第十三話
エインの父が治める領地にも、鍛冶屋がいた。
独立したての若手なのだが、なかなかに腕もいい。
少々気が弱いところがあるものの、周囲とはうまく付き合っていた。
「そんな腕が良くて将来有望な若手鍛冶師に、このわしが知恵を授けてやろうかのぉ」
恩着せがましく言っているが、要は自分が欲しい物を作らせたいのだ。
鍛冶屋にやって来たエインは、さっそくドアを蹴破って中へと侵入。
「うわぁああああ!?」
「喜べ若いの! このわしがお主に商売のタネを授けてやるぞ!」
「にーちゃーん。とつぜんおしかけたら、メイワクだよー」
いきなり鍛冶屋に突撃すると、エインはさっさと本題に入った。
若手鍛冶師は盛大にビビり散らかしているが、エインは気にする様子もない。
エインは身内が絡まない限り、ひたすらマイペースを貫くタイプなのだ。
「よしよし。鉄材なども揃って居るのぉ。若いの、お主名前は何というんじゃったかな」
「アモウスといいます。ていうか、あの、ご領主様の御子息様ですよね? 遠くからお見かけしたことは、あるんですが」
「そうじゃな。領主の次男であるエインじゃ。こっちは三男のキール。外で木を引っこ抜いているのが末っ子のチャムじゃ」
言われて外を見たアモウスの表情が引きつった。
幼児が結構な太さの木を引っこ抜いている様が、目に飛び込んできたからだ。
チャムの怪力は、領民の間では有名である。
たまたま見かけたときなどは、木の伐採などを頼まれたりすることもあるのだ。
何しろ、道具などの準備なく瞬時に引っこ抜いてくれるので、重宝がられていた。
根っこごとぶち抜いて出来た穴などはエインが魔法で始末をするので、アフターケアも完璧である。
領民は邪魔な木が無くなり、エイン達はお駄賃としておやつを貰える、まさにウィンウィンな関係であった。
ともかく。
「あの、え? え? あの子供っていうか、あの女の子? が?」
「あー。アモウスさん、チャムを初めて見るんだぁ。アレはね、ああいうものだから。なれるしかないですよ」
混乱しているアモウスに、キールが苦笑いで言う。
基本的に、兄弟のフォローはキールの仕事なのだ。
「それよりアモウスよ。今日はお主に頼みたい仕事があって来たんじゃよ」
「仕事、仕事ですか?」
「うむ。金ならある」
言いながら、エインは腰に下げていた袋を持ち上げると、中身を近くのテーブルの上に広げた。
この辺りに流通している金貨や銀貨、それなりの額の貨幣ばかりだ。
軽く見積もって、一般的な労働者三か月分の賃金ぐらいにはなるだろうか。
直接市場調査などをしたわけでは無いので、未だエイン自身は金銭感覚に疎いのだが。
草縄衆のミーリスがそう言っていたので、そうなのだろう。
エインにしてみれば嬉しい誤算だったのだが、ミーリスの優秀さはエインの予測を超えたものだった。
適切な能力を持っていたところに、権限を与えたのが良かったのだろう。
今ではその辣腕を振るい、大いにエインの役に立ってくれている。
「はいっ!? この、このお金は?!」
「お主に払う金じゃよ」
「いえ、あの、エイン様はまだ幼い訳ですし。どうやって手に入れたのかと」
「村を一つ管理しておってな。そこからの上りじゃ。まあ、そんなことはどうでもいいんじゃよ。お主に頼みたい仕事の事じゃ。ちょっと作って貰いたい物があってのぉ」
言いながら、エインはずかずかと工房の中へと入って行く。
圧倒されたのか、アモウスは呆然とした顔で後を追う。
工房の中を見渡すと、すぐに目当てのものが見つかった。
鋳つぶすために集めたと思われる、鉄くずの山だ。
都会から遠い土地ではあるが、鉄は比較的手に入れやすい素材であった。
そこらにいるモンスターなどを倒せば、素材として案外簡単に入手できるからだ。
まあ、モンスターを狩れる実力があれば、の話だが。
「この鉄くず、少し借りるぞ。安心せい、とったりはせんからのぉ」
アモウスの返事も待たず、エインはパチリと指を鳴らす。
すると、鉄くずのいくつかが空中に浮きあがった。
言葉を失っているアモウスを見やり、エインは苦笑を漏らす。
「魔法は見慣れて居らんようじゃのぉ。わしは魔法の腕前も天才的じゃが、モノを浮かせる程度の魔法は簡単な部類じゃよ」
「はぁ。そういうもの、なんですか?」
「まぁ、ここまではのぉ。ここから先はちょいと天才の世界じゃがな」
言いながら、エインはもう一度指を鳴らす。
すると、鉄くずの表面に変化が起き始めた。
段々と赤く、赤熱し始めたのだ。
「魔力を浪費するので普段はこんなことはせんのじゃが、今日は特別じゃ。空中での鉄加工をお見せするとしよう。まずは空中浮遊と熱を操る魔法を使って、鉄を溶かす」
エインが説明している間に、鉄は融点に到達したらしい。
