第一話
「スイカじゃぁああああ!!」
自分の頭より大きなスイカを頭上に掲げ、男の子が畑のあぜ道を走っていた。
といっても、それほど速くはない。
むしろゆっくりと歩いている程度の速さであり、それは後ろからついてくる二人を気遣っての事である。
「まってよ、にーちゃん!」
男の子の後を追いかけるのは、もう一人の男の子。
どこか愛嬌のある顔立ちで、スイカを掲げた男の子より少し年下といった感じである。
「すいか! すいか、たべう!」
さらにその後ろから、二人よりもさらに年下と思われる女の子が走って来る。
走る、といっても、よちよちとした拙い足取りで、歩いているのとほとんど変わらないような速度だ。
この女の子の脚に合わせるため、先頭の男の子はゆっくりと走っていたのである。
「よしよし! ここじゃ、ここじゃ!」
どうやら、目的のものを見つけたらしい。
一番年かさの男の子が近づいていったのは、大きな切り株であった。
その上にスイカを乗せると、腕組みをして満足げにうなずく。
「うむ。テーブル代わりにちょうどよかろう」
振り向いて、後ろをついてくる二人の姿を確認する。
懸命に走ってくる二人を見て、男の子は楽しげに笑う。
「転ばんようにのぅ。膝でも擦りむいたら大変じゃぞ」
三人とも、どこか顔立ちが似ている。
それも当然で、皆、同じ父親と母親を持つ兄弟姉妹なのだ。
スイカを持っていたのが、一番上の兄。
後ろに続いていたのが弟で、最後についていた女の子が末っ子である。
「にぃに! すいか! たべう!」
切り株にたどり着いた末っ子は、切り株の上に登りそうな勢いでスイカに手を伸ばした。
末っ子が興奮するのも当然で、スイカは三人にとってごちそうである。
何しろ、正月ぶりの甘いものなのだ。
「これからの季節は良いのぉ。何しろ、果物なんかがとれ始めるんじゃもの」
「にーちゃん、あまいの好きだよねぇ」
「当たり前じゃろ! お子様は甘いものが好きなモノなんじゃ! ほれ、チャムを見てみろ!」
兄はそういうと、切り株の方を指した。
そちらの方に弟が顔を向けると、目に飛び込んできたのは身を乗り出してスイカを叩く末っ子の姿だ。
「チャムー、あんまり切り株にのっかると、お腹いたくなるよー」
弟は苦笑しながら、末っ子を後ろから抱きかかえる。
大人しく抱っこされて、手足を宙ぶらりんにしている姿は、なんとも微笑ましい。
兄もそんな姿に、思わずといったように笑う。
「もうちょっと待っておるんじゃぞ。今、切り分けるからのぉ」
言いながら、兄は人差し指をまっすぐに伸ばした。
その指先から、光が漏れ始める。
光は指先で、薄く長い形状に集まり始めた。
出来上がったのは、光で形作られたナイフである。
「今、切り分けてやるからのぉ」
兄は慣れた手つきで、スイカにナイフを突き立てる。
相当に切れ味いいのか、特に抵抗がある様子もなく、するするとスイカが切り分けられていく。
あっという間に八等分切り分けると、兄は切り株の上にスイカを並べた。
「よし、食ってよいぞ」
「うわぁーい! すいかー!」
「すいか! たべう!」
弟と、解放された末っ子が、凄まじい勢いでスイカに飛びついた。
飛ぶような勢いでスイカをひっつかむと。
「いただきます!」
「いただくまう!」
果肉に顔をうずめるような勢いで食べ始めた。
兄はそんな様子を微笑ましそうに少しの間見守ると、自分も猛然とスイカに食らいつく。
何しろ、三人とも腹が減っているのだ。
別に食事を与えられていないわけではない。
ただ、育ち盛りなうえ、甘いものは久しぶりであった。
兄もスイカを手に取り、齧りつく。
「うむ! うまいのぉ! 流石父上が育てたスイカじゃわい! 露地栽培でこれほどの甘さとは!」
「ちちうえの、すいか。おーしーねぇ!」
「これこれ、お話しながら食べたらだめじゃぞ」
末っ子が、スイカの汁を口の端からこぼしながら、嬉しそうに声を上げる。
それを手で拭ってやりながら、兄は苦笑を溢した。
弟はその横で、首を捻りながら尋ねる。
「ねぇー、にーちゃん。前から思ってたんだけどさぁ」
「うむ? なんじゃね」
「にーちゃんって、だれに魔法ならったの?」
「魔法? 誰に習ったか、じゃと?」
