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相棒は木の上から降ってくる

作者: 間山 桐舟

初投稿です。よろしくお願いいたします。

「くそっ、囲まれたか」


 ローザリンの街を出て一時間、カラッカの森に入ったばかりだ。

 俺はオークに囲まれていた。五、六匹ならなんてことはない。でも、ザコの数がその倍になれば話は違う。多勢に無勢、俺は窮地に立たされていた。

 ブロードソードを振り、手近にいるオークから切りつけて潰していく。瀕死になったオークは俺から逃げ、別の奴が襲い掛かってくる。

 一撃で仕留められないと、その繰り返しだ。数体同時に囲まれて殴られれば、白金色の鎧に身を包んだ俺でも体力が削られる。

 傷の治療と体力回復のポーションを使っても、こう次から次へとオークどもが襲ってくると意味が無い。


 ポーションと体力が尽きれば、ジ・エンド――と思ったときだった。

 耳元をシュッと一陣の風が通り過ぎた。


「グワァァーッ」


 俺の横にいたはずのオークが一匹、悲鳴を上げて地面に倒れた。

 風じゃない。弓矢だったのだ。倒れたオークの額に、白い矢羽の弓矢が貫通している。


「ザコは任せて! 体の大きなオークが指揮官よ。そいつに集中して!」


 俺の背後、斜め右上の方向から女の声が聞こえた。

 しかし、振り返ってみたが姿は見えない。森の木々の中に身を潜めているのだろう。

 誰だか知らないが後方援護はありがたい。俺は言われるがままに、前方二十メートル先にいた一際大きいオーク指揮官に向かって走った。


 指揮官を守るように他のオークたちが、俺の前に立ちふさがる。

 だが、そいつらはすべて、姿無きアーチャーの弓で倒されていく。

 俺とオークたちの距離はそれほど離れていない。それなのにアーチャーの弓は、的確にオークの頭や心臓を貫いていく。余程の技量の持ち主らしい。

 俺は戦闘中だというのに、口元に笑みが浮かんでしまった。心強いと思うと同時に、どんな人物なのか興味が沸いてきた。


 俺の前方、左右から躍り出てくるオークは面白いように射抜かれて、バタバタと倒れ落ちていく。

 俺はただ一点、オーク指揮官だけを狙う。挑むような赤い目と威嚇するように大きな口を開き、そいつは俺にハンマーを振り上げる。

 ハンマーの攻撃をギリギリでかわし、俺は奴の背後に回ってブロードソードを真横から水平に振り切った。

 肉と骨を断つ鈍い音と地鳴りのような低い断末魔が、戦いの終わりを告げた。



 森に再び静けさが訪れていた。

 剣を鞘に収めた俺は、地面に転がるオークの骸を避けながらアーチャーの姿を探した。

 矢が飛んできた角度から考えると、この大木の上から射掛けていたはずだ。確かに人の気配はある。


「おい、どうした?」


 木の下から見上げて声をかけたが、アーチャーは降りてこない。

 まさか子猫じゃあるまいし、木に登ったけれど怖くて降りられないっていうんじゃないだろうな。

 女とはいえ、あれだけの腕を持つアーチャーだ。体格のいい筋骨隆々の勇ましい女弓戦士を想像してしまう。国境の奥にある女戦士が中心となった集落があると聞いたことがある。確かアマゾネスと呼ばれていたはずだ。


