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師匠

 食前の祈りを全員で行い、夕食を始める。


「そういえば、働き始めたんだって?」


 僕はアルフに聞いてみる。


「まだついて回ってるだけ、だけどちゃんと鍛えてみんなに家を建ててやるよ」


 体を鍛えただけでは家は建たないと思う。


「ちゃんと礼儀正しくするんだぞ」

「そんなのわかってるよ」

「アルフのわかっている、はねえ……」

「なんだよ、ノーラ、文句あるのか?」

「ないわよ。遊び歩いていたアルフがまともになるならうれしいわ」

「なんか言葉にトゲがあるな」

「本当、もっと手伝ってくれたら私も助かったのに……」

「僕は手伝う」

「あら、ありがとう、コリン。でも気にしないで、まだ困ってないから」

「何だよ、俺に言うのと違うじゃねえか」

「アルフはもっと大きいんだから、コリンと違うのは当然よ」

「だから働こうって思ったんだ」

「偉いぞ、アルフ」

「兄ちゃん、さすが」


 続くかどうかはともかく、今やる気があるのは分かった。

 家の助け、という点もそうだが、アルフも将来を考えないといけない。

 僕みたいにダンジョンに通うなんて危ないことをせず、まっとうな職業につくなら歓迎したい。


「でも、ノーラも将来のこと考えないとなあ……」


 僕のつぶやきにノーラが反論する。


「だって、まだこの家のことで大変だもん。考えられないよ」

「悪いな……迷惑かける」


 一番下はリオだ。

 彼は赤ん坊の時に教会に捨てられていたので今8歳だということは確定している。

 彼が仕事を始められるのに最低4年、できれば5年ぐらいほしい。

 そこまで待つとして、ノーラは17歳。

 サイオンではいささか嫁き遅れとなってしまう。


「私は、いざとなったら兄さんにもらってもらうから」

「えっ?」


 思わず変な声が出てしまった。

 ノーラと結婚?

