第十四話
エインからの指示のもと、メリエリは黙々と仕事をこなしていた。
任されたのは、普請の指示である。
家、集会場、倉庫、それから畑。
村を機能させるために必要な建築物や土木作業は、いくらでもあった。
「本当に、全員が寝泊まりする場所が建つものなんだな。十日ぐらいの間で」
自分が指揮をしていたのだが、なかなかその現実が呑み込めない。
半ば呆然と呟いた自分の言葉も、どこか他人事のようにメリエリの耳に響いた。
だが、こんなことではいけない。
普通に考えれば信じられないようなことだが、何しろ先頭に立っているのは「エイン様」なのだ。
まるで夢のような出来事も、「この程度」と思えるようにならなければ、お仕えすることなどできない。
メリエリは眉間を押さえ、気持ちを切り替えるように頭を振った。
まず目を向けるのは、木材制作をしている者達。
魔法や魔法道具で木々を伐採し、内魔法術使い達が運び出す。
生木は魔法使いや魔法道具使いによって、あっという間に乾燥処理を施される。
然る後、魔法道具で木材の形に加工。
内魔法術使い達がそれらを運び、他の村から来てもらった大工に教えてもらいながら、建物へと変えていく。
ありえない速さで、作業が進んでいく。
メリエリはまだ18かそこらの青年である。
物心ついた時にはストリートチルドレンであったため、正確な年齢はわからない。
だが、恐らくそのぐらいだろう、とコンランツには言われていた。
そんな年若いメリエリにも、目の前で起こっていることが異常である事は分かる。
むしろ、ずっと路上で暮らしていたから、多くの普請を見て来ていた。
だからこそ、その異常さが良くわかるのだ。
「魔法だ。魔法の量と質が異常なんだ」
魔法使いというのは、大抵の場合高給取りだ。
多くの知識と強い力を持っている訳だから、当然だろう。
よほどのことが無い限り、魔法使いは貴族や金持ちのお抱え。
あるいは、魔法使い自身が貴族か金持ちである事がほとんどだった。
当然、そんな連中が普請仕事などするわけがない。
魔法道具にしても、同じようなことが言える。
メリエリが知る限り、魔法道具というのは凄まじく高価で、作るのが難しいもののはずなのだ。
それが、エインの手にかかるといともあっさり作られて、あまつさえ量産されてしまう。
これだけでも驚くべきことだろう。
エインが作った道具を売り払えばどれだけの額になるのか、メリエリには想像も付かない。
「いや、だが一番恐ろしいのは、エイン様の人を見る能力。なのか?」
魔法道具というのは、大抵の人間が使える物。
というのが、常識である。
ほとんどの人間が魔力を持っていて、大なり小なりそれを放出することが出来た。
なので、ある程度の訓練さえすれば、魔法道具を扱うのはそう難しくない事なのだ。
そのはずだったのだが、エインに言わせると違うらしい。
曰く。
「確かに魔力の放出は大抵の人間に出来るもんじゃがのぉ。体質的な効率の差があるんじゃ。普通は気にするほどのことも無いんじゃが、いざ仕事やら戦闘やらをしようと思うと、無視できん差でのぉ」
最初は、意味がよくわからず首をかしげるばかりだった。
だが、実際に魔法道具を扱ってみれば、頷くしかない。
メリエリの様な「魔法道具使い」とそれ以外の人間では、本当に魔法道具の性能に差が出るのだ。
普通ならば、こんなことには気が付かないだろうと、メリエリは思っている。
何しろ魔法道具というのは高価な品で、差を比べるほどに普及していないはずなのだ。
あるいは貴族や金持ちならばそういった事を知っているのかもしれないが、少なくとも草縄衆の中にそんなことを知っている者は一人も居なかった。
エインはどこからかその知識を得ていて、個々人の適性を見抜く能力まで持っている。
その上で、適切な訓練を施し、適切な指示を与え働かせていた。
草縄衆は元々、町から追われ食い詰めて自棄になっていた集団である。
それが、今はどうだろう。
怪我や病気を癒され、身分を与えられ、信じられないような魔法の力を持たされ。
