「そっかぁー。えんぜつは、にーちゃんの仕事じゃないのかぁ」


「そう言う事じゃね」


「にーちゃんの仕事がおわった。ってことはさぁー。鉄のモンスターとーばつには、さんかしないの?」


「何かあったら出張る心算じゃが。必要無いじゃろう。草縄衆に、父上と兄上。お主まで出張るんじゃからなぁ」


 実際の所、エインは自分の出番は無いだろう、と考えていた。

 兄であるクリフバードが戻ってくるまでに、とあれこれ用意を進めて来たのだが。

 事があまりにも、順調に行き過ぎていたのだ。

 農家から余剰人材を集められたところに、鉄のモンスターの討伐成功。

 期待以上に高い性能の魔法道具が手に入り、「エルドメイ発動機」は一気に高い技術力と生産能力を持つことになった。


「正直、オーバーキルじゃ。相手は拠点制圧と防衛用の兵器ではあるが、所詮無人機じゃものなぁ。それも、自己修復、自己増殖にステータスを振って居るタイプの」


 つまり、そこまで戦闘能力が高いものではないのだ。

 当然、相手が生身の人間であれば、必要十分な戦力ではあるだろう。

 しかしながら、「同レベルの技術力で作られた、フル装備の軍隊」であれば、話は全く別だ。


「本来は後方から本隊が来るまでの繋ぎってのが、鉄のモンスターの仕事な訳じゃからなぁ。まして戦闘極振りなステータスでもないわけじゃし」


 まして、エインは敵である鉄のモンスターの体を手に入れていた。

 痩せても枯れても、生まれ変わったとしても、エインは魔法研究者である。

 そのものが手に入るのであれば、ゴーレムの解析なんぞお手の物。

 まして自立型となれば、性能から戦術まで丸裸にできる。


「敵を知り、己を知れば百戦危うからず。と言うヤツじゃな」


「ことわざ、っていうんだっけ。どーゆーいみなの?」


「相手の事と自分の事をしっかりと分かって居れば、何回戦ってもそんなにボコられることは無いよ。的な意味じゃな」


「へぇー」


「まあ、実際そう上手くも行かんのじゃけどね。戦場の摩擦と言う奴じゃ。まぁ、今回はそう心配することもあるまい」


 いくら相手と己を知って居ようと、不測の事態と言うのは起こるものである。

 だが、今回に関しては、エインはさほど心配していなかった。

 それだけの自信が持てるほど、十分な準備が出来ているからだ。


「わしの事よりも、お主の事じゃ。初陣じゃが、焦らず。無理をせぬようにのぉ」


「うん!」


 元気よく返事をするキールに、エインは目を細めるのだった。




 テーブル型のモニタを見ながら、兵長は難しい顔で冷や汗を流していた。


「何度見ても、慣れませんな」


 映し出されているのは、戦場。

 鉄のモンスターが闊歩する森を、上空から見下ろした映像だった。

 木々の間を見れば、そこを何かが走っているのがわかる。

 領民兵達や、草縄衆などが乗るゴーレム。

 そして、鉄のモンスターだ。


「小型の飛行魔法道具が見ているもの、でしたか。こんなものが出回れば、大変なことになりそうですが」


「ご心配されるのは当然かと思います」


 兵長の言葉に答えたのは、コンランツだった。


「ですが、今のところコレを作ることが出来るのはエルドメイ発動機のみ。維持管理にも運用にも、技術と知識、相応の財力が必要になります」


「つまり、草縄衆だけ。と言う事ですか」


「エイン様は、近く領民兵の方々にも配備するおつもりの様です」


 そうなれば、頼もしいことこの上ない。

 偵察に使えば、これほど便利なものも少ないだろう。

 エルドメイ家はド田舎の弱小貴族であり、領地に住む人の数も少なかった。

 にも拘らず、領民兵の仕事は存外に多い。

 何しろ、危険なモンスターが数多く生息する土地柄である。

 一般の農民がそれらに対抗できる力を持つ訳もなく、人里近くに出現した際には、領民兵が動かねばならなかった。

 領民兵の数はそれほど多くはない。

 コレが有れば、それを大いに補ってくれるだろう。

 だが。


「もちろん、これも」


 そう言ってコンランツが持ち上げて見せたのは、紐が付いた黒い球のようなモノ。

 遠距離通話用の、魔法道具だ。

 もちろん、エルドメイ発動機で製作されたものである。


「小型の飛行魔法道具から送られてきた映像。それに、先行する偵察隊から遠距離通話用魔法道具を使って送られてくる情報。それを解析して、作戦を決定。実戦部隊に伝える。げに恐ろしきは、これらの魔法道具を設計したエイン様。ですか」


