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第十一話

 魔法、内魔法術、魔法道具。

 草縄衆全員に、それぞれの適性に合った訓練を施し始めて、十日ほどが経った。


「思いのほか技術習得が早いのぉ。やっぱり命がかかって居るからじゃろうか」


 別にエインが脅したりすることは無いのだが、何しろ立場が立場である。

 どこの町でも居場所がなく、はみ出し、流れ流れた末にこんなところまでやってきてしまった者達だ。

 ほかの行き場などなく、生きていく術もない。

 エインに与えられた課題を、文字通り必死にこなしている。

 おかげで、全員にかなりの上達が見られた。


「にーちゃん、あんがいめんどーみがいいからねぇ。それもあるんじゃない? ぼくもにーちゃんのおかげで、道具つかえるようになったし」


 キールのいう通り、エインは草縄衆一人一人の適性に合わせて指導していた。

 おかげでいわゆる「落ちこぼれ」は出ておらず、全員が何かしらの強みを持つ形で成長している。

 そんな中で、予想外の成長を見せた者が居た。

 草縄衆ではなく、キールである。


「確かにわしは指導関連についても天才じゃが。お主みたいなのが出てくるのは流石にそんなもので片付く話ではないわい」


 やはりというかなんというか。

 キールの魔法道具使いとしての才能は、群を抜いたものであった。

 いや、群を抜いていた、と言うのは語弊があるだろう。

 あまりにも次元が違い過ぎて、比べる意味もないような有様だったのだ。


「チャムと言いキールと言い、やはりわしと血が繋がっておるからなのかのぉ」


 エインは基本的に、自分と家族に対する評価が高かった。

 だが、今回に関して言えば、過大評価とは言えない。

 それだけキールの能力は、抜きん出ていたのだ。


「何度か目になるがのぉ、キール。そもそもそれは、そんな風に使うものじゃぁないんじゃよ」


「そーなの?」


 キールは不思議そうに、小首をかしげた。

 ただ、その姿は上下逆さまになっている。

 キールが今いるのは、エインの横、ではなかった。

 岩やら石、木材で作られた、巨大な人形。

 その胸の部分にある穴に、すっぽりと収まっていた。


「それは土木作業用のゴーレムで、繊細で素早い動きとは無縁なんじゃ」


 キールが乗り込んでいるのは、ゴーレムと呼ばれる魔法仕掛けの人形であった。

 もちろん、エインが作ったものだ。

 材料を用意し、魔法的なあれやこれやを仕込むことで完成する。

 エインの生前には、様々な形、用途のゴーレムがあった。

 戦闘用はもちろんの事、工事などにも使われていたものである。

 今回エインが作ったのは、かなり簡易的な性能しか持たない、土木作業用のゴーレムであった。

 草縄衆の村、草縄村を整備するために作ったものだ。

 エインが魔法を駆使し、一日に使える時間全てをつぎ込んで作ったもの、なのだが。

 いかんせん素材も悪ければ、ゴーレム制作補助のための魔法道具も用意できていない。

 完成したものは、エインからすればお粗末もお粗末な代物。

 性能的には、戦闘にはとても使えない程度。

 動きのぎこちなさで言えば、地球の小型ショベルカーといった具合である。


「ゴーレムは魔法道具の一種じゃ。握った操縦桿や、肌の触れている部分から魔力を流し入れ、動力とする。さらに、その魔力の流し方の強弱などによって、各駆動系を制御するわけじゃな」


