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第十二話

 冒険者ギルドの前は、いつもの如く賑わっていた。

 モンスター素材が積み上げられ、職員がそれらを鑑定している。

 多くの場合、こういった鑑定は冒険者ギルド内で行われるものであった。

 だが、この辺りでとれるモンスター素材は、かさばるものが多かったのだ。

 ものが大きい分、鑑定にもそれなりの時間がかかる。


「うわっ。アイツらか」


 あくびを噛み殺しながら鑑定が終わるのを待っていた冒険者の一人が、驚いたように目を見開いた。

 その視線の先に居たのは、明らかに自分の体重よりも重い荷物を背負った者達と、それを囲むようにして歩く集団である。

 最近冒険者になった「集団」で、彼らは自ら「草縄衆」と名乗った。

 草縄衆が登場したとたん、それまでの行動は中断しないまでも、冒険者達の間に緊張が走る。

 この辺りは危険なモンスターが多く出没することから、集まる冒険者達も中堅どころの実力者が多かった。

 そんな冒険者達をして、草縄衆は極力関わりたくない手合いとして認識されていたのだ。

 草縄衆の狩りを目撃した者曰く。

 見たことも聞いたことも無いような魔法を乱発し、素手にもかかわらず圧倒的な腕力でモンスターをねじ伏せ、高性能な魔法道具を惜しげもなく使う。

 良く連携のとれた動きで、個々の実力も十二分。

 それだけならば、単に優秀な冒険者パーティと見られるだけだっただろう。

 だが、冒険者達の目から見て、草縄衆はどうにも得体が知れない存在だったのである。


「見てみろ、アレ。シレっとした顔してやがる」


「皆、薪でも運んでるみたいに当たり前の顔してるじゃねぇか。あんだけのモンスター狩ってるだろうによぉ」


 モンスター狩りというのは、命がけの大仕事だ。

 命を危険に晒す仕事であり、それをやり遂げれば大きな喜びと、緊張からの解放を味わうことになる。

 そうして手に入れたモンスター素材をギルドに持ち込めば、大金が手に入るのだ。

 なので、冒険者は狩りの成果物をギルドに持ち込むとき、必ず何かしら大きな感情の起伏を見せるものであった。

 無事に生き残れた安堵、危険に身を晒したことに対する恐怖。

 あるいは、これから手に入るであろう金で何をするかを想像して、ニヤケ笑いを浮かべるか。

 まあ、何にしても。

 普通の冒険者であれば、ギルドに素材を持ち込むときには、必ず何かしらの感情を見せる物なのである。

 しかし。

 草縄衆はまるで、本当に拾ってきた薪でも売りに来たかのように、極々平然とした様子でギルドにやって来るのだ。

 何を考えているかわからず、得体が知れない。

 大抵の人間にとって、それは恐怖の対象に成り得るだろう。

 冒険者達から見て、草縄衆がまさにそれだった。

 そんな連中が高い実力を持っているとなれば、警戒するのも無理はない。

 警戒を向けられる当の本人である草縄衆は、いささか困ったような顔を浮かべていた。


「めちゃめちゃ警戒されてるぞ」


「ミーリスの嬢ちゃんが言ってただろ。連中から見れば俺達は得体のしれない集団なんだよ。そりゃ警戒もするさぁ。俺が連中の立場でもそうする」


 そう言って苦笑いを見せたのは、班長の一人であるチュアランであった。

 怪我を負ってからずっと引きずっていた脚、いう事を聞かなかった腕はすっかり元通り。

 いや、元よりも数倍、数十倍も力強く、正確に動いてくれる。

 エインから与えられた「内魔法術」の知識と技術は、驚くほどチュアランに馴染んでいた。


「あのおっかなびっくりで、人の顔色ばっかりうかがってた嬢ちゃんがなぁ」


「だからこそ、なんだろ。そういうのの方が、人間の心理ってのを深く読めるんだろうさ。よくわかんないけどね」


 少し前まで、チュアランは自分を人の心を読むのに長けた人間だと思っていた。

 だが、それが酷い誤解で有ったことを、チュアランはエインと出会って知ったのだ。

 確かに、良くいる種類の人間の考えや行動を読むのは、そう難しくない。

 ある程度の知識と経験、センスがあれば問題なく可能である。