「そう。だって、魔法って誰かにならわないと、つかえないでしょ?」
「一概に魔法全般がそうだとも言い切れんが、まぁ、わしが使うようなものはその通りじゃのぉ。はて。誰に習ったんじゃったか」
兄はスイカを齧りながら、首をかしげる。
難しそうな顔で唸っていたのだが、その表情が徐々に変化を始めた。
「どうしたのにーちゃん。宇宙の真実を知った猫みたいな顔して」
不思議そうな弟が言う通り、兄は虚空を見つめるような表情になっていた。
別に、宇宙の真実にたどり着いたわけではない。
まだ幼いはずの自分が、どうして魔法を使うことが出来るのか。
それについて、思い出していたのである。
一人の老人魔法研究者がいた。
いくつかの発明や発見でそれなりに財を成したが、魔法の権威というほどでもない。
知識量もそれなり、技術力もまぁまぁといったところだったのだが、唯一、発想だけは突飛だった。
そのおかげでいくつか「画期的」といえるようなものを作ったり発見したりして、一生それなりに遊んで暮らせる程度の資産を手に入れたのである。
さて。
この老人魔法研究者は、当時あるテーマをぶち上げ、精力的に活動をしていた。
内容は「超古代魔法文明が使用していた魔法の復元」である。
超高度な技術を持っていたとされるその文明は、ある日突然滅んだとされていた。
どれ程の魔法を使うことが出来たのか。
あるいは、何故、滅んだのか。
詳しいことは何一つわかっておらず、ただ、時折発見される遺跡からのみ、その圧倒的な技術力をうかがい知ることが出来たのである。
もし当時の魔法を一つでも再現に成功したとすれば、世界は大きく変化することになるだろう。
と、言う名目で、老人魔法研究者は片っ端から寄付金などの資金を集めに集めまくったのである。
ぶっちゃけ、老人魔法研究者は魔法の復元になんぞサラサラ興味が無かった。
本当の目的は、超古代魔法文明の遺跡を発見し、誰よりも先にそこに乗り込むことだったのである。
何故そんなことをしたいのかといえば
「古代遺産って浪漫じゃよなぁ?」
それに尽きた。
ほかには一切意味はない。
老人魔法研究者は自分が興味を持ったことのためなら手段を択ばない、割とヤバいタイプのジイさんだったのだ。
それで、一応必要十分な能力は兼ね備えていたから、質が悪い。
結局それまで見つかっていなかった新しい遺跡の発見に成功。
「この遺跡はわしが見つけたんじゃぁ! ワシが一番乗りじゃぁあああ!!」
勢い込んで乗り込んだところ、悲劇が起こったのである。
その遺跡、地下神殿と思しきそこへと行くため、垂直の崖を降りていたところ。
運悪く滑落に巻き込まれ、そのまま転落。
あえなく、命を落としたのである。
享年93歳。
あまりにアクティブすぎる老人魔法研究者の死であった。
普通なら、これで一巻の終わりである。
が、この遺跡には、秘密があったのだ。
「えーと。どう説明したもんかなぁ」
気が付くと、老人魔法研究者は真っ白な部屋にいた。
目の前に居るのは、「これは間違いなく天使だ」と認識できる、分かりやすい格好をした天使様が。
「話をはやくするために、とりあえず僕のことは天使として認識できるようにしておいたから。で、ちょっと説明が必要なんだけど」
天使によると。
古代魔法文明は既に文明が「次の段階」に到達し、星の世界、どころか別次元世界にまで旅立ってしまったらしい。
そんな彼らが残した遺跡のほとんどは機能停止しているのだが、いくつか生きているものもあった。
老人魔法研究者が発見したあの遺跡が、まさにそれだったというのだ。
遺跡は使用回数が限られており、残って居た回数はなんと一回だけ。
それも、「老人魔法研究者が」使い果たしてしまったという。
遺跡の機能とは、「記憶を持ったまま転生する権利を魂に添付する」というもの。
言ってみれば、世界の理、法則を捻じ曲げる様な、「世界の仕組みに対するハッキング行為」を可能にする代物だったのだ。
これは、現文明が使っている魔法とは「魔法としての」段階があまりにもかけ離れた、別次元のものであった。
もし目の前に実物を出され、一から十まで仕組みを説明されたとしても、今の世界にそれを理解できる「知的生命」は存在しないのだとか。
