第十八話
エルドメイ家領地にある、森林地帯。
エインが生まれ変わる前の時代には都市があったはずのその領域は、鉄のモンスターが徘徊する危険地帯とされていた。
足を踏み入れるだけでも危険であり、深く入り込めば生還することすら困難。
そんな風に言われていた領域から、チュアランをはじめとする調査部隊は、無事生還を遂げた。
しかも、エインから与えられた調査内容を、完璧に達成してである。
「よくやってくれたのぉ! 流石チュアランじゃ! このわしが見込んだだけの事はあるわい! っていうか大丈夫じゃったのかお主ら。怪我人とか出て居らんじゃろうな」
「かすり傷もありませんよ。普段の狩りより快適だったぐらいです」
エインの心配に、チュアランは苦笑交じりに肩をすくめた。
鉄のモンスターに関する情報を収集する。
この仕事の現場指揮を、エインはチュアランに任せた。
怪我を負って放浪する以前、チュアランはちょっとした密偵のような仕事もこなしていたらしい。
ある程度の知識と技術がある上に、今は「内魔法術」得たことにより、超人的な身体能力まで得ている。
まさに、情報収集役として適任であった。
そんなチュアランに、エインはありったけの人、物、金を集中させたのである。
必要な人員の人事権を与え、最新の武器や魔法道具にゴーレムまでつぎ込み、現在の草縄衆が持つ全資金のうち20%を割り当てた。
一体何と戦わされるのか、と、普段ひょうひょうとしているチュアランの胃に穴が開いたりしたのだが、ともかく。
エインの尋常でない入れ込み具合が幸いしたのか、調査は無事成功。
欲しかった情報は、すべて手に入れることが出来たのであった。
「結論から言えば、やはり鉄のモンスターはわしが睨んた通りの代物じゃった」
「じこしゅうふく、じこぞうしょくー。とかってやつ?」
「そうじゃな。コイツが手に入れば、色々やれるわい」
「ゴーレムの制御装置にもなる部品があるかもって言ってたよねぇ。にーちゃんが知らないのがあれば、今より簡単にゴーレムを作れるんでしょう? そしたら、あたらしーゴーレム作れるの?」
「ゴーレムが絡むと突然流暢になるの、なんなんじゃろうな」
キラキラと目を輝かせるキールを、エインは呆れたように眺める。
「にぃに。ぱん。ぱん、たべう」
「おうおう、よしよし! 上手に食べられておるのぉー!」
膝の上でパンを食べているチャムを撫で回し、エインは「まあ、そうじゃな」と頷いた。
「わしの手を離れてから完成した代物じゃろうし、既に完成した精密魔法装置を使って居る訳じゃからのぉ。色々と仕事が省ける分、開発予定が大幅に短縮できるわい」
「そっかぁー!」
「まあ、どうしても戦闘になるだろうし、そうなったら破壊はせねばならんじゃろうからなぁ。どのぐらいパーツが無事かにもよるがのぉ」
言いながら、エインはテーブルの上に置いた紙に、ペンを走らせる。
紙には、周辺の地形が描かれていた。
チュアランが集めてきた情報を基にエインが書いた、地図である。
鉄のモンスターの巡回ルートなども、描かれていた。
「でもさぁー。こんなでっかいヤツ、どーにかなるのー?」
キールは不思議そうに言いながら、首を傾げた。
視線の先にあるのは、空中に魔法で投影されたモニタである。
映し出されているのは、蜘蛛の体に人間の上半身を括りつけたような、いわゆるアラクネのような形状の鋼鉄製のゴーレムであった。
この映像は、チュアランが持ち帰ったものである。
エインが用意した魔法道具の中には、映像記録装置もあったのだ。
調査のために作った、一点ものである。
「どーにかはなる。んじゃが、どういう段取りでやるかが問題じゃなぁ」
なにしろ、相手はエインが生まれ変わる前の時代に設計された、戦闘兵器である。
いくらエインが居るとはいえ、相手をするのはかなり厳しい。
正攻法で行くのは、いささかリスキーすぎるだろう。
「正攻法でないとすると絡め手ということになる、が。時間は限られて居るからのぉ」
兄が領地に戻ってくるまでに、仕込みを終えなければならない。
残り時間は、あまりあるとは言えなかった。
「兎に角一体。残骸を手に入れたいところじゃが」
それには、ご領主様である父の許可が必要であった。
ちょっと調べてくるぐらいならば、問題は無いだろう。
だが、ガッツリ「鉄のモンスター」を狩る、となると、話は変わって来る。
危険な行為であるだけに、きちんとご領主様の指示を仰がなければならない。
「てゆーか、にーちゃん。鉄のモンスターがいるところって、いっちゃいけないんじゃないのー?」
「無暗に近づくな。という話じゃろ? 準備万端整えて近づいたからいいんじゃ」