 兵長は改めて、背筋に冷たいものが伝うのを感じた。

 今目の前にあるものは、あまりにも兵長が持つ常識から逸脱しすぎたモノである。

 領民兵を束ねる立場であるため、兵長は他貴族家が持つ兵力についても、ある程度知っていた。

 国軍が持つ兵器などについての知識も、多少は持ち合わせている。

 そこから考えて、エインが用意させたこれ等の品々は、あまりにも逸脱しすぎているのだ。

 根底にある技術水準が、違い過ぎるのである。


「当の本人は、元々あったものを再現しただけだ。と言っていたがな」


 そう言いながらテーブル型モニタに近づいてきたのは、バルバードであった。

 跪こうとするコンランツと兵長を、「そのままでいい」と言葉と手で制する。


「王都で最新の軍事技術を見聞きする機会があるはずのクリフバードも、見たことも聞いたことも無いと言っていたものばかりだ。と言っていたが。アレは一体、どこで見聞きしたものを再現したのだろうな」


 誰にともなくそう言いながら、バルバードは周囲を見渡した。

 三人が今いるのは、森のすぐ外側。

 いくつも天幕が建ち、その中には多くの魔法道具が置かれていた。

 それらを操作する草縄衆や領民兵が、忙しなく動き回っている。

 鉄のモンスター討伐のために設置された、本陣の中であった。


「コンランツ。エインから、聞いたことはあるか」


「私から質問させて頂いたことはありません。ただ、キール様がそういったご質問をされたときに、その場に居りました」


「エインは何と答えた?」


「説明が難しいんじゃよなぁ。上手く説明が出来る準備が整ったら、教えてやるわい。と、おっしゃっていました。誤魔かしてる、と言う風には見えませんでしたので、恐らく本心からそう考えていらっしゃるものかと」


