第二十一話
草縄衆で内魔法術使いであるホーミーの以前の生業は、詐欺であった。
様々な手法と舌先三寸を駆使し、金を稼いできたのだ。
騙す相手は慎重に選び、完全に怒らせない程度の金額を失敬する。
そうすることで、決定的にだれかに恨まれるようなことも無く、永く生き抜いてくることが出来た。
詐欺と言うのは頭の回転が重要な商売であり、頭が良く無ければできない、などと思われている。
しかし、ホーミーはけして、自分の事を賢いとは思っていなかった。
永く日の当たらない世界を生きてきた身である。
本当に頭のいい人間。
あるいは、自分なんぞとは見ている世界が違う、「ヤバいヤツ」なども見てきていた。
そう言ったモノを相手にすることは、自分には絶対に不可能だ。
自分の分を理解し、そこからけっして逸脱しない。
ホーミーはそうすることで、詐欺師として長く生き残ることに成功したのである。
しかし。
歳をとるというのは、ホーミーが思っている以上に怖いものであった。
若いころならば絶対にしないようなヘマを踏み、ホーミーは命を狙われることに。
何度も追手に捕まりそうになり、命からがら逃げだす。
そんなことを繰り返すうち、ホーミーの体はボロボロになっていった。
命はとりとめているし、腕や足も体には残っている。
だが、指の何本かは持っていかれてしまった。
コンランツ達の旅に付いてこれたのは、幸運としか言いようがないだろう。
そして、エインと出会い「草縄衆」となったこともまた、望外の幸運であった。
エインはボロボロだったホーミーの体をあっという間に「治し」、指の「再生」までしてくれたのだ。
それだけではない。
驚くほど丈夫な体を与えてくれ、人別、住む場所、生業までも与えてくれた。
人は、ある程度の歳になると、「よほどの事」が無い限り変わることは無いという。
ホーミーにとってエインとの出会い、「草縄衆」の一人のなったことは、まさに「よほどの事」。
生まれ変わるような出来事であった。
今のホーミーにとって、エインとは「信仰の対象」と言って良い存在になっている。
もちろんそれは、草縄衆全てに言えることだ。
そんなエインから、特別な命令が下されることになった。
集められたのは、ホーミーだけではない。
草縄衆の年寄が集められ、エインから直接命令を伝えられることになったのである。
誰もが緊張し、同時に感動に打ち震えていた。
年老いた自分達でも、まだエイン様の役に立つことができる。
はじめは感動に高揚していたホーミー達だったが、エインからの命令の内容を聞くうち、徐々に表情がこわばっていった。
「要するにお前さん達にはのぉ、文化を一つ作って貰いたい訳なんじゃよ」
突然飛び出してきた単語に困惑するホーミー達年寄りを他所に、エインはごく当たり前のことを説明するような口ぶりで話し始めた。
「さて、まずお主達には以前話したように、エルドメイ発動機の社員教育をしてもらう。
読み書き、計算、将来的には歴史などについても教えてもらう予定じゃ。
なに、連中はまだガキどもじゃからな。
一番上でも15歳になって居らん、頭は柔らかかろうて。
まあ、それは良いとして。
先ほど言った、文化を作る云々の話じゃが、まず前提の話をするかのぉ。
エルドメイ発動機が何を作って居るかは、分かって居るな?
