第十九話
「という訳で父上。草縄衆が鉄のモンスターを狩りたいと言っておりましてのぉ。今の装備のままではいささか心もとないのですが、連中の腕は確か。それなりに武器防具を揃えてやろうと思うのですが、如何ですかのぉ」
食後のデザートタイム。
夕食後、父や母、キール、チャムと一緒に果物を食べながら、エインは話を切り出した。
父、バルバードは僅かに考えた後、「うむ」と頷く。
「わざわざ確認を取るということは、それなりに大掛かりな装備を揃える。ということか」
「左様でございますじゃ。わしは直接見たことは無いのですが、デカくて強そうなモンスターじゃ、という話ですからのぉ」
草縄衆が持ち帰った情報は、バルバードにも見せていた。
奇妙な魔法道具に驚いていた様子だったが、エインが奇怪なものを作るのは今更である。
「実際に強力なモンスターである事は間違いない。アレには手を焼かされた」
「なんと。父上は、鉄のモンスターと交戦経験が」
「アレらが闊歩する領域は、一応我が家の領地内。ということになっているからな」
バルバードが領主を継ぐ前。
まだ冒険者として稼いでいた時代、戦ったことがあるのだという。
一緒にパーティを組んでいた者達と挑み、数体を倒すことには成功した。
だが、倒すたびに仲間が増えていき、取り囲まれそうになったところで、やむなく撤退。
その後も何度か挑み、いくらの撃破には成功したのだが、そこまでだった。
殲滅するのは難しいと判断し、結局放置することになったのだ。
「なんとか一定数駆逐して安全な土地を切り取りたかったが。ままならぬものだな」
「その時は、お母さんも手伝ったの!」
嬉しそうな母の言葉に、エインは「ほう!」と驚きの声を上げた。
父と母が冒険者仲間だった、と言う話は聞いている。
だが、どんなことをしてきたのか、詳しく聞いたことは無かった。
エインの見立てでは、母は相当な魔法の使い手である。
実際に戦う所は見たいことは無いが、バルバードと共に戦っていたとなると、かなりのものなのだろう。
「そう言えば聞いたことがありませんでしたがのぉ。母上はどんな戦い方をするんじゃろうか?」
「そうねぇ。雷とかかしら」
電撃の魔法と言うのは、対生物戦闘ではかなり有効である。
大抵の生き物は、雷の直撃を食らえば行動不能になるからだ。
だが、扱うのは難しい魔法とされている。
難しいと言っても、制御や構成自体は難しいものではなかった。
問題はもっと単純なもので、驚くほど魔力が必要になるのだ。
強力ではあるものの、効率はあまりよろしくない。
それが、電撃、雷系統の魔法であった。
普通ならばそれを主軸に戦うものではない。
だが、母ならば問題なかろう、とエインは納得する。
「母上は魔力量がずば抜けておりますからのぉ」
畑の手伝いは、家族全体の仕事である。
当然、母も手伝うことが多かった。
魔法での水撒きや荷物運び。
エインでも驚くような仕事量を、魔法でこなしていたのである。
それでいて、母の魔法制御能力は素晴らしく高い、と言うほどでもない。
要するに魔力量の暴力で、全てを解決していくスタイルなのだ。
「それで。装備を用意したら、すぐに討伐に向かう予定なのか?」
「そうしたいのは山々ですがのぉ。連中も冒険者。そこまで無謀なことはしないようでございますじゃ」
鉄のモンスター狩りをするうえで、メリエリが立案した手順。
それは、実に「無難」なものであった。
鉄のモンスターはそれぞれの「担当地区」内を、動き回り続けている。
そして、脅威を発見した場合、それを攻撃。
場合によっては、近くの味方に応援を要請する、というものだった。
これは、領民兵などから聞き取った話で、確実性の高い情報だ。
実際、エインの知識にも合致している。
そこでメリエリが立案したのは、「ヒット&アウェイ」。
奇襲により素早く鉄のモンスター一体を破壊し、その残骸を回収。
全力で安全圏まで離脱する、というものだった。
「まずは高火力魔法道具で、脚をつぶす。然る後、奴らが仲間を呼ぶのを、魔法使いが妨害。ゴーレムで止めを刺し、そのまま残骸を運ぶ。内魔法術の使い手は、各種支援。何しろ森の中は動きにくいですからのぉ。鉄の以外にも、モンスターは居りますからのぉ」
それなりの装備さえあれば、草縄衆ならば可能な方法である。
奇をてらわず、効率を求めず、確実に「鉄のモンスター」一体分の「残骸」のみを狙う。
ひたすらに「無難」な、だからこそ安定するであろうと思われる方法だ。
まずはこの方法で、「残骸」を手に入れる。
それを基に魔法道具を作れば、そのあとの狩りはより確実、かつ効率的に進められるだろう。
メリエリの立案した方法は、まず最初の一歩を絶対に転ばないようにするためのものであった。
常に全力投球スタイルなエインの好みではないのだが。
流石にエインもいい歳で死んで転生してきた身である。
部下からの提案を受け入れる心の余裕程度は持ち合わせていた。