「そうか。ならば、そのうちに説明しに来るだろう」


 バルバードは、エインの事を信頼していた。

 得体のしれないところはあるが、家族を害するようなことは絶対にしない。


「エインは今、どこにいる」


「既定の地点で待機の為に停泊した、船にいらっしゃいます。何かあったらすぐに出撃可能なようにされているようですが、恐らく必要無いだろう、と」


「そうか」


 戦場では、予想外のことが起こるものである。

 元冒険者であり、モンスターや盗賊討伐などを指揮したこともあるバルバードは、そのことを良く分っていた。

 だが。

 こと今回に関しては、予想外の事態が起きることは無いだろう。

 そんな確信を、バルバードは持っていた。

 油断だ、と言われればその通りなのだろう。

 それは分かっているのだが、どう考えても、問題が起こるとは思えなかったのである。


「失礼します!」


 天幕に、草縄衆の一人がはいって来た。


「キール様、クリフバード様共に、鉄のモンスターの集団を撃破。次の群れに向かって、移動を開始しました。それに伴い、上空のエイン様も移動しております」


「ご苦労。引き続き頼む」


「はっ!」


 討伐は、順調に進んでいるらしい。


「これが終わったら、次は何をしたいんだ」


 バルバードはそうつぶやくと、天幕で見えないはずの上空へ目をやった。




「いくら試作とはいえ、これはちょっと小っちゃかったかもしれんのぉ」


 船の縁に体を預け、エインは不満そうな溜息を吐いた。

 眼下には、一面の緑色が広がっている。


「エンジンとフロートの調子はどうじゃね?」


「問題なく稼働しています」


 エインの問いに素早く答えたのは、草縄衆のミーリスである。


「戦況はどうじゃね」


「予定通り進んでいるようです」


「ふむ。何よりじゃな」


 言葉とは裏腹な表情で、エインは頷いた。

 今エインが居るのは、鉄のモンスター達が跋扈する森の上。

 上空200mほどの地点であった。

 エイン自身の魔法で飛ぶことも出来るのだが、今回はそうではない。

 自身が設計し、エルドメイ発動機の工場で作らせた製品。

 魔法仕掛けの空飛ぶ船に乗っているのだ。


「のう、ミーリス。やはりこの船は小さすぎたかのぉ? 大急ぎの突貫じゃったから仕方がなかったんじゃが」


「あの、ええっと。エイン様、私はその、船と言うものを、あまり見たことがありませんので」


「比べるにしても、対象がないか。それは済まんかったのぉ」


「いえ、その、知識不足で、申し訳ありません」


「いやいや、謝るような事ではないわい」


 困惑するミーリスに、エインはひらひらと手を振って見せる。

 エイン達が乗っている「空飛ぶ船」は、全長50m弱。

 水に浮く船としても、相当な大型の部類になる。

 にも拘らず、エインは「小さい」と評した。

 それには、それなりの理由があるのだ。


 エインが持つ魔法技術体系に於いて、「モノを浮遊させる魔法道具」というのは、デカければデカいほど安定させやすいものであった。

 小型化させようとすればするほど不安定になり、制作、制御難易度が跳ね上がっていくのだ。

 逆に、巨大化させる分には非常に簡単であった。

 制作難易度は格段に低くなり、安定性もまるで違ってくる。


「魔力収集器も同じ性質じゃからなぁ」


 実は、大きい方が製造も制御も楽、というのは、「モノを浮遊させる魔法道具」だけではなかった。

 空気中の魔力を集め、利用可能な形にする魔法道具も、同じような性質を持っていたのである。

 エイン達が乗る船には、その両方が搭載されていた。


「何しろ、浮力発生装置と魔力収集装置だけで、船の六割方の場所を取られて居るからのぉ。武装やらもあるから、人が動けるスペースの狭い事狭い事」


 自分自身だけであれば、エインはあまり居住環境に気を遣わないタイプであった。

 生まれ変わる前のエインはあちこち飛び回って居り、そういったモノに頓着が無かった、と言う方が適当かも知れない。

 だが、自分以外が使うとなると、話は違った。

 使った人に、褒めてほしいからである。

 エインは誰かに褒めてもらうのが大好きなタイプの、自称天才なのだ。


「エイン様がご存じの船と比べてどうなのかは分かりませんが、私共にとっては十二分に使いやすく、素晴らしい船だと思います」


「そうかのぉ?」


「はい! 移動能力はもちろん、輸送に関しても頼もしい限りです。武装や食料のほかにも、大量の物資が積載できるというのも、驚きです。ゴーレム四機を乗せて、まだ余裕があるぐらいですし」