見る間に形を変化させ、球状となった。
「浮遊させる魔法というのは、念動力のようなものじゃ。うまく使えば、粘土細工なんかもできる。それに熱を操る魔法を組み合わせてやれば、鉄を溶かしながら成型することも可能という訳じゃ」
もちろん、言うは易し、というような部類の技術である。
物を浮遊させつつ、浮遊させたものを成型するという精密作業。
超高温を維持し続けるという、力仕事。
説明はしていないが、過度な酸化を抑えるために、空気の遮断も魔法で行っている。
コレだけで、三つの魔法を同時並行で使っているのだ。
ほかにもいくつか小技を使っているのだが、そのどれもが高度な魔法技術を必要とするものである。
とはいえ、エインが生まれ変わる以前は、このぐらいのことが出来る魔法技術者はそれなりの数が居たものだった。
「で、こいつを円盤状に加工してじゃな。真ん中に穴をあける。バーベルのウェイトみたいな形じゃな」
「にーちゃーん。ばーべるってなぁーにぃー?」
「筋トレに使うアイテムじゃよ。筋肉は酷使すると太くなるからのぉ」
「へぇー。どんな形なの?」
「後で見せてやるからのぉ。今はこっちが先じゃ。で、これの表面に魔法の回路を刻み込む。魔力を流せばすぐに発動するタイプのヤツじゃな。実に単純な術式なのじゃが、だからこそ強固で壊れにくいんじゃよ」
赤熱した鉄の円盤の表面に、模様のようなものが刻まれていく。
形としては、そこまで複雑怪奇という訳でもない。
アモウスでも再現可能だろう。
「で、熱を奪ったら、完成じゃな。熱を加えられるのじゃから、その気になればあっという間に人肌温度にするのも簡単なんじゃよ、これが。まあ、コツがいるんじゃがな」
鉄の円盤は、赤く焼けた色から、あっという間に鈍い鉄色へと変化。
空中をふわふわと漂い、エインの掌へと収まった。
中々に重そうな直径三十cmほどの鉄の円盤を、エインは片手で軽々と持って見せる。
「さて、完成じゃ。アモウス。お主にはこれを作って貰いたい訳じゃ。もちろん、真っ当な鍛冶仕事でのぉ」
呆然としていたアモウスだったが、名前を呼ばれたことで我に返った。
何度も頭を振り、こめかみを叩いて、混乱した意識を落ち着かせようとする。
「はっ、あっ、はい。ええっと。その、まず、基本的なことなんですが。それは、何をするもので?」
「うむ、その質問を待って居った。キール、棒を」
キールからいい感じの木の棒を受け取ってエインは、それを鉄の円盤中央に空いた穴に通した。
鉄の円盤が中央に来るようにしながら、木の棒の両端をアモウスに持たせる。
木の棒が地面と水平になるようにすると、ちょうど円盤は地面と垂直の形となった。
「さて、お前さん、魔法道具は使えるかのぉ?」
「はい。一応は」
魔法道具というのは、魔力を流しさえすれば駆動する道具である。
「上手く扱おう」とすると多分に才能を要求される代物だったが、「ただ使うだけ」であれば、大抵の人間に可能であった。
エインは鍛冶屋の中に入るとき、置いてある道具を確認している。
その中には、いくつか魔法道具があったのだ。
「では、ゆっくりと少しずつ、円盤に魔力を流してみるのじゃ。少しずつじゃぞ。いきなり大量に魔力をぶち込むと、エライことになるからのぉ」
エインに言われるまま、アモウスは円盤に魔力を流し込み始めた。
変化は、すぐに表れる。
鉄の円盤が、回転し始めたのだ。
流す魔力量が少ないからだろう。
回転速度はさほどではない。
だが、見ても分かるほど、力強く回転している。
「これは、回転動力ですか?」
「そうじゃ。ただ回るだけならば、珍しくも無かろう。問題はコイツの出力じゃ。どれ、見せてやろう」
エインはアモウスから鉄の円盤を受け取ると、鍛冶屋の外へと歩き出した。
アモウスも、思わず後を追う。
外に出ると、エインは転がっていた木を魔法で回収する。
チャムが引っこ抜いて、放置して置いたものだ。
当のチャム本人は、近隣住民達に食べ物を貰い、上機嫌である。
「ふぉっふぉっふぉ。チャムは大人気じゃのぉ。流石わしの妹じゃ。血は争えんわい!」
「すみません、食べものもらっちゃって。チャム、お礼言えた?」
そんなやり取りをしつつ、エインはさっさと生木を魔法でもって木材に加工。
土や石くれなどにも魔法を施し、あっという間にあるものを作り上げた。
永く伸びた支柱に、巻き上げ式のロープを取り付けてある。
簡易的な、クレーンであった。
「むちゃくちゃだ。なんでこんな、一瞬でこんなものが」
「それはわしが天才だからじゃ」
もはや恐怖すら感じているらしいアモウスに対し、エインはサラリと言い放つ。
さも当然といった口調ではあるのだが、顔はこれでもかというほどのドヤ顔であった。
エインは割と、感情が顔に出るタイプなのだ。