そう、回転盤を使った耕運機じゃ。
以前話したように、将来的にはもっとデカい魔法道具も作る予定な訳じゃが。
例えば、お主達が使って居るような戦闘用のゴーレム。
便利で強いよなぁ、アレのおかげで随分魔獣狩りが楽になっているはずじゃ。
あの程度ならば、将来的には量産が可能じゃ」
確かに、アレは非常に強力だ。
ホーミー自身も間近でモンスターと戦っている姿を見たことがあるが、初めての時は度肝を抜かれたものである。
たった一人の人間を、巨大な体を持つモンスターとまともに殴りあえるモノに変える魔法道具。
そんなモノが量産、大量に作れるようになるとするならば。
エインの実家であるエルドメイ家が持つ力は、どれ程強大になるのだろう。
「ゴーレムは戦闘だけでなく、インフラ整備。
まあ、道を普請したりといった、工事なんかにも使える。
それで出来た道を、トラック。
じゃ、通じんか、ええっと、自動荷車が走る訳じゃ。
大量の荷物を載せてのぉ。
載せるのは、耕運機を使って作った食料などじゃな。
今は土を耕すことしか出来んが、近く改良して、種まきや水撒き、刈り入れなども出来るようにする。
操作する人間が一人居れば、数十人分の仕事が出来るようになるじゃろう。
食料生産と言うのはすべての基盤じゃよなぁ。
少人数の生産者で大人数が支えられるようになったら、どうなるじゃろう。
食料確保以外に、労力が割けるようになる訳じゃ。
物を作り、商売をし、今まで出来なかったようなことが出来るようになる。
わしが生まれ、違う違う。
古代魔法文明じゃった。
あの頃と同じような、あるいは近い生活が送れるようになるわけじゃ」
ホーミーは教会に置いてある、古代魔法文明についての本を何冊か読んだことがあった。
詐欺のネタになるかもしれない、と思ったからだ。
誰もが教育を受け、誰もが一定の身分を持ち、誰もが飢えることなく、誰もが娯楽を享受する世界。
夢物語か、死後に行けるという天国のような場所。
それが実現すると言うのだろうか。
と、そこで、ホーミーははたとある事に気が付いた。
実現するかもしれない。
現に、もうそれに近いことになっている場所があるのだ。
「エルドメイ発動機。
今はそれぞれが与えられた仕事をこなして居るだけじゃが、将来的にはわしが発注しただけで品物の設計から何からを全てこなせる集団となって貰う予定じゃ。
それこそ、草縄衆、お主達のようにのぉ。
言ってみればエルドメイ発動機は、生産者版の草縄衆のように成って貰うつもりな訳じゃ。
まあ、それはともかくとして。
連中は仕事をし、教育を受け、飢えることなく、娯楽も享受することが出来て居る。
それがエルドメイ家の領地中に。
ひいては国中、世界中に広がっていくことになるじゃろう。
さて。
そんな生活を作り支える基盤となるモノとは何か、もう分って居るじゃろうなぁ?」
魔法道具だ。
エインが作る魔法道具があるならば、そんな生活は成立する。
もちろん今日明日という話ではない。
だが、二十年、あるいは三十年先であれば。
魔法道具で魔法道具を作り、その魔法道具を使ってまた魔法道具を作る。
精密で精巧なものを、便利なものを、強力なものを。
どんどんと技術力を上げていけば、世界はエインが言った通りになるだろう。
ここで、ホーミーはもう一つの事に思い至った。
基盤となるモノ。
それは魔法道具なのだが、それだけではない。
魔法道具を作ることが出来る。
設計士、量産することができる集団こそが、真に「基盤となるモノ」足りうるのだ。
その集団が居なければ、魔法道具を供給し続けることが出来ないのだから。
「そう、エルドメイ発動機じゃ。
魔法道具を設計し、作り、供給することができる存在が居てこそ、そういった生活は成り立つ訳じゃ。
車や重機、兵器、インフラ整備に必要なものから、白物家電まで作れるんじゃから。
マジで環境とれるんじゃよなぁ。
財閥とかクソデカ巨大企業ってやりたい放題だったもんじゃが、こういうことだったんじゃな。
まあ、良いわい。
ともかく。
そうなったとき、エルドメイ発動機に求められる生産能力は凄まじいモノになるじゃろう。
賄うためには、当然大勢の人間を雇う必要がある。
じゃがなぁ、お主達が知って居る、普通に思い描く“雇う”というのとは、少々規模感が異なるんじゃよ。
ここでいう“大勢”というのは。
何千などと言うものではない。
何万、何十万という数じゃ。
今はまだほんの数十人じゃが、将来的にはそれが何千倍にもなる訳じゃなぁ。
何しろ国に、世界中に品物を届けねばならぬ訳じゃから。
そりゃ、そうもなろうというものじゃろう?」
確かに、そうなるかもしれない。
そうなるのかもしれない。
ここで、ホーミーの意識は、その数十万人が働く場所の事へと移った。