「試作とはいえ、しばらくは使う事になるじゃろうしのぉ。その位はのぉ」


「居住スペースも、十分にくつろぐことが出来ますし。客間があるのも、良い事かと思います」


「そのうちこれを使って、別の土地に行く事もあるかもしれん訳じゃし。最低限、客を招くことが出来る場所位はのぉ」


「エイン様がそこまでお考えになって設計された船です! 誰がどう見ても、素晴らしいものだと思います!」


「まぁのぉ。いくら大急ぎの突貫品でも? それなりに仕上げてしまうからのぉ、わしってば。才能が有り余り過ぎて居るんじゃろうなぁー! はっはっは!」


 ちょっと褒められればすぐに上機嫌になる。

 エインは非常にちょろいタイプであった。


「まあ、そっちはともかくとして。戦況は予想通り、か。良い事じゃのぉ」


 予想通りに戦況が進む。

 非常に喜ばしい事である。


「良く誤解されるんじゃが。わしは別に、自分の予想が良い意味でも悪い意味でも裏切られることを期待するような事は、あまり無くってのぉ」


 事実を粛々と受け止め、そこから何か面白いものを見つける。

 それが、エインのスタイルであった。

 面白い何か、がそこにあるのではない。

 自分の力で工夫を凝らすことで、面白いことを「見つけ出す」のだ。


「さて、戦闘記録の収集は、念入りにするようにのぉ。実戦データと言うのは、貴重じゃからなぁ。お前さんの技量、頼りにして居るぞ」


 エインに言われ、ミーリスは「はいっ」と深く頭を下げた。

 この「空飛ぶ船」は、魔法道具である。

 だが、ゴーレムなどと違い、「魔法道具使い」でなくとも、かなり繊細な操作が可能であった。

 いくつか理由があるのだが、その中の一つが「魔力収集器」の存在だ。

 通常の場合、魔法道具使いは自身の魔力を送り込むことで、魔法道具を起動させて操る。

 だが、「空飛ぶ船」は「魔力収集器」を使う事で、自力で魔力を集め、動力源を確保することが出来た。

 おかげで、外部入力装置さえあれば、優秀な魔法道具使いでなくとも、ある程度の性能を発揮させることが可能なのである。

 まあ、最大性能を引き出そうと思えば、「魔法道具使い」は必須なのだが。

 にも拘らず、エインは草縄衆の幹部のうち、ミーリスをこの船に乗せていた。

 コンランツやメリエリと言った魔法道具使いがほかにいるのに、である。

 もちろん、明確な理由があっての事だ。


「ミーリス。お主は記憶力がずば抜けて居るだけで無く、情報処理能力も高い。上空に待機し、戦況を確認しつつ記録を取る。そして、場合によっては参戦する。こういう仕事にはピッタリな才能じゃ」


 今回の「空飛ぶ船」の役割は、戦闘支援であった。

 小型の飛行魔法道具などの制御に、通話魔法道具の中継。

 戦闘状況の記録に、場合によっては搭載したゴーレムによる増援、などなどである。


「ドローン。小型飛行魔法道具は、継続飛行距離が短いからのぉ。フロートでは無くプロペラ飛行じゃによって、作るのは楽なんじゃが。まぁ、それは良いとして」


 エインは船の縁から体を離すと、しっかりとミーリスに向き直った。


「情報処理、記録、分析。そして、直接戦闘。そういう分野に関して、お主は本当に優秀じゃ。他の誰でもなく、お主をこの船に乗せて居るのは、それが理由な訳じゃな」


 エインの言葉に、ミーリスは静かに首を垂れた。

 正直今あげられたようなものは、エインの方がはるかに優れている。

 褒められたことは嬉しくはあるのだが、複雑な気持ちだった。


「じゃがなぁ。いや、だからこそ、か。ミーリス。お主は組織の長になるのには向かん。少々の集団の上に立つのならば、問題なかろう。じゃがな、組織の上に立つには、組織の上に立つ能力が求められるんじゃ」


「組織の上に立つ能力。コンランツさんが持っているような、ですか?」


「はっはっは! そうじゃ。その通りじゃ。アレには不思議なカリスマがある。わしに捕まって居らんかったら、あるいは面白い化け方をして居ったじゃろうが。天才であるわしに手を出したのが運の尽きじゃのぉ」


 そんなことがあるはずありません。

 エイン様と出会えたこと以上の幸運があるはずがありませんから。

 そう言おうとしたミーリスだったが、すんでのところで口を噤む。

 エインがいかにも面白いと言った表情で、ニヤニヤしていたからだ。


「ピンチはチャンスとはよく言った物じゃよなぁ。わしに捕まって居らんかったら、お主達を束ねる立場になんぞなって居らんかったじゃろう。きっと面白いことになるじゃろうて。何しろアレは、多分本来ならばわし程度では話も出来んかったじゃろう種類の人間じゃからなぁ」


「その、どういうことでしょう」


「わしはな、ミーリス。魔法研究者じゃ。本来なら政治やらなんやらなんぞまるで興味が無いし、そちらのアレコレをする能も無いし、興味も無い。じゃが、エルドメイ家に生まれた。家業であるじゃによって、そういうものに首を突っ込まなければなら無くなった」