一人残らず全員が、嬉々として「エイン様」のために働いている。
「そんな人間でもなかっただろうに」
元々、ろくでもない人生を送って、追われて食い詰めていた者達だ。
程度の知れた者達を、「エイン様」は文字通り生まれ変わらせた。
一人一人、手ずから導いたのだ。
草縄衆の誰も彼もが、今この時も、そのことの意味を噛みしめている。
当然、メリエリもその一人だ。
「メリエリ班長。大きな岩が出てきました」
思考に埋没していたメリエリに、声が掛けられた。
メリエリはすぐに意識を切り替えると、自分の隣にある岩と石の寄せ集めに手と足をかける。
「わかった、今行く」
言いながら、メリエリは岩と石の隙間に身を滑りこませた。
すると、岩と石の寄せ集めにしか見えなかったそれが、俄かに立ち上がる。
首の無い人の形のそれは、魔法仕掛けの人形、いわゆるゴーレムであった。
メリエリが入り込んだ隙間は、胴体部分にある操縦席だったのだ。
ゴーレムは器用に手足を動かすと、機敏な動作で歩き始める。
周りにいたほかの草縄衆達が、動くゴーレムを見て感嘆の声を上げた。
「やっぱり器用に動かすなぁ」
「私もやってみましたけど、立ち上がらせることも出来ませんでしたよ」
そんなことを言いあっているのは、魔法使いや内魔法術使い達である。
彼らも普通の魔法道具ならば、問題なく使用することが出来た。
だが、ゴーレムの様な複雑で大きな力が必要なものとなると、どうしても上手く扱えない。
それこそが、適性の差なのだと、「エイン様」は言う。
この場に居る全員が、それぞれ適性に合った魔法の力を振るい、凄まじい勢いで村を普請している。
あまりにも非現実的で、実際に目にしなければとても信じられないそれを成したのは、「エイン様」に他ならない。
そんな「エイン様」に、自分は今お仕えしている。
メリエリはその事実に、得も言われぬ喜びを見出していた。
少しでも自分の有用性を示すことで、「エイン様」に使って頂きたい。
おこがましい考えではあるが、僅かでも「エイン様」のお役に立ちたい。
価値あるものとして、「エイン様」に見て頂きたい。
ほんの少し前まで町の隅で震えて蹲り、どうやって食べものを手に入れるかばかりを考えていた自分の変化に、メリエリ自身笑いがこみ上げてくる。
しかし、その変化は少しも不快ではない。
むしろ心地よいものとして、メリエリはそれを受け入れていた。
「さあ、価値を。価値を示そう。エイン様のために」
「えーっと、ろくいちがろく、ろくにじゅうに、ろくさんじゅうはち」
キールは、紙に書かれた九九を、必死な様子で読み上げていた。
兄であるエインが作ったものであり、キールが早く計算を覚えられるようにと用意されたものだ。
どうにもキールは、モノを覚えるとか、計算するとかと言ったことが苦手であった。
それだけでなく、勉強と呼ばれるもの全般を苦手としている。
エインが評価するように、キールの地頭はそれほど悪くはない。
むしろ賢い部類に入るのだが、キール本人が「勉強は嫌い」と思っているので、どうしようもなかった。
「にーちゃーん。これ、おぼえないとダメなの?」
「駄目という訳ではないが、覚えて置くと色々と便利なんじゃよ」
「どんなことにぃー?」
「そうじゃなぁ。魔法道具を使う時とかにも使うのぉ。計算というのは何をするのにも案外使うものじゃからして」
「ゴーレムに乗るときもぉー?」
「覚えて置いて損はないじゃろうなぁ。寧ろ、出来れば得をするじゃろうて」
「そっかぁー」
渋々と言った表情だが、それでもキールは先ほどまでより真剣な様子で、九九と睨めっこを始める。
そんな様子を見て、エインは苦笑いを浮かべた。
キールはゴーレムを、甚く気に入ったらしい。
ゴーレムの事を持ち出せば、どんなに渋っていても一応勉強に身を入れてくれるようになっていた。
教える側であるエインからすれば、嬉しい変化である。
「えーっとぉ。しちいちがしち、しちにじゅうし、しちさんにじゅういち」
