82.対戦1
そして月日はあっという間に過ぎて、剣術大会当日。
創立祭と二分する学園の二大行事である剣術大会には多くの人が訪れていた。
二日間ある内の一日目である今日は一年生と二年生が試合するけど、観客席はほぼ全部埋め尽くされていた。
「去年も思ったけど……すごい人数」
競技場の参加者用の出入り口から観客席を見る。
観客席には婚約者や気になる人の応援に来た女子生徒がたくさんいるけど、友人の応援に駆けつけて来た男子生徒もいてたくさん生徒が観戦に来ていた。
「まぁ、騎士を目指す生徒にとって今日は自分を売り出すのに一番いい機会だものね」
近衛騎士団長に王立騎士団長も観戦に来る今日は「自分」という存在を売り込む一番目立つ機会だ。運がよければ推薦を貰うこともありえる。だから特に二年生、三年生は躍起になる。
今日参加する生徒は皆、この日のために剣術を磨いてきた。思いは皆同じだ。
視線を動かして観客席にいるはずの友人たちを探す。応援すると約束してくれたけど、どこにいるのだろう。
そして探していると一番前の席にアロラとオーレリア、それにステファンがいるのを見つける。
三人で仲良く話していて今回も去年同様、一番前で応援してくれるようで嬉しくなる。
他に知り合いがいるかと思って目を動かしているとリーチェがいた。友人四人と一緒に見に来たようだ。
リーチェは私を慕っているのでここでみっともない姿を見せるわけにはいかない。勝ち進める理由がまた一つ増えた。
そしてアロラたちと離れたところでアルビーとライリーの二人を見つける。この二人も私の応援しに行くと聞いていたけど一番前に座っていて嬉しくなる。
特にアルビーは対戦もして付き合ってくれたから余計にだ。
「……あれ?」
観客席から貴賓席へ目を向けて目を丸める。
貴賓席は陛下や近衛騎士団長、大臣などが座っているのだがそこに意外な人物がいたから。
「王妃様も観覧するのね」
陛下の隣に美しく微笑むのはロイスの母である王妃様で珍しいと思う。
国家行事である天覧試合は観覧していたけど学生の剣術大会は政務や公務で忙しくて来たことなかったのに。今年はたまたま余裕があったのだろうか。
陛下の隣には近衛騎士団長に父を始めとした数人の大臣が座っていてユーグリフトの父親であるスターツ公爵の姿を探す。
そして公爵を探して視線を彷徨わせていると――父の反対側で陛下の近くに座っているのを見つける。
「よかった……」
公爵の姿を視認出来て安堵の息を零す。
ユーグリフトの才能を見てほしいと言ったけど公爵は宰相をしている。大臣の中でも一番偉く、内務大臣をしている父より忙しいから見に来れるかと不安だったけど……見に来てくれてよかった。
ユーグリフトを倒して優勝する気持ちは変わらない。だけど、彼の実力を見てほしいと言う気持ちは事実で。
だから今日の剣術大会を通じてユーグリフトの強さを知ってほしいと思う。
公爵を見て、最後にロイスを見る。
二週間に渡る隣国行きの公務はなんの問題も起きることなく、無事予定どおりに帰国して学園の剣術大会を陛下や大臣たちと一緒に観戦する予定だ。
帰国してきたけどクラスも違い、剣術大会も迫っていたためあまりロイスと話す機会はなかったけど元気そうで何よりだ。
そう思っているとロイスと目が合い、水色の瞳を細めて私の方に向かって小さく手を振る。
後ろを向いて私以外に人がいないので私に対してかと思って振り返すと面白そうに小さく笑われた。笑う必要ないのに。
ロイスの笑いに気付いた陛下に王妃様が私に目を向けて同じように手を振る。陛下、王妃様、揶揄うのはやめてください。開会式前から変な注目浴びたくありません。
陛下の隣に座っていた近衛騎士団長たちがこちらに目を向けて来るので臣下の礼を取って参加者用の通路へ足を進める。早く控え室に行こう。
「……よし、頑張ろう」
歩きながら頬を軽く叩く。もうすぐ試合だ。気を引き締めないと。
やれることは全部した。あとはここまで頑張った努力を本番に出し切るだけだ。
小さく息を吐いて、前を向いて歩いたのだった。