平気な顔でこんな屁理屈を振り回すエインだが、流石に戦闘行為が絡むとなると話が変わる。
普段の「狩り」ならばいざ知らず、鉄のモンスターレベルになると「軍事行動」というような規模になりかねない。
そうなると、「領主様」の事前許可が必要になる。
何しろ勝手に兵力を用意するなど、反乱やら謀反やらを疑われかねない行為なのだ。
いくらエインが好き勝手をするにしても、限度というものがある。
「その前に。父上にどうやって切り出すか。許可を得るか、かのぉ」
どうやって許可をもらうか、それが問題であった。
現状、「魔法道具を作りたいから」「魔法道具を作るのに便利だから」といったモノしか、鉄のモンスターを狩る理由が無い。
言ってしまえば、「エインの興味関心」となってしまう。
もちろん「エルドメイ家」にとっても大きな利益になるのだが、そのあたりを詳しく説明しようとすると、エインの前世に付いて触れることになる。
別に隠し立てするつもりはないのだが、「前世の知識によれば」などと言う言葉のうさん臭さと説得力の無さは、なかなか類を見ないものだろう。
一応実績はある程度積んでいるつもりのエインだが、それにしたって自身が未だに子供であることは理解している。
出来ればもう少し、現実的なラインで理由付けが欲しかった。
「エイン様。一つ、お願いが御座います」
「なんじゃね」
悩むエインに、コンランツが声をかけて来た。
コンランツは普段、自分からエインに対して何かを言ってくることは少ない。
エインは意外そうな顔をしつつも、振り返ってたずねた。
「メリエリとミーリスから、意見具申が上がってきております」
「ほう。どんなことじゃね?」
「二つ御座います。一つは、ご領主様に鉄のモンスターを狩猟するご許可をいただけるよう、エイン様にお力添えいただきたい。と」
チュアランが情報を収集している間に、草縄衆は別口でも情報を集めていた。
普段利用している冒険者ギルド、あるいは村の領民兵などに聞き込みをかけたのだ。
危険なモンスターである、という認識があるためだろう。
意外にも、誰もが多くの情報を持っていることが分かった。
特に冒険者ギルドは、「鉄のモンスター」と「遺体」に、多額の賞金を懸けていることが分かったのだ。
「古代魔法文明の遺物、と理解しているかどうかは分かりませんが、貴重な金属資源であることは認識しているようです」
「じゃろうなぁ。それで?」
「草縄村住民の多くは、冒険者です。目の前に大きな獲物がいるのであれば、狩り取りたいと考えるのは当然、かと」
「ほうほう。つまり、わしに方便をやろう。という訳じゃな?」
ニヤリと笑うエインに、コンランツは何も言わず静かに頭を下げた。
冒険者仕事を主な収入源としている草縄衆達が、鉄のモンスターを狩りたいと言っている。
申し分のない「方便」だ。
「お主らはよく気が付くのぉ」
「ミーリスからの提案です」
「そうじゃったか! 流石ミーリスじゃわい。今度飴玉でもプレゼントしようかのぉ」
「喜ぶと思います。それから、二つ目。メリエリから、鉄のモンスターを狩猟する方法について」
「ふむ。メリエリを呼んだ方が良いかのぉ?」
「私の方から内容を説明してほしい、との事でした。どうも、ゴーレム操縦の訓練を急ぎたいようです」
「生真面目じゃのぉ」
つい先日、メリエリには専用ゴーレムを与えていた。
少しでも早く、それを乗りこなせるようになりたいのだろう。
キールがすこぶる羨ましそうな顔をしている、エインはあえて無視をした。
「では、その狩猟方法とやらを聞こうかのぉ」
膝の上に座ったチャムを撫で回しながら、エインは終始ご機嫌でコンランツからの説明を聞くのであった。
「おーう、どうした。物思いにふけっちゃってる感じ?」
エルドメイ発動機の工場内を眺めていたメリエリは、かけられた声にやおら振り向いた。
声の主であるチュアランは、歩きながら軽く手を上げる。
メリエリの隣まで来ると、工場の方へ顔を向けた。
「みんな頑張ってるねぇ」
動き回っているのは、「社員」となった農家の次男、次女以下の者達だ。
ある者は大型の魔法道具を使い、部品を作り。
また別の者はそれを組み立てていく。
完成するのは、「耕運機」であった。
「チュアランさん。先ほどから考えているんですが、分からないことがあるんです」
「分からないこと?」
チュアランに聞き返され、メリエリは「はい」と返事をする。
「工場の社員になった彼らが、懸命に働いている理由です」
メリエリに言われ、チュアランは改めて工場で働く者達の表情を見た。
確かに、全員が真剣な様子で作業に取り組んでいる。