懸命に九九を読み上げるキールを横目に見ながら、エインは改めて手にしていた書物へと顔を向け直した。
エイン達が今いるのは、教会の図書室である。
図書室と言っても、いくらか本が保管されている程度であり、さして立派なものではない。
それでも、エインの欲しい情報は、得られそうであった。
「それにしても、ここに来られるまで長かったのぉ」
感慨深げに溜息を吐き、エインは思わずと言った様子でそう漏らした。
朝の勉強免除を願い出たら、いつの間にやらキールの勉強を見る羽目になったり。
安定しておやつを手に入れられるように手下を揃えようとしたら、面倒を見なければならずかえって仕事が増えてしまったり。
ここに来るまで、本当に色々と問題があったものである。
幸いにして、キールはある程度勉強が進み、それを理由に母親と交渉。
今日は図書館でやった方が効率がいいからと理由を付けて、午前中にここへ来ることに成功したのである。
「なかなか苦労したもんじゃわい。いや、気を抜いても居られんな。キール、それを五回ずつ読み終わったら教えるんじゃぞ。次はこの辺りの地理についての勉強じゃからな」
「はぁーい」
エインの言葉に、キールは元気に返事を返す。
キールにしてもチャムにしても、返事だけは非常に元気であった。
再び本に視線を戻したエインは、急いで文字を目で追い始める。
何しろ、キールが九九の練習を終えるまでに調べ物を終えなければならなかった。
勉強が終わったら父の畑仕事を手伝わなければならないし、そのあとは草縄村の面倒を見に行かなければならない。
まだ幼いはずのエインだが、とにかく忙しいのだ。
と言っても、半分ぐらいは自分で勝手に抱え込んでいるのだが。
「とりあえず近代史から手を付けてみたが。まるで知らん歴史変遷じゃなぁ。国も知らん名前ばかりじゃし」
ここまで知らない単語と国名ばかりだと、異世界にでも転生したのか、と思いたくなる。
だが、転生直前の天使の言葉と言い、エインが知る動植物の植生と言い、それは考えにくい。
既にいくつかの仮説がエインの中にあるのだが、まだ確信には至っていなかった。
「何もかも情報が足りん。もっと古い時代の奴ならわかるかのぉ」
言いながら、エインは動物の革で作った水筒に口を付けた。
中に入っているのは、魔法でキンキンに冷やしたお茶だ。
いくつかの野草をブレンドした、エインの自信作である。
「どれどれ。この辺から攻めてみるかのぉ。って、流石に古すぎるじゃろうが」
エインが手に取ったのは、「古代魔法文明」と銘打たれた本である。
古代魔法文明と言えば、エインが転生する原因になった遺跡を作った文明の事だ。
超越魔法技術を持ち、次の世界へと飛び立った。
とかなんとか天使が言っていた、アレの事だ。
エインはお茶を飲みながら、何の気なしにページをめくっていく。
しかし。
最初はのんびりとした顔をしていたのだが、徐々に表情が変わっていく。
「マジでか。コレ、当たりじゃわ」
それは、まさにエインが求めていた情報であった。
結論から言うと、生まれ変わる前のエインがいた「文明」は、滅んだらしい。
多くの国々を巻き込んだ大戦争が起き、世界を焼き滅ぼしたのだそうだ。
「まあ、わしが生きていた当時に有った兵器を動員すれば、世界を100回は滅ぼせるって言われて居ったからのぉ」
エインにとってはそれが「当たり前の事」だったのだが、「あの時代」は魔法技術が相当に発達した時代だったのだ。
それこそ、半径数km圏内を消し飛ばすような兵器もあったし、空中浮遊要塞や、兵器としての飛行機、殺人に特化したゴーレム、などなど。
国々が互いに互いをけん制しあった結果、「終末時計」の針は常に12時数分前を行ったり来たりしていた。
「しばらくは平気じゃろうと思って居ったが。わしが死んだ後、なんかあったんじゃろうなぁー」
何がきっかけだったのかはわからないが、とにかく「世界大戦」が起こった。
結果、世界は火の海に包まれることとなる。
