92.煌めく会場と夜空に浮かぶ月1
創立祭の建物へ着くとホールの入り口でクラスの生徒の出席確認をするダレル先生に近付く。
「お、カーロイン。やっと来たな」
「こんばんは、ダレル先生」
「まったく。待ちくたびれたぞ」
「もしかして、私が一番最後ですか?」
待ちくたびれたと言われてダレル先生に尋ねる。去年と同じ時刻に来たけど、前は最後じゃなかったんだけど。
「あとはスターツだな。なんだ? 二人共創立祭嫌いかぁ?」
「いえ。私は違いますけど」
ユーグリフトの方は知らないけど。ってかユーグリフトはまだ来ていないのか。
去年もいやいや来ていたから足が重いのかもしれない。特に今年はロイスと踊れない令嬢がユーグリフトに思い出として踊ってほしいと頼んでいた場面見たし。
「ったく、クラスの生徒全員の出席確認出来ないと会場に入ってうまい料理食えないんだぞ。それとも二人で組んで俺の全料理制覇を邪魔する計画でも立ててるのか?」
「いえ、そんなつもりないですし興味ないんですけど」
疑うダレル先生に冷静に返す。なんで私がユーグリフトと組んでダレル先生の野望を妨害しなきゃいけないんだ。わけが分からない。
「本当かぁ? 来年は頼むぞ?」
「気を付けます」
早く来てほしい理由が料理なのか。まぁダレル先生らしいと言えばそうだけど。
出席確認が終えると会場へ入り、さっと全体を見渡す。創立祭の会場は王宮の夜会並みに華やかでまだ始まってないのに賑やかだった。
「メルディ、こっちこっちー!」
「アロラ、オーレリア」
そう思っていると既に会場入りしていた二人を見つけてそちらへ向かう。
「去年もすごかったけど今年もすごいね。見て、あのケーキの山! 煌めくシャンデリア! プロの音楽団!!」
「分かったから静かにして」
茶色い瞳をキラキラと輝かせながら語るアロラを止める。普段使わないからか興味深いようだ。
創立祭の会場は新入生歓迎会に年に一回の創立祭、三年の卒業パーティーの時しか使わず、大切な行事で使うので内装も豪華だ。
生徒会の方は役員全員が既に集まっていて学園長やその他教員と話をしていて、必要に応じてホールの外に出たりと大変そうに見える。うん、生徒会に入らなくてよかった。
そんなこと思いながらアロラたちと少し話していると学園長が壇上に上がってきた。どうやら生徒全員の出席が確認出来たようだ。
学園長の挨拶が終われば創立祭が始まる。皆、心踊らせているのが感じられる。
そして生徒たちの空気を感じ取った学園長が簡潔に挨拶を終わらせて創立祭を宣言する。さぁ、楽しい時間の始まりだ。
一曲目の音楽が鳴り始めるとアロラがステファンと一緒にホールの中央へ行き、音楽に合わせて踊り始める。その間にライリーと合流する。
「メルディ」
「ライリー。急に変更にごめん、今日のダンスよろしくね」
「気にしないで。僕の方こそよろしくね」
謝罪するとライリーが微笑みながら首を振ると隣に並んで一緒に音楽を聴く。
そして一曲目の演奏が終わるとライリーが微笑みながら手を差し出してくる。
「メルディ。行こうか」
「ええ」
差し出された手に手を重ねて優雅にホールの中心まで歩いていく。四方八方から視線を感じるけど、なんてことないように微笑む。
中心へ着くと二曲目の演奏が流れ始めて踊り出す。さすがライリー、リードが上手で踊りやすい。
くるくると回転しながら周囲の様子を確認する。
オーレリアはダンスを終えたアロラと合流してこちらを見ている。アロラはステファン以外誰とも踊る気ないと言っていたのでオーレリアの側にいてくれるだろう。
ステファンはロイスと合流して隣に控えている。そしてそのロイスの近くにルーヘン伯爵令嬢がいて何やら色々と話しかけている。機嫌よく見えるのは気のせいではないだろう。まぁ、嫌いな私が近くにいないから分かるけど。
「ライリーは踊る約束してる女の子いるの?」