「まあ、とは言ってもじゃよ。こういうものは簡易的な作りでのぉ。職人がきちんと作ったものには遠く及ばないんじゃな、コレが」
試作品などを作るのにはいいが、やはり製品としては職人仕事に及ばない。
いくら精密に作業しようとしても、手仕事との間には差が出るのだ。
だからこそ、エインはアモウスに仕事を頼もうとしているわけである。
「で、本題じゃ。このクレーンのロープは、さっきの鉄の円盤。その名も回転盤で巻きあげる形になって居る。まんま過ぎる名前じゃが、まぁ、気にせんようにのぉ」
エインは「何か程よいものはあるかのぉ」と、周囲を見回し始めた。
数秒見渡して、ニヤリと口の端を持ち上げる。
「丁度良いものがあったわい」
エインが目を付けたのは、胸甲、あるいは胴と呼ばれる金属製の防具であった。
おあつらえ向きに、それが十数個並べられている。
「あの胴を発注したのは、兵長じゃろう?」
「はい。領民兵の方々が使うものだとか」
金属製の胴というのは、なかなか丈夫なものである。
そう簡単に傷ついたりするものではない。
だが、この領地の領民兵は、割と頻繁に胴を破損していた。
何しろ、領地周辺には魔物やらモンスターやら魔獣やらがうじゃうじゃしている。
特に危険とされていない地域、何なら村の中にまで、向こうから勝手に押しかけてくるのだ。
そうなったら、追い払うか討伐するしかない。
となれば、領民兵の出番となる。
相手が相手なだけに、武器や防具の消耗は激しかった。
「修繕を依頼されているんですが、まだ手は付けていません」
「なるほど、なるほど。それは丁度良い重しじゃわい」
「え? いや、アレは預かりものですので、乱暴なことは」
「安心せい! 壊れたらお主が直せばよいんじゃ!」
めちゃくちゃな理屈を押し付けつつ、エインはさっさと作業を始めた。
魔法で胴を運んでくると、縄で縛りつける。
それを、クレーンのロープに結わえ付けた。
「これ全部で、大人の男二人分位の重さかのぉ。クレーンでこれを吊り上げられたら、中々だと思うじゃろ?」
エインはアモウスを押しやり、クレーンの操縦桿を握らせる。
仕方なく、アモウスはゆっくりと魔力を流し入れ始めた。
かなり魔力が必要になるだろうというアモウスの予測だったが、それは見事に裏切られる。
それほど魔力を流したという手ごたえがないうちに、クレーンが動き始めたのだ。
ここで初めて、アモウスの顔色が変わった。
「回転動力でコレだけの力となると、かなりいろいろなことに使えるんじゃありませんか?」
「流石、職人。目敏いのぉ。その通りじゃよ。水車や風車代わりとして使えるじゃろうとも。じゃが、それだけではない。例えば馬車や荷車じゃな。そう言った物にこれらを搭載すれば、ずいぶん便利になるじゃろう?」
エインに言われ、アモウスは想像してみる。
コレだけの出力が有るなら、様々なことが出来るだろう。
風車や水車のような大掛かりな施設が無くても、同じような作業が出来る。
魔力さえあるなら、馬車や荷車に搭載して、自走させることも出来るだろう。
「材料は鉄でよいし、彫刻はさして難しくない。特別な材料も、魔法も必要ない代物じゃ。お主の腕ならすぐに再現できるじゃろう」
アモウスはゆっくりとクレーンに流す魔力を弱めていき、吊り上げていた胴を下す。
両ひざを付いて、クレーンに搭載された回転盤をじっと見据えた。
震える手を伸ばし、指先で触れてみる。
特別な加工をされている様子はない。
確かにこれなら、再現できるだろう。
「大事なのは、その文様でのぉ。それさえしっかりして居れば、問題なく機能するんじゃ。職人であるお主なら、もっと丈夫に、頑丈に作ることが出来るじゃろう?」
「で、ですが、自分は魔法の道具を作るなんて」
「特別な魔法の力なんぞ必要ないんじゃよ。大事なのは、鍛冶師としての腕だけじゃ。これは本当に便利でのぉ。お主が作ってくれれば、多くの人が助かるんじゃ」
「確かに、使い道は多いでしょうけど」
「とりあえず必要な分を作ってくれたら、後は好きにすれば良い。お主は儲かり、多くの人が喜ぶ。何も悪い事なんぞないじゃろう?」
「にーちゃん、なんか絵本にでてくる、勇者をそそのかそうとする悪魔みたいな顔になってるよ」
「どこがじゃ! こんなに柔和で人当たりが良く、優しさが滲み出て居る顔も珍しいじゃろうがい!」
基本的には兄を信頼しているものの、意外と手厳しい事も言うキールであった
どうも、作者のアマラです
わざわざあとがき書いているのお察しの方も居るかもしれませんが、ストックが切れました
これからはぼちぼち書いていく感じになります
ここまでの毎日更新、お楽しみいただけたでしょうか
よろしけれ今後ものんびりとお付き合いいただけましたら、幸いです