第十六話
「こちらがご領主様にして、わしの父上。バルバード・エルドメイ様じゃ」
エインが紹介する前から、草縄衆は全員が地面にひれ伏していた。
そうさせてしまう雰囲気を、バルバード・エルドメイは纏っていたのである。
バルバードは、けっして厳しい人物ではなかった。
見た目こそ、元冒険者らしく屈強で、顔も強面ではある。
だが、その気性は実に穏やかで、人柄はむしろ優しい。
領民からは敬われ、尊敬を集めている。
もちろん、家族からも慕われていた。
にも拘らず、多くの人間がバルバードを前にすると、思わず跪いてしまう。
頭を下げずにはいられなくなるような、一種の「オーラ」のようなものを、バルバードは纏っていたのである。
「まあ、しょうがないじゃろうなぁ」
草縄衆の反応を見て、エインは心中でそうつぶやく。
エインは生まれ変わる前、様々な人物にあってきていた。
王侯貴族から、政治家、巨大企業の社長。
そういったいわゆる「大物」達と比べても、「バルバード・エルドメイ」は別格の存在感を放っている。
もし「この人が国王様です」と紹介したら、100人中120人ぐらいが秒速で納得するだろう。
むしろ、「ド辺境の弱小領主です」などと紹介しても、信じてもらえないかもしれない。
バルバードはひれ伏している草縄衆を見て、若干困ったように眉を歪める。
「そんなことをする必要はない。顔を上げよ」
言われるまま、恐る恐ると言った様子で顔を上げる草縄衆だったが、やはりその動きは途中で止まってしまった。
無理もないだろうと、エインは苦笑する。
生まれたときから見ているからこそある程度慣れはしたが、エインにしても「父上」の前に出ると未だに緊張してしまうことがあった。
それだけ、バルバードの纏う空気はすさまじいのだ。
「あやつ等、伊達に実力が付いてきたからのぉ。余計にアテられるじゃろうて」
一定程度魔力を扱えるようになってくると、見ただけで相手の魔力の量や質を推し量れるようになってくる。
元冒険者なだけあって、バルバードは剣や体術はもちろん、ある程度の魔法も体得していた。
それだけでなく、エインの手引きにより、「内魔法術」だけでなく、「気功術」まで扱えるようになっている。
魔法道具の扱いにも、適性があった。
魔力の保有量も中々に高く、エインが見てきた中でも稀に見る逸材と言える。
こと戦闘適性に関して言えば、エインよりも上と言って良いだろう。
身内贔屓抜きにしても、エインが認めるだけのカリスマと実力を、バルバードは持ち合わせているのだ。
「難点があるとすれば、本人にその自覚が皆無な所じゃなぁ」
バルバードは、自分の持つ魅力や実力に付いて、全く把握していないのだ。
為政者であるならば、そう言った物を上手く利用しようとするだろう。
だが、バルバードは自分の事を、「たまさか領主の仕事をしている農家」だと思っているきらいがある。
エインとしてはもったいないと思う反面、だからこそ人を引き付けるのだろう、という気もする。
軽くため息を吐くと、エインはパンパンと手を鳴らした。
「父上、ぼちぼち村の中を見て頂きましょうかのぉ。ほれ、お主達いつまで頭を下げて居るんじゃ! ご領主様をご案内せんか!」
エインにはっぱをかけられ、草縄衆はようやく、頭を上げるのだった。
村の中を案内されたバルバードは、感心と驚きと呆れがないまぜになった気持ちになっていた。
エインが「村を作らせようと思う」と言い出したのは、ほんの数か月前のことである。
にも拘らず、何も無かったはずの場所が、本当に「村」になっているのだ。
異常な事と言うほかない。
何も知らなければ、「以前から村があった場所なのだろうな」と思った事だろう。
その位、「ごく普通の村」なのだ。
とてものこと、ごく最近できた村には見えなかった。
よほど念入りに調査をして、「普通を装っている」のだろう。
普通を装うというのはつまり、異常である事の裏返しだ。
ここに住む者達が普通ではないという、証明ともいえる。
もっとも、バルバードはそのことをあまり気にしていなかった。
何しろ、あのエインが先頭に立って動いているのだ。
まともなはずが無いだろう。
バルバードは、エインの事を「まともではない」と認識していた。
どこから仕入れて来たかよくわからない知識に、どこから仕入れて来たかよくわからない技術。
歳不相応に思慮深く、理性的な面を見せることもあれば。
直情的で自分の楽しみに実直すぎることもある。
何ともつかみどころのない性格であり、普通ならば奇異に思い、疎んじたりするところかもしれない。
しかし。
