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91.相談

 創立祭まであと二日と迫ったある日の放課後、実家ではあまり飲まないコーヒーの香りを味わいながら目の前の光景を眺めていた。


「お姉さま。こちらのドレスとこちらのドレス、どちらがいいと思いますか?」


 首を傾げて藍色の髪を揺らるのはリーチェで、その右手にはかわいらしくて明るさを感じる青色のドレス、左手には温かい色合いのオレンジが混じった淡い桃色のドレスを持っている。

 リーチェの問いにカップをそっとテーブルに置いて差し出された二つのドレスをじっと見る。


「どっちも素敵よ。だからリーチェが決めたらいいと思うわ」

「……私はお姉さまに決めてほしいのです」

「そ、そう」


 悲しそうにそう言われたら断れない。うむむ、どっちがいいだろうか。

 オレンジが混じった淡い桃色のドレスは明るすぎない色合いでよく似合うと思う。もう一方の青いドレスはリーチェの髪色とまた違う色なのでこれもよく似合う。

 じっくりとドレスの良さを考えて指を差す。


「青いドレスの方が明るくてデザインも素敵だからそっちがいいかも」

「本当ですか? それじゃあこれにしますっ!」


 青いドレスの方を指差すとぱぁぁっと明るくなる。

 どちらも似合っていたが青いドレスは特に小柄なリーチェの良さが引き立たせるデザインがされていた。なので青いドレスにしてみた。

 青いドレスに似合う装飾品を選んでいる後ろ姿を眺めながらカップを持ち上げて再びコーヒーを飲む。


 私がいる場所はリーチェの実家であるリーテンベルク伯爵邸で、リーチェに明後日のドレスを相談されてやって来た。


「リーチェならどっちでも似合うのに」

「私はお姉さまみたいに背も高くないから自信ないんだもん。もっと背が高かったらなって何度も思ってたんですよ」

「あらあら」

「もう、お姉さま。ちゃんと聞いてよ」


 不満そうに頬を膨らませる姿に苦笑する。本人に言ったらもっと不機嫌になるから言わないけど、そんな仕草をすると子どもっぽく見える。

 そんなこと思っているとドアがノックされ、リーチェの母親であるレオニー様が入室してくる。


「ベアトリーチェ、ドレスは決めたの?」

「お母様! お姉さまに見てもらって青いドレスにしたの!」

「そう。メルディアナに迷惑かけなかった?」

「大丈夫です、レオニー様」


 リーチェに問いかけるレオニー様に平気だと告げる。学年も違い、学園が始まってからも(せわ)しなく動いていたのでリーチェと過ごす時間は久しぶりだ。


「そう? メルディアナがそう言うのなら構わないけど……。迷惑だったらはっきり言ってね?」

「大丈夫ですよ。リーチェは物分かりが良くていい子なんで」

「お姉さま……! 大好き!」


 フォローするとリーチェが嬉しそうに隣に腰がける。さっきまで頬を膨らませていたのに怒りは既に解けたようだ。


「メルディアナがそう言うのならいいわ。ゆっくりしていってね」

「はい、ありがとうございます」


 微笑むレオニー様にお礼をすると部屋を後にし、私とリーチェの二人となる。


「あとは装飾品ね。決められそう?」

「うん。領地で採れたこのネックレスで行こうと思うの」


 そう言って見せてきたのはリーテンベルク伯爵領で採れた宝石を加工したネックレスで照明の光に反射してキラキラと光っている。


「きれいね。まだあまり使ってない?」

「十六歳のお誕生日にってお父様とお母様がくれたの」

「そうなのね。加工も繊細で石自体も上質で宝石好きの令嬢の目に留まるはずよ。声をかけられたら自領で採れた物って宣伝したら興味を持ってくれるはずよ」

「お姉さま、商人になってます」


 指摘されてはっとする。しまった、思わず商人目線で話してしまった。

 だって私は国内有数の商業都市のカーロイン公爵領で生まれ育ったんだ。国内外の商人と話したことあるし、商売に関する知識も有している。


「こほん。えーと、色も加工技術も素敵だからドレスとよく似合うと思うわ」

「私も思っていたの。じゃあこれともう一つ考えてみる」

「ええ。もし悩むのなら侍女やレオニー様に相談しなさい」

「うん」


 さりげなくレオニー様と侍女に相談するように誘導する。

 レオニー様に侍女たちもリーチェをかわいく着飾りたいだろうし。あまり私ばかりその役割担うのも悪いから。

 そう思っているとリーチェがネックレスを片付けて「あ」と何か思い出したかのように声を上げる。


「お姉さま、最初のダンスは誰と踊るのですか? 殿下は生徒会のお仕事で踊れないのですよね?」

「そうだけどよく知ってるわね」

「一年生の子が悲しそうに話していたので」

「そうなのね」


 さすが学園。狭いからあっという間に広がるようだ。

 去年はロイスと最初に踊ったけど今年は生徒会の運営に回るのでダンスが出来ない。


「最初のダンスはアルビーよ。その次にライリーと踊る予定」

「ウェルデン先輩たちと……。そうなのですね」

「ええ、二人がいてくれて助かったわ」


 ここにはいない赤髪の従兄たちを思い浮かべる。二人になら気を遣う必要ないので楽だ。

 

