90.すれ違う気持ち
やつれているロイスと心配するステファンにお茶を淹れてあげる。
「…………」
お茶を渡すもロイスの顔は変わらず、頬杖をしながら観察する。
何があったのか分からないけど、こんなに感情を露わにするのは珍しい。普段はもう少し上手に隠すのに。
つまり、隠しきれないくらいショックな出来事があったというわけで。
「ここに来るまでに何かあったの? 解決するか分からないけど話しなら聞くけど?」
二人が部屋に入ってから皆無言だった沈黙を破ってロイスに問いかける。
落ち込んでいる理由は分からないけど、力になれるのであればなりたいから。
問いかけるとロイスの美しい水色の瞳が不安そうに揺れるとポツリを言葉をこぼす。
「どうしよう、マーセナス嬢に嫌われたかもしれない……」
「えっ!?」
「オーレリアに?」
ロイスが告げる内容にアロラが大きな声を上げる。オーレリアに嫌われた?
「どうしてそう思ったの?」
「……ここに来る途中でたまたまマーセナス嬢と会ったんだ。だから話しかけたんだけど避けられてすぐにいなくなって」
「で、でもそれはオーレリアちゃんが忙しかったのかもしれませんよ? だから気にしなくていいんじゃないですか?」
アロラが動揺しながらもフォローする。確かにその可能性もあるから決めつけるのは早計だと思う。
しかし、そうフォローするもロイスの顔は晴れない。
「一回だけならそう思えたよ。でもここ数日ずっと避けられてるんだ。ステファンには普通なのに僕には素っ気なくて」
「殿下のおっしゃるとおりで。僕には普通に会話も返してくれるのですが殿下には早く会話を切り上げようとしているように見えて……」
ステファンが補足するとロイスが意気消沈したように暗くなる。ステファンには普通なのにロイスにだけ冷たいのか。
「何か心当たりはないの?」
「失礼なことした覚えはないけれど……豊穣祭の後から様子がおかしいから昔話を聞いて幻滅されたのかなって思うんだ」
「昔話ですか?」
ステファンが目を丸めるとロイスが説明する。
「マーカスに会いに行ったって話しただろう? その時に恥ずかしい昔話されて。その直後は普通に接してくれてたけど、小さい頃の僕は今と結構違うからやっぱり幻滅されたのかなって」
意気消沈しながら呟く。
どうやらロイスはそれが原因だと推測しているらしい。まぁ、確かに小さい頃のロイスを知らない人からしたら驚いたと思うけど。
「ですがそれが原因とは限りませんし」
「だけど他に思いつかないんだ。その後からよそよそしいから」
「殿下……」
ステファンもフォローするけど表情は晴れないままだ。
ロイスは昔と今の乖離が原因と思っているけど、それが原因だと言われてもしっくりこない。
だって乖離しているのは私も同じなのに私にはそんなことないのだから。
「仮にそれが原因だとするとおかしくない? 私には変わらないのよ。被害は私の方が大きかったのに」
「それはメルディアナの好感度が高いからだよ」
「自分で言ってて悲しくない?」
それって私の方がオーレリアに好かれているってことなんだけど言ってて悲しくないのかとツッコミたい。
「マーセナス嬢はメルディアナのこととても慕ってるよ。辺境伯領へ視察に行った時もメルディアナとアロラに来てほしかったって言ってたし」
「そ、そう……」
ロイスの報告に顔を引き攣る。オーレリア、視察の時くらい私たちのこと忘れて目の前にいるロイスだけ見てほしい。
「せっかくメルディアナたちが協力してくれたのに……。このまま終わってしまうのかな」
力なく呟くロイスにムッとなる。こんな時くらい、私たちのことなんか考えなくていいのに。
「ロイスはどうしたい?」
「どうしたいって……」