その炎が焼き払ったのは、建物や人々だけではなかったらしい。
培われ、蓄積されてきた知識や技術といった物。
そう言った物のほとんどが、失われてしまったのだそうだ。
高度な知識や技術を持ったものは、戦争で優先的に狙われた。
残ったのは、ごく当たり前の「一般市民」のみ。
文明の復興など望むべくもなく、人々の生活は石器時代レベルにまで戻ってしまうことに。
「そうなったら、まぁ。しばらくはどうしようもなかったじゃろうなぁ。モンスター居るし」
この世界には、「モンスター」と呼ばれるものが多数存在している。
ある程度文明が発達し、対抗手段が確立しているのならばともかく。
技術レベルが「石器時代」まで巻き戻ってしまった人々にとって、モンスターは大変な脅威となった。
それに脅かされ続けるとなれば、新たに技術を積み上げ、知識を蓄えるのも、容易ではなかっただろう。
「おそらく、技術者や知識人も生き残ってはおったんじゃろうけれどものぉ。モンスターとのアレコレで摺り潰されたんじゃろうなぁ」
武器となる魔法道具の類は、その多くが失われてしまったのだろう。
新たに作り出そうにも、そんな物資も設備も無かったはずだ。
となれば、魔法に関する技術と知識を持つ者は、戦力として駆り出されることになったに違いない。
一度や二度ならばともかく、何度もモンスターとの戦いに身を晒せば、早々に命を失うことになっただろう。
よしんば生き残ったとしても、持っている知識や技術を継承する暇など、そうそうなかったはずだ。
「かくして文化文明は失われ。わしが生きていた時代は、幻の古代魔法文明になってしもうた。という訳か。わし等の一つ前の文明は次の段階に進めたが、わし等の文明は滅びてしまった訳じゃ」
思う所が無いわけでは無いのだが。
ぶっちゃけた話、「そりゃそうなるわ」という気持ちの方が強かった。
その位、そこら中の国々が爆弾を抱えていた時代だったのだ。
「一触即発じゃって所がいくらでもあったからのぉ。しかし、そうか。ここは生まれ変わる前より、だいぶ後の時代。ということか。なるほどのぉ」
多少衝撃もあるが、正直「予想の範疇」であった。
驚くよりも、腑に落ちた、納得がいったという気持ちが大きい。
「そうなると、じゃ。この時代の魔法は、わしが持って居る技術や知識と体系が違う可能性があるのかのぉ?」
十中八九、今の時代はエインが生まれ変わる前の時代、「古代魔法文明」よりははるかに技術レベルは劣っているだろう。
だが、ゼロから技術や知識を積み重ね直した以上、エインにとっては未知の魔法が生み出されている、ということになる。
曲がりなりにも「魔法研究者」が、そう言った物を「所詮、レベルが低い物」などと思うわけがない。
「うぅん。浪漫じゃなぁ。是非ともこの目で見て、研究してみたい! ところ、じゃが」
どうも、魔法や魔法道具というのは、特別なものらしい。
よほど金を積むか、それなりの権力が無ければ、見ることも触ることも難しいようなのだ。
「前時代的じゃなぁ。まぁ、実際は未来なんじゃが」
色々と思う所はあるが、これで大きな疑問の一つがこれで解消されたことになる。
と、同時に。
「知識欲が満たされて行く感覚がなんとも言えんのぉ! コレコレ、コレなんじゃよなぁ!」
エインはぞくぞくと背筋を震わせ、恍惚の表情を浮かべる。
重要なのは、知識の活用ではない。
知りたいことを知る。
ソレそのものが、エインにとっては楽しみなのだ。
「しかし、これでいろいろ方針が立てやすくなるのぉ。魔法の特許とか版権とかも気にせず使えるし。まあ、端からそんなもの気にするつもりはないんじゃが。さて、もう少し読み込んでみるかのぉ」
「にーちゃーん。おぼえられた気がするから、いっかいきいてー」
「おうおう。じゃあ、聞かせてもらおうかのぉ。じゃあ、まずは4の段からじゃ」
エインはさっさと本を閉じると、キールの方へと体を向ける。
今のエインにとっては知識を得るよりも、弟の勉強を見る方が大切なのだった。