工場と言うのは、一か所に集まっていた方が何かと便利だ。
荷物を運ぶのにも楽だし、管理なども楽になる。
以前エインは、そんな話をしていた。
と言うことは。
まさか、と言うことは。
「となると、じゃ。
その何十万人が働く場所が必要になる訳じゃ。
事情がある場合は別じゃが、工場と言うのは一か所にあった方が効率が良い。
となると、何十万の人間が働く工場が現れる、と言うことじゃ。
当然、その者達が住む場所が必要になる。
食べる物や着る物、そのほか生活に必要な様々なものを用意する人間も必要じゃな。
さらに何十万と言う人間が必要になり、養われるわけじゃ。
エルドメイ発動機に関連する人間だけでそれだけの人間が集まる場所が、生まれる訳じゃなぁ。
これはもはや、ただの工場とは言えんじゃろう。
村か、街か、そういった呼ばれ方になるか。
あるいは、もはや国と呼べるかもしれん」
魔法道具を設計し、作り、供給し続けることで成り立つ国。
食料などそのほかのものすべてを外からの輸入に頼ることになる、が。
成立しなくはない。
いや。
超絶した知識と技術を持つエインがその気になれば、全く可能なのだ。
「今、エルドメイ発動機に勤めている社員達は、まっさらな白紙のような状態じゃ。
農家の次男次女以下で、一定の教育すら受けて居らん。
そんなモノだけが集まった、奇妙奇天烈な集団じゃ。
連中には今現在、考え方や行動の規範となるモノが無いと言って良い。
風習、しきたりすら存在せん。
当然じゃよなぁ、何も教わってこなかったし、新しくできたばかりのここに風習なんぞある訳がないのじゃから。
じゃが、考え方を変えればじゃよ。
今なら作ることができるんじゃ。
ものの考え方行動の規範となるモノ。
風習やしきたりすら。
今であるならば、全て丸ごと、わし等の手で作ることができるんじゃ。
これから大きくなる。
数万人、数十万人と膨れ上がっていくであろう、エルドメイ発動機と言う会社の、ものの考え方や行動の規範、風習やしきたりを。
わし等の都合が良いように、作り上げることができるんじゃ。
それはつまり」
文化を作り上げるということじゃろう?
どこまでも楽しそうに言うエインの言葉を聞きながら、ホーミーは震えていた。
正直何故震えているのか、ホーミー自身理由は分からない。
ただ、戦慄きが止まらなかった。
「エイン様」は、凄まじいことをしようとしている。
恐ろしいことを実行しようとしている。
「お主達は今後、エルドメイ発動機の社員達の教育をしてもらう訳じゃが。
先ほども言ったように、社員達はまっさらな白紙のような状態じゃ。
読み書き計算はもちろん、様々なことを教えてやる必要がある。
ものの考え方や行動の規範、風習しきたり。
他にも諸々一切合切を、じゃ。
つまり、お主達が教えたことが、数万人、数十万人と膨れ上がっていくであろうエルドメイ発動機社員の。
エルドメイ発動機に関わるものすべてにとって、ものの考え方や行動の規範、風習やしきたりとなる訳じゃ。
どうじゃな?
その規模になってしまえば、それはもう。
文化と言って差し支えないと思うじゃろう?」
まるで明日の天気の話でもするかのような、朗らかな笑顔。
どこか楽し気に笑うエインの言葉を聞き、ホーミーは震えた。
自分が感じているものが恐怖なのか、あるいは喜びなのか。
ホーミー自身、よくわからなかった。
ただ、「エイン様」ならば。
驚くような膨大な知識と、おとぎ話のような魔法技術を持つ、エインならば。
今しがた言っていたような、夢物語染みた事を、実現できる。
そう、ホーミーは、いや、この場に居る草縄衆の年寄全員が、そう確信していた。
と言うことは。
自分達はそんな夢物語のような。
あまりにも偉大な「エイン様」のなさろうとしている事の、お手伝いを任されたのか。
「大丈夫、今のうちならばそう難しい仕事では無いわい。
もっとも、お主達ならば、の話じゃがのぉ。他の連中には無理じゃろうがな。
今の小さなエルドメイ発動機であるならば。お主らの手練手管でどうにでもなる。
じゃからこそ、このわしに手を貸して欲しい訳じゃよ」
手を貸して欲しい。
追われ、死にかけ、一度は生きることすら諦めた草縄衆の老人達にとってその言葉は、何よりも甘美なものであった。
脳が焼けるような感覚。
初めて覚えるような異常なまでの多幸感。
この瞬間、草縄衆の老人達は。
この方のためにならば、死んでも良し。
いや。
この方のために死のう。
心底から、そう誓ったのであった。
ちなみに。
この時のエインは、ぶっちゃけエルドメイ発動機がそこまでデカくなるとは、微塵も思っていなかった。
技術などと言うのは流出するものだし、それでこそ洗練され磨かれていく、とすら思っていたのだ。
