第十七話
一台の耕運機を、屈強な男たちが囲んでいた。
兵長が住む村の住民達、普段は畑仕事を行い、有事の際には兵としても働く。
この領地の「領民兵」達である。
「こげんもんが役に立つとな」
いかにも胡散臭いものを見る様な顔つきの一人がそういうと、周りの領民兵達は同意するように頷いた。
「役に立つかもしれんが、いかにも怪しか」
「そん通り。気が進まんったい」
既に目の前で実演を見せているので、耕運機の有用性は理解しているはずである。
だが、新しいものへの拒否感が、その理解を邪魔しているらしい。
そういった反応を予測していたらしく、特に驚くでもなくため息を吐いた。
「まあ、無理にとは言わん。ちなみにだが、これはご領主様も便利だと認めているそうでな」
「なんじゃと?」
「新たにこれを使うことになる奴は、ご領主様自ら使い方をご指導下さるそうだ」
「そがんこっは先に言え!」
「おいが使う!」
「わいなんぞがこげん複雑なもんまともに使ゆっか! おいが使うわ!」
「果し合いじゃ! 果し合いで決むっど!」
こうして、土壌改良剤の対価として持ち込まれた三台の耕運機は、壮絶な果し合い。
と、言うと聊か響きが不穏当だが、要するに「殴り合い」によって決まることとなる。
耕運機を手に入れ損ねた領民兵達は、すぐに草縄衆に詰め寄った。
自分達にも耕運機をよこせ。
あまりの勢いに、草縄衆は怯んだ。
エインでさえ若干引くほどであったから、その勢いたるや相当なものである。
「まぁ、元々血の気が多いからのぉ。くれてやっても良いが、耕運機ばっかり作れんからのぉ! 順番じゃ、順番! どうしても作ってほしかったら、手の空いとる若い連中を寄こすんじゃぁ!」
農家の次男以下というのは、基本的には労働力である。
結婚も難しく、生涯独身で家のために畑を耕して終わったりすることも珍しくない。
だが、耕運機があれば話は変わる。
「耕運機があれば、十人二十人分の仕事をしてくれるからのぉ。次男以下の連中が仕事にあぶれるはずじゃ。その連中を労働力として雇用すれば、耕運機も素早く作れるというものじゃ!」
現在の所、耕運機は分業制で作っていた。
回転盤や一部の部品は、鍛冶屋のアモウスが。
それ以外の部分は、草縄衆が魔法などを駆使して製作していた。
エインも作業をすることはあったのだが、基本的には他人に任せている。
何しろ、キールに勉強を教えたり、チャムと遊んだりで、エインはいつも忙しいのだ。
そんな感じで急ピッチに耕運機製作作業は進んでいるのだが、供給には追い付きそうになかった。
単純に、人手が足りないのである。
「ならば、次男以下の仕事にあぶれる連中を使えばよい。どうせ耕運機なんて、こんなもんなんぼあっても良いんじゃからな。労働力を確保しつつ、連中にとっては食い扶持と手に職まで付けられる。うぃんうぃんじゃわい」
この言い分に、領民兵達はすぐに納得。
手すきになるであろうと思われる次男以下の人員が、エインの元へと集まった。
エインは魔法で二階建ての寮を建て、彼らをそこへ押し込めたのである。
寮が建てられたのは、鍛冶屋の横であった。
領地は基本的に田舎なので、土地だけはびっくりするほど余っているのだ。
「いやぁー、建てた建てた。天才であるこのわしにかかれば一瞬でデカい建物が建つんじゃもんなぁ。天才って恐ろしいもんじゃわぁ」
生まれ変わる前、エインはよくフィールドワークなどをしていた。
拠点が必要になるような大規模な遠征をすることも少なくなく、こういった建物を建てるのに慣れているのだ。
「ねぇー、にーちゃーん。こんなに人あつめて、どーするのー? 耕運機だけつくってもらうの?」
「良い所に気が付いたのぉ。無論、他のものも作らせるわい。例えば、ゴーレムとかのぉ」
「ほんとぉ!?」
ゴーレムという言葉に、キールは目を輝かせた。
設計図と工程表さえあれば、ゴーレム作りというのはさほど難しくないのだ。
ある程度の設備を用意し、作業に合わせた教育さえ施してしまえば、量産可能なのである。
「設計などに関してはかなりの専門技術が必要じゃが、加工と組み立て自体はそこまでではないからのぉ」
「にーちゃん、またわるい顔してるー」
今回集まった人員は、エインが面倒を見ることになっていた。
つまるところ、労働力が確保できたわけだ。