***
学園長による開会式も滞りなく終了し、対戦が始まる。
ちなみに剣術大会の流れは去年と同じでランダムで対戦相手が決まり、戦って勝ち進んでいくスタイルだ。なので勝ち進んでいくほど対戦回数が多くなり、疲労が溜まっていく。
だからこそ日頃から体力作りをする必要がある。王族や王宮を守る近衛騎士はまだしも王立騎士は遠征や任務によっては野営もあるので軟弱者だと役に立たないから。
「はぁぁ!」
声を出して攻撃してくる相手の攻撃を上手く避けて後ろに下がって少し距離を作る。
そして相手の動きから目を離さずに呼吸を整えて冷静に、相手の攻撃を分析する。
初戦の対戦相手は騎士を多く輩出する帯剣貴族の家の男子生徒で、力強いのが特徴的だ。
私と同じく合同授業である剣術実技の授業を受講しているため、相手の癖や戦闘スタイルは把握している。
しかし、それは同時に私の基本的な戦い方も相手に知られているということで。
去年はクラスごとの授業だったから私の戦い方もそこまで知られていなかったけど、現在は共に授業を受けているので私の癖も知られていると思った方がいい。だから油断なんて出来ない。
冷静に相手の動きを観察しながら攻撃を避け、受け止める時は緩衝して木剣から衝撃を減らす。
そして相手が少し疲労を現したのを見逃さずに今度は私が攻撃態勢に入る。
素早く攻撃を繰り出して守りに入る相手の隙を観察して、その隙を見逃さずに一撃を加えると木剣が宙を舞い、カランと音を鳴らしてタイルの上に落ちる。
「勝者、メルディアナ・カーロイン!」
審判の大きな宣言で試合が終了して力を抜く。……まずは、一勝。
挨拶をして休憩するために退場する。私もだけど、皆去年より実力が上がっている。休憩出来る時はしっかり休憩した方がいい。
汗を手の甲で拭いて参加者用の観戦席に向かうために通路を歩いていると前方からユーグリフトが歩いてきた。確か、次の試合でユーグリフトの名前が呼ばれて女子生徒が騒いでいたな。
あちらも私に気付いて声をかけて来る。
「その表情だと勝ったみたいだな」
「ええ。この長期休暇は鍛練に勤しんでいたから全力で戦ってこのまま勝ち進むわよ」
腕を組んでユーグリフトに告げる。いつだってどんな相手でも油断せずに全力で戦って倒すのがお祖父様の教えだ。
「ふぅん。ならお前に当たるのを期待しとくよ」
「そっちこそ。他の人と戦って負けたら許さないんだから!」
「はいはい。それより、そっちこそ俺に当たる前に負けるなよ。ああ、心配だな」
「余計なお世話よ!」
こんな時でも揶揄ってくるなんて。コイツはやっぱり人を揶揄わないと生きていけないのだろうか。
「おーい、スターツ。そろそろ来いよー」
「はい」
ダレル先生がユーグリフトに来るように促すと優等生のような仮面を被る。
「ま、大丈夫だから負けるの気にしなくていいよ」
横を通り過ぎる際に短くそう告げてひらひらと手を振って歩いていく。おのれ、余裕そうで腹が立つ。
「いやぁ、やっぱりお前たちなんだかんだ仲いいな」
「ダレル先生、一度病院へ行った方がいいと思いますよ?」
私の元に来たダレル先生に申し訳ないけど進言する。どこがどう見て仲良く見えるんだ。口で言い合ってばかりなのに。
「スターツは女子と一線置いているだろう? なのにカーロインには違うじゃないか」
「それは私が女だと思われてないからだと思いますよ」
ダレル先生の言う通り、ユーグリフトは女子生徒と距離を置いている。必要な会話はするし愛想笑いもするけど基本関わらない。
「ははは。それで? カーロインは優勝狙いか?」
「勿論です。倒して優勝掴んでやりますよ」
「スターツは強いぞ? 勝てるか?」
「勝てるかじゃなくて勝つんです」
ダレル先生の問いにきっぱりと答える。
確かにユーグリフトは強い。しかし、人間には時には勝たなければならない時があるのだ。
授業で奴が他の生徒に負ける姿は見たことない。だけど、剣術大会は勝ち進めば進むほど対戦回数が増えて疲労が溜まる。
「……負けたら絶対許さないんだから」
見えなくなったユーグリフトの背中に投げかけて早く休息しようと観戦席へ戻ったのだった。