「その位、段階が離れてるんだけど。それはともかく。簡単に言うと、君には記憶を保ったまま転生する権利が発生したわけ。どうする? 権利を行使する? しない?」
「えっ、転生したいですじゃ」
正直、老人魔法研究者は天使の説明がよくわかっていなかった。
実際の説明が結構長かったため、途中で聞き飽きてしまったのだ。
だが、転生できる、的な部分だけは聞き逃さなかった。
こうして、老人魔法研究者は、転生することとなったのである。
その老人魔法研究者が転生した姿こそ、兄だったのである。
すべてを思い出した兄は、ゆっくりと再び動き出した。
手にしていたスイカを大きく頬張ると、もっしゃもっしゃと咀嚼し、飲み下す。
「ううむ。以前から薄々思っておったんじゃが。やはりそうじゃったか」
兄は確信を持った面持ちで、重苦しく宣言した。
「以前から天才じゃ天才じゃと思っておったが。わしってば生まれる前から約束された天才だったんじゃなぁ」
兄は基本的に、自己評価がハチャメチャに高いタイプであった。
ちなみに、「老人魔法研究者」の能力は、「並」といったところである。
その知識と技術をそのまま受け継いでいる訳だから、兄の基本的な能力が高いのは間違いない。
ただ、「天才」なのかどうかは、評価が分かれるところだろう。
「きっと今まで思い出さんかったのは、体が記憶に追いついておらんかったからじゃろうな。あるいは、このスイカを食べたからか? 流石、父上の作ったスイカじゃわい」
兄は自己評価も高いが、家族への評価も高いタイプであった。
「じゃが、思い出したが吉日じゃ。生前出来んかった魔法の研究やら、道具の制作。興味がある事やったもん勝ちじゃわい」
生前の老人は「魔法研究者」を名乗っていたが、別に魔法研究にすべてを捧げていたわけではなかった。
興味がある事にとりあえず手を出す、「何でも屋」のようなタイプだったのである。
ただ、そう名乗った方が資金が集めやすいということで、「研究者」を名乗っていただけだったのだ。
おかげというか、なんというか。
「老人魔法研究者」だった頃の兄は、あまり金に困ったことがなかった。
裕福な時代の、裕福な国だったこともあるのだが、その気になればまとまった金を集めることが出来たからだ。
「生まれ変わったここでも、金の心配はしなくてよいかもしれんのぉ。なにせ一応とはいえ、うちは貴族な訳じゃし」
三人の父親は、小なりとはいえ領地を持った貴族であった。
一先ず、金に困ることはそう無いだろう。
そんな風に考えた兄だったが、すぐに思考が止まった。
「にぃに。しろいとこ。しろいとこ、たべう」
末っ子に袖を引っ張られたからだ。
「おうおう、ちょっと待つんじゃぞ! いま剥いてやるからのぉ!」
言うや、兄は末っ子の持っていたスイカ、赤い実の部分を食べ終えた皮を受け取った。
指先に魔法のナイフを出現させると、スイカの緑の部分を削り始める。
「ワシぐらいの歳になれば、歯が丈夫になって緑の所も食べられるのじゃがなぁ。チャムにはまだちょっと硬いもののぉ」
すっかり緑の所を削り終えた皮を渡すと、末っ子は猛然とそれを齧り始める。
そこで、兄はようやく違和感に気が付いた。
「はっ! そうじゃ! 貴族は貴族でも、うちは貧乏貴族なんじゃった!」
「にーちゃーん。緑の所も、あんがいおいしいよねぇー」
「んん? まぁのぉ。普通なら青臭くて食えんところじゃろうが、父上の作ったものじゃからな。流石父上、素晴らしい農業技術じゃわい」
そう、父は素晴らしい農業技術を持った、野菜作りの名手なのである。
小なりとはいえ領地を持った、貴族の当主だというのに。
「当主自ら畑仕事をせねばならんような貧乏貴族だったんじゃった、うちの家は」
となると、自由になる金はほとんどないだろう。
いや、皆無と見て良い。
とはいえ、好きなことを諦めるという選択肢はなかった。
そう簡単にあきらめるようなら、93歳で自ら危険な遺跡探索などに乗り出したりしない。
「となると、まずは金稼ぎじゃなぁ」
転生して早々。
まだ幼い子供だというのに、考えることが金稼ぎ。
兄はスイカの皮を齧りながら、自らの身に起こった奇妙な出来事と。
これから先のことを思い描きながら、楽しげに笑うのであった。