 ド田舎の貴族とは言え、貴族は貴族である。

 エインはその次男坊なのだ。


「本来ならば、こんな所でこんな事をして居るような人間では無いんじゃよ、わしは。もっと研究室とかでひぃこら言って居るような手合いで、何時も金に困っているはずなんじゃ。それが、どういう訳かデカい器量をもったコンランツを顎で使って居る」


 エインはコンランツの事を、高く評価していた。

 だからこそ、便利に使い倒しているのである。


「いずれ、人を使うような仕事は全てあやつに任せる心算じゃ。そして、わしは上前を撥ねる。魔法研究者であるわしは、研究道楽に勤しむ事が出来る訳じゃ」


 それが心底楽しみなのだろう。

 エインは今にも、鼻歌でも歌いだしそうな様子であった。

 そんな様子を見て、ミーリスもつられて心が浮ついてくる。


「ミーリス。お主は優秀じゃ。やろうと思えば、アレも出来る、コレも出来るとなってしまうじゃろう。じゃがな。お主がやらずとも良い仕事を、お主がやる必要は無い。草縄衆には、優秀な者が多いんじゃから。押し付けてしまえば良いんじゃ」


「押し付ける、ですか」


「そうじゃ。お主、最近働き過ぎじゃよ。アレコレと仕事を抱え込み過ぎて居るんじゃ。そこまでせんでも良いんじゃよ。義務感だけで、出来るが苦手な仕事をする必要は無いんじゃ。仕事を選ぶ贅沢が出来る程度には、お主は優秀なんじゃから」


 言われて、ミーリスは僅かに戸惑った。

 指摘されたように、様々な仕事に手は出している。

 コンランツやメリエリ、チュアランの仕事などを見聞きし、身に着けようと努力してきた。

 だが、それはミーリス自身が「必要だ」と思ったから、してきたことである。


「私はその、別に無理をしている訳では」


「ああ、無理はして居らんじゃろうなぁ。それが出来てしまうんじゃから。じゃがな、ミーリス。お主はアレじゃ。タイプで言えば、わしに似て居る」


「エイン様に」


「そうじゃ。やらねばならない、出来る、必要だ。それよりも、ただ一事。やりたい。それが、何よりもの原動力になり、最大限の力を発揮出来る。お前さんはそういう種類の人間なんじゃよ。多分じゃけどな」


「自分では、その、良く分りませんが」


「調べ、学び、活かす。そういう仕事をして居るときのお前さんはのぉ、本当に良い顔をして居るんじゃよ。自分では分からんかもしれんがのぉ」


 確かに、ミーリスには分からなかった。

 楽しいとか楽しくないとか、そういうことを考えたことが無かったからだ。

 ただ、エインの命令に、期待に答えられたと思えた時だけは、心の底から嬉しかった。


「まあ、自分の事と言うのは、案外自分では良く分らんもんじゃて。まずは、自分が何が好きなのか見つける事じゃな。お主の場合は恐らく、それが最も自分の力を発揮するための道じゃろうて」


 力を発揮する。

 それはつまり、エイン様の役に立てるという事だろうか。

 ミーリスにとってエインの役に立つというのは、生きる意味であり、価値であった。


「わかりました。努力いたします」


「努力、というか。そんなに気張るような話じゃぁ無いんじゃが。まぁまぁ。無理はせんようにのぉ」


 苦笑いをしながら、エインは空飛ぶ船の縁に近づく。

 顔を外に出すと、睨むように目を細めた。


「さぁーて。キールはどのぐらい無茶苦茶をやって居るのかのぉ」


 恐らく、相当派手な初陣になっているだろう。

 正直、どの程度の事をやらかしているのか、想像も付かない。

 もちろんある程度「こうかな?」という予想は出来なくはないのだが。


「それを飛び越えてくるのが、天才と言う奴じゃからのぉ。さて、ミーリス。指令室に戻るとするかのぉ」


「はいっ」


 船の縁から身を離すと、エインは船の中へと入っていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 将の将たるは適材適所なり
[良い点] 部下一人一人の適正を見出だし、正しく評価し、さらに無理はしないようにと気遣ってくれる まさに上司の鑑
[一言] 更新ありがとうございます。 あれ、エインさん人たらしだけじゃなくて女たらしのスキルももってるん?
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