「礼を言いたい。もったいぶらないで姿を見せてくれ、アマゾネス」


 ガサリと木の葉が擦れる音がした。

 やっと降りてくるのかと待っていると茶色い物体が落ちてきた。ドサリと木の根元に落ちたのは荷物を入れた小さなリュック一つ。持ち主はやはり現れない。

 俺は視線をリュックから木の上に移した。不意に女の声がする。


「飛び降りるから受け止めて!」

「え? 受け止めろって……、おっ、おい!」


 ガサガサと賑やかな音を立て、木の葉とともに頭上から降ってきたモノを俺は必死で受け止めた。


「ありがと、聖騎士さま」


 俺の腕の中から、能天気な声がする。


「驚かせるな。受け止め損なったらどうするつもりだ」


 両腕で抱きとめた女の姿を見て、俺はぎょっとした。想像していた姿とまるっきり違っていたからだ。

 褐色に日焼けした鋼のような筋肉質の女を思い描いていたのに、俺の腕の中にいたのは、小柄で色白の女だった。


「誰がアマゾネスですって? 大人っぽくて逞しい女じゃなくて、がっかりした?」


 俺が考えていることを読んだのか、アーチャーは少し拗ねた口調で言った。


「いや、その……、想像とあまりにも違ったんで驚いた」


 彼女はアマゾネスというより小鹿のようなイメージだった。

 ボブカットの金髪は片側だけ宝石で装飾されたバレッタで留めている。そのバレッタの宝石と同じ色の透き通るような青い大きな瞳が印象的だ。

 幼い顔立ちなのに濡れたような桜色の唇だけが、妙な色香を漂わせている。胸元を革紐で編み上げているこげ茶色のビスチェと同じ色の革のミニスカート、すらりと伸びた素足には履きなれた感じのスニーカーという格好だ。まったく武装されていない。どう見ても旅をする危機感の欠片も無い姿だった。


「いつまでこうしているの? そろそろ降ろしてほしいな」

「え? あっ、すまない」


 俺は彼女を抱きとめたまま、まじまじと顔を覗き込んでいたらしい。俺は慌てて、頬を染めて困った表情を浮かべる彼女を地面に降ろした。

 彼女はリュックを掴むと、ひょいと肩に担いでにっこりと微笑んだ。


「ありがとね、マルガーレンの聖騎士さま。旅の途中で聖騎士さまに出会えるなんて、とってもラッキーだわ」

「まだ聖騎士見習いだよ。……おい、俺がマルガーレンの聖騎士だって、何で知っているんだ?」

「だって、ほら……」


 彼女は俺の鎧の胸元を指差した。


「ここに紋章が入っているもの。私、アーチャーだから目はいいんだ」


 なるほど。自己紹介もまだなのに、俺の身分を知っていたのはそのせいか。


「いいのは目だけじゃないだろう。その腕もたいしたもんだ。でも、女一人で旅をするのは危険すぎないか?」


 すると、彼女は肩をすくめて天を見上げた。


「だって、しょうがないのよ。大切な用事があって、どうしてもマルガーレンに行かなきゃいけないのに、誰もパーティーを組んでくれないの。船で行けば一番いいけど、そんな大金持ってない。陸路だとオークやハーピー、ヘタするとドラゴンが出るかもしれない場所を通らなくちゃならないでしょう。誰も行きたがらないの」