 ゴーレムとは、魔力を流し入れることで曲がったり、回転したりする魔法道具を寄せ集めたモノであった。

 高性能なものになれば、他にも様々な機能を追加するのだが。

 今回作ったものは、本当に動くだけのごくごく単純なものである。


「姿勢制御や駆動制御、各種サポートもないから、歩かせたりモノを運んだり、穴を掘ったりなんかがやっとのはずなんじゃ」


 実際、草縄衆の魔法道具使いにも使わせてみたのだが、そういった動きをするのが精一杯。

 手本を見せるエインにしても、小走り程度の動きで走らせたり、軽く跳躍させてみたりするのが精々であった。

 しかし。


「お主のそれはどうなって居るんじゃ」


 若干引いている表情で、エインはまじまじとキールが乗るゴーレムを見据えた。

 キールが操るゴーレムは、両手を地面につけ、両足を上空に向けている。

 いわゆる逆立ちの姿勢であった。

 そこから、くるりと半回転。

 ズドン、という重い音とは裏腹な軽い動きで直立の姿勢に戻る。

 そこから、今度は後ろにのけぞりながら、上空へ跳躍。

 華麗なバク転をしてのけると、決めポーズをとった。

 ゴーレムの身長は、5mほど。

 その巨体が飛んだり跳ねたりしている姿は、圧巻であった。


「えっとねぇー。とんだりはねたりしてる!」


「それはそうじゃろうが。才能がある、で片付くレベルじゃないんじゃよ、それは。異常異質。びっくり映像にしても加工を疑うレベルじゃぞ。やはり天才であるわしの影響を色濃く受けすぎて居るせいじゃろうなぁ」