「数人頼まれて踊る予定だよ」
「一桁? 二桁じゃなくて?」
「否定はしないかな」
踊りながらライリーの方を尋ねると苦笑しながら答える。この様子は結構な数からお願いされたなと判断する。
「創立祭はどうして令嬢からダンスを申し込んでもいいのかな。普段の夜会は許されないのに」
「学園の夜会だからでしょう。完全に社会に出る前の夜会だから許されるんでしょう?」
学園を卒業すると成人扱いされる。そうしたら令嬢から好きな人にダンスを申し込むことは出来ない。
だから学園在学中だけは思い出として好きな人と踊れるように令嬢からダンスを申し込むことが許される風潮がある。
「大変ね」
「頼まれたからには出来るだけ応じるつもりだけどね。次はベアトリーチェちゃん?」
「ええ。お願いね」
「了解」
会話をしながら最後の回転をする。これでリーチェとの約束は果たせそうだ。
演奏が終わるとライリーと手を離してカーテシーをする。さて、次はアルビーだ。
リーチェの方を見ると少し会話してライリーが手を差し出して微笑み、リーチェが顔を朱色にしながら応じる。その光景に目元が緩む。
次の演奏が奏で始めるとライリーが上手にリードしながら時折、ライリーが話しかけてリーチェが恥ずかしそうに、でも嬉しそうに話しているのが見受けられる。
そんな風に観察しているとアルビーが面白そうに笑いながら私に話しかける。
「おいおい、メルディ。なんだよあれ。すっげー興味あるんだけど」
「言っておくけど、揶揄うの程々にしとかないと締められるわよ。あとリーチェにしたら許さないわよ」
「分かってるって。俺が揶揄いたいのはライリーだけだって。あとで揶揄ってやろっと」
ニヤニヤと好奇心を隠さずに言う。この雰囲気、分かってない。あとでライリーに締められる未来しか見えない。
そんなこと思いながらステップを踏んだのだった。
***
賑やかな時間はあっという間に過ぎていく。
会場はというと、ダンスを楽しむ生徒に意中の相手との談笑を楽しむ生徒、食事を楽しむ生徒と様々だ。
そんな中、私はというとようやくダンスを終えてアロラたちを探す。
特にアロラは食事エリアにいる可能性が高いのでそちらの方をよく探す。
二人の姿を探していると珊瑚色の髪が視界に映る。あの髪色は珍しいのですぐに分かる。
珊瑚色の髪がある方へ向かうと案の定アロラとオーレリアがいてこちらに気付く。
「メルディやっと終わったの?」
「たった今ね。楽しんでるわね」
「えっへん。なんとこっちのテーブルのケーキ全種類制覇しました!」
誇らしげに報告してテーブルに並ぶケーキの種類を見る。数はゆう十五は越えている。
「さすがね。今はこっちのテーブル挑戦中?」
「そのとおり。今は三個目!」
そう言ってチョコレートケーキを幸せそうに頬張る。おいしそうに食べるので何も言うまい。
「メルディアナ様、マスカットの果実水はどうですか? とっても冷たくておいしいですよ」
「ありがとう、いただくわ」
オーレリアから受け取って口に含む。喉が渇いていたのでありがたい。
一口で飲み込むとオーレリアがくすくすと小さく笑う。
「ずっとダンスで大変そうでしたね。お疲れ様です」
「飲み物ありがとう。足もしんどいわ」
「椅子でもどうですか? 私たちもさっきまで座ってたんですよ」
「そうするわ」
オーレリアの提案に頷いて椅子に座る。ずっとダンスの対応をしていたので疲れたのは事実だ。
「メルディもケーキ食べる?」
「じゃあアロラと同じの一個貰おうかしら」
「それなら私取って来ますね」
「いいわよ、自分で取るわ」
「飲み物取るついでですから。座っててください」
そう言って笑顔で行くオーレリア。帰って来たら感謝しないと。
そしてケーキを持って戻って来たオーレリアにお礼を言い、二人に尋ねる。
「二人はずっとここに?」
