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87.秋のお忍び散策4

 楽しい時間はあっという間だ。

 マーカス、そしてたまに近衛騎士も会話に加わって昔話や学園の話をしているとロイスが室内に飾られている時計を見る。


「ごめん、マーカス。そろそろ合流しないと」

「誰か他の方と約束が?」

「うん。アロラとステファンとね」

「左様ですか。では少しお待ちください」


 そう言って厨房の方へ行ったと思ったら紙袋を差し出してくる。


「これは?」

「お土産です。アロラ様もブリオッシュを好んでくれていましたのでないと拗ねるでしょうから」

「さすがマーカス。よく分かってるね」


 ロイスがマーカスの行動に感心する。

 確かに頬を膨らませて拗ねるアロラが簡単に思い浮かべること出来る。食べたかった、と言われるのは分かりきっているので渡した方が賢明だろう。


 マーカスから紙袋を受け取り、店を出てそれぞれ別れの挨拶をする。


「マーカス、いきなり来たのにありがとう。楽しかったよ」

「いいえ。私の方も久しぶりに会えて嬉しかったです。またいつでもお越しください。お待ちしております」


 ロイスが代表で挨拶するとマーカスも微笑んで返してくれる。その昔からよく見た穏やかの眼差しにこっちも微笑む。

 挨拶を終えるとアロラたちと合流する場所へ歩いていく。合流場所はここから遠く離れていないので人が多くても時間はかからないはずだ。


「楽しかったけど、大変だったね」

「同感ね」


 ロイスと意見が一致して項垂れる。

 懐かしい昔話も出来て楽しかったけど、黒歴史だけは解せぬ。


「私の方が被害大きかったと思うんだけど」

「それはメルディアナが破天荒だからじゃない?」

「言い返せないのが悔しいわ」


 実際マーカスが語った内容はどれも鮮明によく覚えている。理由? その後に母からお説教をたっぷりともらったからだ。そのおかげで令嬢教育のスピードが上がったとも言える。


「それはそうとも、マーカスもあんなに喋らなくてもいいのにね」

「僕もあんな昔話されるって分かっていたらもう少し考えたよ」

「分からなかったの?」

「分かっていたら連れて行かないよ。だって恥ずかしいだろう?」

「まぁそうよね」


 確かにわざわざ自分の恥ずかしい思い出を好きな子に教えてメリットなんてないし。


「初めて聞く内容ばかりでびっくりしました。メルディアナ様ったら水遊びとはいえロイ様をびしょ濡れにするなんて」

「言っておくけどやったのは一回だけよ。その後お母様からものすごい怒られたもの」


 思い出すオーレリアにちゃんと訂正する。

 ロイスと出会うまでは同年代の遊び相手は従兄のアルビーとライリーだった。跡継ぎではない二人とはよく山や川で遊んでいたからロイスとも同じように遊んでしまったのが原因だ。


「剣が上手なのは知っていましたが六歳から近衛騎士の方に突撃して稽古してもらっていたなんて。お転婆だったんですね」

「物心がついた頃から剣を握るお祖父様に憧れていたからね」


 アルビーの屋敷でありお祖父様の屋敷でもあるウェルデン公爵邸にはお祖父様が使用していた歴代の相棒が飾られている。

 ちなみに私のお気に入りは三代目の剣。理由は語ると長くなるので言わないが私が一番好きな剣だ。


「なんかごめん。色々とイメージと違う話聞いて」

「ふふ、確かに驚きましたが振り回されているイメージが浮かびます」

「うっ……」


 笑われながら告げられてロイスがうめき声を上げる。好きな子に言われるなんてクリティカルヒットだと思う。


「でも驚いたのは本当ですが聞いてて楽しかったですよ」

「……幻滅してない?」

「えっ、なんで幻滅するんですか?」


 オーレリアが心底不思議そうに尋ねる。その反応にロイスが戸惑いながら理由を話す。


「なんでって……その、今までそんな情けない姿見せなかったから……」

「あ、確かにそうですね。──きっと、たくさん努力したきたんでしょうね」

「────」


 オーレリアのその発言にロイスが息を呑むのが読み取れる。……よく分かっていると思う。

 出会った当初のロイスはマーカスの言うとおり、内気で大人しい王子だったけど王太子教育をして同世代の子息令嬢と関わるうちにその性格は改善していった。

 でもそれは王太子として、次期国王として必要だったから。周辺諸国に、貴族に侮られない国王になるのに必要だったから。

 国のために努力し続けたのをずっと幼馴染として見て来たからロイスの頑張りはたくさん知っている。


「マーカスさんに教えられるまでまったく気付きませんでした。だから幻滅というよりすごいなって気持ちが強くて。なので落ち込まないでください!」


 笑顔で力強く発するオーレリアのその瞳はいつもどおりで、淡い緑色の瞳からは嘘が感じられない。

 それはロイスも同じようで、安心した表情を見せる。 


「そっか。……それならよかった」

「ふふ、不安だったんですか?」

「不安……。──そうかもしれない」

「えっ?」


 笑いを誘うように尋ねる問いに肯定するロイスにオーレリアが驚く。

 澄んだ空のような美しい水色の瞳が、オーレリアだけをまっすぐと見つめる。


「嫌われたくなかったんだと思う。マーセナス嬢と過ごす時間はすごく楽しくて、居心地よかったから。……だから、君にだけは幻滅されたくなかったんだと思う」

「っ……」


 切なそうに、しかし、気持ちを飾ることなく紡ぐロイスのその言葉に息を呑む。

 それを直接ぶつけられたオーレリアはというと、戸惑ってきょろきょろと右へ左へと視線を彷徨わせる。


「……えっと、それはどういう──」

「早く! あっちで風船もらえるんだって!!」


 狼狽えながらも、その意味を聞こうとするオーレリアの声が子どもの声で掻き消され、子どもたちがこちらへと走って来て横を通り過ぎていく。

 その一人がオーレリアと勢いよくぶつかり、オーレリアの体勢が崩れる。


「わっ」

「オーレリア!」

「マーセナス嬢!」


 崩れるオーレリアを支えようと手を伸ばすも、それより先にロイスが自分の方へと引き寄せて抱き留める。


「大丈夫? 足とか痛めてない?」

「だ、大丈夫です」


 覗き込んで尋ねるロイスにオーレリアが返事し、その言葉にほっとする。

 ロイスが子どもたちが集まっている場所を見て事態を理解する。


「大道芸が終わって風船が貰えるみたいだね。子どもたちが集まってる」

「そうだったんですね。すみません、助けていただいて」

「ううん。怪我がなくてよかった」

「……ありがとうございます」


 よかったと告げるロイスにオーレリアが感謝の言葉を紡ぐ。

 その直後に時計塔から時刻を告げる鐘が鳴り、ロイスが私の方を見る。


「ステファンとの集合場所はこの先の泉の広場だよね?」

「そうね」

「なら急がないと。遅れたらステファンが心配するから」


 集合場所は目と鼻の先なのでもう少し歩けば無事にたどり着くだろう。

 しかし遅れたら真面目なステファンが心配するから急いだほうがいい。まぁ、アロラが上手くやってくれていると思うけど。

 先に進むロイスを見ながら動かないオーレリアに声をかける。


「私たちも行きましょう。……オーレリア?」

 

 反応のないオーレリアを見る。

 その横顔はどこかいつもと違うように見えた。

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