「なるほど。まぁ、草縄村の住民の多くは冒険者だからな。仕事にやたらと規制をかけるのも何だろう。鉄のモンスターが減るのも、領地にとっては良いことだ。進めて構わん」
「はっ! 必ず、父上のご期待にお答えしましょう」
「それとな。今後、草縄衆の装備などを作るときは、確認なぞとらずとも良いぞ」
バルバードの言葉に、エインは目を丸くした。
「よろしいのですかのぉ? 連中が武力を持つ形になってしまいますが」
「冒険者と言うのは、武力を持つものだからな。問題ない。お前が面倒を見るのであれば、猶更だろう」
バルバードは、エインが思うよりもずっと、エインの事を信頼していた。
と言うより、既に一人前の実力と判断能力を持っている、と評価していたのである。
エルドメイ家の領地は、ド辺境であった。
兎に角少しでも働き手が必要であり、十分な能力があると判断されれば、すぐにでも「一人前」として扱われる。
既に様々な仕事をこなしているエインを、バルバードは既に「一人前の男だ」と見なしていたのだ。
そのことは母も承知しているのだが、エインには特に伝えていなかった。
別に伝えなくても分かっているだろう、と思っていたからだ。
ちなみに、エイン自身はそのことを全く分かっていなかった。
年齢的に考えて、自分はまだまだおこちゃま。
何をやっても、子供の遊びぐらいにしか思われていないだろう、と考えていたのである。
生まれ変わる前の知識、常識があるが故の、弊害であった。
「ふむ。ですが、草縄衆だけが良い装備を持つ。と言うのも問題ですのぉ」
「ねぇー、にーちゃーん」
悩むようなそぶりを見せたエインに、キールが声をかける。
「んん? なんじゃね?」
「兵長さんたちはさぁー、ゴーレムのれないんだよね?」
「まあ、適性があるものが少なかったからのぉ」
魔法道具、魔法、内魔法術。
誰も彼もが、三つのうちいずれかに適性がある訳ではない。
奇跡なのか何なのか、草縄衆は全員がそのうちのどれかに高い適性を示したのだが。
領民兵の中にはエインが「これは」と思うような適性を持つ者が居なかったのだ。
まあ、通常はそんなものであり、草縄衆が異常なのである。
理由は、エインには見当がついていた。
人は強い精神的ストレスにさらされると、体内の魔力の質が大きく変化することがある。
生存本能の一種なのだろう。
生まれ変わる前、エインの知り合いの一人が研究をしていたのだが、途中で切り上げていた。
世界情勢がきな臭くなってきて、このままだと人為的に人へストレスを与え能力を向上させる。
などということが起きそうだから、とか言っていた。
エインには、人間を実験動物の様に扱う趣味はない。
意外と浪花節なところもあり、頼まれても「ストレスを与えて能力を向上」などと言うことをやるつもりはなかった。
「でもさぁーあー、鉄のモンスターの残骸が手に入ったら、誰でも乗れるゴーレムが作れるんでしょー? そしたら、領民兵の人達にもくばるんだよね? そしたら、みんなゴーレムのれるんじゃない?」
「ほう、そうじゃのぉ。今回の成果物を基にした装備を、領民兵共に持たせてやればよいんじゃな。なんじゃ、簡単な事じゃったわい」
エインは既に、「エルドメイ発動機」という量産工場を持っている。
一度ラインを作り、材料さえどうにかしてしまえば、量産は容易い。
それこそ、領民兵にいきわたる数など、あっという間に揃えられるだろう。
「領民兵にまで何か作るつもりか」
驚いたように言うバルバードに、エインは大きく頷く。
「草縄衆はわしの手駒でございますが、やはり領民兵の強化は欠かせませんからのぉ」
「しかし、資金はないぞ」
「何をおっしゃいます。この程度の事、父上がお気になさるほどの事ではございません。そもそも領地の守りは我が家の家業。次男であるわしが手伝いをするのは、当然のことでございますじゃ」
「そうか。ならば、無理のない範囲で任せる」
「お任せを」
バルバードに向かって頭を下げ、エインは果物を頬張った。
ちなみに、食べているのは家の庭に生えている柿の様な木の実である。
領地内にはよく生えている木なのだが、やはり父がひと手間加えているのだろう。
この木の実は、特別甘くておいしかった。
口いっぱいに木の実を頬張るエインを見て、母は可笑しそうに微笑んだ。
膝の上に乗せたチャムも、嬉しそうに笑っている。
「お父さんのお手伝いをして、エインお兄ちゃんはえらいねー?」
「にぃに、えやい!」
「はっはっは! なんの、この程度は当然ですからのぉ!」
エインは基本的に、褒められるのが大好きであった。
たとえ些細な褒めであっても、すぐに嬉しくなっちゃうタイプなのである。
「ずいぶん立派になったモノねぇ。そうだわっ! そろそろアレも教えなくっちゃね!」
「あれ? と、いいますと?」
「精霊魔法。エインちゃんなら、もう使えるようになると思うの」