「基本的にね。シェフにおすすめを教えて貰って食べてたんだ」
「どれもおいしくて楽しかったですよね」
「ねー」
どうやら私がダンスをしている間、二人は有意義な時間を過ごしていたらしい。
それからしばらく談笑しながら過ごし、さりげなく時計を確認する。
そして時計の針が終了時刻の二十分前を指しているのを確認してオーレリアに提案する。
「オーレリア、ちょっと涼みたいから付き合ってくれる?」
「いいですよ。アロラ様は?」
「私はここで制覇するからいいかな」
断るアロラがオーレリアに見えないように片目を閉じる。なので私も小さく口角を上げる。
「じゃあ行きましょう」
「はい」
手洗いなどで会場から出る生徒はいるので私たちが出ても特段おかしくない。
そして会場を出て階段を下りて外の庭に出る。人の気配もないし、公爵令嬢の仮面を外して腕を伸ばして息を吐く。
「はぁー、涼しい。会場熱気ありすぎない?」
「学園の一大イベントですからね。秋なので長居はよくないけれど少しくらいなら涼しいですね」
「そうね。付き合ってくれてありがとう」
「いいえ」
急な申し出だったのにも関わらず微笑んでくれてほっとする。
見上げると美しい満月が暗い夜空の中で輝いている。
「誰とも踊らなくてよかったの? 申し込まれたりしてたでしょう?」
「足を踏みそうで断ったんです。恥ずかしいじゃないですか」
確かに踏んでしまったらダンスが苦手なのかと思われるけど、オーレリアはダンスが特別苦手というわけじゃないのにと思ってしまう。
「それよりもメルディアナ様ですよ。全部のダンスを見ていたわけじゃないですが軽やかに踊っててすごいと思いました」
「ありがとう。剣を振る条件だったからね」
「そうなのですか?」
「ええ。公爵令嬢に相応しい所作を身に付ける条件で剣を握るの許可されていたから」
公爵家の娘という立場は色んな人に注目される。だから隙を見せないようにと教育されたものだ。
まぁ、マナーや教養を身に付けたら剣を持ってもいいと言ってくれたから私の両親は大分寛容だと思う。普通、娘が剣を持ったら取り上げるだろうし。
「そんな条件があったんですね」
「自分でも女の子らしくないなって思うわ」
「でも私は好きですよ。シェルク侯爵令嬢から助けてくれた時、すごくかっこよかったです」
笑いながら初めて出会った時の話をする。思えば、あの一件でオーレリアと知り合ったきっかけになったし、心を開いてくれた気がする。
「メルディアナ様は卒業後は騎士に?」
「ええ。とは言っても王立と近衛まだ決めてないけどね」
「ふふ、メルディアナ様ならどちらでも活躍しそうですね。強くて凛々しいので安心感を与えられる騎士になりますよ。助けられた私が保証します!」
オーレリアが意気込んで断言する。なぜだろう、オーレリアに言われると本当にそんな騎士になれる気がする。
そう思えるのはオーレリアがまっすぐで人の心を温かくする性質だからだろう。
「オーレリアは褒め上手ね」
「もう、メルディアナ様ったら。私は本当のことを言っているだけですよ」
「ふふ、ありがとう。オーレリアは私の自慢の親友よ。──だから、もっと自信を持っていいわ」
「えっ?」
私の発言に目を丸めるオーレリアに微笑む。同時に、知っている気配がして振り返る。
早足で来たのか少し息が上がっているのは――私の幼馴染だ。
「……殿下……?」
オーレリアが驚いた声でロイスを呼ぶ。
そんなオーレリアを置いてロイスに近付いてカーテシーをする。
「殿下、ごきげんよう。申し訳ございません、所用を思い出したのでお暇させていただきます」
「……ああ、メルディアナ。分かったよ」
「ありがとうございます。──自分の気持ちに正直になってね」
「っ……、ありがとう」
そしてすれ違う際に助言するとロイスがお礼を言う。お礼はまだ早いのに。
そう思いながらロイスとオーレリアを置いて退散した。