 しかし、そんな「普通の人間」の行動が予測できたところで、意味などない。

 エインやチャムといった「本当に危険な存在」に通用しなければ、全くの無意味なのである。


「居るんだ、世の中には。俺なんかの予想の斜め上をすっ飛んでくのが。俺なんかにはさっぱりだが、あのミーリス嬢ちゃんは違う」


「そうなんすか?」


「エイン様がそう言ったからな。そうなんだろ」


 チュアランの言葉に、その場にいた草縄衆全員がそれぞれに納得の意を示した。

 エインがそう判断したのならば、それが正しい。

 草縄衆にとっては、それがすべてであった。


「まあ、歓迎しにくい気持ちも分かるからね。さっさと仕事を終わらせて、帰るとしよう」


 冒険者ギルドでモンスター素材を卸し、得た金で物資を買い込む。

 それが、チュアラン達が今回仰せつかった仕事である。

 今の草縄村は、食料や日用品の生産能力がまるでない場所であった。

 一応、畑の普請はしているのだが、作物の収穫が見込めるのは、ずいぶん先の話である。


「ギルドに素材を卸しても、それで仕事が終わりじゃないですからね」


「貰った金で物資を買って、村に戻る。それが出来て、初めて仕事が終わりだからな」


 それも、普通の冒険者と草縄衆の違いであった。

 冒険者にとって、冒険者ギルドで素材の換金を済ませれば、それで仕事が終わる。

 だが、草縄衆にとっては、それは仕事の途中でしかない。

 手に入れた金で物資を買いこみ、草縄村へと戻る。

 そこまでが、「エインに命じられた仕事」なのだ。


「早く村に帰りたいですね」


「帰る頃には、また家が一軒建ってるってはなしっすよ」


 町から草縄村までは、普通の大人なら二日ほど。

 魔法や魔法道具を駆使できる草縄衆なら、半日ほどで帰り着くことが出来る。


「そのためにもさっさと仕事を終わらせないとな。ほら、キリキリ歩け」


 チュアランに促され、他の面々は不承不承といった様子で返事をする。

 相変わらず冒険者達からは奇異の目を向けられているが、誰一人気にして居なかった。




「そうじゃ。木を速攻で乾燥させる魔法があるんじゃった」


 と、エインが突然思い出したことによって、草縄村ではたくさんの家が建ち始めていた。

 木を切り倒し、普通なら年単位で時間がかかる乾燥作業を魔法でショートカット。

 魔法や魔法道具を駆使して木材に加工し、内魔法術使いが腕力を活かして組み上げていく。


「にーちゃーん。なんか、みばえ悪くない?」


「デザイン面は仕方ないじゃろ。今はとにかく建てるのが大事なんじゃ。いつまでも天幕生活という訳にもいかんからのぉ」


 三人の班長を選んでから、十日ほどが経っている。

 ぼちぼち兵長から借りて来た天幕も返さねばならず、家を建て始められたのは良いことと言えた。

 もっとも、そう立派なものではない。

 領内に住む大工の指導は受けているものの、作業の中心は草縄衆である。

 魔法や内魔法術、魔法道具などを駆使しているとはいえ、所詮は素人仕事。

 キールのいう通り見栄えは悪いが、天幕暮らしよりは幾分ましだろう。


「大工に出張ってもらうにも金がかかるんじゃが。冒険者仕事が思いのほか順調じゃからなぁ。金がある程度楽になったのは勿怪の幸いじゃわい」


 草縄衆による冒険者仕事は、思いのほかうまく行っていた。

 今のところ死人はおろか、怪我人も出ていない。

 素材がある程度溜まったら売りに行く、という作業を続けているうち、食料の備蓄もかなりのものになっている。

 日用品などもそろってきており、金銭的な貯蓄も少しは出来ていた。


「にぃに! おいも! おいちい!」


「おうおう、そうかそうか。あまりお口いっぱいに頬張らんようにのぉ。お芋は口の中の水分全部持っていかれるんじゃから。お水を飲まんで平気かのぉ?」


 お芋が美味しいと報告してくるチャムに、エインは表情をでろんでろんに崩す。

 三人が今いるのは、草縄村の真ん中あたり。

 広場になっている場所に設置したベンチに腰かけていた。

 まあ、ベンチと言っても、ただの丸太なのだが。