エインは家族をどこまでも大切にし、一度懐に入れた相手に対してどこまでも優しかった。
男は強く無ければ生きていけない。
そして、優しく無ければ生きる資格がない。
どこかで聞いたこんな言葉を、バルバードは己の生きる規範としている。
身内に対して妙な甘さをやさしさを見せるエインは、バルバードにとって「生きる資格」を持つ男であった。
ゆえに、バルバードはエインの個性の全てを受け入れ、評価している。
驚くべき懐の深さであった。
「父上、村の様子はいかがですかのぉ」
違和感の塊のような村である。
実力があるだけに、バルバードもまた村人達を見て、ある程度の実力を見抜いていた。
老人から子供に至るまで、大半が高い実力を持っている。
恐らく、そこらの冒険者では歯が立たないだろう。
国の特殊部隊か何かの様な仕上がり具合である。
ただ、何しろあのエインが手ずから育てている連中なのだ。
このぐらいは当たり前なのかもしれない。
実際、バルバード自身、エインの指導により随分と実力が上がっている。
恐らく、単純な戦闘能力だけでいえば、現役冒険者時代よりもはるかに強くなっているだろう。
さて、何と返したものか。
色々考えた末、バルバードはゆっくりと口を開いた。
「良い村だな」
「それはそれは! 勿体ないお言葉!」
バルバードは基本的に、言葉が足りない性質なのであった。
一通り村を見てもらったところで、エインはバルバードを畑へと案内した。
「家でもご説明したのですが、どうにも今一な畑でしてのぉ。ただ、良くないと言うのは分かるのですが、何が悪いのかが、わし等ではどうにも」
「土だな。畑としての体裁は良くできている。あぜ道や水の動線も問題ない。だが、土が良くない」
ただ見ただけで、バルバードはあっさりそう断言した。
これがほかの人物ならば、「見ただけでそんなことがわかるのか?」と懐疑的に思う所だろう。
だが、バルバードが言ったとなれば、話は別だ。
こと農業に関するバルバードの眼力は、ほとんど特殊能力に近い。
「一番近くにあるのは、兵長がいる村だったな。そこで土壌改良剤を作っている。取引できるものはあるか?」
エインは渋い顔で唸った。
土壌改良剤というのは、土に対して働きかける種類の資材の事だ。
水捌け、通気性、通魔力性といった土の性質を変化させ、耕作に適した土になるよう働きかける性質を持っている。
バルバードの指導により、領内の村で作っている品物なのだが。
いかんせん、畑に使うとなると、相当な量が必要になるだろう。
当然、分けて貰おうとすれば、それなりの対価が必要になるわけだが。
「現金ならあるのですがのぉ。全部を金でという訳にもいかんじゃろうし」
この辺りの田舎特有の事情である。
大量の取引をする場合、全てを「現金」で行うことはほぼなかった。
お金が使えるような場所が、ほとんどないからである。
なので、大量の物資を取引する際は、大抵が物々交換で行われるのだ。
土壌改良剤の場合は、種や苗と言った品と交換することが多いのだが。
草縄村には、現状そう言った物はなかった。
何か代わりになるようなものはないか、と悩むエインだったが。
ふと顔を上げると、思いついた、と言うように手を叩いた。
「なんじゃ、丁度良い物があったわい。その手で行こうかのぉ」
「なにか、良い手段があるのか」
「ええ。幾つかの問題が同時に解決しそうですじゃ。順を追ってご説明を。メリエリ! 耕運機を持ってくるんじゃ!」
エインの声に、メリエリは素早く動く。
すぐに運んでこられたのは、「ミニ耕運機」とか、「手押し式小型耕運機」と呼ばれるようなタイプの耕運機であった。
早速、実際に使って見せる。
どんどん土を耕していく様子を見て、バルバードは感嘆の声を上げた。
「これならば、少人数でクワ仕事が終わる。しかし、お前の事だ。それだけではないのだろう」
「ご評価頂き、感激の極みですのぉ。ご推察の通りですじゃ」
エインが指示を出すと、草縄衆が何かを抱えて持ってくる。
耕運機に取り付けたり、交換したりするためのパーツであった。
「土を耕すツメと取り換える車輪。そして、その状態で使うための草刈りパーツや、種まきパーツ。これはそれなりの出力が出ますからのぉ、荷車も引けるのですじゃ」
耕運機は、要するに回転盤を搭載した動力装置である。
専用のパーツを取りつけさえすれば、耕運機以外としても利用可能なのだ。
それこそ、荷車のようなものを取り付けて、簡易的なトレーラーの様に使うことも出来る。
「回転盤を使った草刈り機も作る予定ですが、まずは耕運機でしょうのぉ。何しろ、汎用性がありますじゃによって」
「まだ何か作るつもりか」