衣食住などの面倒は見なければならないが、現状それらは問題にならなかった。
エインが当初予測していた以上に、草縄衆の稼ぎが良かったからだ。
「連中、見る見るうちに使えるようになってきたからのぉ! 放って置いても冒険者仕事で金を集めてきてくれよる!」
食料の確保もしてくれるので、今ではエインがおやつの準備をする必要が全くなくなっている。
当初からの目的を、一つ達成したと言っていいだろう。
「わしが自ら動かんでも、わしが作ったものの量産が出来る状態を作れれば。と思って居ったんじゃが。思いがけず労働力ゲットのチャンスが来てくれたからのぉ!」
好きに使える労働力というのは、貴重なのだ。
養う金に困らない現状、確保できるなら、して置くに限る。
教育する手間はかかるものの、草縄衆のようなプロフェッショナルにするつもりが無いなら、それほど問題にはならない。
「まずは耕運機を作らせ、ゆくゆくはゴーレムの量産じゃ! 武力としてのゴーレムは、わしが考える計画の一つに必要じゃからなぁ!」
「そーいえばさぁ、にーちゃん。あの人たちも、草縄衆ってことなの?」
「む? いや、あの連中は別っこに管理するつもりじゃ。じゃが、そうじゃな。何か箱を作ってそこに入れておく方が管理しやすいか。うむ、会社を作って、連中はそこの従業員ということにしよう」
「かいしゃ? ってなぁーに?」
「金を稼ぐための集団、と言った所かのぉ。名前は、そうじゃのぉ。エルドメイ発動機じゃぁ!」
こうして、エインを社長とする、領内初の「会社」。
「エルドメイ発動機」が誕生したのであった。
悠々自適な好き勝手ライフを手に入れるため、エインはいくつもの目標を立てていた。
その一つが、「農業の強化」である。
農家が大半を占める「エルドメイ家」の領地では、農業を強化すること、それすなわち領地の強化であった。
「領地が潤えば家が潤う。わしもそのご相伴に預かれるというものじゃて」
兄が領地を引き継げば、エインはその運営を手助けする立場となる。
どこかの貴族家に婿の口でもない限り、いわゆる「厄介叔父」として「エルドメイ家」に居座ることとなるだろう。
エインとしては理想的な立場である。
「嫁を貰わん理由もできる上に、働いておろうが働いていなかろうが世間的な評価が変わらん。なんて理想的な立場なんじゃ」
結婚を勧められたり、知らない人間に妙に頼られたりすることは、エインにとっては煩わしいことでしかなかった。
それなら、指を差されて笑われている方が、一億倍マシなのだ。
何より、身内の近くで好きなことを過ごせる立場というのは、エインからして見れば理想でしかない。
無論、身内に迷惑をかけるのであればその限りではないが、今の状況を考えれば、それも解決できそうだった。
自分の食い扶持ぐらいは、自分で稼げるだろう。
場合によっては、甥っ子や姪っ子に小遣いをやれるぐらいには稼げるかもしれない。
「兄上の息子や娘か。きっとかわいいじゃろうなぁ」
ついでに、キールの子供も見てみたい。
ある程度の支度金さえあれば、キールを一本立ちさせるのは難しくないだろう。
エイン自身は生涯独身で過ごすつもりだが、キールがそれに付き合う必要はない。
どこかの貴族家に婿入りするなり、貴族を捨てて平民として暮らすなり、選択肢は無数にあるのだ。
もちろん、エインは兄として、それを全力で支えるつもりである。
「キールも子供が出来れば、身内が賑やかになるじゃろうなぁ。チャムも。チャムも? いや、チャムは嫁にはやらん。よっぽど相応しいやつが見つからん限り、家に居ればよいんじゃ」
いかにも不機嫌な顔で、エインは吐き捨てた。
ちなみに、エインが「相応しい」と考える基準は限りなく高い。
例えこの国の王太子が来たとしても、草縄衆をけしかけつつ、魔法をぶっ放すだろう。
「そんなことより、今後の目標じゃ。草縄衆もエルドメイ発動機も、しばらくは熟成期間が必要じゃろう。次の展開は少し先じゃ」
ゆっくりと腰を据えて取り掛かってもいいのだろうが、エインとしてはもう少し何かをしておきたかった。
と言うのも、そろそろ兄が領地に帰ってくる時期なのだ。
冒険者をやめて家に戻って来る、という訳ではない。
畑の手伝いや稼いだ金を家に入れるため、一時的に戻ってくるのである。
「兄上は腕の良い冒険者じゃ、という話じゃからのぉ。領地に居るうちにこき使わんと、勿体ないわい」