 どんな時でも、エインは基本的に自己評価が非常に高かった。


「まあ、ともかくじゃよ」


 エインは頭を振って、考えを切り替える。


「皆、ある程度武器を使えるようになった。数に頼れば、ある程度のモンスターならば倒せる水準じゃろう」


 そうなるように、エイン自らが考え、訓練してきている。

 草縄衆に教えているのは、どれも比較的簡単に使え、効果的なもの。

 つまり、汎用性と殺傷能力が高い魔法と、内魔法術を使った特殊な徒手格闘術、エイン謹製の魔法道具、などなど。

 とにかく実戦を重視したものばかりを、徹底して教え込んできたのだ。


「ぼちぼち、冒険者として本格的に活動させてもよい頃じゃろう。わしにおんぶにだっこではなく、草縄衆だけでモンスターを狩らせるんじゃ」


「まだ、じゅう日ぐらいしかれんしゅうしてないよ?」


 キールは心配そうな顔をしながら、ゴーレムに側転をさせる。

 地球でいえば、ショベルカーで側転をするような離れ技だ。

 エインは何とも言えない表情を浮かべるモノの、咳払いで気持ちを切り替えた。


「マジ物の冒険者なんぞ、初めて剣を手にしたその日にモンスターとやりあうことも珍しくないんじゃぞ。これでも十分じゃわい」


 実際、エインのいう通りであった。

 武器の扱いも知らない農家の次男以下が、食い扶持を求めて冒険者になる。

 珍しくない、どころか、良くある話の類だった。


「そんなもんなのかなぁ?」


「そんなもんじゃ。という訳で、当初の予定通り、草縄衆を本格的に冒険者として活動させ始めようと思うわけじゃよ」


「うーん。まあ、そういうことなら、いいと思うよ」


「そうじゃろう、そうじゃろう」


 キールの言葉に、エインは満足げに頷く。

 そうと決まれば、善は急げである。

 エインはすぐさま、草縄衆に招集をかけたのであった。




 集まった草縄衆は、全員が緊張の表情を浮かべていた。

 一体どんな要件で呼び出されたのか、彼らには伝えられていない。

 ただ、集まれといわれだけだった。

 既に草縄衆の全員が、エインを主人だと心底から認めている。

 決して自分達に対して害意を持つことがないであろうことも、しっかりと認識していた。

 だが、だからと言ってエインへの恐怖が薄まったわけでは無い。

 何しろエインは、信じられないような身体能力を発揮し、聞いたことも無いような規模の魔法を乱発し、あっという間に魔法道具を量産してしまうような、真正の化け物なのだ。

 当のエインが聞けば。


「こんなに心優しく穏やかで慈愛と慈しみの化身の様な天才であるわしを捕まえて化け物とは何事じゃ!」


 などと怒鳴るだろうが、少なくとも草縄衆からすれば間違いなく化け物であった。

 そんなエインに、理由も告げられず呼び集められたのだ。

 怖がるのも当然だろう。

 草縄衆の中にはそれなりに年齢のいった大人や、荒事や修羅場慣れしている者もいるのだが。

 そう言った者達も例外なく、緊張をにじませている。

 むしろ、そう言った者達の方が、緊張の色は濃かった。

 危険に慣れ親しんでいる分、エインの危険さが理解できてしまうからだ。


「おう、集まって居るな」


 そんな草縄衆の前に、エインがのんびりと歩いてやって来る。

 すこぶる機嫌のよさそうなその様子に、草縄衆の緊張がさらに高まった。


「今日集まって貰ったのは他でもない。お主達には幾つかの班に分かれて貰い、本格的な狩りを始めてもらう。要するに、モンスターと戦って狩り倒せ。ということじゃな」


 エインの言葉に対する草縄衆の反応は、様々であった。

 納得したように頷く者、目を白黒させている者、諦めたように天を仰ぐ者。

 全員に共通しているのは、エインの決定を素直に受け入れている所だろう。

 エインの決定を覆そうとするものは、一人も居なかった。


「モンスターと戦え。などと言うと、じゃ。さぞ危険なんだろう、と思うじゃろうな。じゃが、実際は別にそんなことも無い」


 エインはいつの間にか手にしていた「いい感じの木の棒」を振りながら、教壇に立つ教師のような調子で続ける。

 生まれ変わる前は教師をやっていたこともあるので、その姿はなかなか堂に入っていた。


「今日までお主らに与えた知識、技術、魔法道具は、この辺りに生息する主要なモンスターを狩るのに必要十分なものじゃ。それを想定して、訓練やら教育をしてきた訳じゃしな」


 エインが草縄衆に与えたのは、対人、対モンスターに十二分に対応できるモノであった。

 やり方さえ間違えなければ、今この時でも問題なくモンスターを狩ることが出来るだろう。


「とは言え、初めてというのは誰だって緊張するものじゃ。最初のうちは、わしがお守をしてやるからのぉ」


 草縄衆にとって、これほど心強い言葉は無いだろう。

 この日まで、エインは草縄衆が見ている前で、様々なモンスターを狩って来ていた。

 魔法で、素手で、簡易的な魔法道具で。

 様々な手法を使い、巨大なモンスターを狩って見せてきたのである。

 文字通りの化け物を前に、何時も通りのひょうひょうとした様子を崩さないその姿は、草縄衆にとって恐怖であり。

 同時に絶大な安心感をもたらすものであった。


「狩りをすると言っても、炊事洗濯をする者も必要じゃし、他の仕事をする者も必要じゃ。よって、お主らを三つの班に分ける。班ごとにその日の仕事を割り振ることによって、効率化を図る訳じゃ」


 エインは手にしたいい感じの棒で、地面に四本の線を引く。


「名を呼ばれた者は前へ出て、ここに立つんじゃぞ。まず、草縄衆全体の頭目。三人の班長とは別に、お主達の一番上に立つ者じゃな。わしやキール、チャムといった、うちの家族が居らん時の最高意思決定者じゃ。これは、コンランツに任せる」


「はっ」


 素早く返事をすると、コンランツは前へ出て線の前に立った。

 不服そうな顔をする者は、誰も居ない。

 実際、誰一人不満を持つ者はいなかった。

 元々全員が、コンランツに付いてきた者達だったから、ある意味当然と言える。


「では、まずは一人目の班長。魔法道具使いの中から、メリエリ」


「は、はいっ!」


 小走りで線の前に立ったのは、短髪の青年であった。

 コンランツより2,3歳は若そうで、ようやく少年を脱したというような年齢に見える。


「メリエリは頭の回転が速い。人に指示を出すのにも向いた性格をして居る。今から場数を踏めば、良い指揮官になるじゃろう」


 エインの言葉に、メリエリはどうしていいかわからず、目を白黒させている。

 草縄衆の多くが納得したような顔をしているあたり、正確な評価なようであった。


「次、内魔法術使いから、チュアラン」


「はい」


 前へ出たのは、壮年の男性である。

 少し疲れたような印象のある顔立ちだが、視線は何処か鋭い。


「チュアラン。お主、元は何人か手下を連れて、荒事をやって居ったじゃろ」


「はい。下手を打って腕と足をやられるまでは、それなりに」


 元々チュアランは、片腕片足に怪我を負っていた。

 それが原因で、そのどちらもが不自由になっていたのだ。

 動けないというほどではないが、元のように暴れることは難しくなっていた。

 そのため、街での居場所を失い、コンランツに付き従うようになったのである。

 だが、その怪我は既にエインが治療済み。

 怪我が治る所か、回復魔法と、体得した内魔法術の影響で、骨や筋肉が元よりも太くなっていた。

 チュアランの答えに、エインは満足げに頷く。


「得難い経験じゃ。内魔法術との相性も良い。十人かそこらを従えて現場に立つことにかけては、草縄衆の中でも図抜けた才能があると言って良いじゃろう。じゃが、それ以上の人数となると、いささかお主向きではない。不満かのぉ?」