無理やり仕事をさせられている、と言った風には、まるで見えなかった。
「俺達草縄衆は、エイン様に命を拾っていただきました。役割を与えられ、土地を与えられ。生きる意義と意味をいただきました。だからこそ、エイン様のお役に立ちたい。あの方のために死にたいと思っています」
なにも、メリエリだけがそう思っているのではない。
程度の差こそあれ、草縄衆の誰もが、エインのためならば命を捨てるのも惜しくないと思っている。
「ですが、社員の彼らにはそういった動機がありません。にも拘らず、あれほど懸命に働いている。一体、どうしてなのか」
「お前さん、街の路上育ちだったな。農家の次男以下、次女以下ってのがどんな暮らしなのか、知ってるかい?」
「いえ。正直、想像もつきません」
メリエリは生みの親の顔も知らずに育った、いわゆるストリートチルドレンであった。
教育を受けた経験もなく、とても知識が豊富とは言えない。
エインから「頭の回転は速い」と評価されてはいるものの、そういった部分の不足は未だに補えていなかった。
「継ぐ畑があればいいが、普通は長男が全部受け継ぐらしいよ。だから、ずーっと家に厄介になって、働き続けるしかないんだってさ。当然、結婚なんてもってのほかなんだと」
チュアランの言葉に、メリエリは少し驚いたような表情を作る。
「奉公に出たりはしないのですか」
「行く先があればいいだろうけどねぇ」
何しろ、田舎領地である。
働き先の数など、そう多くはない。
「まあ、この辺りは土地が肥沃だからね。食うには困らないけど、満腹にはなれない。財産も持てなきゃ嫁にも婿にも行けない。タコ部屋にほかの兄弟姉妹と押し込められて、窮屈な思いをしながら一生を過ごす。それが、農家の次男次女以下の境遇ってわけ」
「それほど悪い立場には思えませんが」
不思議そうな顔で言うメリエリに、チュアランは思わず苦笑を漏らした。
草縄衆は、食べるものも住む場所もなく、着る物にも苦労し、ついには命まで狙われて追い立てられた者達だ。
そんな境遇から比べれば、食べものにも困っていない「冷遇されている」程度の農家の次男次女以下など、むしろ恵まれた立場に見える。
チュアラン自身ですらそう思う部分もあるのだから、若いメリエリからすれば猶更だろう。
「俺達は、“すごく”不幸だったんだよ。世間一般から見れば、社員連中も“普通に”不幸な立場だったの」
「そういうものですか」
メリエリは、いかにもまだ疑問があるというような顔をしながらも、何度か頷く。
納得は出来ないまでも、理解は出来たようだった。
「そんな“普通に”不幸な連中の鼻先に、エイン様はエサをぶら下げたわけだ」
集められた「社員」達を、エインはまず寮に押し込めた。
一人につき一部屋。
部屋の中には、暖かいベットと普段着、寝間着、作業着などの衣服も用意してあった。
混乱している社員達の目の前に出されたのは、たっぷりの食事だ。
「それだけでも信じられないような好待遇だよなぁ。その上で、エイン様は連中に働きに応じた給金まで出した」
ごくわずかな額とはいえ、それは非常に稀有な事であった。
衣食住の面倒を見ているならば、普通は無給が当たり前、というのが、この辺りでは常識である。
そして、エインは社員達に、こう宣言した。
これは基本給、と言うやつじゃ。
良いかお主ら。
必死に学んで、必死に仕事をするんじゃ。
学べば仕事の役に立ち、より良く、多くの結果を残せるじゃろう。
そうしたら、それに応じてもっと良い待遇を。
もっと良い給金を用意してやるからのぉ。
「夢も希望もないと思っていた人生に、突然光が差した訳だ。そりゃ、懸命に働きもする。だろ?」
「そういうもの、なんですね」
メリエリは顎に指を当て、言葉を反芻するように目を閉じた。
それを見たチュアランは、なんとも言えない表情で苦笑を漏らす。
自分よりも遥かに恵まれているように見える相手の鬱屈など、なかなか呑み込めなくて当たり前だろう。
それを何とか理解しようと、メリエリは思考を巡らせているらしい。
こういった事にメリエリが力を入れているのは、将来のためである。
彼らの主である「エイン様」は、今後様々な方面に手を伸ばしていくつもりなのだという。
そんな「エイン様」のお役に立つためには、他人の考えや気持ちを読む能力が絶対に必要になって来る。
まだ若いメリエリは、そういった事が苦手であった。
対して、ミーリスやコンランツ、チュアランと言った面々は、人の心を読む能力に長けている。
メリエリは何とか差を縮めようと、努力をしている最中なのだ。
「人を焚きつけるのが上手いねぇ。うちの大将は」
