85.秋のお忍び散策2
久しぶりに訪れた王都の豊穣祭はやっぱり公爵領と違って格別で、いつもの倍くらい人が溢れていて活気に満ち足りていた。
「いらっしゃいいらっしゃい! 甘いジュースはいかがー!?」
「こっちは片手で食べられる甘味を売ってるよ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
「新鮮な梨を使った果実水はどう? これを逃したら後悔するよー!」
「おーい、串焼きはどうだいー? 今ならサービスするよー!」
お肉の匂いに甘い匂いと色んな匂いがあちこちから漂い、屋台の店主たちは大きな声を出して客の目を惹こうと奮闘している。
「串焼きだって! ねぇステファン、一緒に食べない?」
「いいよ。店主、二つくれませんか?」
「了解!」
注文すると串を焼き始めてこんがりとタレが焼ける匂いがする。どうやらこのお店は注文されてから焼き始めるらしい。
「はい、串焼き二つお待たせ!」
活気ある四十代くらいの店主が笑顔で串を二人に差し出すと、アロラがおいしそうに頬張る。
「んー! おいしい! おじさん、この味付けどこの地方なの?」
「それは西部方面の味付けさ。あっちは味が濃いのが好まれるからねー」
「確かに。このタレすごく好き!」
「それはありがたい。お嬢ちゃんのいい食べっぷりを見てると嬉しくなるよ」
「えへへっ」
楽しそうに店主と会話を交わす。昔から物怖じしなくて誰とでもすぐに打ち解けられるのがアロラの長所だと思う。
「ねぇねぇ、こっちは塩ダレ?」
「そうだよ。これもおいしいけど一つどう?」
「じゃあ買う!」
背中しか見えないけど心弾んでいるのが声で分かる。もしかして今日一番楽しんでいるのはアロラかもしれない。
そう考えていると振り向いて茶色い瞳と目が合う。
「メルディたちもどう? すごくおいしいよ。これは食べないと損だよ!」
「友だちかい? そこのお嬢ちゃんたちも食べてみないかい?」
アロラに続いて店主も笑顔で勧めてくる。……焼き網の上で焼かれる串焼きは確かにおいしそうでタレの香りがそれを増長させる。
今日は色々と食べると思って朝食も少なくしてきたし一本や二本食べても他の物も食べられるだろう。
「それなら塩の方をいただくわ。ロイたちもどう?」
「僕はタレの方でお願いします」
「わ、私は塩の方を食べたいです」
「じゃあおじさん、タレ一つに塩あと三つ!」
「はいよ!」
追加で注文してそれぞれ代金を払うと焼きたての塩ダレの串焼きを渡されて口に含む。
塩加減は丁度よく、食べた瞬間に肉汁が広がる。これはアロラの言うとおり、すごくおいしい。お肉も柔らかいし良い素材を使っているのが分かる。
「串焼きなんてあまり食べたことなかったけどこんなにおいしいんですね」
「片手で食べられるパンは食べたことあるけど串焼きは初めて食べるな。……あ、柔らかいしタレもおいしい」
「こっちの塩ダレもいいですよ」
隣からご子息ご令嬢の会話が聞こえてくる。まぁ二人とも生粋の王族と辺境伯の令嬢として育てられただろうし当然の反応だと思う。
ちなみに私は何回も食べたことある。公爵令嬢として育てられたけどウェルデン公爵領へ遊びに行った時にアルビーと一緒に領地を駆け回って何度も屋台で庶民向けの料理を食した。平民の料理は早くて簡単に作れるのが多くて偉大だと思う。
私に連れられてお忍びはしたことあるけど殆ど食べたことないロイスにとって平民の料理はどれも新鮮だろう。
「えっ、ロイ様って串焼き初めてなんですか?」
「うん」
「こんなにおいしいのに? 人生半分損してますよ」
「まだ十七年しか生きてないのに大袈裟すぎない?」
大きく言うアロラに思わずツッコむ。串焼きが人生でどれだけ影響するって言うんだ。
「えっ。坊ちゃん、串焼きは初めてなのかい?」
「はい。でも肉とタレの相性がよくてとてもおしいです」
「お、見る目あるね。今日は色んなお店がうまいもん売ってるから楽しんだらいいよ」
「そうします」
にこやかと笑って店主の屋台を後にすると屋台の掛け声ひとつひとつに興味深そうに目を向けていて笑ってしまう。
「興味深い?」
「! うん。久しぶりだからか興味深くて。こんなにお店が並ぶんだね」
「ええ、そうよ。あっちの広場は毎年大道芸はやっていて人が多いのよ」
「へぇ、皆で見たら面白そうだね」
「そうね。あとで見ましょう」
興味深そうに屋台などを見るロイスに提案する。
今日の目的はロイスとオーレリアの距離を縮めることだけど純粋に楽しむのもいいだろう。なんたって、ロイスにとっては久しぶりの豊穣祭なのだから。
「ロイ様ー! 早く早くー!」
「アロラ、はぐれても知らないぞ」
「それは困るんだけど!」
「ふふ、アロラ様ったら」
「そうだね。……ふ、はははっ……」
二人のやり取りにロイスとオーレリアが面白そうに笑う。
そのロイスの横顔は、心から楽しんでいる素の笑顔で自然に口許が緩む。
ふと、この光景をじっと見つめる。
こうして自由に過ごせるのも今だけだ。卒業したらそれぞれ別の道に進んで全員で遊ぶことも出来なくなるし、忙しくなるだろう。
