89.告白と嵐の予感
「カーロイン公爵令嬢。来週の創立祭、ぜひ私と行ってくれませんか?」
呼び出されて廊下に出てそう申し込むのはC組在籍の美貌で有名なサンクスレッド侯爵家の嫡男のファビアン様だ。
廊下にも当然人がいて現場を目撃した生徒たちはちらちらと興味津々にこちらを見ている。
そんな生徒について少し思うところがあるものの、顔には出さずにこちらも美しい淑女の微笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。でも申し訳ございません、当日は一人で行く予定なのです」
「……そうですか」
丁寧に断ると美しい美貌を曇らせる。その表情は令嬢を惹きつける魅了を放っている。
しかし悪いがエスコートは応じることが出来ない。親族以外の異性にエスコートされたら婚約すると邪推されるからだ。
それは目の前のファビアン様も分かっているはず。なのに申し込んで来たというと──。
「エスコートの件は分かりました。……それではせめてダンスの約束をしたいのですが」
すると今度はダンスの約束を申し込まれる。ほら来た。
最初に大きな要求を相手に頼み、その後にそれより小さな要求を頼んで了承される戦法。そうかもなって思ったけどやっぱり来た。
困るのはエスコートされることでダンスなら構わない。なので微笑んで応じる。
「ダンスなら喜んで」
「よかった。それではよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
そして教室へ戻るとアロラがニヤニヤとこちらを見る。視線がうるさい。
「メルディさんったら人気だね~」
「はいはい」
アロラの揶揄いをスルーして席に座る。他人事と思って面白がってるな。
「あの人ってカッコいいって有名なファビアン様じゃん。ダンスの申し込み?」
「そうね」
「当日ダンスばっかりでケーキ食べられないんじゃない? 私だったらそんなの耐えられない!」
「私は耐えられるわよ。ただ、当日大量に申し込まれるのはごめんだわ」
溜め息を吐きながら呟く。当日はダンス地獄だけどこれも婚約者がいない者の宿命だ。
「ねぇねぇ、ファビアン様に告白された?」
「されてないわよ」
興味津々に尋ねるアロラに即答する。
即答するとファビアン様狙いの令嬢たちがよかったと安堵するのを見逃さない。
サンクスレッド侯爵家は歴史あり発言力も高い名家だ。皆、どうか頑張ってくれ。
「そうなんだ。いやー、前に告白してきた人もいたからついつい」
「セドリック様のことですね。私、初めて告白を見てしまってドキドキしました」
アロラが話を振るとオーレリアが思い出したかのように話す。
「私も驚いたわよ。まさか人前で告白されるなんて。あんなの初めてよ」
げんなりとしながら当時の出来事を思い出す。
あれは衝撃の出来事で今でも鮮明に覚えている。
次の授業が移動教室ということでアロラとオーレリアと廊下を歩いているとセパード伯爵家のセドリック様に呼び止められた。
去年の創立祭の終盤で私とダンスしたいと探していたのは知っているのでダンスの申し込みかと思っていたら──なんとエスコートを申し込みをして告白してきた。
ロイスの筆頭婚約者候補とはいえ、今までも告白されたことはある。あるけど、それは人前ではなかった。
しかし今回は告白現場が廊下のため、男女関係なく色んな生徒に目撃され、周囲は大興奮して非常に居心地が悪かった。
断るにも人前でやるのは申し訳ないのでなんとか穏便に済ませようと頭を巡らせて大変だった。
それで終わればよかったけどセドリック様の真似をしてその後数人の子息たちに公開告白を数回され私の胃が悲鳴を上げたのは言うまでもない。
「勇気あるよね。人前で告白するなんて」
「そうですよね。すごく勇気ある行動ですよね」
アロラの言葉にオーレリアも賛同する。確かに勇気ある行動だと認めるけどされる側に立ってほしい。はっきり言ってすごく困る。
「もうドレスの準備してるけどオーレリアちゃんもしてる?」
「私はいくつか候補を見繕っているところです」
「オーレリアちゃんはかわいいから何着ても似合うだろうね。楽しみにしてるね」
「アロラ様もかわいいですよ。私もお二人のドレス姿、楽しみにしています」
「オーレリアちゃん……!!」