エインは身内にはとことん甘い性質であったが、立っている者は親でも使う主義であった。
タダで使える優秀な冒険者が居るのなら、その手の仕事を見つけておきたい。
「荒事のぉー。何か良いアイディアはないものじゃろうか」
「ねぇー、にーちゃーん。まだ寝ないのー?」
いかにも眠そうなキールの声に、エインは思考を中断された。
すでに夕食も終え、外はすっかり暗くなっている。
もうとっくに寝る時間なのだが、エインは今後の対策をするために起きていたのだ。
部屋の天井近くには、魔法で作った光る球が浮いている。
体が幼いためか、暗くなると条件反射的に寝てしまうので、対策のために用意したものだった。
その明かりのせいで、キールまで眠れなくなっているのである。
「すまんすまん、もう少し待ってくれのぉ。兄上が戻ってくるまでに、なにか兄上にして欲しい仕事を考えて置きたいんじゃ」
「えー。父上とか母上のおてつだいで、いそがしーんじゃないのー?」
「何を言って居るんじゃ。兄上じゃぞ。それはもうチャチャっとアレコレ仕事を終えて、わしの手伝いもして下さるに違いないわい」
「そっかぁー! 兄上すっげぇー!」
キールは心の底から感心したように、目を輝かせた。
すぐ上の兄であるエインと違い、どこまでも素直な性格なのだ。
「じゃー、兄上のゴーレムもつくるのー?」
「兄上も魔法道具ぐらいなら使えるじゃろうが、ゴーレムには適性はないのぉ。使えなくはないじゃろうが、お主やゴーレム乗りの草縄衆のような訳にはいかんわい」
自分が乗っていて楽しいからなのだろう。
最近のキールは、色々な人をゴーレムに乗せたがった。
しかし、今のゴーレムの操縦は、訓練をすればどうにかなるレベルのものではない。
将来的には補助演算装置などを作って簡略化する予定だが、今は一部の適性があるものが乗れるような、特殊なシロモノであった。
「そっかぁー。兄上もゴーレムにのれれば、鉄のモンスターもやっつけられるとおもったのになぁー」
「鉄のモンスター? なんじゃねそれは」
「えっとねぇー、このあいだ、兵長の村にいったときにきいたんだよ」
そういうと、キールは干し草にシーツをかけたベッドから抜け出した。
自分の荷物を置いている棚に向かうと、文字を書く練習に使っている紙束とペンを手に取る。
「えっとねー。こーゆーのは、ジュンをおって説明しないといけないんだよね」
キールは難しい顔で首をひねりながらも、エインに「鉄のモンスター」について説明し始めた。
エルドメイ家の領地は、実は結構広い。
豊かな森林地帯で、水も豊富であり、開拓することが出来れば相当な人口を支えられるのだが。
そうなってはいなかった。
当然、相応の理由がある。
その一つが、森の中を徘徊する「鉄のモンスター」であった。
「森のところに、体が鉄でできたもんすたーがいてねぇー。じぶんたちのナワバリに、人間がはいってくるとねー。たっくさんきて、おそってくるんだってぇー」
「そう言えば、そんな話を聞いたような気がするのぉ。凄まじく強力なモンスターじゃが、縄張りからは出てこないとかなんとか」
危険なモンスターが居るのだが、縄張りからは出てこない。
そんな話は聞いていたエインだったが、そのモンスターがどんなものなのか、具体的に聞いたことは無かった。
「にーちゃんが鍛冶屋さんでしごとしてるときにねぇー、むらのおじさんからおしえてもらったんだー」
「そうじゃったか。それは貴重な話を聞けたのぉ」
「うん。ちゃんとおれいもいったよー」
「おっ、偉いのぉ。流石わしの弟じゃわい」
エルドメイ家にとっては、大事な領地である。
いつかは「危険なモンスター」とやらを排除しようと考えていたエインだったが、それはまだ当分先の話だと考えていた。
なので、まだ情報収集なども行っておらず、詳細については知らなかったである。
「して、その鉄のモンスターの外見や特徴などは、聞いておるのかのぉ?」
「えっとねー。がいけんは、えーっと」
キールは首をひねりながら、紙にペンで絵を描き始める。
恐ろしい素早さで書きあがったそれは、驚くほど写実的なものだった。
「できたー」
「お主の才能の方向性がまるで読めんのじゃよなぁ。まあ、それはいいとして、どれどれ。おー、なんじゃこれは。こんなもの見たこともな、くはない。気がするのぉ。なんじゃったか」