「護衛を頼めばいいだろう」


 俺の台詞にカチンときたのか、彼女は唇を尖らせて文句を言ってきた。


「護衛を頼めるお金があったら、とっくに船に乗っているわ」


 ごもっともだ。


「でも、仲間がいないからって、一人で森に入るのは無謀だな」

「違うわ。早馬で駆け抜ける予定だったのよ」

「馬は?」


 俺は周りを見回した。

 しかし、馬どころかウサギすらここに来る途中いなかったはずだ。彼女は両腕を組んで、チラリとオークの骸の山に視線を向けた。


「とっくにエサになっちゃったわよ、オークの……」


 つまり、彼女はオークに襲われて木の上に逃げ、オークが馬のメインディッシュを楽しんでいる場面に俺が一人のこのこと現れたということか。


「私のことを無謀だって言うけれど、聖騎士さまだって同じじゃない。一人でマルガーレンに行くつもり?」

「俺の場合は試験だからな。ローザリンの街からマルガーレンの城まで、徒歩で旅をする。それが聖騎士になるための最終試験だ」


 そう、俺はマルガーレンの聖騎士見習いだ。この試験を終えれば、正式に騎士として認められる。

 だから最初から最後まで、一人で困難な旅を成し遂げようと出発したのだ。旅の同行者など考えたことも無い。

 ふと彼女を見ると、なにやら真剣に考え事をしている。


「どうかしたのか?」

「その試験って、パーティーを組んじゃいけないの?」


 最終試験は徒歩で行くということしか規制はされていない。

 過去に商人と彼らを守る護衛の旅団に同行した者がいたが、試験は合格している。徒歩で移動中、どんなルートで同行者がいるならそれが誰で移動中に何が起きたか、報告書に書いて提出すればいいだけだ。

 要するにたった一人になってしまう状況に陥っても、無事に帰還して情報を伝えることが出来るかをこの試験ではテストしているのだろう。


「いや、パーティーの規制は無い。それがどうした?」


 俺の返事に、彼女は目を爛々と輝かせた。


「私たち、パーティーを組みましょう! 目的地も一緒だし丁度いいわ」

「え?」


 俺があっけに取られていると、彼女は両手を組んで祈るような仕草をし、一人でうんうんと頷いている。


「そうしましょうよ。私たちはマルガレーンに行きたい。だけど一人では危険な道のりだ。助けあえる仲間がいると何かと便利。ほら、利害が一致しているでしょう」


 確かに利害は一致しているだろう。

 だが俺は旅に出て、たった一時間しか経っていない。一人で困難な旅を成し遂げるぞと自ら誓いを立てたのに、もう挫折していいのだろうか。


「悪いが、俺は一人で行くつもりだ。それでなければ試験の意味が無い」

「どうして?」


 彼女は俺が断るとは思いもしなかったらしい。『何を言っているの?』という顔をしている。


「俺にとってこの旅は、正式に聖騎士となるための試験だ。誰かの手助けをしてもらうわけにはいかない」

「もう、手助けされちゃっているじゃない」


 痛いところをついてくる。既に俺は彼女に助けられていた。


「それでも、俺はできるだけ一人で……っ」


 やはり断ろうとした俺だったが、彼女の顔を見て言葉を詰まらせてしまった。

 大きな瞳を涙で潤ませている。


 マズイ――。


 非常にマズイ展開だった。俺は女性の涙には弱い。その原因が自分にあるなら尚更だ。

 自分の信念を貫かなければ男としてのプライドに傷がつく。

 しかし、困っている女性を泣かせた挙句に助けないのは、聖騎士としてあるまじき行為だ。


「これから長い旅になるのに、同じ道を歩かなくちゃいけないってわかっているのに、自分だけ先に一人で行くつもり? か弱い女性をたった一人で、この森に置き去りにするっていうの? それが気高く慈悲の心を持つ聖騎士さまのすることなの?」


