88.進路
豊穣祭から数日。秋の冷たい風が本格的に吹き始めたある日の放課後、私は一人廊下を歩いていた。
向かう先は談話室で手には母から送られた洋菓子の箱が入った紙袋を持っており、鍵を開けて室内に入る。
「先に準備しようっと」
予約した談話室はいつも利用する部屋と比べて些か小さいけど調度品は美しい。
丸テーブルにイスを円卓の形で並べてお茶の準備を始める。いつもロイスたちと集まる時は四角のテーブルにソファーなので新鮮な気分だ。
そんなこと感じながら準備しているとドアが開いてお茶会相手が入室してくる。
「お、メルディ。早いな」
「ごめんね、今お茶の用意するね」
「うん、お願い」
入室してきたのは鮮やかな赤い髪を持つ瓜二つの青年二人。
そう、私の双子の従兄である。
***
ライリーが淹れてくれたお茶を飲んで一息つく。
テーブルには母から送られた洋菓子と二人の母である伯母様が送ってくれたお茶があり、それぞれの味をじっくりと味わう。
「二人とお茶するの久しぶりね」
「ほんとな。ま、最近は進路で色々と忙しかったからなー」
「アルビーに同意だね。それもようやく落ち着いたけどね」
「落ち着いたってことはもう決まったの?」
ライリーの発言に確認する。
秋になると進路のことで学生は忙しくなる。
二年生だと将来のことを本格的に考えるようになり、半年後に卒業する三年生は自分の進路で結構忙しい時期であるけど──二人は違うようだ。
「ああ、もう決まったぜ」
「うん、僕も決まったよ」
「早かったのね」
二人の返答を聞いてほっとする。二人共晴れやかな顔をしている。行きたい場所の就職が決まったようだ。
「アルビーは王立騎士団と近衛騎士団どっちに行くの?」
「俺は王立騎士団。ま、王立と近衛どっちからも推薦来たから迷ったんだけど」
「両騎士団から!?」
「おう」
アルビーは去年に今年と二年連続剣術大会優勝している。なので推薦貰うと思っていたけど、まさか両騎士団から来ていたなんて。
「でもやっぱりじい様の背中をずっと見てきたからさ。団長目指すならどっちかなーって思ったら王立騎士団がいいなって思ってそっちにしたんだ」
「アルビーはよくお祖父様に稽古してもらっていたものね」
「だろ?」
武家の名門であるウェルデン公爵家ということもあり、騎士団に何かと行く機会が多かったためお祖父様の姿を見ることが多かったはずだ。だから自然と憧れを持つのも分かる。
「ライリーは? 数字が得意だから王宮で財務官僚?」
「そう考えたんだけど僕も王立騎士団に行く予定」
「えっ!? なんで!?」
ライリーの報告に目を見開く。え、だってライリーは剣が苦手なのに。
それなのにどうして王立騎士団へ?
「メルディすごい驚いてるね」
「驚くわ。てっきり財務官僚って思ったもの」
面白そうに笑うライリーにそう返す。ライリーも騎士団に興味なさそうだったから。
「確かに最初は財務関係の文官でいいかなって思ってたよ。でも王立騎士団の参謀本部が僕が発表した戦術論文を読んで高く評価してくれてね。ぜひ来てくれって頼まれたんだ」
「そうなんだ」
「勿論、剣は苦手って伝えたよ。それなら事務仕事の部署に振り分けてくれるって言うから応じたんだ」
「騎士団は事務仕事出来る人少ないから重宝されるんじゃない?」
「そうかもね。……最初は興味なかったけど熱心に仕事内容や戦術論文について話してくれたし、求められたのは嬉しかったから行こうかなって」
「ライリーが決めたことなら私は尊重するわ。お祖父様も喜んだじゃない?」
「うん、喜んでくれたよ」
微笑みながら話すライリーを見て目を細める。
武家の名門に生まれたのに剣が苦手なこと気にしてたのを知っているから微笑みながら話す姿に安心する。
「メルディは? 王立騎士団か近衛騎士団もう決めているのか?」
「まだ決めてないわ。どっちもいいなって迷っちゃって」
「なら俺たちがいる王立騎士団にしたら? 運良く配属場所が近かったら困った時は助けてやれるし」
「でもメルディは特に守りに優れているし、近衛騎士団の方が活躍出来そうだよね」
「そうなのよね。ダレル先生にも守りが上手いって言われるの」
戦いに強い王立騎士団と違い、王族と王宮を守護する近衛騎士団は守りに強い騎士団だ。近衛騎士団に所属していたダレル先生が褒めるくらいだから適性としては近衛騎士団の方が向いているんだと思う。
「まぁメルディはまだ二年生であと一年あるからゆっくりと自分の適性と希望を考えて決めるのもいいかもしれないね」
「そうよね」
ライリーの言うとおり、進路を確定するまでまだ一年ある。その間にしっかりと自分の進む道を決めよう。
「メルディも二年連続準優勝してるし推薦来るんじゃねーの?」
「どうかしら。準優勝だもの」
むしろそれならユーグリフトの方が来るだろう。だって奴は二年連続優勝してるし。
「とりあえず、二人の進路が決まってよかったわ」
「確かにね。まだ進路が確定していない同級生もいるから」
「そうだよなー。そう考えると俺たちラッキーだったよな」
「アルビーと同意だね」
「お、これうまい。叔母様センスいいな」
笑いながらアルビーがひょいとお皿の上にあるマドレーヌを手に取って食べる。……ん? 待って、あれは──。
「ちょっとアルビー! マドレーヌは一人二個よ!? なんで私の分まで食べてるのよ!」
「そうだっけ?」
「そうよ!」
なんてこと。このマドレーヌは特にお気に入りだから最後に食べようと思っていたのに!
「最後に残してたのに……」
「あー、悪かったって。でもそんな怒ることないだろう。ったく、メルディは心狭いよな」
「……は?」
アルビーの放った言葉にカチーンとなる。
食べたのはアルビーなのになぜそんなこと言われないといけないんだ。おのれ、食べ物の恨みは恐ろしいって言うのを知らないのか。……知らないのかもしれない。
知らないのかもと心配しているとライリーが話に入ってくる。
「まぁまぁメルディ、落ち着いて。ほら、代わりにカヌレあげるからさ」
宥めるようにライリーが私のお皿にカヌレを置く。……あれ? このカヌレは──。
「ん? おいライリー! それ俺の分だろう!?」
「へぇ、アルビーよく分かったね。そうだけど?」
「おいおいおい、なんで勝手にメルディに渡してるんだよ!?」
「だって勝手にメルディのを食べたんだから仕方ないだろう?」
アルビーの抗議にさらりと受け流すライリーが私に申し訳ない顔を向ける。
「ごめんね、メルディ。アルビーが迷惑かけて。これで許してね」
「ライリーは悪くないじゃない」
「うーん、そうなんだけどねぇ」
「ライリー! お前まさかメルディの味方する気か!?」
「ん? 勿論」
清々しい笑みで肯定するライリーと怒るアルビーにこの二人は昔から変わらないと思う。
そんな二人を見て、次にお皿の上にあるカヌレを見る。
「あ、おい! メルディ待てよ……!?」
焦りながら私を止めようとするアルビー。
そんなアルビーにニコッと微笑みながらはっきりと宣告する。
「──私の分を食べたアルビーが悪いわ」
そして素早い速さでカヌレを食べて、アルビーが悲鳴を上げた。これでおあいこだ。