「手足をやられたときに、懲りました。分相応が一番でさぁ」


 苦笑いを浮かべながら、チュアランは肩をすくめて見せる。

 エインはやはり満足そうに頷いた。


「最後の一人。魔法使いから、ミーリス」


「ひゃっ?! ははは、はいっ!」


 転がるように前に出てきたのは、少女であった。

 エイン達よりは年かさに見えるのだが、まだ12,13といった年齢だろうか。オドオドした様子で、おっかなびっくり線に並ぶ。


「お主らの中にはピンと来ておらんものも居るじゃろうが、ミーリスの才能はかなりのものじゃ。まず、記憶力がずば抜けて居る。ミーリス。今日までにわしが教えた魔法、いくつおぼえて居る?」


「は、はい! ええと、56個です!」


 ミーリスの言葉に、草縄衆全員が驚きの表情を浮かべる。

 特に衝撃が大きかったのは、同じ魔法使い達だ。

 彼らは、ミーリスが自分達よりも多く、エインから魔法を教わっているのは知ってはいた。

 ただ、その正確な数は知らなかったのである。


「ミーリスは一度見聞きしたことを正確に覚える、特殊な才能を持って居る。魔法を教えれば、片っ端から覚えてしまえる。ということじゃな」


 戦いを専門とする魔法使いにとって、これほど得難い能力もないだろう。

 エインにしても、羨ましくなるような才能である。

 まあ、エインは魔法などを駆使して、似たようなことをしているのだが。


「頭の回転の方も中々のものじゃ。経験の足りなさや、引っ込み思案な所は確かにあるが、そのあたりは補っていける程度のものじゃろう。その他の能力の高さから見れば、欠点にもならん」


 周りからの視線に緊張しているのだろう。

 ミーリスは僅かに震えているが、エインは全く意に介さず続ける。


「ミーリスの班に成った者は、後ろから支えるのも仕事じゃと心得て置くように。なに、上手く支えてやるだけで、ミーリスは絶大な能力を発揮するじゃろう。それに比べれば、支える程度の労力なんぞどうということも無いわい」


 普通ならば、素直に受け入れがたい言葉だろう。

 むしろ、「こんな小娘に何が出来る」と思う方が当たり前だと言える。

 だが、この場所に集まったもの達は普通ではなかった。

 住処を追われ、食い詰め、流浪の末にこの土地へ。

 それでもどうすることも出来ず、捨て身で企てた誘拐は失敗し、もはやこれまでと誰もが思った。

 殺される。

 全員がそう考えたが、しかし。

 実際に誘拐しようとした相手から与えられたのは、温かい食事と寝床であった。

 それだけではない。

 人別を与えられ「この土地に住む人間」としての立場と尊厳を与えられ。

 見たことも聞いたことも無いような知識と技術を与えられ、役割を与えられた。

 そして、集団としての名前も。

 これによって、草縄衆は決定的にエインに心酔しきることとなった。

 忠義、というよりも、もはや「信仰」と言って良いだろう。

 そういう次元で、草縄衆は文字通りエインの手勢と化していたのだ。

 もっとも、そのことはエインはもちろん、草縄衆自身も意識していなかったのだが。


「残りの者達を、三人の班長それぞれの下に振り分ける。然る後、仕事を振り分ける。いよいよ金稼ぎを本格化できるのぉ。じゃが、金儲けはあくまで通過点に過ぎん!!」


 エインは手にしていたいい感じの木の棒を振り上げ、空へ掲げた。


「魔法開発! 心が躍るのぉ! 兵器開発! 背筋がぞくぞくするようじゃ! 前人未踏の地へ第一歩を踏み入れる! そのための装備も作ろう! このわしが思いつき、このわしがしたいと思うことをするために! わしの願望を叶える為に!!」


 一切の臆面もなく、エインは上機嫌でそう言い放つ。

 生まれ変わる前から、エインはそういう人間であった。

 自分のやりたいことをやりたいだけやる。

 それが、生まれ変わっても一貫して変わらない、エインの気質であった。


「ふぁーはっはっはっはっはっは! さぁ、金が貯まったら何をしてやろうかのぉ! そうじゃ! 以前は金が無くて泣く泣く諦めた宇宙旅行計画を実行してやろうかのぉ!」


「にーちゃーん。うちゅーってなぁーにぃー?」


 キールが不思議そうに尋ねるが、テンションが上がりまくったエインには、全く聞こえていない様子であった。

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