「おやつを手に入れる心配がなくなったのは、やはり大きいのぉ」


 草縄衆が自前で安定して食料を手に入れられるようになったおかげで、エインはおやつを手に入れる労力を割かなくてよくなっていた。

 何しろ草縄村に顔を出せば、勝手に食べ物が出てくるのである。

 どうやら草縄衆は、おやつの用意も自分達の仕事なのだと認識しているようだった。

 エイン的には実際それが目的の一つだったので、実に満足している。


「チャムー。こぼさないように食べなねー」


「なんじゃ、キールは口うるさいのぉ。チャムは良い子じゃから、大丈夫じゃよなぁ」


「だーじょーぶ!」


 元気のよいチャムの返事に、エインは嬉しそうにうなずく。

 キールは呆れたような顔をしているが、エインの目には入っていなかった。


「そういえば、にーちゃん。父上が村を見にくるのって、もうすぐなんでしょ? じゅんびとかどーするの?」


「それなんじゃよなぁ。畑を作らんとのぉ」


 この辺りの村は、大半が農村である。

 村イコール畑と言ってもよい。

 よって、村を名乗ろうとするならば畑を作らなければならなかった。

 領主であるエイン達の父の影響も多分にあるのだが、これは地域の特性ともいえるもの。

 この辺りの住民は、皆が農業に強い思い入れを持っているのだ。

 入植したてならばともかく、まともな畑一つ持っていないようでは、村同士の付き合いもしてもらえない。


「わしが方法顧みずやってしまうのが一番早いんじゃが」


「にーちゃん。畑仕事はそういうんじゃないよ。魔法でがーっとやったのと、ていねいにかくにんしながらやったのじゃ、おいしさも、しゅうかくりょうもちがうよ」


「その通りなんじゃよなぁ」


 エインはかなりの現実主義者である。

 きちんとエビデンスのある事しか信用しない。

 だからこそ、魔法で無理やり作った畑が、農家が丁寧に作った畑の足元にも及ばないことを理解している。

 転生前、エインは農業関連の事にほとんど興味が無かった。

 自分とは関係のない世界の事だと思っていたのだ。

 しかし、転生してからそれが完全なる間違いであったと気が付いた。

 農業というのは、つまるところ食糧生産行為である。

 どんなに威張ったところで、人間は所詮なにかを喰わなければ生きていくことは出来ない。

 逆に言えば、食ってさえいれば大体生きていけるということだ。

 人類が今日の繁栄を得た理由の一つは間違いなく「農業による食料の安定需給」であり、これを蔑ろにするのは愚者そのものである。

 と、エインは思うようになっていた。


「兎に角畑じゃ。畑を普請せねばならん」


 今は収穫などが一段落した時期である。

 大急ぎで準備を始めれば、次の種まきシーズンに間に合うかもしれない。


「しかし、普通にやったのでは碌な広さは確保できんじゃろうなぁ。耕運機でも欲しい所じゃが」


「こーうんきって、にーちゃんが前にいってた、はたけたがやすヤツだよね?」


「うむ。それがあればかなり仕事が楽なんじゃが、農機具メーカーなんてこの辺りに無いしの、いや、待てよ。無いなら作ればよいんじゃった。わしとしたことが」


 パパっと作ってしまうのは、材料さえあれば簡単である。

 だが、それだけではいささかよろしくない。


「耕運機は便利じゃからのぉ。できれば量産したいところじゃが」


 何事か考えるしぐさをすること、数秒。

 エインは何かを思いついたらしく、ニヤリと口の端を吊り上げた。


「そうじゃそうじゃ。その手があったわい」


「どーしたの、にーちゃん。なんか悪そうな顔して」


「誰がチョイ悪系激マブイケメンフェイスじゃ」


「そんなこといってないよ」


「良い手を思いついたんじゃよ。これで領地の農家もウキウキじゃわい。ひゃぁーっはっはっは!」


「なんか、たくらんでそうなかおなんだよなぁー」


 キールから胡散臭いものを見るような視線を向けられながらも、エインは機嫌よさげに高笑いを響かせるのであった。

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