まだ幼いはずの「エイン様」だが、チュアランにはどうしても自分より遥かに年上の様にしか思えなかった。
もちろん、頭ではそんなはずがないと理解している。
だが、言動や行動が、いかにも「わがままジジィ」といったモノにしか思えないのだ。
それでいて、驚くほどに人を引き付ける魅力がある。
とは言っても、万人に効果を表す種類のものではないだろう。
恐らくは、草縄衆や「社員」達のような、「希望を失った」者達に特効的に効く魅力なのだ。
「まぁ、仕方ないよなぁ。あれじゃぁ」
わがままで、自由で、奔放で。
エインと言う少年が放つ「全力で生を謳歌している」という力強い輝きは、あまりにも眩しく。
それでいて、見ているとハラハラするような危なっかしさがあった。
自分でも、支えになれるかもしれない。
いや、自分が支えにならなければ。
そう思わせる「奇妙な魅力」が、エインにはあるのだ。
当然、チュアラン自身も、その魅力に取りつかれた者の一人である。
「おっと。忘れるところだった」
チュアランは思い出した、と言うように手を叩く。
「読み書き計算の先生役な、やっぱり草縄衆の年寄連中に頼むことになったって」
草縄衆は、読み書き計算が達者なものが多かった。
何しろ全員、街で非合法な暮らしをしてきた者達である。
人が多い都会で悪さをしようとすれば、読み書きも計算も必須の技能。
誰もが必死になって、身に着けていた。
専門が暴力であったチュアランも、多少の知的犯罪はこなしてきている。
しかし、「社員」達はそうはいかない。
読み書き計算を教えてくれるものなどおらず、おぼえる必要もない生活を送ってきていた。
なので、誰一人としてそういった「技能」を持つ者がいなかったのだが。
それはエインにとって、あまりに不便だったのである。
一応前世では、人に指示を出す立場にもいたことがあるエインだったが、それは相手が一定程度の教育を受けているのが当然であった。
だから、エインはそういう教育を受けている人間を使う能力はある程度持ち合わせている。
逆に、教育をほぼ受けていない人間を使うのには、全くの不慣れだったのだ。
ならば今から慣れればいい、と思うものも居るかもしれない。
しかしながら、エインは今更自分を変えるつもりなど、さらさらなかったのである。
「教育を受けて居らなんだら、教育を受けさせればええんじゃ」
自分を変えるのは嫌なので、周りが合わせろ。
それがエインの出した結論であった。
草縄衆の中で、実戦に出るのがきついであろう年齢のものを見繕い、教師役に据える。
そして、「社員」達に読み書き計算を教えさせるのだ。
もちろん、ただ教えるだけでは勉強に身が入らないだろう。
エインはきちんと、目の前にエサをぶら下げることも忘れなかった。
試験で一定の結果を残したものには、報奨金を与える。
その上で、基準以上の能力を示したものには、待遇の向上を約束したのだ。
これを聞いた「社員」達は、その全員が歓喜した。
今でさえ、正直彼らにとっては夢のような生活なのだ。
それが、自身の努力次第で、もっと上を目指せるという。
すぐにも勉強を始めたいと言う「社員」達だったのだが、ここで問題が発生した。
教師役となる者が居なかったのである。
エイン自身は、弟や妹の面倒を見ること、家の手伝い、自分の趣味に忙しく、やっている暇など欠片もない。
コンランツ、チュアラン、ミーリス、メリエリと言った草縄衆の主だった面々も、仕事が山積している。
そこで白羽の矢が立ったのが、草縄衆の中で特に年齢のいった者達だった。
元々は病気やケガ、老化などにより、息も絶え絶えというものばかりだったのだが。
エインの魔法による治療を受けたことで、すっかり元気を取り戻していた。
とはいえ、若者達の様に激しく動くことは、難しいものがほとんどだ。
なので、普段は草縄村の中の事を担当していた。
そんな「年寄連中」ではあるが、彼らはこの年齢になるまで犯罪の中で生き抜いてきた、「名うての犯罪者」なのである。
読み書き計算はもちろんの事、それ以外の様々なことを知る、一種の「知識人」であった。
教育係としては、申し分ない人材である。
「場合によっては、メリエリ。お前さんにも出番があるらしいよ。エイン様が、工場で使ってる道具には魔法道具が多いから使い方を教えろ。ってさ」
「それをはやく言ってくださいっ!」
メリエリは目の色を変えると、凄まじい勢いで工場を飛び出して行った。
「いや、どこ行くつもりなのよ」
普段は妙に冷静沈着なのだが、どうも「エイン様」が絡むと態度が変わる。
妙な具合に忠誠心が暴走している若者を見送り、チュアランは苦笑いを浮かべた。