だからこそ、この時間を大切にしたい。ずっとずっと未来でも「楽しかった思い出」として思い出せるように。
「……メルディアナ様? どうかしましたか?」
「ううん、何も」
感慨深く考えていたらオーレリアが不思議そうに見上げてくる。考えるのはよそう。今はこの時を思い切り楽しまないと。
そして先にいるアロラたちの元へ歩いて行ったのだった。
***
その後も皆で歩き回って屋台の料理を食べたり雑貨や大道芸を見たりと豊穣祭を満喫した。
「すごかったね。あんなにたくさんのボールをくるくる回転してるのに落とさないなんて」
「火を使った芸もすごかったですね。自由自在に操ってて迫力もありましたね」
「ねー。器用だよね」
大道芸の技を見てアロラとオーレリアがわいわいと話す。確かにどの技も迫力あって見応えがあった。
二人が言っていた芸の他に風船を使った芸や花を使った芸と種類も豊富で特に小さな子どもなんて食い入るように見ていたなと思う。
そんな風に思い出していると、ステファンがガラスの飾り棚の商品を見つめているのに気付いて近付く。
「ステファン? 何かいいのあった?」
「! すみません、立ち止まって……」
「いいわよ。ステファンには何かと助けてもらっているもの」
謝るステファンに笑いながら否定する。実際、色々と助けてもらっているし。
ロイスの側近候補として育てられたステファンは実に優秀で、私が生徒会に入らず剣を振り回せるのもステファンがロイスを支えているからだ。なので感謝しかない。
ステファンの視線を追うと猫の形がした置物がたくさん並べられていて、そこが雑貨店と気付く。
「アロラと婚約した最初の年に貰った誕生日プレゼントと似ていたのがあってつい見てしまって。この茶色と白の猫の置物を贈ってきたんです」
「へぇ、そうなのね」
指差すのは等身大の白と茶色が混じった猫の置物で大変かわいらしい。確か、その頃に親戚から子猫を貰ったと嬉しそうに話していたなと思い出す。
当時を語るステファンの横顔は穏やかでつられてこちらも穏やかな気持ちになる。
「メルディ? ステファン? どーしたの?」
そうして二人で猫の置物を見ているとアロラがひょっこり現れる。なので指を差して簡潔に説明する。
「猫の置物が飾ってあって見てたのよ」
「そうなんだ? あ、ここだよ。私がステファンに猫ちゃんの置物贈ったお店!」
「ここなんだ。最近見ないけどあの猫は元気?」
「元気だよ。ステファンにはすごい懐いていたよね」
楽しそうに語る二人に口角が上がる。婚約者同士、楽しそうに話している二人の間に挟まるほど私も野暮ではない。
「せっかくだからお店に入ったら? 集合時間と場所だけ決めて別行動でもいいかも」
「えっ、でもそんなことしてもいいの?」
「護衛もいるし、私もロイの側にいるから大丈夫でしょう。──婚約者同士、楽しいひととき過ごしたら?」
「メルディ……!」
後半はアロラだけ聞こえるように囁く。崇めるように見るアロラに微笑む。
「メルディ、ありがとう! 大好きっ!!」
「はいはい。ステファン、アロラをお願い出来る?」
「分かりました。……ありがとうございます、メルディアナ様」
「お礼は結構よ。じゃあ、楽しいひとときを」
そして集合場所と時間だけ決めて手を振って別れを告げてロイスとオーレリアの元へ向かって別行動について簡単に説明する。
「分かったよ。じゃあここから三人で行こうか」
「ええ」
ロイスに頷いて返事する。護衛もいるし剣に長けた私もいるからロイスの護衛は十分だろう。
「それじゃあどこに行きますか?」
「オーレリアは? どこか行きたいところある?」
「私は結構歩き回って満足したので大丈夫です」
「そう。私も結構食べて見たから行きたいと思うところは思いつかないんだけど……」
「そうなのですか……」
うーん、と考えるも王都の豊穣祭は何回も歩いているのでここに行きたい!と思う場所もないのが現実だ。
どこかいい場所ないかなと考えているとオーレリアがロイスを見ておずおずと声をかける。
「で……ロイ様はどこか行きたいお店とかありますか?」
「僕?」
殿下と呼びそうになって慌てて名前を呼ぶが、やはり緊張するようで頬が少し赤い。
「うーん、そうだなぁ……」
聞かれたロイスが顎に手を押し当てて考える仕草をする。時間はまだあるので近場なら寄ることは出来ると思う。
そうしてロイスの答えを待っていると「あ」と呟く。
「……それなら行ってもいいかな?」
「勿論です」
「ありがとう。開いているかは分からないんだけど、それでもいいかな?」
「それなら近くのお店を見ましょう。とりあえずロイ様の行きたい場所へ行きましょう」
不安そうに告げるロイスにオーレリアが笑顔で応える。私もオーレリアに賛成だ。ダメならダメで近隣のお店へ寄ればいい。
「じゃあ行こうか。こっちだよ」
「ちなみにどんなお店なの?」
「ん? 秘密。でも──メルディアナも知っている人のお店だよ」
私が知っている人のお店? ……どこだ。
首を傾げるもそれ以上言う気はないようで小さく笑って案内したのだった。