「言葉のとおりよ。このまま何も行動をしなければ関わりは途切れるでしょうね」
回りくどく言うのは好きじゃないのではっきりと告げる。
このまま行動しなかれば二人は疎遠になって友人関係も自然と消えると思う。そうなればもう五人で出かけることもないだろう。
「ロイスの気持ちは? 私たちのことなんか考えないで自分の気持ちを教えて」
「……僕は」
再度、ロイスに問いかける。
もしロイスが今の状況を打破したいのなら協力は惜しまない。
じっと返事を待っていると、澄んだ水色の瞳がまっすぐとこちらを見る。
「……このまま終わるのは嫌だ。何かしてしまったのなら謝りたいし、叶うのなら友人に戻りたい。メルディアナ、力を貸してほしい」
嫌だ、と自分の感情を正直に吐露して協力を仰ぐ。よろしい、ならば力を貸そうではないか。
「分かったわ。──オーレリアの件はこっちに任せなさい」
そして助けを求めるロイスに口角を上げて微笑みながら宣言したのだった。
***
ロイスのためにも早く動いて事の真相を知る必要があると判断した私は談話室から出てアロラと一緒に女子寮の方へ歩いていた。
「それにしても、原因はなんだろうね」
「そうね……」
アロラが口許に手を添えて悩む仕草をする。
ロイスはああ言っているけどあくまで憶測でしかなく、真実はオーレリア本人に聞くしかない。
そうして女子寮からオーレリアの部屋へ歩いていってドアをノックする。本を返すだけと言っていたので在室していると思うけど。
「はい……?」
ドアから顔を出すオーレリアにアロラと一緒に目を丸める。
予想どおり部屋にいたけど、その表情は暗く、落ち込んでいるのが読み取れる。ちょっと、こっちはこっちで何があった。
「メルディアナ様? どうしたんですか……?」
「少し聞きたいことがあったのだけど……何かあった?」
ロイスの件で聞きたいという気持ちは山々だが今はオーレリアの悩みを解決した方がいいかもしれない。じゃないとロイスの件が解決出来ないかもしれない。
いつもと違うオーレリアを心配するとニコッと儚げに微笑む。
「大丈夫です。ご心配おかけしてすみません」
「そう……?」
「はい。どうぞ入ってください」
入室を促されて部屋に入るけど胸のつかえは消えない。
何があったと思うけど無理矢理聞けないので大人しく着席するとお茶を私たちの前に置いてくれる。
「ありがとう」
「いいえ。それでお話とは?」
淡い緑色の瞳は心配そうにこちらを窺っている。心配してくれているけどその要因はオーレリアなので言葉が悩む。
こっちも何かあったのは確かなのでどう尋ねるべきかと考えるけど、まずは一つ一つ解決するべきだと思ってゆっくりと口を開く。
「あのね、最近殿下と何かあった?」
「……で、んかとですか?」
殿下と言う単語を詰まらせたのを見逃さない。ロイスを避けているの、オーレリアも心当たりがあると見る。
「殿下に相談されてね。避けられて落ち込んでてね」
「…………」
正直に話すと瞳が揺れて気まずそうに目を逸らして顔を下げる。
ロイスは大切な幼馴染だ。だけど、オーレリアも私にとって大切な友人だ。
だからこそ、二人の話をしっかり聞きたい。それで、最善の策を見つけたい。
「殿下が何か嫌なことして来たのなら私に話して。私がしっかりと注意するから」
「! 殿下は悪くありません!」
注意すると告げるとオーレリアが素早く否定して顔を上げると緑の瞳からポロポロと涙がこぼす。
「殿下は……何一つ悪くないんです。……悪いのは私なんです。私が、私が殿下を好きになったから……」
声を震わせて告げるその内容に目を見開く。え? 今、なんて?
『私が、殿下を好きになったから』
聞いた言葉を思い出す。オーレリアが、ロイスのこと好き?