 それは考えたこともなかった。

 ここにいるのは家族で、兄弟だ。

 それは各々がいずれ自立して、たまに集まって昔を懐かしむ。

 そんな集まりを自然と想像していた。


「あー、兄ちゃん顔赤くなってるー」

「ばかっ、そんなことない」

「でも兄ちゃん外に恋人いるからなあ」

「あの人はそんなんじゃ……ない」


 アルフのつっこみに若干言葉が鈍ったのは、確かに恋人がするようなことをしているからだ。


「はあ、やっぱり大人になってあんなババアから速くベイ兄さんを取り返さないと」

「何でそんなことになるんだよ」


 いかん、このままでは子供たちの教育に悪い。

 だが、目をやるとコリンとリオは何のこと? とよく状況を理解していない。

 一方でケティは興味津々と言う感じで僕とノーラのやり取りを眺めている。

 うーむ、やはり女の子の方がこういう成長は早いのかな……

 とりあえずその場は「冷めるぞ」とごまかして自分も食事に集中する。

 キャベツとジャガイモの煮物だが、腹いっぱい食べられるのはありがたいし、腹いっぱい食べたくなるノーラの料理の腕もありがたい。

 やっぱりギランさんぐらい大きくなるには肉を食べなきゃだめかなあ……

 年齢に対しても華奢な自分の体を思い返して、ため息をつく。


「あ、いや、なんでもない」


 それに気づいたらしいノーラの視線を避けるようにして匙を口に運ぶ。


「あ、そうだ、明日も家にはいないから」

「あの女のところね」

「師匠のところだ」


 その関係がいかに複雑とはいえ、僕とあの人は師匠と弟子、それだけが公式の官営だ。


「せいぜいきれいにしていったらいいわ。服は洗濯したの出してあるから……」

「ああ、悪いな」


 やっぱりノーラの当たりが強い。

 ちゃんと説明したんだがなあ……

 結局、夕食が終わって寝るまで僕は小さくなっておとなしくしていた。



 水浴びはした。

 服も替えた。

 身だしなみは、完璧だと思う。

 ということで、師匠のところを訪ねる。

 彼女は魔法師だ。

 すなわち魔法を研究し、人に教えることができる、魔術魔法業界の最高峰の一人である。

 そんな彼女が貧民街の近くに住んでいるわけはなく、壁を一つ越えて旧市街に入らないといけない。

 旧市街、というのは元々のサイオンの町の範囲の小円環の内側のことを言う。

 東西の交通の要所であったサイオンが、最初に円環城壁を建てようとしたのは、北のパランデラの向こうの魔王領域からの守りとしてだ。

 あの頃は北の魔王領域はかなり劣勢で、むしろ領域が広がる勢いだった。

 最近はパランデラの冒険者が頑張っているおかげで、領域を押し返しているようだが、当時はサイオンが最前線になる恐れもあったらしい。

 というわけで、サイオン旧市街は元々の町並が残っており、そこに住む者も古くからの町の住民や中心地に住みたい金持ちが中心だ。

 ダンジョン街の外壁、旧市街の外壁と二段に壁を持つので、ダンジョンがあふれ出してももっとも安全だと考えられている。

 そういう意味で貧民街はダンジョン街の外壁のみが障壁なのでより危険なのかもしれない。


「どうでもいいけどな……」


 今のようにダンジョンに多数の冒険者が潜っている以上、あふれる可能性は低い。

 ダンジョンとの間に壁が無いダンジョン街に住んでいる一般人もいるのだ。

 気にすべきことではない。

 ただ、そうした円環があることによって道が限定されるのは面白くない。

 かなり遠回りして、僕は師匠の家にたどり着く。

 実家は有名な商家だが、彼女は帝国の学院から戻ってから一人暮らしをしている。

 そのためさほど大きい家ではなく、僕は彼女の代わりに掃除もするので隅々まで知っている。


「ししょー、いる?」

「ベイズ、会いたかったあ」


 いきなり抱き着いてこないでほしい。

 僕は慌てて長身の彼女を押し返して家に入る。


「師匠、体面もあるでしょう?」

「ふん、嫁き遅れの私なんかに守る体面なんかないわ」

「それを自分で言いますか……」


 師匠は今年で確か27歳。

 確かに一般的には結婚していて当たり前だが、彼女は魔法師だ。

 学問に身をささげていたという言い訳が使えるため、実際にそれほど体面が悪いわけではない。

 だからと言って今年15歳の弟子に手を出すのはどうかと思う。


「ベイズ、ねえ、私、タマってるの」


 女性に何が溜まるのか知らないが、とりあえず僕の方も溜まっている。

 遺憾ながら……そう、誠に遺憾ながら師匠と弟子の関係となるまでには一仕事しないといけないらしい。


「じゃあ、行きますか?」

「うん」


 むしろ時々ノーラより幼いのではないかと錯覚してしまう師匠(27)であったが、しかしその体は成熟しており、自分は非常に満足だった。

 ちゃんとダンジョンで思った通りに感謝の気持ちを「ぶつけた」後、身だしなみを整えて師匠の部屋に入った。


「さて、わざわざ来るってことは何かあったんだろう?」

「さすが、察しがいいですね」


 師匠と毎日会っていたのは少し前のことだ。

 最近はダンジョンでの活動を中心にしているので週に1回程度しかこちらに出向いていない。

 そしてまだ前回の訪問から3日。

 その割に師匠がやたら激しかったのは、何か嫌なことがあったのかもしれない。

 それはさておき……


「師匠、落ち着いて聞いてほしいんですが……」

「別れ話じゃなければ」

「まぜっかえさないでください。実は僕は神威を使えるようになったんです」

「はあ? そんなこと……って魔術を捨てたの?」

「いえ、そちらも変わらず……」


 僕は、光球を発動する。

 問題なく、ちゃんと詠唱によって威力を調整できた状態でだ。


「……一度見せてもらえる?」

「はい」


 さて、退魔の聖ビスハイストの聖句は効果の検証が難しい。

 ならばこれだろう。ちょうど二人とも体力を消耗したことだし……


『化身伝二章、聖ウェリアスの伝、師36年の跡に倣う。聖なる御手にて触れしもの、すべからく生気を取り戻さん』


 《《彼》》の使っていたのを思い出し、聖ウェリアスの聖句を唱える。

 かざした右手が光を放ち、そして僕はそれをそのまま師匠の肩に置いた。


「……うっん」

「師匠、そんな声出さないでください」


 思わず反応してしまうじゃないか。


「ごめんごめん、でも本当に発動しているわね。不思議……」

「不思議がっていていいんですか? 師匠魔法の学者でしょ?」

「そうなんだけどねえ、そもそも神威に関しては誰もやってないから……」

「ですよねえ」


 魔の領域、すなわち魔法、魔術、魔導と、神の領域である神威はお互いに距離を取っている。

 具体的には、魔法を使うためには信仰を捨てる必要がある。

 魔術はそれよりも制限が緩く、信仰を持っている魔術使は僕をはじめとして存在する。

 だが、魔術使かつ神威使用者というのはちょっとありえない。

 神威使用者はせいぜいがまじないレベルしか使えない。

 だから、ちょっとした火付けや手を洗う水、灯り程度は神職でも日常的に使うが、魔術として分類される術は使用不能のはずなのだ。


「何があったの?」

「ええと、前世の夢を見ました」

「前世? 本当?」

「正しく言うと、前世で死んだ後に、神様みたいなものに会っている場面でしたが……」

「へえ? ベイズの前世か……どんなのだった?」

「つまらない人生の男だったようです。失意、絶望、後悔、そんな感情を持って死んだみたいで……」

「そうなの……」


 詮索したことで思ったより重い内容を聞くことになって後悔しているのか、師匠の声が沈んだ。


「まあ、しょせん前世のことです。今は関係ないですし」

「そうなのよね……うん、それで?」

「えっと、それだけです。自分の考えだと、多分そこで神様らしき存在を見たことで、神様の存在を確信したというか……」

「なるほど、信仰心か……それが底上げされたってことね?」

「そう考えました」

「なるほどねえ、それは教会には秘密にした方がいいねえ」

「やっぱり師匠もそう思われますか……」


 いろんな面はあるにせよ、やはり師匠は頼りになる。

 話を聞いてもらえて僕は安心する。


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