「はー、あー。それは、あのー、エルフ族の特徴のアレの事ですかのぉ?」
「流石エインちゃん! 物知りねぇ」
「しかし母上。アレはエルフでなければ使えないものじゃったかと」
「大丈夫っ! だってママはエルフなんだし!」
「へ?」
ニコニコと笑顔で放たれた母親の言葉に、エインはぽかんとした顔でそう返した。
長寿命、高魔力を持ち、肉体的にも人間より遥かに優れる。
基本的な身体能力は人間よりも高く、言ってしまえば「人間の上位種」とされる種族。
それが、この世界における「エルフ」であった。
「で、母上がそのエルフじゃ、と言うのですかのぉ」
母親にエルフだ、と告げられた翌日。
自宅の庭に連れ出されたエインは、困惑した表情で母親を見上げていた。
隣には、いつものようにぼへーっとした顔のキールも突っ立っている。
「そうよぉ? ていうか、エインちゃん知らなかったっけ?」
「いや、初耳と言うか」
「ぼくも、きいたことないー」
エインはもちろん、キールも聞いたことが無かったらしい。
「エルフと言うのは希少種族じゃったと記憶しておるのですがのぉ、母上」
「まぁ、そうねぇ。あんまり住処の森から出ないものだし」
エルフと言うのは希少種族、つまり数が少なかった。
高い魔力に身体能力を持つゆえなのか、妊娠率が低いようなのだ。
ただ、エインが知る限り、例外もあった。
どちらかが人間で、どちらかがエルフの夫婦の場合、妊娠率は普通の人間と同じ程度に上昇するのである。
この場合、どちらの種族的特徴も引き継いでいるような、いわゆる「混血」は生まれてこなかった。
理屈は興味が無かったのでエインも詳しく知らないのだが、「エルフ」か「人間」の子供、どちらかしか生まれてこない。
それはともかく。
エルフには、目に見えて人間とは違う、大きな特徴があるのだ。
「母上、エルフと言うのは耳が尖っているモノじゃったと思うのですがのぉ」
「そうよ? ほら」
母親は髪をかき分け、自分の耳を突き出して見せた」
「そんな、流石のわしも毎日顔を突き合わせて居ればそれと気が付、ホンマじゃぁああああ!!!」
「母上のみみ、とがってるー!」
あまりにも気にしていなかったからなのか。
単にエインが大事なところが抜けすぎている性格だからなのか。
確かに、母親の耳はエルフ族であることを示す、とんがり耳であった。
「あらぁ? ホントに言ってなかったかしら?」
「流石に聞いていたら覚えて居ると思うんですがのぉ! いや、聞き流していたかもしれんけれども」
まだまだ若く見えるでしょ、エルフみたいに!
などと言うのは、おばさまやらおじさまが好む冗談の定型である。
もしかしたら母親がそんなことを言っていたかもしれないが、聞き流していたのかもしれない。
「まあ、でも言ってなかったら気が付かないかもねぇ。ママの耳って、まだそんなに尖ってないもの」
この世界のエルフの耳は、歳をとるごとに尖っていく傾向にあった。
母親の耳は確かに尖ってはいるが、まだ髪で隠れる程度。
エインが知る限り、エルフとしてはさほど年齢は行っていないはずだ。
「母上の耳の長さから見て、百ごふっ!!」
「もうっ! エインちゃん! 女性の年齢を気軽に口にしちゃだめっ!」
両頬を両手で挟み込まれ口をふさがれたエインは、高速で何度もうなずいた。
古今東西、禁句と言うのはあまり変わらないものなのだ。
「という訳で、ママはエルフだったの」
「で、子供であるわしもエルフだ。ということですかのぉ?」
「そうなの。エインちゃん以外は、三人とも普通の人間なんだけれどね」
「割合的にはそんなもんでしょうのぉ」
エルフと人間の夫婦からエルフが生まれる確率は、十分の一程度。
と、エインは記憶していた。
もしかしたら年月が経って変化しているかもしれないが、大体そんなところなのだろう。
「エインちゃん、エルフは特別な魔法が使える。って、知ってるかしら?」
「精霊魔法の事ですかのぉ」
「そう、精霊魔法っ! とっても便利だけど、使い方にちょっと癖があるの。今日からは、毎朝ママが使い方を教えるから。しっかり覚えてね!」
「はい。よろしくお願いしますのぉ」
キールの勉強や、チャムの面倒。
そこに、精霊魔法のお勉強が加わってしまった。
確保できたと思っていた時間が削られてしまったが、致し方ないだろう。
何より、エインも精霊魔法にはいささか興味があった。
生まれ変わる前の一時期、研究してみたこともある。
その成果物は、未だに役に立ってくれていた。
「じゃあ、まず、精霊魔法がどんなものなのか。説明するわね?」
研究していただけに、既にエインは精霊魔法の事をある程度把握している。
だが、「エルフ自身がどんな認識を持っているのか」。
あるいは、「この時代はどんな風に考えられているのか」について、俄然興味がある。
一体、どんな話が聞けるのか。
エインはワクワクしながら、母親の話に聞き入るのであった。