95.変わりゆく意識
季節が移り変わっていく。
温かい春風から若葉の香る夏、色とりどりの秋の実り。
そして、季節が巡り巡ってまた冬が訪れる。
「それじゃあ正式な発表は十二月の夜会なのね」
「はい。学期末試験の後に開くようで」
確認するとオーレリアが頷く。
創立祭で二人の思いが通じてから半月。
ロイスは国王夫妻に自分の気持ちを伝え、王家からマーセナス辺境伯家に婚約を打診したのは先日のことだ。
「ご両親はびっくりしてた?」
「はい。……特にお父様はすごく狼狽えて。あの狼狽え具合は今後見ないと思いました」
「あはは。みーんなが認める王子様と婚約するからねー」
オーレリアからの報告をアロラがのほほんと聞く。のほほんと聞いているが辺境伯家は大騒ぎだったと思う。
自分の娘が王太子に見初められたのだ。辺境伯夫妻も次期王妃は私か他の有力な中央貴族の令嬢だと思っていただろうし驚いたと思う。
「中央に後ろ盾のない私を心配していましたが私と殿下の気持ちを聞いてくれて……最後は頷いてくれました」
ここにいない辺境伯夫妻を思い出しているのか表情は柔らかい。
辺境伯の反応は当然と思う。ここ二百年ほどはずっと中央貴族の令嬢が王妃になっていたから。
今は隣国との関係は良好だけどそれはいつまで続くか分からない。自分たちは国境を守護する任務があるため中央にいる娘を気にかけるのは難しいから難色を示したのは簡単に予想がつく。
それでも、オーレリアを育てた人たちだ。ロイスとオーレリアの話をしっかりと聞いて最後は託してくれたのだと思う。
「ドレス選びはしてる? 婚約発表するんだからかわいくて素敵なドレスを選ばないと!」
「ドレスは王妃様から形や色を打ち合わせしたいと言われてこれからする予定です」
「王妃殿下が関わるのなら安心ね。自分の好みを伝えて決めればいいわ」
王妃様がドレス選びに関わるのなら大丈夫だ。王妃様はセンスもいいからオーレリアの好みを聞きながら彼女に似合うドレスを選んでくれるはずだ。
ちなみに婚約が成立した翌日、王妃様から手紙が来て感謝されたのは記憶に新しい。
娘が出来るのが嬉しいのか、文字から機嫌がいいのが伝わり、緊張しながらも礼儀正しくて音楽に造詣が深いオーレリアを気に入ったようだ。
王妃様を味方にしたオーレリアを褒めたい。王妃様を味方にしたら王宮を掌握したのも同然だから。
そしてこれは余談だが、陛下より王妃様の方が存在感があるのは秘密だ。
「ドレス選びは時間がかかるから週末になるのかしら? 忙しくなるわね」
「はい。……でも、その後は殿下とお茶する予定になっていて」
「あらら」
「オーレリアちゃんったらかわいいー」
頬を少し赤らめて嬉しそうに笑うオーレリアに微笑ましくなる。これがロイスなら揶揄うのだが相手がオーレリアなので我慢する。
「楽しんできてね」
「はい」
「でももうすぐ学期末試験だし本当忙しくなるね」
「オーレリアはアロラみたいに授業中寝ないから問題ないわよ」
「それはそうだけどさー」
指摘するとアロラが口を尖らせる。
オーレリアは授業を真面目に聞いてるし、特別苦手という科目はない。なので試験範囲をきちんと勉強していたら問題ないだろう。
それよりも心配なのはアロラなのだが、この子は気付いているのかと言いたい。
「でも私、もっと勉強頑張りたいと思ってます」
「オーレリア?」
アロラの勉強を心配しているとオーレリアが突如そう言い出して目を丸める。目を丸めているのはアロラも同じだ。
「殿下の隣にいて恥ずかしくないようにもっと勉強頑張りたいと思ってて。一学期の点数を超えられるように頑張ろうと思います」
「オーレリア……」
決意表明するオーレリアに少しずつ、でも確実に変わっているのを実感する。
ロイスの隣にいるために、相応しくなろうとするその姿に胸を打たれる。恋をしたら、人はこんな風に変わるのか。
「そう。分からないところがあれば言ってね」
「ありがとうございます。……あと、勉強とは違うのですがメルディアナ様に折り入ってご相談が」
「……私に?」
真剣なまなざしで告げるオーレリアに私も自然と姿勢を正す。オーレリアにこんなに真剣な目を向けられたのはもしかしたら初めてかもしれない。ごくり、となる。
「私に出来ることならいいんだけど」
「メルディアナ様がいいんです。……実は、王宮での作法を教えてほしくて」
「作法?」
「はい」
想像と違う内容に目をぱちくりする。とりあえず、もっと高難度の相談を想像していたのでほっとする。
「婚約発表は王宮の夜会と聞いて……。その、私は王都の夜会もあまり参加したことなく、王宮の夜会なんて建国祭のみで……正直作法に不安があって……」
「あー、王宮の夜会の作法はややこしいよねぇ」
「そうなんです……! 建国祭は一参加者でしたが今度は絶対注目されるので……!」
アロラが呟くととオーレリアが激しく同意する。まぁ、オーレリアが不安になる理由も分かる。
王宮の夜会は貴族の家で開催される夜会と違って色々としきたりやマナーがあり、はっきり言ってややこしい。
特にオーレリアは次の夜会でロイスの婚約者として発表されるため、その緊張は凄まじいはず。一挙一足全てを注目されて、失敗でもしたら一気に広がるだろう。
穏やかで優しいロイスを慕っていた中央貴族の令嬢は多い。公爵令嬢の私が筆頭婚約者候補だったから多くの子は大人しかったけど、辺境出身のオーレリアを侮る令嬢も現れるはずだ。
だから完璧なマナーを身につけて文句なんて言わせないようにしないといけない。
「メルディアナ様は王宮の作法も完璧と王妃様に聞いて……。殿下にご迷惑をかけたくないんです。メルディアナ様、教えていただけないでしょうか」
淡い緑色の瞳がまっすぐと私を見据える。
さっきも思ったけど、少しずつ覚悟を持ち始めているのが分かり、自然と口許が緩む。
頼られたのなら応えるつもりだ。だって、大切な親友のお願いなのだから。
「分かったわ。ただし、学期末試験にドレス選びと時間はあまりないからハードになるけど付き合える?」
「はい!」
「よろしい」
威勢のいい返事に満足する。よし、それならまずは場所の確保だ。
「放課後、私の屋敷でレッスンしましょう。試験で分からないところも教えるわ」
「よろしくお願いします」
「アロラも来る? 勉強教えるわよ」
「そうだねぇ。私も久しぶりにメルディのお屋敷行こうかな」
アロラから言質を受け取る。よし、これで勉強を見張ること出来る。
教えるけど王宮の作法はややこしいのは事実だ。作法で間違えやすい箇所をまとめた方が後で見直すことが出来るだろう。
「それじゃあ明日から始めましょう」
そして注意点をまとめようと考えながらお茶を含んだ。