「それらは、完成し次第お見せいたしますじゃ」
「無理はしなくて良い」
「これはわしの趣味でもありますからのぉ。無理もまた楽しと言うやつですじゃ! それよりも、父上。よろしければ、試してみて頂けませんかのぉ!」
エインに促され、バルバードも耕運機を試してみることとなった。
動かし方を教わって、ものの数分。
バルバードはいともあっさりと、耕運機の扱い方をものにしてしまった。
魔法道具への適性もあるのだろうが、それ以上に耕運機自体の扱いやすさも大きい。
「如何ですかのぉ?」
「使いやすい。コレがあれば、農作業が楽になるな。耕作地を広げることも出来るだろう」
何しろ、農作業と言うのは重労働だ。
畑を耕すのも、草を刈るのも、種まきも、草刈りも。
すべてが人手も労力も時間も必要とする仕事ばかりである。
だが、エインが再現した耕運機を使えば、仕事効率はかなり上がるだろう。
そうなれば、一人当たりが担当できる耕作面積は飛躍的に広がる。
今までよりも広い畑の面倒を見られるようになる、ということだ。
「領民の暮らしが楽になる」
「税収も増えますのぉ」
「税収が増える?」
バルバードは、不思議そうな声音で眉根を寄せた。
どうも「ご領主様」は、税を取る、という感覚があまり無いようなのだ。
別に、領民に対する責任意識が薄いわけでは無い。
むしろその逆で、領民全てを自分の身内と思っている。
領地は自分の家であり、領民はそこで暮らす身内であるから、守って世話をするのは当然。
それによって「税」と言う対価を取るという考えが、かなり希薄なのだ。
バルバードにとって税というのは、言ってみれば「家の修繕費積み立てに協力してもらってる」程度のものなのである。
「まぁまぁ。その辺は母上や徴税官に任せれば問題ありませんからのぉ」
ちなみに、この領地における徴税官とは、かなり特殊な立ち位置にあった。
あまりに税に無頓着すぎる「ご領主様」を心配した領民達が自分達で任命。
村ごとにきちんと計算した税を持って、領主の下に参じてくる、と言うものなのだ。
この「徴税官」の役はその年ごとに変わり、直接「ご領主様」に拝謁できるという名誉なものとなっていた。
徴税官の奪い合いの末刃傷沙汰になることは通例であり、毎年何かしらの怪我人が出ている。
まあ、それはともかく。
「まあ、エインがそういうのであれば、そうなのだろうな」
「ちなみにですのぉ、父上。実は折り入ってお願いが御座いますのじゃ」
「事によるが」
「農家と言うのは兎角、新しいモノを警戒するものでしてのぉ。こういったモノを使うのを嫌がるかもしれぬのですじゃ」
鍛冶屋のアモウスや、兵長、村の老人などから聞き込みを行った結果、そういう傾向があるようなのだ。
正直、エイン自身気持ちは分かる。
何しろ農家と言うのは、「これまで通り」やりさえすれば、ある程度安定した収穫が見込める。
無理に新しいことなどして、失敗して収穫が無に帰したらどうするのか。
新しいことをして得られるかもしれない「利益」より、失敗したときに出る「損失」に目が向くのが当然だ。
だが。
その「新しい事」が、「成功が約束されたもの」であるなら、話は変わって来る。
「コレを使うのをか? ただ土を耕すだけのものだろう。悪影響の出ようがないと思うが」
バルバードはかなりの現実主義者であった。
元冒険者だ、ということもあるのだろう。
良いものだと判断すれば、すぐさま取り入れる性分なのだ。
領地で目新しい作物の栽培を始めるのも、大抵バルバードが最初である。
そして、領民達は「ご領主様がやるなら」と言った具合に、付いてくるのだ。
つまり。
「領民達に先んじて、父上に使ってみて欲しいのですじゃ。そして、場合によっては使い方の指導をお願いしたく」
「そんなものは構わんが」
エインは内心、ほくそ笑んでいた。
どうやって領民に耕運機を普及させようかと考えていたのだが、これで完全に解決したからだ。
何しろ、「ご領主様」「バルバード・エルドメイ」への領民の支持は絶大だった。
バルバードが「カラスは白だ」と言ったら、その日から「カラスは白」になるレベルだ。
そんな「ご領主様」が使い、場合によっては使い方の指導までしてくれる。
耕運機の領内普及は、約束されたも同然であった。
「領内でコレが普及すれば、耕運機の売り上げはもちろん、税収も増える。わしもあれこれやりやすくなるというものじゃて」
「にーちゃーん。悪い顔になってるよー」
「うむ。いかんいかん、ダンディ&クールが売りであるわしとしたことが」
この後、バルバードは畑の改良案をいくつか提案。
無事、草縄村の視察を終えたのであった。