 今にも大粒の涙が零れ落ちそうだった。そこまで言われて断れるはずがない。


「わかった。パーティーを組もう」

「ホントに?」

「本当だ」


 俺は心の中で白旗を揚げた。

 パーティーを組んだのは試験を楽にするためじゃない。彼女を守りながらマルガーレンを目指せばいいのだと、俺は自分に言い訳をしていた。

 俺が複雑な気持ちでいるのとは対照的に、彼女はみるみる明るい表情になっていった。

 今、泣いたカラスがもう笑った――とは、こういうことを言うのだろう。

 すっかりご機嫌になった彼女は、急に俺の前に立ちはだかった。矢を持たずに弓を構え、弦をキリリと引き絞る。


「ここに誓う。貴方とともに生き、貴方とともに歩み、どんな困難にも負けず、逃げることもせず。この弓にかけて誓おう。最期の一瞬まで戦い抜くことを――」


 呆然と眺めていた俺に、彼女は小さく笑って片目をつぶった。


「パーティーを組むんですもの。パーティーの宣誓をしておかなくちゃね。今のはアーチャーの正式な宣誓よ。初めて見た?」

「ああ、初めてだった。それなら俺も、宣誓をしておかないとな」


 俺はそれまで頭と顔を覆っていたプレートヘルムを脱いだ。頬に澄んだ森の空気が直にあたって心地いい。

 ヘルムを左脇に抱え、右手を左胸に当てる。俺は片膝を地面につけ、ゆっくりと彼女の前に跪いた。


「マルガーレンの聖騎士の名にかけて、ここに誓う。なんどきも貴女の傍を離れず、なんびとも貴女を傷つけることも、触れることもできはしない。貴女を最後まで守り抜くと誓います。この命、燃え尽きるまで――」


 宣誓を終えて顔を上げると、彼女の様子がおかしかった。


「どうした?」


 顔だけじゃない。首も耳も真っ赤に染まっている。そわそわと浮き足立った雰囲気で落ち着かず、なにより俺と視線を合わせようとしなかった。


「なにか変だったか?」


 俺が立ち上がると、今度は俯いてしまった。やはり目を合わせてくれない。


「ううん、変じゃないよ。そうじゃなくて、そのっ、今の台詞って……」

「マルガーレン聖騎士団の正式な宣誓だ。俺のような剣士はだいたい同じ台詞だな。ソードマン、フェンサー、それにランサーも似たようなもんだ。アーチャーは知らない。同じかもしれないし、違うかもしれない」

「そ、そっか」


 今度は金髪をしきりにいじっている。俺の顔に変なものでも付いているのかと、掌で撫でてみたが特に何も付いてはいないようだ。


「あのね。今の宣誓だけど、私はいいけど他の女性にはしないほうがいいよ」


 彼女は上目遣いで俺を見上げながら、恐る恐る呟いた。


「どうして?」

「勘違いしちゃう人、いると思うよ」

「なんだ、そりゃ?」


 俺が意味がわからないと首をかしげると、彼女は口をへの字に曲げて怒り出した。


「と、とにかく、今後パーティーに加わる人が増えても、宣誓しちゃダメだからね。宣誓は省略。うん、そういうことにしよう」


 そういうと、彼女はさっさと森を抜けるために歩き出してしまった。


 笑ったり泣いたり怒ったり、彼女は表情がくるくると変わる。今までは感情をストレートに表現するタイプの人間を俺は好きになれなかった。相手にしているとこっちが疲れるし、自分がそれに振り回されるのは不愉快だったからだ。

 でも、彼女はちょっと違った。聖騎士団にいても不思議ではないほどの弓の使い手であるのに、見た目はどこにでもいる少女のようだった。喜怒哀楽の変化も見ていて飽きない。ときどき大人びた表情をすることもある。


 ふと、自分の感情に気がついて俺は苦笑した。彼女に興味を持ち始めている。

 ここ数年、剣の技量を磨くために必死で修行してきた。来る日も来る日も、ただ訓練に明け暮れる毎日だった。色っぽい話など全然なかったし、それで構わないと思っていた。

 それなのに、こうしてたった一人で旅をすることになったら、最初に出会った女性に惹かれている。あまりにもお手軽すぎないかと、自分で自分が情けなく見えてきた。

 ずっと前方を歩いていた彼女が、急に振り返って俺に両手を振っている。追いつこうと歩みを速めた俺に向かって彼女が叫んだ。


「私の名前はクラウディア。貴方は?」


 そうか。まだ名前を教えあっていなかった。


「俺はスタンリィだ」


 クラウディアに追いついた俺は、彼女に右手を差し出した。


「お礼を言いそびれた。さっきは助けてくれてありがとう」


 俺の手を握り返すとクラウディアは、口の両端をきゅっと持ち上げて、最高の微笑みを返してくれた。


「どうってことないよ、相棒!」


 俺は茶目っ気たっぷりの相棒を見て、たまにはパーティーを組むのも悪くないと考えていた。どうやらこの旅の間は、退屈しなくて済みそうだった。



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