互いに褒め合って笑いあうアロラとオーレリア。うん、今日も仲が良くて何より。
そんなこと思っているとドアが開き、そちらを見ると白銀の髪が揺らめく。
「あ、ユーグリフト様だ」
教室に入って来たのはユーグリフトで若干疲れているように見えるのは気のせいではないだろう。
「なんか疲れてそうだね」
「そうね」
「まぁ仕方ないよね。今年は生徒会の運営の方で殿下はダンス踊れないし」
アロラがユーグリフトを見ながら呟く。まぁ、それは仕方ないと思う。
生徒会の副会長を担うロイスは今年は創立祭の運営に回り、ダンスを踊ることが出来ない。
丁寧に理由を告げたロイスに慕う令嬢たちは悲鳴を上げ、ある令嬢は諦め、ある令嬢は急いで他の子息へと狙いを定めるなど騒がしくなった。
なので一部の男子生徒は令嬢たちにダンスを申し込まれたりと大変で度々ダンスの約束を交わす場面を目にする。
ちなみに、私の告白とエスコートが増加したのもロイスが今年運営に回ると知ったからだ。去年のファーストダンスはロイスだったけど今年は違うので少しでも近づきたいということだろう。ある意味、私にも被害が飛んでいる。
「ユーグリフト様ったら去年誰とも踊らなかったみたいだから皆躍起になってるみたいだよ」
「それは大変ね」
ユーグリフトのファンは華やかでメンタルが強い子が多く、断られても諦めない子もいるため断るのも一苦労するのだろう。なら諦めて踊ればいいのにって思うけど。
そのメンタルの強いファンに加えてロイスのファンの子の一部もダンスの約束を頼み込んでくるのだからさぞ疲れると思う。
「……オーレリア? どうかした?」
「えっ?」
声をかけると思考の海に沈んでいたオーレリアがはっ、と意識を戻して私たちを見る。
「す、すみません。何か私に……?」
「ううん、ただぼっーとしていたから」
「ごめんなさい。少し考え事を……」
「平気? 困ったことなら相談してね?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
アロラに笑顔で答えて大丈夫と告げる。……大丈夫ならいいんだけど。
「それでなんの話してたっけ?」
「ダンスの話」
「そうそう! メルディもユーグリフト様も人気者は大変だねー」
「今から足鍛えておくわ」
アロラにそう返しながらユーグリフトを見る。今だけは奴にダンスの申し込み地獄を味わう仲間意識を持つ。
そう思っていたからかユーグリフトがこちらを見て目が合う。
しかし、合ったのも一瞬ですぐに窓に目を向けた。なんなんだ一体。
***
放課後、オーレリアが図書室に借りた本を返しに行くと言ったので教室で別れてアロラと一緒にいつも利用している談話室に向かう。
「なーんかオーレリアちゃん、ぼっーとしている時多いね」
「そうね」
廊下を歩きながら呟くアロラに同意する。能天気に見えるけどよく見ている。
しかし、それは私も思っていたことだ。
昼食時とかよくぼっーとして話を聞いていないのは一度や二度ではない。
「エスコートの申し込みが多くて大変なのかな。オーレリアちゃんに申し込みしている男子何人かいるんでしょう?」
「でも本人は遠慮して断っているでしょう? ダンスもあまり乗り気じゃなさそうだし」
「去年大変だったからだろうねー」
アロラの言葉で去年の創立祭で一番多く踊ったと語っていたのを思い出す。本人はダンスより雰囲気や料理を楽しんでいたし、その線は十分あり得る。
そんなこと考えながら普段使用している談話室へ入る。
「あれ? 殿下たちまだいないや」
「創立祭の打ち合わせで少し遅れるってステファンが言っていたじゃない」
「あ、そうだった」
不思議そうに呟くアロラに告げると納得したように頷く。人の話はきちんと聞くべきだ。
鞄を置いてソファーに座ってお茶を飲んで一息つく。
「メルディは最初のダンスの相手決めてる?」
「アルビーかライリーのどっちかにしてもらう予定よ」
「先輩たちも大変だろうねぇ。だって三年生だもんねー」
「まぁね」
三年生の二人はきっとたくさんの令嬢に囲まれるはずだ。頑張れ。
ここにいない二人に心の中で声援をかけているとドアが開いてそちらへ向くも──その光景に目を丸めてしまった。
入っていたのはロイスとステファンだけど、ロイスが意気消沈していて思わずアロラと顔を見合わせたのだった。