キールが書き上げたのは、蜘蛛の体に人間の上半身をくっつけた、と言った感じのものであった。
「これはねぇー。子供をうまないんだってー。なんか、ゴーレムみたいなかんじで、クモがクモをつくるんだってさ」
「なんじゃそれは。デザインもアレじゃし。キモイのぉ。って、いや、コレは」
ここまで来て、エインはようやく思い出した。
エインが生まれ変わる前の話である。
国の陸軍から、兵器の設計命令が出された。
ご注文は、次のようなものだ。
安価で生産しやすく、敵地を攻撃したのち、制圧までこなせる無人兵器。
そんなもんがあれば誰も苦労しないだろう、と、生まれ変わる前のエインは心底呆れた。
だが、相手は国の軍隊であり、「発注」は「注文」ではなく、「命令」である。
無理ですー、と素直に言うわけにもいかない。
不可能であったとしても、何か適当なものをでっち上げる必要があった。
そこで当時のエインが考えたのが、こんな「兵器」である。
自己修復、自己増殖が可能な自立型戦闘兵器。
敵地に侵入し、そこで材料を収拾。
自身と同じものを作り上げ、制圧地域を拡大していく。
そして、既定範囲の制圧に成功したのちは、そのまま拠点防衛戦力として駐屯。
味方がやってくるまでその地点の防衛を行う。
「強力なコンセプトではあったんじゃが、いくつか技術的問題点があって、あの時点では実現に今一歩届かなかったんじゃよなぁ」
当時のエインが本気で取り組んでいれば、あるいは完成までこぎつけたかもしれない。
だが、この時は別の事に気を取られており、それどころではなかった。
なので、研究は他の技術者に引き継ぎ、エインは別の研究をして遊んでいたのである。
「あの時に仮想攻撃目標としていたのが、まさにこの辺りだったんじゃよなぁ」
生まれ変わる前のエインから見て、この辺りは「仮想敵国」の領地であった。
つまるところ。
「わしが死んだ後、あの自立型戦闘兵器は完成したんじゃな。そして、実戦投入された」
自立型戦闘兵器は無事に拠点を制圧、防衛行動へと移った。
だが、待てど暮らせど味方はこない。
「おそらくは、自立型戦闘兵器が拠点制圧をする前に、国が滅んだんじゃな」
停止命令を出すものが居無くなったことで、自立型戦闘兵器は拠点防衛をし続けることとなった。
永い年月を経た、今もなお。
「何しろ、自己修復、自己増殖が可能じゃからなぁ。経年劣化しようが何しようが、関係ない訳じゃ」
恐らくは、世代交代を繰り返してこの時代まで残ってきたのだろう。
高度な魔法道具の塊である自立型戦闘兵器だが、今の時代は魔法に関する知識の多くが失われている。
自立型戦闘兵器に関する知識も失伝し、「鉄のモンスター」として扱われることになったのだろう。
「うっそじゃろ。まさかこんなことになるとはのぉ」
「にーちゃん、このモンスターのこと、しってたのー?」
「うむ。確認しなければ確かな事は言えんが、恐らく知っているヤツじゃ」
「なんだぁー。しってたのかぁー」
「じゃが、此処に居るというのは知らんかった。キールのおかげで良いことを知れた。ありがとうのぉ」
「どーいたしまして。えへへへ」
恥ずかしそうに笑うキールを横目に、エインは難しい顔で考え込んだ。
こうなってくると、ずいぶん話が変わって来る。
「確認しておらんから、件の自立型戦闘兵器じゃと断言はできんが。もしそうだったとしたら、僥倖じゃぞこれは」
何しろ、「当時」の魔法技術がふんだんに使われた代物である。
例え残骸であっても、手に入れることが出来ればいろいろと使い道があった。
それだけではない。
「あれは周囲の微細な金属も収拾し、それを材料に増殖する。いわば自動金属収集装置じゃ。他にも色々と機能があるし、まさに生きた資源採掘鉱山じゃわい」
なんにしても、その「鉄のモンスター」とやらを確認する必要があるだろう。
もしその正体が、エインの想像通りであれば。
色々と面白いことができるはずだ。
「そうと決まれば、今日は早くやすまねばのぉ! 明日から忙しくなるわい!」
そういうと、エインは魔法の明かりを消し、勢いよく布団に飛び込んだ。
「ちょっと、にーちゃん。きゅうにあかりけしたら、びっくりするじゃんかぁー」
「ぐー」
「はやくない!?」
寝ようと思ったら、数秒もかからずに眠れる。
エインの特技の一つであった。