なので、どうせ将来は同業他社も出てくるし。
まぁ、精々「老舗中規模会社」みたいな立ち位置止まりで、世界有数の超巨大企業、などと言うのは無理だろう。
そんな風に、考えていたのである。
ではなぜ、あんなに話をぶち上げたのかと言えば。
単純に「そっちの方がプレゼン受けが良さそうだと思った」からである。
エインにとって人に話す行為、つまり「プレゼン」とは、研究費用をゲットするためのものであった。
ゆえに、盛れるだけ盛る、と言うのが身に沁みついていたのだ。
ちょっと大げさに言い過ぎたかのぉ。
まぁ、良いわ。
どうせこやつらも話半分位にしか聞いとらんじゃろ。
完全に真に受けられているとは、一切思っていないエインなのであった。
巨大な鉄のモンスターの体が、大きく傾ぐ。
複合センサーとなっている頭部が、一撃で破壊されていた。
搭載されている複数のセンサーで周囲をサーチしながら歩いていたのだが。
敵影はおろか、攻撃すら感知することが出来なかった。
探知外から攻撃されたのか、あるいはセンサーをごまかすほどの隠密技術が用いられたのか、あるいはそれ以外なのか。
人間などであれば、そういった事を考えるところだろう。
だが、拠点制圧防衛に特化したゴーレムである鉄のモンスターに、そういった思考をする機能は搭載されていない。
頭部を損失した瞬間、すぐさま所定の行動を開始した。
周辺の機体へ、敵が現れたことを知らせる。
無線型の魔法通信、それに物理的な発光信号弾を使った、二重の警報。
だが、そのどちらもが無効化される。
魔法通信は何らかの術式によりかく乱され、信号弾は上空に打ちあがる前に叩き落とされてしまった。
残っていたセンサーでそれを感知した鉄のモンスターは、すぐにそれに対応しようとする、の、だが。
動こうとするその体を、新たな衝撃が襲った。
蜘蛛のような形状の部分と、人の上半身のような形状の部分の接続部。
そこを、破壊されたのである。
鉄のモンスターの本体は、蜘蛛のような形状の部分であった。
ここに、演算装置や自己修復装置など、主要な部品が集まっている。
人間の上半身のような部分には、センサーや兵装、マニュピレーターなどが集まっていた。
言ってみれば、蜘蛛の部分が本体であり、人間の部分は武装のようなもの、と言える。
切り離されたとしても修復は可能なのだが、攻撃を受けている状況で失うのは、非常に不味い。
接続部が破壊され、上半身がもげ落ちる。
ほぼ同時に、鉄のモンスターは本体内部にある、自爆装置を発動させた。
機密保持のための措置である。
自爆と言っても、周囲を巻き込むほどの威力はない。
内部装置などを吹き飛ばす程度のものであり、もし人が近くにいたとしても、怪我もしないだろう。
精々、大きな音がして驚くぐらいか。
しかし。
本来するはずの大きな音が鉄のモンスターの体から響くことは、無かった。
「鉄のモンスター、停止を確認しました」
淡々としたミーリスの宣言に、草縄衆達はホッと安堵を見せた。
だが、すぐに気持ちを切り替え、作業を始める。
鉄のモンスターの残骸を拾い集め、運搬用のゴーレムに乗せるのだ。
鉄のモンスターを襲ったのは、草縄衆であった。
強力な隠密魔法を複数人で展開。
まずは大火力の遠距離攻撃用魔法道具で、鉄のモンスターの頭部を破壊。
然る後、メリエリがゴーレムで強襲し、攻撃。
目当ての接合部を一撃で破壊する頃には、ミーリスが本体に取りつき、妨害魔法を発動。
自爆を阻止しつつ、強制的に機能停止命令を打ち込んだのだ。
ゴーレムのハッチを開け、メリエリが顔を出した。
鉄のモンスターの上に立つミーリスに、感心した顔を向ける。
「無事か、ミーリス」
「平気です。エイン様から教えて頂いた魔法が、しっかりと効きましたから」
エインがミーリスに教えたのは、兵器の機能停止共通コードであった。
一定の条件下になった兵器を強制的に停止するためのものであり、当時エインが所属していた国が使っていたものである。
自爆する直前に打ち込まなければならない、というかなりイカれたタイミングでしか使えない代物であり、一応は軍事機密の類なのだが。
生まれ変わる前は兵器開発にもかかわっていたエインは、シレっとその情報を盗み出していたのである。
「では、作業を急ごう。他の鉄のモンスターが、すぐに異変を察知するだろうからな」
メリエリはそういうと、すぐにハッチを閉じた。
ミーリスは小さく頷くと、軽く手を振るう。
発動した魔法が、ミーリスの体をふわりと宙へと浮かべた。
草縄衆は、無事に鉄のモンスターの残骸を回収。
ほかの鉄のモンスターが異変に気が付く前に、その場を離脱。
無事に、草縄村へ帰還することに成功したのであった。