「告白にダンスの申し込みが絶えないって聞いたのですが本当ですか?」

「……よく知ってるのね」

「だってお姉さまは有名人だもの。階が違っても耳に入ってくるわ」


 リーチェからの問いに思わず詰まらせる。学年が違うリーチェまで知っているなんて。さすが学園、狭いからすぐに伝わる。


「告白は断ったわ。ダンスの方は受けるけどね」

「それじゃあお忙しいのじゃないですか?」

「ええ。だから当日の申し込みは断るつもりよ」


 今でも結構な人数なのでこれ以上申し込まれたら断るつもりだ。理由? 私だって友人と談笑する時間がほしい。それに足を休ませたい。


「リーチェは? ダンス申し込まれたりした?」

「申し込まれている子を見たことありますが私はないです」

「そうなの? 誰か踊りたいと思う人はいないの?」


 首を傾げながらリーチェに問いかける。

 創立祭は異なる学年の人とも関われるイベントで、それこそダンスを通じて会話が生まれてついには恋愛に発展することもある。

 実際、創立祭のダンスがきっかけで婚約者が出来た例もあり、婚約者がいない人はダンスに積極的な人が多い。


「……いるのはいるけど、応じてくれるかどうか……」

「その人ダンスが嫌いなの?」

「ううん。でも、人気だから難しいかもって……」


 自信なさげにリーチェが呟く。人気者なのか。確かにそれだとダンス応じられるか分からない。


「ちなみに相手は? もし私と踊る予定の人ならさりげなくだけど口添えしてみるけど」

「えっ」

「? どうしたの?」


 力になりたくて問いかけるとなぜか硬直するリーチェ。え、どうして固まるんだ。


「リーチェ?」

「ご、ごめんなさい、恥ずかしくて。……驚かずに聞いてくれますか?」


 頬を赤らめながら見上げて来るけどその発言が気になる。驚かずに? 私の知ってる人? え、誰だ。誰なんだ。

 分からないけれどこくりと頷くと意を決してリーチェが告げる。


「あのね、驚かないでね? ……ライリー先輩と踊りたいの」

「……は、ライ──!?」

「お姉さま! 落ち着いて、落ち着いて!」

「落ち着けるわけない! え!?」


 思わず大声で名前を叫びそうになって手で押さえるけど、待って、リーチェの好きな人ってライリーなの!?

 頭が混乱する。いつ? いつからなんだ!?


「そ、そそそれって」

「お姉さま、動揺しすぎです……!」

「だ、だって知らなかったから。……それって好きってこと?」

「好きかはまだ分からないけど……。昔からお姉さまを通じて関わることがあったでしょう? その時から優しくて素敵だなって思ってて。お姉さまの従兄だからお姉さまに言うの恥ずかしくて……」


 頬を朱色に染めてリーチェがそう言う。確かに私には言いにくいかもしれない。今も驚かないでほしいって言われたのにすごく驚いてしまったし。

 それにしてもライリーか……。まぁ、ライリーが毒舌なのはアルビーくらいで基本優しい性格だし、容姿もいいし納得出来ると言えば出来るけど。

 本人は踊るの迷っているだけどライリーは三年生だ。つまり、あと半年で卒業してしまう。


「……ライリーは春からは王立騎士団に入団するの」

「えっ! 騎士団に?」

「ええ。王宮を守る近衛騎士団と違って王立騎士団は異動もあるからもしかしたら中々会えなくなるかもしれないわ」

「そんな……」


 事実を伝えると悲しそうな声を上げる。王立騎士団は東西南北と王都に配属されるけど、どこに配属されるかなんて入団する直前まで分からない。


「だから思い出として一曲踊ってみたら? 卒業したら確実に会えるのは王家主催の夜会くらいで他の令嬢に囲まれて踊るのも難しいだろうし」

「で、でも人気だろうし、応じてくれるかな……」

「私が口添えするわ。別に仲が悪いわけじゃないんだからライリーも応じてくれるはずよ」


 これが仲が悪いのなら私も口添えが難しいけど二人は顔見知り程度だけど仲が悪くない。なので「緊張をほぐしてあげて」と頼めばライリーも応じてくれるだろう。


「……お姉さま、お力お借りしてもいいですか?」

「勿論。かわいいリーチェのためだもの」


 ライリーがもうすぐで遠くに行くかもしれないと知ったからか、不安そうに頼ってくる。任せなさい。ライリーにはきちんと言っておく。

 そうしてリーチェとの時間はあっという間に過ぎ──創立祭当日を迎えた。

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