「えええっ!!?」
「本当!? オーレリア!?」
「えっ。は、はい……」
アロラが叫んで、私はというと肩を掴んで勢いよく確認する。これは最重要の内容だ。聞き返すのは必須だ。
迫真の確認にオーレリアが戸惑いながら頷く。オーレリアがロイスのこと好き。……つまり、両思いってわけで。
「おめでとう!!」
「へっ?」
「メルディ、嬉しいのは分かるけどオーレリアちゃんが困ってる!」
「アロラも興奮してるじゃない!」
「これが落ち着いていられる!?」
いや、出来ない。落ち着け? 無理に決まってるじゃないか。
「あ、あのメルディアナ……。肩が少し痛いです……」
「はっ! ごめん、大丈夫!?」
言われて急いで肩から手を離す。興奮していたとは言え、つい肩を掴んでしまった。
「大丈夫? 痛くない?」
「もう大丈夫です」
小さく笑いながら大丈夫と返ってきてほっとする。か弱い令嬢の肩を力強く掴むなんて騎士を目指す者として失格だ。もう二度としないと決意する。
興奮を抑えながら着席して詳細を聞く。
「全然そんな気配なかったからびっくりしたんだけど……いつから?」
「……気付いたのは実は最近で。豊穣祭の時に一緒にいるのが楽しいと言われて勝手に胸が高鳴って……」
「ほうほう」
「そ、その後に転びそうになったのを支えられて……大きな手に意識してしまって……」
「なるほどなるほど。ドキドキしちゃったんだねぇ」
「うっ……」
アロラからの問いにオーレリアが恥ずかしそうに顔を赤くする。
しかし、避けていた理由がトラブルではなくて好きだったとは。まったくもって予想外だった。
「優しくて、私の話をいつも楽しそうに聞いてくれて前からいい人だなって思ってはいたんです。でも好きと思ったら恥ずかしくて目を合わせられなくて……」
「ふふ。オーレリアちゃんったらかわいい」
恥ずかしそうに話すオーレリアにアロラが笑う。アロラに同意である。
それと同時にロイスの恋が実ってほっとする。お互いに好きならあとは気持ちを伝えるだけでいいのだから。
「なら、あとは殿下に気持ちを伝えるだけね」
「……いいえ、伝える気はないんです」
「え?」
「へっ?」
まさかの返答にアロラと共に耳を疑う。告白する気がない? 両思いなのに?
予想外の事態に狼狽えながら問いかける。
「ど、どうして?」
「……メルディアナ様、去年の冬のマーケット覚えてますか?」
「ええ、覚えてるけど」
冬のマーケットいうと十二月頃だ。
「その時に友人になれてよかったって言われて。……殿下は私のこと友人と思っています。そんな人に、好きって言えるわけありません」
「友人……あ」
オーレリアに言われて瞬時に思い出す。そうだ、確かにロイスは”友人”と言った。
「友人の一人と思ってた人に告白されたら殿下も困ると思うんです。……私は、殿下が困らせたくないんです。だから私は伝える気ありません」
憂いを含みながらもはっきりと断言する。そうだ、私たちはロイスの気持ちを知っているけどオーレリアは知らないんだ。
問題ないと言いたいけどロイスの気持ちを私たちが勝手に言うべきではないのは分かってる。分かっているけど……!
「……それじゃあこのまま疎遠になる気?」
「……今は、まだ気持ちの整理が上手く出来なくて。もし、可能ならまた以前のように友人の一人としてお話し出来たらいいなって思うんですが、こればかりはどうか分からないので」
苦笑しながら告げるオーレリアに何も言えなくなる。そんな、このまま疎遠になるかもしれないの?
最悪な可能性を考えているとオーレリアが人差し指を口に当てる。
「なのでメルディアナ様。どうか秘密でお願いしますね」
「…………」
決意したその声にそれ以上何も言えず、悔しいけど頷くしかなかった。
オーレリアの部屋を出て、私の部屋へ向かう。
私の部屋に入るとアロラがポツリとこぼす。
「せっかく両思いなのに伝えないなんて……」
「そうね。でも、オーレリアは知らないもの」
不満そうにアロラが呟く。不満なのは私も同じだ。
このまま二人の恋が終わるの? お互い好きなのに見事にすれ違っていて、そんなの、納得出来るわけない!
「……やっぱり歩み寄らないとね」
「そうだよね。何も伝えずに終わっちゃうなんて嫌だよ」
私の小さな呟きにアロラも頷く。私もこんな形で終わるなんて絶対に嫌だ。
そして何か策がないかと思案すると、あることを思いつく。
名案だと思うけど私一人では無理で協力者が必要でさらに交渉する必要がある。
それでも賭けてみる価値はある。
「アロラ、案が浮かんだのだけど協力してくれる?」
そして不敵な笑みを浮かべてアロラにある提案を持ちかけた。